206話 親子心
翌日……。
「……クオ?」
「おー、ちょっと元気になったみたいだな? アル」
『………』
眠りから覚めた俺は馬小屋へと早々に足を運び、アルの様子を見に行く。
起きて部屋を見渡すとポポとナナは眠っていたが、宝剣がまたいなくなっているということに気づいたからである。
だが……やはりここにいたようだ。
宝剣はまたアルへと寄り添うように佇んでいた。
どうやらシュトルムが周りの空気を正常に戻しておいたらしく、俺が一昨日の夜に出会った時よりも元気な姿を見ることができた。
首を傾げているのか、それともとぼけているのか、はたまた人語は元より理解できていないのかは分からないものの、神々しさからは想像のつかない愛らしさである。意外と高い声で鳴くのも影響しているに違いない。
シュトルムがいない間はクローディア様とフェルディナント様がアルの容体を安定させていたらしく、今回久々にシュトルムはそれをおこなったそうだ。シュトルム曰く、一昨日野生のユニコーンに施すことができたのは予行演習になったとのこと。
精霊を扱うにも練習というものは必要らしく、慣れないことや久しいことに手を出すのは、最悪自らに代償となって跳ね返る場合もあって危険なんだとか……。
聞くところによるとアルはシュトルムに一番懐いているらしく、シュトルムが手を加える方が喜ぶそうだ。う~ん、実に微笑ましい。
適材適所、自分が最も相手にとって必要な存在であるか……それを実に実感できる関係ですねぇ。
これぞ家族との接し方においての最終形、揺るぎない絆で結ばれた双方を打ち崩せる存在などいない状態。そう思わさせられまする。
俺もポポとナナが人語を介さないのであれば、今以上にもっと愛でてあげるんですけどねぇ…。
いかんせん、ポポはともかくナナはもう無理ってもんですよ。完全に親父ですし、おすし。
内心そんなことを思いながら、アルとの戯れをかれこれ数分程した後…
「ツカサ……ここにいたのか」
「あ、お邪魔してるぞ」
「!」
寝癖のついたままのシュトルムが、寝ぼけ眼のまま俺達の元へと現れる。
その姿はまるで、「起きるの辛いけど起きなきゃいけないんです」という気持ちがひしひしと伝わってくるようで、中高生が部活の朝練に行く時の状態によく似ている。
今の時間は割と早い……朝日が出たばかり位の時間帯なのだ。昨日はなんやかんや夜遅くまで話し合っていたし、よく起きれたなと素直に関心した。
ただ……俺はついこの前アルを思い出したわけだがシュトルムは違う。ヒュマスにいた頃から内心ではアルを心配していたのだから、こうしてアルの様子を朝に見にくるくらいは当然なのかもしれない。我が子を心配する気持ちと同じものを、シュトルムは持っていたりする可能性がある。
俺もポポとナナが同じ立場だったら、毎朝すぐに確認するくらいの配慮をすると思うし、行動も起こすことだろう。
大切であれば自然と勝手に行動に出ることは、既に俺自身経験済みである。
アルはシュトルムを見るやいきなり俊敏になり、その身体をシュトルムへとすり寄せ始める。
それまで俺が撫でてやっていたので少々残念な気持ちになってしまったが……一番の主にはかなうはずもない。
「クオォッ!」
「おっと……随分元気になったみてぇだな」
「♪」
シュトルムは一瞬目を少しだけ見開くも、すぐに眠たそうな顔へとすぐに戻り、アルを優しくなだめる。そして俺に代わって首下あたりを撫で始め、アルへのスキンシップを始めるのだった。
アルは一際嬉しそうな声を漏らして、「もっと掻いて~」と言わんばかりにシュトルムにねだり、心底シュトルムに懐いているのが丸わかりであった。
「大好きなご主人様が来たことで更に元気になったみたいだけどな」
「……う~ん、ご主人って間柄じゃないんだがなぁ」
俺の言葉に、それはちょっと違うなと首を傾げるシュトルム。
でもその心境を俺はよく知っている。分かっていてあえてその言い方をしただけにすぎない。
「つーか、お前だって随分懐かれてるみたいじゃん? アルがここまで懐くなんてな……」
「そうか? 人懐っこいだけじゃね?」
「んなわけあるかよ。アルはすげぇ臆病で人なんて普通近寄らせねーんだ。……何かしたのか?」
……特に何かした覚えもないんだが。
