209話 空に黄金、地に白銀
本日で『神鳥使い』一周年です。
いやぁあっという間でしたね。今後も執筆頑張っていきます。
◇◇◇
司とジークがオルヴェイラスに戻る最中、電撃の真下……街にいる者達は慌てふためき、異常な事態にパニックを起こしていた。
それもそのはずだ。上を見上げれば自分らを押しつぶさんと迫る電撃が眼前に広がっているのだから。
ただ、街自体にはまだ被害は特にない。急な轟音で鼓膜が損傷し、耳に異常を訴える者は少なからずいるが、皆動ける状態を保っている。
それは何故なのか?
電撃を街に当たる寸前で食い止め、必死の抵抗をする者達がいてくれたおかげである。
言わずもがな、司の仲間一行である。
司とジークが少し席を外している間、残ったメンバーは皆で生活用品の買い出しに繰り出していた。今回の問題が思った以上に長引く可能性が浮上し、イーリスに滞在する時間が予想よりも長くなりそうと感じたためである。
司とジークの手合わせは大体いつも30分程度のものであるため、その時間潰しの間に済ませてしまおうと考えていたのだが……
「っ……ナナ! あとどれくらい保ちそう?」
「分かんない! けど、これ以上は流石に……っ!」
買い物を済ませたところで異変が訪れたため、今に至る。
セシルがナナへと不安な顔で声を掛けるが、ナナの返答はあまり良いとは言えないものだった。
どれだけ咄嗟の行動であったのかは、今ナナ達の足元に散らばる日常品が無造作に放り出されていることですぐに分かる。現在道端のど真ん中で巨大化して魔法にありったけの力を注ぎ込んでいる最中であり、本当に突然の出来事だったことを物語っているからである。。
この極大の電撃を防げたのは、一概にナナの広範囲に及ぶ魔力範囲のおかげだ。
今ナナはオルヴェイラスを囲える程の氷の膜を展開し、この電撃を防ぐ役目を担っていたのである。
だが、魔力範囲はあくまで魔法を発動できる範囲であって、今ナナが発動している魔法の規模が普通の規模と消費魔力が同じになるというわけではない。
規模が大きくなるほど魔力の消費が激しくなるのは絶対の概念であり、例え【魔力の理解】を持っていたとしても長く発動できる代物ではないのだ。覚醒状態であればこの概念を著しく無効にして自由に魔法を発動できるチート性能を誇るナナであるが、今は司がいないため当然通常状態での巨大化である。
流石のナナでもこの1分にも満たない間に魔力が底を尽きかけてしまっており、ヘロヘロの状態で無理して電撃を防いでいるのが現状だった。
そのナナの頑張りを見守ることしかできない他の面々は、歯がゆい気持ちでその姿を見つめる。
魔力範囲は訓練をしたところで成長するものではなく、元々が生まれ持つものに依存する。今ナナが氷を展開しているのは最低でも約300メートル程の高度があり、この中でその範囲まで魔法を発動できる者は誰一人としていないのだから、どうあがいても不可能である。
一応、セシルは天使の不思議な力を使ってナナの魔法の補助をしていて、今はナナに両手を当てセシルからナナへと何か力が流れ込んでいるようである。
しかし……
「ヤバ……ちょっと笑えない状況なんだけど……!」
ナナが翼を空へと向けていた姿勢。それが徐々に崩れていく。
2本の足でどっしりと構えていたナナだったが、今はもう地面にへたり込み、限界がすぐそこまで迫っているのが誰にでも分かるくらいに目を瞑って死力を振り絞っている様子だった。
精一杯の抵抗としてお茶らけた口調で話すナナの声に余裕などはなく、それを誰しも理解していつ魔法が解けてもおかしくないと思った。
それは今この場にはいないポポも一緒のことだろう。例えナナの姿が見えずとも、自分達の力量くらいは弁えている。
流石にここまでの規模と威力を誇る電撃が自分達にとってどれだけ手に負えないのかくらい理解しているのだ。
