211話 受け継ぎし殺意
◇◇◇
オルヴェイラスに飛来した熱線は司により直撃は免れた。
しかし、熱線が爆ぜたことで街全体に爆風が広がってしまい、別の猛威を振るう結果となった。
司が耐えるのがやっとな程の熱量と圧力の熱波なのだから、間違いなくオルヴェイラスに存在する生物はほぼ焼けて死滅することだろう。
それを許さなかったのは、覚醒状態となったナナの『結晶氷壁』だ。
『結晶氷壁』は厳密には水属性であるが、性質は氷そのものである。一見すると一瞬で溶かされて防げるはずもない印象だが、ナナはオリジナル魔法に複数の魔力を混ぜ込むことができるため、土属性の魔力でコーティングすることで弱点をできるかぎりカバーできる。
火が氷に強いなら、その性質を変えてしまえばよい。あくまで属性の相性を等倍にしただけではあるものの、この爆風をかなり軽減して守ることができたようである。
ただ、あくまで熱波はという話だが。
「ご主人っ!」
ポポは『結晶氷壁』を突き破って飛来する物体に向かって叫び、一直線にその射線上に割って入り込む。
飛来するそれは爆風を一番間近で味わった司であり、皮肉なことに自らがオルヴェイラスに飛来するような形になってしまったようだ。
もう動くこともままならず、体勢を立て直す動きもない司を見たポポは空中で全身で受け止め、司の身を守ろうとその巨体で身を包む。
ただ司自身がロケットのような速度で吹き飛ばされていたため、踏ん張りの効かない空中では流石のポポでもどうしようもない。少しだけ速度を落とした後……共にオルヴェイラスに勢いよく叩きつけられた。
地を揺らす程の衝撃。熱波が襲うよりかは遥かにマシな程度ではあるが、それでも相当な衝撃が住人らには走ったことだろう。
落ちた先が開けた場所で誰も人がいなかったことは不幸中の幸いといったところか。途中に大きな木を何本も薙ぎ倒してしまったものの、被害は最小限に留まった。
「うっ……ごしゅ、じん? 生きてますか!?」
「わりぃ……助かった……」
砂塵を引き起こし、陥没した地面の中心部分でポポが丸まって司の容体を確認する。
ポポ自身もステータスは相当なものであるが、それでもかなりの傷を負ったようだ。自らに走る痛みを堪えながら、主の心配を優先した。
司は死んではいないものの、正直酷い有様だった。
両腕で熱線を受け止めていたからか両腕は完全に焼け焦げ、皮膚が黒ずみを帯びている。全体に至っては比較的軽傷で済んだと言えるのか酷い火傷状態程度に収まっているが……極めて重症、重体と表現していい状態である。
ローブは火耐性があるにもかかわらず既に半壊しており、従来の機能はいまはもうほぼなさそうだ。ローブの端は赤みを帯びて焦げ、チリチリと燻っている。
微かな呼吸を繰り返す司は死の瀬戸際を彷徨い、このまま放っておけば確実に死に向かうことは誰にでも想像できそうなものであるが……
「すぐに皆さんが来ます! それまで頑張ってください!」
「っ……あぁ……!」
ただ、ポポの呼びかけに息も絶え絶えに、だがしっかりと頷く司からは死ぬ気配が不思議と感じられなかった。
生への執着とまではいかないものの、生きようとする雰囲気が漂っていた。
しばらくして……
「カミシロ様!! しっかりしてください!!」
司達の元に、他のメンバーがようやく到着する。
ナナの背に乗ってここまでやってきたヒナギは、司とポポを目にした瞬間にナナから飛び降り、一目散にポポに支えられて横たわる司の元へと駆け寄った。
そして一気に涙目交じりの表情で心底心配した表情へと変わっていく。
先程までいつもと変わらぬ姿でいた愛しい人が、今は見るも辛い姿に変わり果てていたことがヒナギの胸を締め付けたのだ。
