203話 シュトルムとシュバルトゥム
◇◇◇
思わぬ形で『虚』と出会い、ギガンテスがそのまま回収されてしまった後……。
「ん?」
重大な報告ができそうになったため、少々重い足取りでオルヴェイラスに戻ろうとする俺達の前に……ある人物が。
シュトルムよりも大分年上そうなエルフの男性が、十字路に開けた道で立ち往生しているのだ。エルフは年齢が分かりづらいため、俺はシュトルムを基準に考えるようにしているのだが……。
手に持つ地図らしき紙を何度も見ては首を曲げ、挙句の果てにクルクルと回す始末である。
地理に疎いようだ。所謂方向音というやつだろう。
顎に生やした髭がこの人の貫録を映し出しているが、やはりそういった属性は年齢や見た目からは判断がつかないということなのだろう。
この随分と開いた場所。木の下とは思えない程に綺麗に補正されており、オルヴェイラスが近いこともあって整備されている所なのかもしれない。
だが、獣道のように荒れ放題になっているならともかく、人の手が入った所で道に迷ってしまっては街の人の気遣いが報われないなと思わないでもない。
……取りあえず困ってそうだし声掛けてみようか。
ヒナギさんの顔を一旦伺って了承を取り、その男性へと近づいていった。
すると…
「おぉ…! 丁度良い所に。もしや旅人さんかな?」
「えぇ……一応は」
「そうかそうか。突然で申し訳ないのだが、オルヴェイラスに行く用事はあるかな? 少々道に迷ってしまってな……途方に暮れていたんだ」
俺達に気づいた男性が、俺達よりも早く声を向こうから掛けてきた。
その声の抑揚からして『助かった』というニュアンスが隠れていそうに感じたので、俺の考えは間違っていないと思っていると案の定、それを裏付けることも言っていた。
やはり困っていらしい。
「オルヴェイラス? なら俺達もそこに行くつもりなんで一緒に行きますよ」
「そうだったか。では……お願いするよ。かたじけないね」
「困った時はお互い様ですから」
男性の態度を見る限りだと、下手に出るこちらに対してつけあがるような人でもなさそうだ。
非常に友好的な人そうである。
ヒナギさんも俺と同じ考えなのか、男性に対して優しく微笑みかけている。
俺達と並んで男性も帰路に加わり、歩きながら会話を弾ませながら進む。
「……いやはや、お二人は若いのにオルヴェイラスに何用かな? 自然に溢れているだけで、特に見どころもあるまい」
「いや~、エルフの仲間の手伝いでちょっとこっちに来てまして……。でもその自然だけで十分来る価値あると思いますよ? まだヒュマス大陸しか知りませんけど、そことはまるで別世界ですし」
「そうか。まぁちょっと今は問題を抱えているから長居できぬかもしれぬが……ゆっくりしていっておくれ。大陸の中心にまで足を運ぶ人は少ないし、旅行者は歓迎するよ」
問題というのは……きっと例のアレのことだろうな。それ以外思いつかないし。
ここらに住む人たちはその事態に戸惑いつつも、こうして余所者を歓迎してくれているのか。
シュトルムの手伝いという建前があったから普通にこっちにいるけど、その辺りを意識しておいた方がこっちの人に迷惑にならないかもしれない。
「ありがとうございます。ところで貴方は……オルヴェイラス出身の方なんですか?」
「そうだよ。息子が帰って来たことを風の噂で知ってな……顔を見ようと街に戻る最中なんだ」
「左様ですか」
ヒナギさんの質問に対して男性は頷き答えてくれた。
自身の息子さんの顔を見に戻るということは……元々はオルヴェイラスに住んでいたけど、この人は今は別の場所に住んでいるということだろうか?