ポポはポポで、単独で今必死にナナの負担を軽減しようと動いている最中だった。
ポポは既にナナの発動する氷の膜の外側へと飛び立っており、電撃を直接抑え込もうと電撃の発生地点へと向かっているのである。
司達が疑問に思ったこの電撃が発生するという不可思議な現象。それは当然ポポ達も不思議に思っていることであり、ならばその元をどうにかしようとする考えは至極当然といえる。
だが思った以上に電撃の発生地点が遠いこともあってか、ポポは未だ発生地点に辿り着けていないというのが実際のところであり、内心焦りで思考が上手く機能していない状態となりつつあった。。
「「このままじゃマズイっ…!」」
2匹が同じ言葉を口にし、もう駄目かと思ったその時……
『才能暴走』――
「っ!? ご主人きたぁっ!」
「やっとですか……!」
2匹の身体が、淡く光が零れる美しい身体へと変化していく。
『才能暴走』による変化、所謂覚醒状態へと変化したのである。
司の声が聞こえたわけではない。ただ、2匹は身体に不思議な力が注ぎ込まれる感覚を覚えたため、咄嗟に司が近くにいることを察して声を出したにすぎない。
ナナは底を尽きかけていた魔力が全快し、今現在展開して防いでいる氷の膜を更に強化させることに成功。そしてポポは能力が急激に上昇したことですぐに発生地点へと瞬間的に移動、そのまま一気に電撃を魔法陣ごと掻き消す動作へと入る。
電撃を受け止めているナナが余裕の顔になったことで、皆に安堵した表情が生まれ、一様に電撃を直視して事を見守る。
ナナは電撃を防いでいて手が出せない。ならば、同じくナナ同様に覚醒状態になっているであろうポポがこの状態を打開してくれると思って……。
皆の期待に応えるように、電撃で発光していたオルヴェイラス一帯は、ポポにより別の光源に照らされ色を変えることとなった。
いや……閉ざされると言った方が良いか。
「『灰燼衝波』!」
ポポが翼を振るうことで引き起こされる衝撃波。その技は通常状態での使用である『剛翼衝波』とは比べ物にならない威力と現象を引き起こした。
ポポの羽からはこの時だけ淡い黄色い光が零れるのではなく、赤い粉塵が零れたのである。その粉塵はポポが翼を振るうことで上空の荒れ狂う風に無理矢理乗り、そのまま一方的な力に流されて電撃へと向かっていく。
酷く熱を帯びた粉塵は周りの空間を歪ませながら更に赤く一瞬だけ光ると……そのまま電撃を覆う程の大爆発を引き起こして電撃の大半を飲み込んだ。
大爆発はナナの展開する氷で遮られたことでオルヴェイラスの街自体に被害はなかったものの、一瞬にして空の景観を黒煙で占め尽くし虹を見えなくした。
その光景をオルヴェイラスにいた者達は更なる驚きに包まれて見守り、パニックを起こしていた者も電撃とはまた違う、別の現象に目を奪われることとなった。
やがて吹き荒れる風にも負けずに滞留しつづけた黒煙は少しずつ晴れていき、空に虹がうっすらと見え始める。
完全に煙が晴れた後、空に光輝いて際立つ別の目立つ存在であるポポは翼を羽ばたかせながら、脅威は去ったのだと悟った。
「……魔法陣と電撃の消失を確認」
本音を言えば魔法陣は破壊せずに残し、証拠やメカニズムの解明として誰かに見てもらいたかった。しかし、オルヴェイラスの存続が掛かっているような状況ではそんなことに気を遣う余裕などなく、すぐに脅威を取り除くしかなかったのである。
脅威が退けられたことで、その気持ちがより一層強く出てきてしまっていた。
皆に合流するため、ポポは消えた氷の膜の下へと降りていくのだった。
◇◇◇
ポポとナナに『才能暴走』を発動できるところまで移動した俺は、即座に『才能暴走』を発動した。
電撃を受け止めていた正体が氷の膜だということが判明し、それを行えるのはナナ以外あり得ないと思ったためである。