アルとの記憶が若干あるとはいえ、最初から普通に触れましたけども。
「……しいて言えば、撫でてやったくらいかな?」
「なんだよそれ。普通それだけですぐに懐くようなやつでもないし、そもそも触れることも許さないんだけどな…」
「って言われてもな……」
事実を伝えても、それは少々信憑性に欠ける内容のものしか俺は言えなかった。
考える俺を他所に、シュトルムはそのことを一旦頭から忘れてアルの健康状態の確認に移っていったので、俺も一旦考えを止めることにした。
「……うん、体調は良好って感じだな。毛艶も悪くないし……むしろ良い。もしかしてお前さんのお蔭なのかもな?」
『………』
「……ま、アルも気に入ってるみたいだから仲良くしてやってくれよ」
アルの横にいた宝剣へとシュトルムが声を掛けると、宝剣はゆらゆらと動いてそれを返答代わりにしたようだ。
動きは緩慢であり、少なくとも否定しているようには見えなかった。
……宝剣にはどんな効力があるんだろうか? 『勇者』には聞けずじまいだったのが痛いな……。
早く分かればいいんだけど……。
「なぁシュトルム、俺も聞きたいことあるんだが……。なんでアルはここにいるんだ? ユニコーンは飼っていいような生物じゃないんだろ?」
今考えて分からないことはさっさと忘れて切り替えるに限る。だから、俺は今まさに答えの分かりそうなことをシュトルムに聞くことにした。
ユニコーンが国際保護対象生物だとアンリさんが言っていたことと、この前野生のユニコーンに遭遇した時にシュトルムが言っていたことが、俺は気になっていたのだ。
「あーそれなんだが……」
シュトルムはふと思い出したように語り出し、俺の疑問に応え始める。
「……それについては他国にも理解を示してもらって折り合いがついてるから平気だ。一時はユニコーンの物珍しさに当てられた輩がいたもんだが、今じゃ落ち着いてるな」
ほぅ。
「コイツはさ……自然では生きていけないくらい免疫が元々弱い個体だったらしくてな、俺がコイツと会った時はまだ幼体で小さかった。……でもやっぱり、自分だけじゃ生きていけねーからなのかな、親に途中で捨てられたみてーに……山中の茂みの中でうずくまってたんだ。俺は親父との鍛錬で外に偶々出てて、偶然見つけたんだよ。それがアルとの出会いだった」
ユニコーンと比較するのもおかしいが、捨て猫を拾ってくるものに近かったことは想像に難くない。
シュトルムは当時を思い出しながら、アルへのスキンシップをやめない。
「よく他のモンスターに襲われずにいたなって思ったもんだけどよ、自然の摂理に従うなら、俺達はそのまま何も関与せずに見なかったことにして立ち去るべきだった。でも、茂みの中で必死に立ち上がろうとして生きようとするコイツを見てたらそんなこと出来なくてよ……親父もそう思ったのか、アルを連れて街に戻って……世話することに決めたんだ。せめて、大きくなって免疫がつくまではってな……。まぁ、大きくなっても免疫は強くならなかったから、やっぱり自然には返せない判断に至って今に至るけどな」
「そうだったのか……」
シュトルムはここまで話すと、少々悲し気な表情を見せたのを俺は見逃さなかった。
シュトルムがアルを大切にしているのは知っている。だからこれは、アルが免疫が大人になっても弱いままで、普通のユニコーンでいられないことに対しての悲しみだと思われる。
そのまま、更にシュトルムの語りは続く。
「初めは早く逞しく成長して、自然に戻してやりたいって願いがあった。けど、長いこと過ごしていく内に愛着が湧いてきちゃったんだよな……。それと同時にアルもこっちに心を開いてくれて、懐いてくれたのがマズかったのかもしれん。もう俺は、コイツを自然には返したくないくらい……家族として認識する程大切になっちまった。……ま、そんなわけだ。アルがここにいるのはそれが理由だ。コイツ自身離れたがらないし、もう無理だろうよ」
野生に返したい気持ちと帰したくない気持ちがごちゃ混ぜになり、シュトルム自身複雑な心境であることは理解できた。その気持ちを察することはできたし、両者がお互いを必要としているならそれはそれで良いのではと俺は思う。
