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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第五章 忍び寄る分岐点 ~イーリス動乱~
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202話 動き出す者達(別視点)

 ◇◇◇




 司とヒナギがギガンテスと対峙している頃、大自然に囲まれた人の手が入らない場所にとある3人の姿があった。

 そこはアニム大陸の秘境と呼ばれる、一握りの者しか知らない場所。知っていても辿り着くことができず、物語の中でのみ語り継がれている……最早伝説となりつつある所である。

 選ばれた強者のみが立ち入ることを許されるその場所に、何故かその3人はいた。




「立つんだ。……まだ、戦えるはずだ」

「つっ…!」


 右手に持った無骨な大剣を地面に突き立て、誰かに催促を促す小柄な男性。全身を黒のコートに包み、顔は伺えないものの、その声色は少々険しい。

 その視線の先には、大きな崖下の根元に叩きつけられるようにして項垂れている……体格の非常に良い少年。

 かつてセルベルティアの魔術学院に通い、模擬戦闘成績で常に首位に立っていた……アンリの友人。


 ……アレクである。


 学院の時から愛用している得物である斧を手に持っており、戦意はまだ失われていないようだ。

 しかし、それとは裏腹に身体は言うことを聞いてはくれないのが現状らしい。負ったダメージが大きく、苦悶の声を漏らしてはその場から動くことが出来ていなかった。


 辺りの景色は地面が抉れ、木々は少々薙ぎ倒されている。今この場所はまさに、激しい戦闘を物語る出来事が展開されていたようだ。


「無理か? ……なら、少し休憩していい。でもすぐに終わりな?」

「っ…! キツイ……な…。ちくしょぉ…!」


 アレクがまだ立ち上がらないことに苛立ちを覚えた様子ではないものの、黒い人物は妥協して一旦休息を取ることを提案した。

 アレクはそれに対し歯を食いしばって自らの身体を無理矢理動かそうと試みるが、無情にもそれは叶わない。心底悔しそうな顔で、その提案を呑みつつ方向に似た嘆きを口にした。


 すると…


「なんだい情けないねぇ。男ならもう少し根性見せな!」


 凛とした、透き通るような声で叱咤が聞こえてくる。その声を発した人物はアレクを見つめ、溜息を吐いてジト目を向ける。

 女性でありながら通常の人よりも大きな背をしていて、引き締まった体は強靭な印象を受ける。髪は1つ1つが編み込まれており、長さは腰ほどまでありそうだが邪魔にならないようにするためか巻くようにしてひとまとまりになっていて独特な髪型だ。

 それは龍人の特徴がよく現れており、それにそぐわない見た目の持ち主であることを裏付ける。独特の装飾をジャラジャラと音を鳴らして目立たせ、若干見え隠れする皮膚が龍の鱗のように見えてしまうのを隠しているようだった。


「くっ! 初っ端から見せ続けてたんだから、もう気力もねぇっての」

「そのたった少しの気力を根性で堪えていく。それで根性ってのは強く、逞しく育んでいくもんさ」

「鬼畜だな、オイ」

「減らず口が聞けるんならまだいけそうだね、アンタ」


 アレクの今の状態を情けないと嘆く龍人の女性。

 軽口を叩きあう2人の間柄は、犬猿の仲程ではない者のあまり良い仲ではないらしい。

 でもお互いそれを理解し、それでいてこの関係でいることを望んでいるようだった。


「ナターシャ。実際キツイことさせてるし、アレク自身もそれを理解してる。むしろよくここまで保ったもんだと思うからそこまで言わなくてもいいだろうに…。大した精神力だと称賛されるのが普通だと思うが?」