同じ場所に住んでるなら街に戻るなんて言い方はしないし……。
まぁ気にすることでもないんだけどさ。
「……おっと? まだ自己紹介がまだだったね。私はフェルディナントと言う者だ。まぁ好きに呼んでおくれ」
あら、カッコイイお名前ですね。
日本人風の俺とヒナギさんの名前からすると随分と違う気がしちゃうわ。
……俺は日本人風じゃなくて本家ですけども。
「あ、はい。俺はツカサ・カミシロって言います」
「私はヒナギ・マーライトと申します。よろしくお願いしますね、フェルディナント様」
「ハハハ、様付けなんてよしておくれよ」
様づけされたことを大げさだと思ったのか、フェルディナントさんは手をパタパタと振って遠慮する姿勢を見せる。
でも……
「多分それは無理ですよ。ヒナギさんは誰に対しても丁寧な言葉遣いと呼び方をするので…」
「そうなのかい? ほぉ…これは今時珍しい方だね」
「性分なもので……」
半笑いのヒナギさんの言葉に嘘偽りはない。
ここまで誰に対しても敬語を貫いているのを見てきているのだ。最早性分を越えてヒナギさんがヒナギさんたる証と言える。
そのまま日が暮れていくのを感じながら、薄暗い森の中を俺達は進むのだった。
◆◆◆
やがて、昨日と今日も通った門へと辿り着く。
時刻はもう夕刻に差し掛かるくらいになりつつあるので足元が少々確認しづらいが、暮れ切る前に着くことができたのは良かった。皆の方も既に帰ってきていることだろう。
フェルディナントさんに合わせて歩いていたから、少々予定よりも遅い帰りになってしまったものの、これは仕方がない。
遅い帰りに皆も理解を示してくれると思う。
……もし変な事してた的な勘違いされたらどーしましょ?
アンリさんの嫉妬が怖いっスね……ブルリ。
今一番俺にとって怖いのは、ジークでも『ノヴァ』でもなく……アンリさんのそれだ。
で、でも決してこれが尻に敷かれてるとかってわけじゃないんだからね? 彼氏としての基本に忠実な在り方を見せた…わざとのフリですし。
まさにこれぞ地獄のリズム天国地獄。負のスパイラルからは抜け出せない、蟻地獄に似た状況に身を投じた状態ですな。
……そこまで分かってても抗えないのがなんとも不思議ですけど。
ま、なるようになればいいよね。
俺が先の不安を1人で勝手に考えていると…
「では、私はここで失礼するよ。お若いの、ありがとうよ」
「え? 街には入らないのですか?」
共に街に入ろうとしたところで、フェルディナントさんがそこで足を止めてしまった。
「街に入る前にやることがあるのでね。すまないがここでお別れさせてもらうよ」
「? そうですか。ではご縁があればまた…」
「あぁ。……縁があればまた会おう」
「お、お気をつけて…?」
そう言って、門は通らずに道の横に逸れていくフェルディナントさん。
その姿は次第に森に溶け込んで見えなくなってしまった。
実に意外で呆気ないお別れ。そのことにヒナギさんと一緒に不思議だなぁと思いつつ、俺達は街へと入っていくのだった。
◆◆◆
「……ってことがあった」
「……嘘だろオイ。マジかよ……」
「今までにない事例……やはりそれを可能にするのは『ノヴァ』でしたか。相変わらずやることの規模が違いますね」
シュトルム宅、昨日フィリップさんに通された部屋にて……。
先に帰って来ていた皆と合流し、今日の成果を報告し合う。
あれほど細分化した役割だったが、あまり有益な情報はなかったようだ。有益だと思えるのは地脈に大した変化がなく、それが草花の浄化機能を阻害しているわけではないこと。そしてジークの感じた微粒子のような違和感が、オルヴェイラスから遠ざかるにつれて弱まっている事。この2つくらいのものである。
それ以外の線は今の所全く持って不明。呪いの影響も、動物らの口コミも、別段変わったことは一切なかったらしい。
だが、そうであっても不思議ではなくなった。
なぜなら……『ノヴァ』が関与している可能性が高いのだから……。
それだけで納得ができてしまうというものである。
今最後に俺がそのことを報告すると、シュトルムは愕然とした顔で、そしてポポは納得のいった顔をして現状を見据えたのだった。
「だがここまで大きなことをしたことはあまりないはずだけどな。俺が知る範囲だと、ラグナのやつがここ一番大きいことだったはずだ。……だからここまでの規模のことをやらかすのは腑に落ちねぇな…」
俺とヒナギさんが知った一通りの説明を終えると、ジークは腕組みしながら眉を潜めた。
ジークは元『ノヴァ』の一員。内部事情にはこの中で最も精通している。
「……確かに、カミシロ様が今この大陸にいることを知っても、別段焦ったりする反応は『虚』と言われる人からは感じられませんでしたね。まるで……丁度良い、遊ぶといったものが見受けられたような……」
俺も同様のものを感じていた。
東の時もアイツは最初俺をおちゃらけている態度で『虚構迷宮』へと閉じ込めた。その経験がヒナギさんの言うことに深く納得する要因になっていたのだ。
それに…
「僕達がってアイツは言ってた。単純に考えて、複数の執行者が関係している可能性があるんだよな……。ジーク、以前アイツらはそれぞれ受け持つ大陸が決まってるとか言ってたよな?」
「あぁ言った。そしてそれは間違いないぜ? 俺はどこにも割り振られてなかったから関係なかったが、魂の回収リストとは別に担当している大陸がそれぞれあったはずだ。ヒュマスは『虚』。そしてイーリスは……『銀』だったはずだ」
『ノヴァ』の『執行者』の座する者達には、それぞれ担当している大陸が存在している。俺が聞いたことは間違っていない。
だが…
「あれ? でもこの前アタシ達を襲ってきたのは『夜叉』でしたよね? それはどういう…」
アンリさんの疑問の声。俺と同様の考えをアンリさんが先に尋ねてくれたようだ。
『夜叉』の時も不思議に思ったもんだが、何故担当していない大陸の者がここにいるんだ?