第一、シュトルムに撫でられて嬉しそうなアルを見ていると、心底シュトルムと一緒にいたいのがこちらにハッキリと伝わってくるため、ここから引き離すというのは少々憚れるのが実のところである。
シュトルムがアルを子供みたいに思っているなら、アルもまたシュトルムを親みたいに思ってるのかもな。
アルの立場が他国に理解を得ているというなら、例外などどの世界でも起こり得ること。このまま共にいていいんじゃないかな。
「イーリスでしか生きられないのに、お前はイーリスですら生きることが難しかったんだな……」
「…クォ…」
ユニコーンとして致命的すぎる欠点。魚がエラ呼吸で水中で呼吸をし、鳥が翼を羽ばたかせて空を飛ぶ……そんな生まれ持ったその生物としての恩恵を限りなく活かせない状態は、なんと心苦しく見ていて辛いものか……。
生まれ持った不幸とあれば、誰にも非はないし怒りの矛先もない。八つ当たりこそあるかもしれないが、誰が悪いなんて決めることは出来ない。
完全に運。恨むなら神を恨むしかできないことである。
俺がアルの立場だったらどんな心境だろうか? 俺は一生真に理解することは出来ないだろう。
だからせめて、アルを撫でてやることくらいしか俺には出来ない。それ以外はかえってアルを傷つけるだけにしか思えない。
俺もシュトルムに並んで、アルを撫でる。
「……クォ♪」
「……」
嬉しそうにしてくれるのが今は見ていて辛い。
俺は今自分がアルにしていることが、アルのその欠点を悲観することを紛らわしているようで仕方なかった。
アル……。
「……そんで、今日のことなんだけどよ」
隣にいるシュトルムが、話題を変えて俺へと話を振り始める。
丁度暗い空気になってしまっていたところだし、俺はそのシュトルムの話にそのまま耳を傾けることになった。
「俺は今日ちょっと他国に出向くことになっちまったから、またツカサ達と一緒に行動は出来ねぇ。俺が留守の間は親父と他の奴らが指揮を取ってくれるはずだからよ……何か分からんことがあったら聞いてくれ」
やはり王として動かねばならないのだろう。溜まりにたまった仕事をこなさなくてはいけない状況になっているようだ。
そのため、一緒に行動は出来ないと言われても仕方ないなと思うことが出来た。
だから俺達は、少しでもその手伝いが出来ればと考えているわけだしな……。
「そっか。まぁこっちはこっちでできることをしていくさ。そっちも王としての責務頑張ってくれや」
「おう。お前等も……まぁ、勝手にやっててくれや」
昨日の会話を思い出したのか、シュトルムは途中で言葉を変えたように不自然な間を空けて話した。
……それでいい。勝手に俺達はやらせてもらうぞ。
そして最後に……俺達は拳をぶつけ合う。今の会話が昨日の出来事の確認だと示すように、ゴチンと……。
じんわり広がる痛みによる熱が、不思議と心に響くのを感じる。
これぞ友情……なんつって。でも、今はそれも悪くない。
「アル、行ってくるな? 明後日には戻って来るからよ」
「キュォ……」
シュトルムは拳を引くと、アルへとそう話し掛ける。
アルはシュトルムの言ったことを理解し、寂しそうな顔で力なく鳴くが……こればっかりは仕方ないと割り切るしかない。
……今思えば、よく5年間もの間シュトルムを待ち続けられたものだ。クローディア様は少なくとも通信を挟んでいたからだけど、アルはそんなことは出来ない。
むしろ、5年間の間に寂しさを克服することが出来たとかだろうか? その辺はアル自身にでも聞いてみないことには分からないが。
「ツカサ、それとお前さん。出来れば暇見つけてアルと遊んでやってくれると助かるわ。コイツ寂しがり屋だからさ……」
「あぁ、それも任された」
『……!』
俺と宝剣はアルを任されたので、迷いなくそれに応じる。
アルは俺の友達だったのだから、今回も俺は友達になるだけだ。宝剣も既に友達になれているだろうしな。
ちゃんと相手くらいは余裕でしますとも。
それから、シュトルムは近隣のハルケニアスへと出向き、俺達残りのパーティは各々でできることをしていくのだった。
何も事態の調査だけができることではない。相手が『ノヴァ』だと分かった以上、それに対応するためにできることだってあるのだから。
次回更新は金曜です。