「駄目ですよ。せっかくここまで保ったのだからこそ、最後までやり遂げて欲しいのですよウチは」

「……相手に厳しいねぇ、貴女は」


 龍人の女性は、名をナターシャと言うらしい。

 黒い人物が名を呼び捨てし、だが『貴女』と呼ぶことに関しては少々不可思議な印象を覚えても無理はないが。

 まるで敬いたいのにそれができない。対極の扱いを余儀なくされているように見える。


 やれやれと肩をつく黒い人物は、ナターシャに向かって次は話し掛ける。


「ナターシャ、ここはいいから……貴女は今すぐヒュマスに向かってくれ」

「っ!? ……随分と急ですね。もしや、来るのですか?」


 黒い人物の命令に対し、従順に応えるナターシャ。上下関係はどうやら、黒い人物が上らしい。

 ただそれでも、不思議な関係にしか見えないのが実な所である。


「あぁ、確実に。同時に攻めてくるだろうからな」

「それは……厄介ですね」

「全くだよ。だがそれを黙って見るなんてことはしない。今まで散々後れを取ってきたんだ……こっから俺は明確に全てを変えてやる。そのためにはナターシャ…貴女の力が必要だ。そっちは任せたい」


 黒い人物から、気迫に似た何かが滲み出る。或いは覚悟とも取れる雰囲気と言えようか……。

 なんにせよ、ただ事ではないようだ。


「はぁ……断れるはずないでしょう? 貴方様の頼みなのですから。……して、具体的にはどの辺りで?」


 その雰囲気を感じ取ったのか、ナターシャは少々呆れた顔でその頼みを了承する。

 始めから黒い人物が言うことを断るつもりなんてなかったらしい。


 黒い人物はそれを聞いて、頼みとやらの詳細を伝えていく。


「……セルベルティア王城内、セルザード学院。後はグランドルの街全て。この3つの場所を重点的に頼みたい。それ以外は手が回らないから……今は切り捨てる」

「苦渋の選択ですね、それは……。でもあの……セルベルティアとグランドルって結構距離離れてませんでしたっけ…?」

「……ドウダッタカナー?」

「人使いが荒いです。勘弁してくださいよ…」


 片言で、とぼけるように質問をはぐらかす黒い人物。それは確信犯なようで、言われたことを肯定しているようなものだった。

 実際グランドルとセルベルティアは相当な距離が離れているため、ナターシャの言うことは正しい。


「……スマン。でも現状頼めるのは貴女しかいないんだ。グランドルからセルベルティアには、地下深くで地脈が続いている。それなら……問題ないだろう? だからお願いできないか?」

「……御意。必ずや、奴らの好きにはさせないと誓いましょう。……でも、次はもう少し楽な内容で頼みますよ」

「ありがとう。……まぁ上手くいかなかったらもっと厳しくなるだけだがな。あとちなみに、最初はセルベルティアに出るぞ。その後順次グランドルに向かうはずだ。セルベルティアはトライデントって奴らと、イーベリアっていうセルベルティア最強の人が狙われる。次いで……セルザード学院の学院長だな」