「多分だが、俺が抜けたことで対処する奴が限られたからだろうな。基本的にアイツらの能力は固有スキルを遥かに超える代物だ。だが……相性ってもんは存在する」
「相性?」
「『夜叉』はこの前は無理して俺らと対峙していたみたいだが、基本的には昼間に戦うなんてことをする奴じゃねぇ。アイツの本領が発揮されるのは夜だ。夜に関してなら……アイツはほぼ無限に力を扱えるだろうよ」
『夜叉』の能力が『夜』だということは既に知っている。
だが、ならなんで襲ってきた? それも昼間に…。
「あの時は丁度ツカサがいなくなったし、仕事帰りのついでだったんだろ。潜伏することに関しては『影』に次いで優秀な奴だしな。昼間に襲ってきたのは……」
「やっぱり……アタシ…」
ジークはそこまで言うと、アンリさんを見つめる。
『夜叉』が血相を変えて戦うきっかけとなったのは、アンリさんの存在が一番可能性として挙げられる。
それが何故かは分からない。だが、ジークから聞いた俺達以上の魂の強さを持った可能性がある以上、それが原因……もしくはそれ相当の秘密があるように思える。
アンリさんにはまだそのことを伝えていないが……まだ決心がつかない。
「何なんだろうね、一体……」
「さぁ?」
他の面子が疑問の声をまた再燃させる。
答えなんぞ誰にも分かる訳ではないが、これがアンリさんを不安にさせる要因になりかねない。
俺は話を一旦変えようとするも…
「……ま、それは散々話しても不明だったことだ。気にすることはあれどすぐに分かることもねーだろ。それよりも話を戻すぜ? 『虚』は基本的に頭のネジが飛んでるアホだからな、嘘を隠すのが下手で本心がだだ漏れなことが多い。なら……姉御の言うことは案外的を得てるかもしんねーぜ?」
先に、ジークが話題を逸らしてくれた。
俺が『安心の園』の屋根の上でジークと話し、伝えていた事。アンリさんにはまだ事実を伝えないこと。
それをジークは自ら率先して守ってくれたのだ。
今、俺はジークに深く感謝した。
シュトルムと一緒でコイツは根は良い奴だ。本当に…。
「どちらにせよ『ノヴァ』が関わっているのは事実になっちまったわけだ。ならそれ相応の対応をしていかなくなっちまったわけだな。……」
ジークの話題逸らしが通じたように、シュトルムが今の現状をまとめる。
そして難しい顔をしては唸ってしまい、まるで何かに葛藤するように悩んでしまっているようだ。
「どうした? シュトルム。黙っちゃって……」
「いや、あ~……なんでもないさ」
……んなわけあるか。普段しない顔してるくせに何を言ってるんじゃい。
シュトルムの現在の顔、それは普段中々見ることのない真面目な顔である。
この顔をした時は、アネモネを去る時、俺のステータスを見た時、そしてヴァルダが俺を異世界人と知った時に、それを言いふらそうとしたのを咎めた時だけだ。
なんでもないなんてことはあり得ない。
「なんでもないなんてわけないだろ。お前の顔……いつも以上に不自然なんだが?」
「不自然ってお前……俺普段からそんな真面目には見えないのか?」
「……はぁ? 真面目? お前が…?」
「酷くねぇか!?」
「いや、正しいでしょ。シュトルムは普段そんな顔しないよ」
「しないな」
「アホの子シュトルムだもんね?」
「ぐっ…!」
俺に続いて援護してくれる声が、シュトルムの反論を抑制した。
王だという認識は俺達の間柄には存在しないし、そもそも王であるシュバルトゥムを俺達は知らないのだ。知っているのは冒険者のシュトルムだけであり、それが全てである。
シュトルムはお馬鹿さんであってこそだ。真面目な場面は稀にあるくらいでいい。
「……で? どうしたんだよ一体?」
俺はシュトルムが何故言い淀んだのか言及すると…
「お前たちをこれ以上この大陸の問題に巻き込むのはどうかと思ってな……。今回の事態は冒険者には大きすぎる。俺達イーリスに住む者達の問題だ。だから……ちょっとな……」
だそうだ。
シュトルムの言いたいことは、要は俺達は巻き込めないということだった。
それは王として、それともシュトルムとしての考えなのかは知らないが……何を今さら言ってんだコイツは?