一緒にポポにも発動したのはナナだけが対応していることなどあり得ないと感じたためで、そもそも感覚で上空にポポがいることが分かっている手前、発動しない理由なんてなかった。
「ナナ! 皆! 大丈夫か!?」
「遅いよご主人! 死ぬかと思ったんだけど!?」
電撃を覆う程の爆炎が上空に展開したのを見て、ポポが『灰燼衝波』を使ったことが分かった。
俺とジークがすぐにナナのいる方へと向かうとどうやら皆も一緒にいたようで、俺の声に気づいてこちらを見てくる。
俺は静かに、だがジークは地面を少々陥没させる勢いで地面に降り立ち、そのまま皆に駆け寄った。
「良かった……皆怪我無さそうで……」
「ん、なんとかね……」
「ナナ様のおかげです」
俺の不安は今の皆の姿を見て解消された。誰も怪我はなく先程別れた時と同じ姿でいてくれている。
「そっか……。ナナ、良く持ちこたえてくれたな」
「後少し遅かったら冗談抜きに死んでたからね? 勘弁してよ~」
「スマン……」
ナナの言葉はいつも通りのお茶らけた話し方で俺へと突き刺さる。
目を見れば本気で言っているのかくらい分かるし、相当危なかったようだ。
まぁ、あの規模の電撃を見ればそりゃそうだろうけど。
「先生! 今のって一体……?」
「いや、急に凄い音がして俺達も事態に気づいたからよく分からないんだ。こっちは事前に何か変化とかはなかったの?」
「えっと……急に空に変な紋様が出て電撃が降ってきたことくらいしか……」
アンリさんの言うことは俺が推測したものとほぼ同じなようだ。
やはり前触れもなく突然飛来したらしい。
紋様と言うのは恐らく魔法陣のことを言っているのだろう。正直俺も初めて見たわけだが、知識だけしかなくともすぐに魔法陣だと理解できたが。
魔法陣は魔法をより効果的に、かつ安定して発動することを可能にし、不安定な環境においても魔法を発動する際に有効な技術と言われるのが一般の認識である。
ただ、陣を描く必要があるうえ使用者に適した紋様が存在する関係上、いちいちそれを解明するには膨大な時間が掛かるため、大半の人は使用するという考えすら持たないのだが……。
まぁなんにせよ、今の電撃は魔法陣から生み出された魔法というのが第一印象だろうか。
あまりに規模がでかすぎて真実味に欠けるけど……。
「紋様じゃなくて魔法陣だと思うけど」
「あれが魔法陣!? あんなデカいの聞いた事無いですよ……」
アンリさんが驚愕して今は虹の見える空を見上げる。
先程の光景を思い出して、今俺の言った現実味のない言葉を確かめるように。
そこに……
「多分だが……こんなことできんのは『銀』くれぇだろうな。今のはアイツがやったんだと思うぜ」
ジークが険しい顔つきで、今の現象に現実味ある発言をし始める。
「ジーク、何か分かるの?」
「まぁな。魔法陣の紋様はともかく色は『銀』のそれと似てたのは確かだ。……規模からしてアイツ以外に出来る奴もいねぇだろうし」
「『銀』……『ノヴァ』の1人ですよね」
ここにきて別の『執行者』と呼ばれる存在の登場には驚きを隠せなかった。しかもその存在がこの大陸を担当している存在とあれば尚更だ。
「『虚』がイレギュラーなことを考えると、担当者のアイツが動くことに関しては普通に思えるけどな。……奴の力は【創造】だ。物も新しい技術も次々生み出しちまう……めんどくせー能力だ。覚えてるな?」
「じゃあ今のはその生み出した力の一部ってこと?」
「まぁそうなるだろうな」
「『虚』の次は担当者のお出ましってわけか。アイツの言ってた僕達ってこういうことかよ……!」
やっぱり複数の『執行者』が1つの大陸に対し動いているようだ。
確かにヒュマスにいた頃もセルベルティアに『白面』がいたが……担当してるだけで実働者は関係ないということか。
とにかく、『虚』に『銀』って奴の2人が今この大陸に関与してきやがったか。
1人でも厄介だというのに……!