「そうですか……確認しておきますね」


 黒い人物の言うこと全てに頷き、了承していくナターシャ。

 伝えた内容はどれも不穏なもので、誰かを守護することが命令のようである。




「それで……アレクはどうするおつもりなのですか? まさかまだここで…」


 ある程度話を聞き終えると、ナターシャは今目の前の現状に目を向けた。

 今疲れきった姿勢のアレクを、どうするのかということが気になる様だ。


 それに対しては…


「……ギリギリまで鍛錬して、そこからは別のことをお願いしようと思ってる。……もう十分過ぎるくらいに強くなった。これで……恐らく全ての大陸をカバーできるはずだ」


 とのことらしい。

 アレクを強くし、ナターシャと同様に何か別の頼みごとをする予定なようである。


 自らの話になっていることに気づいたアレクは、息を乱しながら話に介入する。


「はぁ…はぁ…。……『ノヴァ』…か。俺はまだ知らないんだが、これくらい脅威ってことだよな?」

「間違いないよ、それは断言する。でも本当にヤバいのはこれから先だから、今止めないとマズいんだよ」


 奴らとは、どうやら『ノヴァ』のことを言っていたらしい。

 この3人は『ノヴァ』に対し抵抗する姿勢を見せているようであるが…目的は不明である。


「だからそのために俺は……俺達は動く。全てをぶっつぶして、全てを塗り替える! 奴らを封殺してやる…!」


 目的は不明であっても、対抗する覚悟は十分過ぎるようである。

 意気込みからはそれしか伝わってこなかった。


「だからアレク、立て。休憩は終わりだ。……ここからいよいよ最終段階に移行する。残された時間は今日を入れて精々2日がいいとこだろう……。その間に死に物狂いでものにするんだ」

「……分かった」


 僅かな時間だったとはいえ、休憩を終わってしまった。

 アレクはなけなしの力を振り絞り、辛うじて立ち上がる。

 そして先程ナターシャに見せた軽口を、今度は黒い人物にも投げかけたのだった。


「ったく、本当にスパルタだな……。ナターシャさんも、……そんでフリードさんも」

「……俺だってこんな無茶な事したくないさ。でもやらなきゃ後に響くから…」


 この黒い人物を、アレクはフリードと呼んだ。セシルが幼い頃に出会い、その身を1人で守り続けてくれたと言う人物だ。

 永い時を経ているにも関わらず、セシルの思惑とは裏腹にフリードもこの世界を生き抜いていたらしい。


「……ではウチはもう行きますね。貴方様もお気をつけて…。アレクは……まぁ頑張んな」


 フリードに対しては心配、だがアレクには激励を。ナターシャそう言ってから……淡い光を一瞬放ち、その場から姿を消した。


 残った2人はそれを合図に、また動き出す。


「……じゃ、こっちはこっちでやるか」

「おう」




 お互いに対峙し、得物を向け合う2人。


 たった3人で構成される別の勢力が、『ノヴァ』に抗うために動き出そうとしていた。




 ◇◇◇




 もう一方、別の者達もまた話し合いを行っている最中のようであった。


 イーリス大陸中心部に該当する座標にある、規模ではオルヴェイラスに並ぶ街であるハルケニアスにて。



「おっまたせぇー! 待った?」

「いや、別に……。いつものことだし、何より急いでいるわけでもあるまい」

「そっかそっかー。……それよりも聞いた? シュバルトゥムが帰って来たんだってさ!」

「こちらも既に耳に届いている。やっと……会合が成されそうだな」


 元気よく快活な女性が、落ち着いた物腰の男性に声を掛ける。

 この少ないやり取りの間に、2人は今いる場所……男性の方は先に座っていたが、女性もまた席へと座り、木の上に作られたテラスで息をつく。

 このテラスの高度はゆうに100メートルを超える。ここから見える景色はハルケニアスの全容を確認でき、展望台と同じ機能を果たしているようだった。

 そこ見える虹と街と緑が織りなす景色を拝みながら、2人は親しく会話を繰り広げる。


「久々だよね! あれから5年……どれくらい逞しくなって帰って来たのかな?」

「さてな。あ奴のことだから、もしかしたらこの5年間はずっと知識の収集だったかもしれぬな」

「本の虫だったもんね……。今頃クローディアに揉みくちゃにされてそうだよね」

「……容易に想像がつくな。アレに関しては……少々気の毒とも言える。……が、本人もまんざらではないようだし良かろう。愛し合っていることには変わりないだろうからな」

「オルヴェイラス一のおしどり夫婦は伊達じゃないよねー。ワタシもさっさと相手見つかればいいんだけどねー」


 この快活な女性は、名をリーシャと言うらしい。男性の方はというと、ハイリという愛称で呼ばれている。

 どちらも身なりが非常に良く、服の至るところに輝く装飾が成されているものを着用しているようだ。ハイリの方は短髪のため耳にピアスをしている程度なものだが、リーシャは背中まで伸びる髪を翡翠でできた髪留めでまとめており、身なりには気を遣っている節が見られる。