「お前がなに遠慮してんのか知らんが、俺の第一の目的は『ノヴァ』の計画とやらをぶっつぶすことなんだぞ? お前が何も言わなくても勝手に介入させてもらうぞ」
「!? いや、だg「シュトルムは一旦俺達のことは忘れて、自分の民達だけに集中しなよ。こっちで分かったことは全部情報は提供するし、協力もする」
「いや、だから……そr「全部、勝手にやらせてもらうからな? そこんところ勘違いしないように」…お前…」
シュトルムの反論の声を無視し、俺は全て言葉を上乗せした。
駄目だコイツ。俺達を利用するみたいなことでも考えて遠慮してやがるに違いない。
馬鹿が、少なくとも俺はお前に恩を着させられてばかりだからこれでいいんだよ。
「俺達はお前に、自ら好き好んで勝手に協力させてもらう。そこにシュトルムの言葉は届かないし、シュバルトゥム陛下以外の言葉は受け付けない。冒険者は自由だしな、文句があるなら冒険者ギルドにでも言ってくれ。俺達が動くのはそれからだな。……ま、そんなことしてたら時間勿体ないだろうけど?」
俺達冒険者が一国の王の言葉を聞くかは個人次第だ。大半の者は王という強大な存在を前に尻込みし、屈することだろう。
だが、俺はそんなことはしない。セルベルティアの一件もあるし、相手がシュトルムだからこそ尚更。
冒険者ギルドに掛け合って強制的に止めることも可能だろう。だが、それは連絡手段の乏しいこの世界においては時間がかなり掛かる。それにこのオルヴェイラスには冒険者ギルドが存在していないのだから尚更である。
その間にどうせ俺は好き勝手に動くつもりだし、あまり得策ではないし意味も無い。
そんな俺の願いが通じたのか……
「……はぁ、分かったよ。勝手にしてくれていい」
「それでいい」
シュトルムは観念したようだ。
何を言ってもコイツは聞かない、無駄だと……。そう理解してくれたようだった。
俺もその言葉を待っていたから、上手く折り合いがついたというものである。
「……ありがとな。恩に着る」
「よせやい、仲間だろうが? 陛下?」
「それはやめろっての」
軽口を叩き合いながら、俺とシュトルムは互いに納得したような……それでいてお互いのことを再度分かり合ったような反応を見せあう。
俺達の間柄に、遠慮はいらないのだから……。
他の皆もやれやれと肩をすくめていることから、これを望んでいたような反応である。
そこに…
「ハッハッハ! シュバルトゥムよ、良い友人達を持ったな?」
突如この場に、クローディア様でもフィリップさんでもない他の誰かの声が響き渡る。
でもその声には聞き覚えがあって……ついさっき聞いたことのある声だったが。
「!? 親父!?」
「え!? 貴方は……フェルディナントさん!?」
「お若いの、さっきぶりだね? 道案内は助かったよ」
声のする方向、この部屋の扉に目を向けると……そこには先程別れたフェルディナントがさんがいたのだった。
次回更新は木曜です。