「ヒナギ、さん……? 大丈夫、でした……?」
「こちらに被害はありません。ですけど……なんて酷い傷……」
「ハハ……頼りないとこ見せちゃいましたね……」
「何言ってるんですか! そんなわけありませんよ!」
相も変わらず自分を犠牲にすることを当たり前のように行い、誰かを守ろうとする。そしてそんな発言をする司に対し、ヒナギはこの時だけ司を恨んだ。
なぜここまでして守ろうとするのか? 自分も確かに誰かを守るようなことはしてきたし、これからも続けていくことだろう。それは自分にとっての個性みたいなものであり性分だ。ヒナギもそれは分かっている。
だが、司はヒナギのそれを上回る。
街を守るという体裁はあっただろう。今回は仲間だけでなく大勢の人の命が関与していたのだから。加えて恋人も含まれる状況とあれば守る行動に理解はあるし、自分に当てはめてみても納得はできるというものだ。
ただ、司と同じ力を仮に自分が持っていたとして、本当に自分にそれができるかと言われれば……それは否。できるはずもないと思ったのだ。
目の前にいる司の状態を見て、自分がここまで傷を負った時にそう思えるのかどうかと言われたら自信がなかったのである。
司の誰かを守ることへの執着を、ヒナギは初めて異常に感じていた。
「ヒナギ退いて! 手当てするから!」
「セシル様!?」
「頼んだよセシル!」
そこに、少し遅れてセシルが険しい顔つきでやってきてはヒナギを押し退ける。
ヒナギは内心片時も離れたくなかったが、戸惑いつつもすぐに言うとおりに動いた。
「『………』」
セシルは司を上から下まで見て頷いた後、聞き慣れない不思議な言語を口ずさみ始める。
それと同時にセシルの被っているフードがブワッと捲れ、人形のように綺麗な金髪も重力に反して舞い上がる。
何か不思議な力が、セシルから零れているようであった。
セシルは両手で祈りを捧げる姿勢を取ると、目を閉じて一言。
「『セラフィム』」
「こ、これは……?」
皆が見守る中、司の身体に変化が起こる。
司の胸の辺りから噴水の吹き始めのように光が零れだしたのである。零れだした光は司の細部に次第に広がっていくと、痛み切った身体を癒しているのか皮膚の黒ずみを元の肌色へと戻していく。
黒ずんだ両腕が正常に、そして顔、全身へと……。
当の本人が流石に最も驚いているようであったが、セシルもまた驚きの表情をしていた。
「それは……天使の力、なのですか?」
「うん。治癒効果と治癒促進を活性化させる秘術。魔法とはちょっと違うかな……」
「すごい……ご主人の『ヒーリング』と同じくらいの効果ですね」
ポポが感嘆して呟くと、少々困惑した顔でセシルは……
「……普通はここまで効果なんてないよ。ツカサの治癒促進が異常なんだよ」
と言った。
セシルのこの『セラフィム』は通常ここまでの効果はないようであり、司の治癒能力が元々高いことが想像以上の回復に繋がったようである。
司はもう既に意識も安定し、自分の身体を見回して目を丸くしている。
司を除いたら回復役がいないと思っていた手前、こうして新たな回復してくれる存在がいてくれたことの喜びがあるようだ。
「ま、怪我が大分治ってなによりかな。……それでどう? これでもう一応は死ぬ心配はないと思うんだけど……」
司は手を握っては開くのを繰り返し、自らの身体の調子を確かめている。
「……うん。助かったよセシルさん」
「カミシロ様……」
全快ではないが、元気よくお礼を言う司であった。
◇◇◇
「カミシロ様ぁ……」
「ひ、ヒナギさん?」
怪我が治ってようやく立ち上がった俺だが、すぐにヒナギさんに抱きつかれた。思い切りではなくそっとであり、張り詰めていた力が抜けたような具合に。