 といっても、この2人は王族であるからむしろ当たり前といったところか。


「……まぁせっかく帰って来たのだ。久々にあ奴と模擬戦でもしてやろうか? 訛っているのであれば身体を叩き起こしてやるのも悪くない。知識があったところで、それを実践に活かせないのであれば無意味だからな」

「も~う、それでもどうせハイリが勝つに決まってるじゃない。シュバルトゥムの師匠さんが何を言ってるんだか…」

「言ってみただけさ」


 フッ…とハイリがシュトルムのことで笑みを漏らした。その微笑は先程までの少々刺々しい表情との差が激しく、所謂ギャップに当てられてしまう女性が多そうなものであった。

 どうやらハイリはシュトルムの剣の師匠らしい。シュトルムは旅に出るにあたってそれなりの武芸の心得は持っているが、剣に関してはハイリ直伝のようだ。


「でも……ハイリもやっぱり嬉しそうだね?」

「当然だ。幼馴染との久々の再会だ……心が躍るのも無理はない。アイツとは幼少の頃からの付き合いであるし、これは切っても切り離せんよ」


 リーシャの聞いたことはごもっともである。なぜなら、ハイリの周りにいる精霊が感化され、急に暖かな雰囲気を出し始めたのだから。

 シュトルム同様に、こちらの2人も精霊を使役することが可能だ。本来見えない部分が見えるからこそ、確かなものを感じ取ることができたようである。

 表面上は取り繕っていても、内面は違うという場合は多々ある。だが、このスキルを前にそれは見抜かれてしまうのがオチである。


「いいなぁ…そういうの。ワタシはそういう昔ながらの付き合いってのがないもん」


 ハイリの言葉にリーシャは羨ましそうな反応をした。

 長い月日を共にするということに、少々憧れを持っていたようである。


「……だがリーシャと私達の付き合いも長いとは思うがな? 他の種族と比べると、一生分の付き合いの長さはあるだろうに」


 エルフの寿命の長さは、全種族の中でも際立って一位である。人族が80歳まで生きるとするなら、エルフは約その5倍は生きる。その分生殖能力は他の種族に劣り弱いが、それでなければ世界のバランスが取れないのでこれは普通と言える。


 この2人は年齢的にそこまで差はない。ハイリがシュトルムと幼少の頃一緒だったことから、年齢としては160歳辺りが妥当と言えよう。

 エルフとしてはまだまだ若い部類に入る。


「それでもだよー。だって幼馴染って運命みたいな気がするでしょ? だから…ワタシ的には羨ましいんだよ」

「あ奴と運命の関係と言われるのは……少々気持ち悪いから訂正してくれないか? それはない。それにクローディア殿に目の敵にされるのは勘弁だ」


 男性同士で運命などということを言われてしまえば、一部以外には気持ちの悪いものとして捉えられてしまっても無理はない。

 ハイリとシュトルムは至ってノーマルな部類である。シュトルムにはクローディアがいるし、それは間違いない。

 ただリーシャもそういう意味を込めて言ったわけではなく、運命という奴は聞く人によって意味を変える言葉でもあると言える。

 ハイリはどうやらリーシャとは違う意味合いに捉えたようだ。


「アハハ! 確かに。ま、これでどっちかが女性だったらロマンチック、いや修羅場? な所だったんだけどねー。ざ~んねん」

「……私は今ホッとしているがな」


 クローディアのシュトルムに対する愛はこの2人も知っている。

 そのため、リーシャが何気なく言ったことを真に受けてしまった場合、クローディアがどうなってしまうかが容易に想像がついたのだろう。ハイリは難しい顔で、安堵したような様子を見せる。




 2人は、旧友との再会を心待ちにするのだった。

次回更新は月曜です。

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