「ご主人! 助かりましたよ」
「おぉポポ! よくやったな」
「この状態ですからね。通常であれば不可能でした」
俺が連中の2人をどうしたものかと考えていると、上から颯爽とポポが現れ俺達の前に降り立った。
電撃への対処が終わったことでこちらに戻ってきたようだ。
「ポポ様、流石でしたね」
「うん。初めてポポの強さを垣間見たかも」
「アタシも」
「いえ、あれくらいなら造作もないですよ。ご主人のおかげです」
御三方はポポのしたことに感心した様子を見せていた。それもそのはず、ポポが覚醒状態で力を振るう瞬間はほとんど見たことが無いからだ。
覚醒状態だけなら何度か見たことがあるとは思う。しかし、ラグナの災厄の際にセシルさんとシュトルムはほんの一部を見たことがあるとは言っていたが、今回のようにあの電撃と同規模以上の力を見せることは過去になかったのである。
そもそも覚醒時の力を必要とする場面が限られているし、相当な魔力を俺が消費するということもあってあまり俺が『才能暴走』を使わないことも要因として挙げられる。それに目立つし……。
皆が知らないのはそれが理由である。
「ナナ、すみません時間が掛かってしまって……」
ポポは電撃の消失に時間が掛かったことを悔いているようで、ナナに対して申し訳なさを吐露した。
街全てを崩壊させそうなほどの魔法の使用だ。一番大変な思いをしたのはナナであるため、その辛さをよく理解しているポポはそうは言わずにはいられなかったようである。
「んー……ま、あれはしょうがないよ。結果的には助かったんだから気にすることもないでしょ。セシルがいたから助かったよ」
「そうですか……」
ナナはそれに対し困ったような顔で返答し、ポポに謝る必要はないと伝えているようだった。セシルさんがいたから助かったと……そう伝えて。
2匹の仲を考えればこれくらいは当然で、この程度のことで不和が生じることなんてあり得ない。この世界に来てからお互いに助け合いが常となっている2匹なら、これもまた絆の深まりを強めるだけだと思える。
だが、体裁というものがあるということだろう。
ポポはセシルさんをチラリと見てペコリと頭を下げ、感謝の意を表した。
言葉がないのは、言葉では伝えきれない感謝があったからだと俺は思う。律儀なポポであれば普通は感謝の言葉を忘れないはずだし、必ず何か意味があるはずだ。
今回はそうだっただけだろう。
少々重い雰囲気漂う中、それを断ち切るのは……やはりジークであった。
「ま、チビ助とチビ子とセシルのおかげで助かったわけだな」
そう言って。
あのー、俺は含まれないんですかねぇ? 一応ポポとナナを覚醒させたの俺なんですが……。
ジーク的には俺はどうやらカウントされないらしく、なんとも悲しい気持ちになる。
別に褒められたいとか称賛されたいわけじゃないが、功労者としての側面が一応は俺にはあるわけである。魔力も恐らくだがこの中で最も消費しているし、消費魔力だけで言えば一番辛い思いをしているわけだ。
……ま、桁が違うんで感じる怠さの度合いも段違いなんですがね。
皆だったら死ぬところを死なないわけですし。
そんなことを思いながら、話はまた先程の流れに戻っていく。
「そんで、『銀』って奴がやったのは分かったけど目的は一体なんなんだ? なんでこの街を急に襲ったんだ?」
何故急にこんなことを仕出かしたのかがそもそも分からない。
確かに『虚』がこの前俺と会ったことを身内に伝えているならば、俺への攻撃として仕出かしたとも言えなくはないが、それなら何故ヒュマスにいる時にそれがなかったのか? ということになる。
セルベルティアで『白面』と会ってからグランドルで結構な時間を俺は過ごした。その間俺は結構無防備な時もあったはずだ。酒による酔っ払い、依頼による疲弊、睡眠中などなど……。
でもそれはジークが俺は連中にとって脅威だと言っていたことからも分かる様に、俺が例え万全じゃなくとも大抵のことは通じないと理解していると思っていたからこそ、攻撃を仕掛けてきてこなかったのだと思っていた。
それを肯定するように俺がこの前セルベルティア王城へ赴いた時、いない時間を狙って『夜叉』が攻撃を仕掛けてきているし、俺はその認識でいたのだが……。
「知るか」
あぁそうかい。
俺の懸念はジークのそのたった3文字に蹴られることとなりやしたよチクショーめ。
以心伝心できるわけじゃないからそうだけど、もう少し言葉ってもんがあると思うぞ。
「だがアイツ『虚』とは別に厄介な奴だからな……自分の新技術を見せびらかすのが好きなナルシストだし、下手すりゃただの気まぐれでさえあるかもしれねぇぞ」
「気まぐれって……」
俺の一瞬の苛立ちはさておき、ジークの言った『気まぐれ』という言葉に皆が閉口した。
こんな規模の攻撃を気まぐれでされたらたまったものではない。小国と言えど簡単にその1つを潰せるだけの力があちら側にあるということになるわけで、本気を出したらどこまでのことを仕出かすか分からないのは恐怖を感じることだ。
何が狙いだ……?
次回更新は日曜です。