一瞬驚いたものの、それも無理はないとすぐに理解した。やはり相当心配してくれていたようである。
ヒナギさんは俺の胸に顔を埋めて微かに震えており、俺のコートを掴んで離さない。
声も今にも泣きそうな感じだったので、俺が生きているのを直に感じたかった……そんな風に見て取れた。
「……すみません。もう平気ですから」
「無理、しないでください。カミシロ様は自分をもっと大切にしてください。これでは命がいくつあっても足りません……」
「……はい」
ヒナギさんの言うことはごもっとも。だが無理をしなければ皆死ぬ状況なら……やらざるを得ない。
俺もヒナギさんと立場が逆だったらそう言うだろうから……この辺は難しいだろうけど。
でも、それは譲れない。
「ヒナギ、でもツカサが防いでくれたおかげで今の私達があるのは事実。そこらへん難しいとは思うけど……今はそれよりもやることあるでしょ? アンリとジークのことがまだある」
「ぁ……」
「っ! そうだった……早く合流しないと!」
セシルさんの言葉にアンリさん達が急にいなくなった瞬間のことを思い出した俺は、ヒナギさんの肩を掴んで引き離す。
この時はヒナギさんの気持ちを尊重できるならしたいところではあったものの、それを許さない状況を前に配慮は回らなかった。
俺達はなんとかなったが、2人は飛行船に飛ばされたままなのだ。
「行かないと……ぅっ……!」
すぐに空に浮かぶ飛行船を見据え乗り込もうと行動しようとしたが、身体が少しふらついてたたらを踏んだ。
身体に力が上手く入らん……。虚脱感もあるな……。
「ツカサ、体力までは回復してないから無茶だよ。一見平気そうに見えるけどツカサまだ重症だからね? 分かってる?」
「分かってるよ……! でも、だからってジッとしてるわけにもいかないだろ!」
セシルさんに言われるまでもなく、俺の身体が万全ではないことは分かっている。
『ヒーリング』だって傷を回復するだけで体力は回復しないし、カイルさんが以前俺にくれた最上級薬も一緒だ。あの時はすぐに眠くなって意識がなくなってるから、今回セシルさんが施したコレも同じ可能性が高いってことも分かってる。
でも、それでもジッとしてなんていられないんだよ。
「落ち着いて。ツカサ……一回落ち着こう。慌てても駄目だよ。さっきとは状況が違う……今の現状を把握してから動かないと」
「そうだよご主人! 連中が何してくるか分からないんだよ!?」
言われたところでそれを無視して動こうとした俺だったが、先程の脅威がまたとなると確かにそうである。
さっきの熱線と同規模のものをやられては今度こそ終わる。そう考えると……俺の足はピタッと止まった。
「っ! ……ゴメン、ちょっと熱くなってた……」
素直に自分の愚かさを反省して謝った。
アンリさんとジークも大切だが、今ここにいる皆も大切だ。
そう思うと、俺に唯一残っていた何かが俺を引き止めたような気がしたのだ。
「ん、オッケー。案外落ち着いててくれて良かった」
足を止めた俺を見てセシルさんが安堵した様子を見せる。
またあの熱線が飛来した場合を考えると、俺がいなくなることで不安を覚えることだろう。でもそういう心配ではなく、俺が暴走しないことに安堵してくれているのだと思う。
セシルさんはそういう人だし、そもそもパーティの皆は優しい人ばかりだ。癖は強い人もいるけど。
「じゃ、状況の確認。アンリ達はあの黒い飛行物体に乗ってる……ナナ、間違いない?」
「うん。今もアンリとジークの魔力を感じるよ。……あと『白面』のも」
「そう……」
俺が早まった行動が収まったかと思うと、すぐにセシルさんは状況の確認を始めた。
ただ、俺はもう少し落ち着く時間が必要だったようであまり話が入ってこなかったが……。
今俺の頭を占めているのはさっきまでの自分と今の自分への批判。それだけだった。
『ノヴァ』を警戒していたはずなのに防げなかった……。また俺は肝心な時にアンリさんを守ることが出来なかった。
さっきの熱線だって一人じゃ守れなかったし……俺は糞野郎だ。今も考えなしに特攻しようとして感情的になりすぎてた。
自分を何度嫌になったことだろう? 直したくても直らない、負のジレンマを感じてしまう。
でも俺がここで、一瞬でも負の感情を抱いてしまったことが……今ならいけなかったのかもしれないと思う。
「正直あの熱線が次来たら私達は終わりです。とりあえず早急にあの砲台を破壊することが先決だと思うのですが……いかがでしょう? 恐らくアンリさんとジークさんは一緒ですし、ジークさんならアンリさんを守り切ってくれると思います」
「あの超兵器があるから慢心はいけないんじゃないかなぁ。またジークが拘束とかされてたら洒落にならない状況だけど……っ!? ぇ……うそ……!?」
「ど、どうしたのナナ!?」
突然、ナナが四方八方を何度も振り向き、激しく辺りを見回し始めたのである。
そして……
「……か、囲まれてる……大量の、モンスター達に……!」
「そんなっ!?」
一瞬、思考が止まった。
これ以上の面倒事が増える重圧に、思考がついていかなかった。
大量の魔力反応を感じ取ったナナは、口が閉じぬまま冷や汗を垂らした。
心なしか零れる光も減り、ナナの心の余裕が減ったことが身体に現れ始めていた。
ポポとナナから零れる光は、2匹の状態を表しているのだ。
神々しくこれ以上ないほど輝いている時は心身共に安定した状態であり、どちらかが欠け始めると光は光量を減らす。
だが、今ナナは明らかにその光量を減らした。特に魔力を消費したわけでもないのにだ。
気配察知と地形把握に使っているであろう『大地の鼓動』如き、今のナナにとっては大した魔力の消費にすらならないはず。このことが意味することはつまり、ナナの心が過度な負担を感じたことに他ならない。
ナナの言ったことは嘘ではない、事実なんだと……。
ここに来て追い打ちをかけるように、大量のモンスターの襲来まで発生した。
飛行船による上空からの攻めと地上を蹂躙する物量の猛攻を想像すると、それを受ける俺達の状態は最早灼熱という表現をしてもいい。どこもかしこも苛烈極まり、安全な場所が何処にもない状態に、俺達は陥ったわけだ。
なんで……こんなことになってんだ?
飛行船も……電撃と熱線も……大量のモンスター達も……アンリさん達がいなくなったことも……なんでこうも立て続けに起こらなきゃいけない?
イーリスがお前らに何をした? 俺達がお前らに何を……。
オイ……『ノヴァ』てめぇら……
「いい加減にしろよ」
「「「「っ!?」」」」
タガは外れた。
自分の不甲斐なさに腹が立つ。
彼女も守れないことに腹が立つ。
ジークに助けられてばかりなことに腹が立つ。
弱い自分に腹が立つ。
皆に心配されてばかりの自分にも腹が立つ……!
だが……『ノヴァ』の連中に一番腹が立つ!
全身が怒りで満たされる感覚。
俺はセルベルティアの使いに対して感じたものよりも更に強い怒り……今それを直に感じていた。
「ご、ご主人……それ……!?」
「あの時と同じ……竜が……!?」
2匹の言葉は耳に入ってくるだけで何を言っているか理解できなかった。
身体が熱い。血が沸騰してるみたいに熱を帯びてる気がする。でも頭は対照的に冷ややかに感じるし、こんな感覚は初めてだな。
だが今はそれでいい。きっとこれも怒りだろうからな……。
ドクン……
「ぁっ!? ぐぅっ……!?」
痛い…! 頭が割れるみたいに痛くて堪らない! 何だ急に……!?
自分でも怒りに酔いしれている気はしていた。でも今はそれでいいんだと、このまま怒りに身を任せてしまっていいと思っていたんだ。
だがそこに、怒りの状態でも見過ごせない情報が突然舞い込んできた。
激しい頭痛を伴って……。
それはあの時感じた痛みと酷く似た痛みだった。
痛みもそうだが、俺の視界は何故かグラついて立つこともままならないことになってしまい、手を地へとつくしかなくなってしまう。
その症状は更に悪化し、俺はグルグルと天地がひっくり返ったような感覚を覚えた。それは立ちくらみが酷い時の一瞬によく似ているものの、随分と長く非常に気持ちの悪くなる感覚。
そんな状態の中で脳裏にチラついたのは……
『ったく、何処に行ったんだよ……っ!? う、うそ……だろ……?』
『……』
『シュトルムっ! オイっ!? 返事しろ! してくれよっ!』
『もう手遅れ……コイツの魂、もらってく』
燃え盛る町を背景に、瓦礫の近くに横たわってうつ伏せのままピクリとも動かないシュトルムの姿。血だまりの中で、その血だまりが広がっていくその光景が示す事実は……受け入れがたいものだった。
シュトルムが死んでいる光景が鮮明に映し出されたのだ。
シュトルムだけではなく他にも倒れている人が何人もいる。同じく血だらけで身体の一部が欠損している人もいて、中には腹に穴が開いた人もいる。頭部が無くなっている人も……。どれもこれも近くに黒い刃が存在し、外傷はそれによるものと思われる。
だが一番際立っているのは……シュトルムのすぐ横に立つ全身黒装束の人物だ。
シュトルムが……シュトルムが危ない!
「カミシロ様!? しっかりしてください! 急にどうされたのですか!?」
「…………」
頭痛はそこでナリを潜め、少しの余韻を残して楽になっていった。
頭痛が怒りも一緒に潜めさせたのか、少し考える程度の余地が生まれる。
この問題はオルヴェイラスだけじゃない。ハルケニアスとリオール……各地の状況も加味して俺が今考えうる最善の手立ては……
「ナナ……ここは、オルヴェイラスはお前に任せていいか?」
「あ、え? 何急に……。でもあの熱線がきたら私じゃ……」
「安心しろ。もうあの熱線は来ないからその心配はいらない。ただ……さっきの電撃みたいなやつは何度か来るけどな」
「何を根拠に……」
「というか任せた。その上からの攻撃は全てお前の魔法で防ぎつつ、フェルディナント様達と協力して周りの全てのモンスターを殲滅しろ。……できるな?」
「っ!? ……う、うん! なんかよく分かんないけど……根拠があるんだね?」
「察しがよくて助かる。流石ナナだ」
ヒナギさんの受け答えをするでもなく、ただ一方的な命令を俺は下す。
それでも、口で多くは語らずとも、ナナは俺が今何故こんなことを言いだしたのか当たりをつけたようだ。
「あの、ご主人? まさか……」
「そのまさかだ。また新しい記憶だ」
「なるほど……そういうことですか」
「ここにきてくるなんて……当てにした方がいいっぽいかな」
「え、えぇ。そうですね……」
それはポポも同じで、おそるおそる確認をしてきたので俺は簡潔に短く答えた。
例の記憶がここにきて現れたと。
ヒナギさんとセシルさんも俺の記憶云々は知っているので、ポポとナナが従順に従っているのを見て察したようである。
俺がとち狂ったことを言っているわけではなく、確証を持って何かを伝えているのだと。
だからここは俺を信じて黙って頷いてもらいたい。
時間が本当にないんだ。酷く身勝手なことを言っているが、手遅れになる前に動かないと……。
「ポポは全力でリオールに向かえ。ここから南東の方角、山を二つ越えた先だ。街に川が流れてるからすぐ分かる。ジークがいない今、俺の次に早いのはお前だからな」
「はい!」
オルヴェイラスはナナ、リオールはポポ。そして俺は……
「俺はハルケニアスに向かう! このままじゃシュトルムがヤベェっ!」
「そうだシュトルムは今……!?」
シュトルムは今ハルケニアスへと赴いている。
そこで近隣の王であるハイリとリーシャも一緒に、今後の展開について談義しているはずだ……。
「でもツカサ、ツカサの言っていることが本当だとして……ここだけじゃないってことだよね? 他の街もオルヴェイラスと似た状況ってこと?」
セシルさんが戸惑いながら俺へと確認をしてくるが、まさしくその通りだ。
「そうだよ。同時に今似たことがどこでも起こってる。……もっと早く分かれば良かったんだけどな、クソッ!」
勝手の悪い記憶事情に苛立ちが湧く。どうせ出てくるなら事前に出てきて欲しかったからだ。
俺と似て問題が起こってから動き出すのがなんとも俺の記憶だなと思わないでもないが、ふざけるなと今は言いたい。
事が起こってからでは遅すぎる。
「じゃ、じゃあ……シュトルムも今危ないんだね」
「うん、そういうこと」
セシルさんの目つきがキリッと豹変する。
元々険しい顔つきをしていたが、それは仲間の命が危ないということで更に増したようである。
正直俺もセシルさんのことを言えない立場だと思っている。それくらい緊迫した状況なのだ。
「それと……」
「なに?」
「い、いや、なんでもない……」
ここでセシルさんが何か他に尋ねたいことがあったようなのだが、途中でそれをやめてしまったので詳細は分からない。
俺も急ぎたい気持ちがあったから特に追及しなかったが。
よく分からんがそれならそれでいい。今は伝えることを伝えておかなければ。
とにかく、ポポとナナの役割は決まったし伝えた。残るはセシルさんとヒナギさんをどうするかだが……もう決まっている。
俺は冷たく薄情な奴だと思われるだろう。
「それで2人だけど……ヒナギさんはここに残ってください。ナナは分かってるかもしれないけど、モンスターの中にはあのギガンテス達がいる。その個体の相手を頼みたいんです」
「あのモンスターが?」
そう、今オルヴェイラス周囲に現れたモンスターの中には、フェルディナント様が遭遇した植物型とあのギガンテスがいるはずなのである。しかもその2匹だけではなく、他にもう1匹別の個体がいるというふざけた構成で。
「ハイ。他にも似た奴がもう1匹います」
「え、もう1匹別の個体がですか? それは……」
「アイツらには魔法はあまり効かないですから物理しかありません。ナナならできなくもないだろうけど、一番は街に被害を出させないことですから完全に手が回るか分かりません。この中で一番適任なのがヒナギさんなんですよ……」
酷い頼みごとをしている自覚はある。なんせ化物3体を倒せと言っているのだから……。
「でも決して無理はしないで! あくまで自分の命を最優先に動いてください。ナナはそれを可能なら援護しろ! お前とヒナギさんでこの街をとにかく守るんだ!」
現状のメンバーで物理と魔法のバランスの取れた編成はこれがベストだろう。
それに今はもうここが一番安全だろうし、ヒナギさんの配置はこれでいい。
アンリさんがいない今、この中で最も危ないのは恐らくヒナギさんだ。Sランクであってもそんな扱いになってしまうのは少々忍びないが、事実は事実である。
俺は内心でヒナギさんに辛い現実を突き付けているような気分になるが、大切で特別な人が安全な場所にいてもらいたい気持ちがあるのでこれはもう決まりだ。
その分他の仲間に更に辛い戦地へ出向いてもらおうとしているんだから、俺は最低な奴と言われても文句は言えない。それに騙しているようで……。
俺の最低な気持ちと欲求のせめぎ合い。それは……欲求が打ち勝つという結果になった。
それでも胸に感じる痛みは本物で、俺はそんな心を押し殺して非情な指示を下した。
「セシルさんはポポについて行ってあげてくれ! ポポは魔法はたいして使えないから、相手によっては手の打ちようがない場合がある。それに町全体が混乱してるはずだし、ポポが来たら化物と思われかねない。事情説明してくれると助かる」
「えっと……うん、分かった。確かに、ポポの速度に耐えられるのはこの中じゃ私くらいだろうしね……」
「頼む」
「あのご主人? リオールでは一体何が起こってるんですか?」
まだ言っていなかったリオールの状況。これから言おうと思っていたが先にポポが聞いてくれたようだ。
正直リオールに関しては完全にトラウマが植え付けられるレベルと言っても過言ではないはずである。
被害状況だけで言えば、熱線の壊滅から免れたオルヴェイラスを遥かに越えている有様、目を背けたいくらいなはずだ……。
「リオールは……人同士で殺し合いが始まってる……はず」
「「っ!?」」
オルヴェイラスとハルケニアスと違って、リオールの状況に関してのみ俺も不安がある。
リオール以外の状況に関しては何故か記憶として、情報として鮮明に残っているのだが……リオールだけ鮮明な記憶が抜け落ちているのだ。
大まかな状況は分かるものの、肝心となる部分が無い状態なのである。
多分……俺が実際に見た記憶ではないということなんだと思う。誰かから聞いたという線が濃厚だろうか。
そしてそれはこのパーティの内の誰かから聞いたに違いない。
そして、その時もうシュトルムは……。
一瞬、未来の自分が経験したあの出来事がまた脳裏を掠め、暗い気持ちと悲しさ、そして奴に対する怒りが沸き上がった。
まぁなんにせよ、未来の俺の記憶はあくまで体験した記憶しか俺には伝えられないのだろう。記憶なのだから当然と言えば当然である。
見たことのない景色やモノは言葉でしか補完できないし、実際に未来の俺が直に経験したこと以外については確証は持てない。
ある意味何を信じるかの選別が必要になってくるわけだが……それでも相当な事案なことであるのは確実だ。こうして思い出す程になっている以上見過ごしていいものではないと思いたい。
「すごい無茶苦茶言うんだけど、リオールに関してだけは詳しいことは言えない……。ただ少なくとも、ここよりかは酷い状態ってことは知ってる……」
「えっ!? 分からないんですか!?」
「ツカサ……ここまで言っといてそれはないんじゃないの?」
ポポはまさかの俺の発言に驚愕し、セシルさんは責め立てるような目つきへと早変わりした。
俺がそちらの立場だったら怒鳴り散らしそうな状況のため、2人の寛大な心に感謝したいところである。
しかし、分からないものは分からないとしか言えない。
流石にこの状況で嘘をつく気になれるはずもなく、正直に話す以外の選択肢は俺にはなかった。
「ゴメン。だけど相当酷いのは確かなんだ。俺はハルケニアスに行かなきゃならないし……残った2人にそっちを任せるしかないんだよ……」
2人はリオールに行って問題を解決してこい。簡単に言えばそういうことである。
酷いなんてものじゃない……最悪な指示である。指示する風上にもおけないのが今の俺だ。
しかし……
「はぁ……まったく相変わらず肝心な所でそうなんですから……。分かりましたよ。ご主人、こちらは任せてください。セシルさんと私でなんとかしますから」
「スマン」
「謝らないでください。ご主人が自分だけじゃ手が回らずに誰かを頼るほどなんです。状況がそれほど切迫してるのは明白ですし、何より頼られて嬉しいですから……。期待には必ず応えて見せますよ」
「ポポ……」
それでも従順に従ってくれるのは、俺の相棒の片割れ。嫌悪感を出すことも無く、やる気に満ちた顔で俺を見てくれている。
有り難かった。ポポの底抜けの誠実さと忠誠心に感謝しかなかった。
でもそれを内心で期待してた俺の心は酷く汚れてるんだろうな……。
「……なりふり構ってられなさそうだね。なら私も本気で力を振るう。天使の力……思う存分使ってくれていいよ。あと、この事態が終わったら全て話すから……」
ポポに続いてセシルさんも異論はないとのことだった。そして自身の力を隠すこともなく振るってくれるうえ、事が終わったら例の天使の事を含めたセシルさん自身の話をしてくれるとまで。
朗報がさり気なくあったものの、セシルさんには極力力を振るわせないとジークと約束していたその約束を早々に破る形となってしまったため、罪悪感の方が俺を占めていたが。
「こんな時にゴメンね。でももう整理ついたから……。まぁ言っといてアレだけど今は気にしないで。それよりも……ツカサはどうするかが聞きたいかな。ハルケニアスに行くんでしょ? 一人で……だよね?」
「うん。その方が動きやすいし一番確実だから」
「そっか。決意固そうだし何を言っても聞かなさそうだから言っとく。……無理はしないでね。さっきヒナギが言ってたことを守るように。もうヒナギを泣かす様な真似はしないこと」
「え? あ……うん」
「セシル様……」
重い空気の中ではあったが、セシルさんは親が子に言いつけるような言い方で俺へと約束事をしてくる。
人差し指を立てながら言う姿は可愛らしく、一瞬この場の重苦しい空気が軽くやわらかなものに早変わりしたと感じる程だ。でもそれ以上に、抗えぬ命令を下されているような気分にもなったのは、セシルさんだからか……。
セシルさん……やっぱ一番年長者なんだな。落ち着きがあるというか……。
仲間になった途中で知った手前ではあるが、セシルさんをやはり一番の年長者だと感じながら、適わないなぁと思ってしまう。
伊達に長年を生き抜いてきたわけではないことが伝わってくるようであったから。
年上の人から感じる見えない圧力のようなもの。ヒナギさんにもあるそれが確かにあった気がしたのだ。
これに俺は抗えない。
「……して、ご主人は一体何をするつもりなんですか? シュトルムさんの救出ですか?」
「あぁそうだ。シュトルムを救う未来に変えてやるんだ! そして……」
セシルさんとヒナギさんの約束事を胸にしかと刻み込むと、ポポからの質問が耳に入った。
ポポの質問には俺は力強く答える。いつも以上に。
なぜなら……絶対にミスの出来ない事情があるからである。
俺がやることなんて決まっている。シュトルムの命を助けることが最優先で、次にリーシャとハイリの命を助けること。
あとは……
「4人目の『執行者』の『影』を……ここで確実に殺す。それが俺のやることだ」
「「「「っ!?」」」」
流石にこの発言には皆ビクッと過剰な反応をしたと思う。
まさか俺が『殺す』なんて発言するとは思わなかっただろうし、まさかの4人目の『執行者』の名を聞いたわけだからな。
イーリスに来ている『執行者』は3人ではなく、計4人が正しい。
その4人目はハルケニアスにひっそりと潜み、まだ誰も姿を目にしていないはずだ。
だからこそ、予想外の奇襲に未来の俺はシュトルムをむざむざやられたんだ……!
記憶を見てやっとアイツの言ったことを理解した。
俺はここで確実に……『影』を殺さなくてはいけないんだと。
未来の俺の報いを晴らす、そして俺の今後のためとなる大切な分岐点。それは今ここにあったんだ。
人を殺してはいけない? あぁ勿論そうだ。それが俺が俺であるために必要なことだし、忌避してきたことだからな……んなこと昔から分かってる。
そもそも人を殺すこと事体が罪な世界で生きて来たんだから当たり前だ。俺が自分のためとかの前に、法的な制約で誰しも守らなきゃいけないことだったしな……。
だが、それがどうした?
馬鹿馬鹿しい。こと『ノヴァ』に関してなら、もう殺せない方が無理ってもんだ。
『ノヴァ』は一人残らずこの世から殺して消す。それは……絶対に叶えなきゃいけないことであるから。
俺にもっと力があれば、シュトルムを助けつつ不殺を実行することも可能だっただろう。俺のショボい信念を貫いて……トラウマから逃げることもできただろう。
でもそんなのは無理だ。だって俺は……弱すぎるから。
殺さないと何も守れない。殺すことで守れるものもあるんだと、今身に染みてよく分かったよ。
『ノヴァ』をまともな人と同じ目線で見てたりしてたら全てを奪われてしまう。
だから『影』は今日、確実にここで殺す!
「アイツらの命なんて毛ほども気にする必要はない。……もう何も奪わせはしない!」
次回更新は土曜です。




