201話 因縁の敵
脳筋VS女神様。
その対決が今まさに始まろうとしていた。
勝利の女神はどちらに微笑むのか?
……その女神様が既に戦ってらっしゃるのだから分かり切ってはいるんだが。
「オォオッ!」
「…」
「っ!」
まず先制を仕掛けたのはギガンテスだった。構えはボクシングのまま、摺り足のような足さばきでヒナギさんとの距離を一気に縮めると、その体格を生かした角度……上から下へと拳を振るう。
距離をとった時点で分かってはいたことだが、体格に見合わず非常に素早い。それでいて力も相当なものときたからには、生半可な人ではすぐにミンチにされてしまうことだろう。
その光景を後ろから見て、俺も万が一を考えて魔法をいつでも発動できるように構えたが、それは必要なかったようだ。
ヒナギさんは刀を両手で押さえ、その拳を受け止める動作に入った。そして拳はヒナギさんを刀ごと地面へと押しつぶそうとするが……地面が砕ける程に強いギガンテスの拳を、ヒナギさんはその身一つで耐え抜いたのだ。
拳の威力でやや陥没した地面に、ヒナギさんは表情一つ変えずに立ち続ける。その顔には余裕があり、視線はギガンテスだけに注視している。力では負けていないことをギガンテスに伝えようとしているように見えた。
「グ…ガ…?」
「驚きましたか? まだ…結構余裕はありますよ?」
ヒナギさんは刀を抑えたままのその姿勢でギガンテスの様子を一通り観察すると、受けていた拳をそのまま押し返し、ギガンテスの巨体を後ろへと追いやった。
下から押し上げられる力だったので、ギガンテスの巨体は一瞬宙に浮き上がり、ドスンと地を揺らす。
文句なしに力で競り勝ったのだ。
「…っ!」
それがくやしかったのか、今度は先程見せた『衝波弾』を無言で再度繰り出すギガンテス。
表情はムッとした様相で、今度は更に強いらしく、『衝波弾』の風を切る音が強い。
ヒナギさんに逆に小馬鹿にされたと捉えたようである。
……実際はそんなこと微塵もないと思いますけどね。
この人は人であれモンスターであれ、誰かを馬鹿にするような人ではないし。いつだって微笑んで慈愛の精神で接してくれるお人ですもん。
「…『水鏡』」
「グフッ!? ッォォオ…ッ!」
「……すんげぇ…」
ヒナギさんに迫る『衝波弾』だったが、ヒナギさんはその『衝波弾』を完全に見切っていた。刀を『衝波弾』に添わせて軌道をずらし、そのまま回転して……『衝波弾』をそのままギガンテスへと跳ね返したのである。……威力も殺さずに。
跳ね返された『衝波弾』はギガンテスへと矛先を変え、そのまま大きな巨体のど真ん中へと吸い込まれるように叩き込まれた。
俺は予想していなかったヒナギさんの行動に、馬鹿みたいに間抜けな顔で語彙力皆無なことしか言えなかった。
何……今の? 相手の攻撃を受け流すんじゃなくて、そのまま跳ね返してますやん。
俺との修業の時そんなこと一切されたことないんだけど、ヒナギさん化物かよ…。
ステータスもだけど、技術半端なさすぎやしないかね? 個人の努力でここまで成り上がるとか……今更ながら驚きだ。
ヒナギさんの今の技は、スキルなどではない。れっきとしたただの技術であり、スキルよりか誰でも会得が可能と言える範疇のものである。
しかし、最早スキルよりも会得が難しい領域、血の滲むような努力をもってして会得できるかと思うレベルのものであり、そこには真の才能がなければ辿り着くことが出来ないのではと俺は思った。
魂=強さではあるが、努力は少々複雑な要因があるのかもしれない。
「自分の攻撃を直に感じてみていかがですか? さぞ強力な一撃だったことでしょう。喰らったら私もタダではすまないです。でも……それはアナタも同様だったようですね?」
「っ…!?」
『衝波弾』を自らに喰らったことで、ギガンテスは1歩2歩とたたらを踏む。
自らが放った強力な一撃だ。それ相応のダメージを負ったようである。
見れば口元には若干吐血を匂わせる赤みがかかっていて、それが威力を物語っている。
力でも上、技術でも上なのだ。ヒナギさんの優位性が確立され、勝利は確実と思われた。
だが、ギガンテスの身体に異変が訪れる。
「ガ…グ…! ォォォッ!」
「っ!? これは……」
「ぁ……嘘だろ…!」
ヒナギさんの跳ね返した攻撃を喰らったギガンテスの腹、そこには確かに大きな打撲痕のようなものがあったはずだ。
だがそれは、かつて聞いたことのあった音と光景によって覆された。
ぐちゅぐちゅとあの嫌な音を響かせ、そして全身をあの黒いオーラで覆ったギガンテスが、そこにはいたのだ。
不穏で嫌なオーラは、ギガンテスの傷を何事もなかったかのように癒してしまう。
「この回復能力……そしてオーラ。これは……ブラッドウルフの時と一緒…」
「『虚』の手駒だったか……!」
今の光景を見て、その結論に至るのも無理はない。
散々俺達に迷惑を掛けてくれやがった野郎である。その配下であるモンスターの特徴を忘れられるはずもない。むしろ根付いてしまって、切り離せないくらいに印象深い。
「ヒナギさん! 悪いですけど俺も介入します。コイツは生かして連れ帰る!」
「は、はい!」
「オォオオォォ…!」
コイツが『虚』の手駒と分かれば、すぐ行動あるのみだ。
ヒナギさんとコイツの一騎打ちは取りやめて、俺はすぐさま行動に移る。
この状態の奴には魔法は効かない。いや、効かないことはないが吸収されてしまうし、それはヴィンセント、そしてブラッドウルフのことで既に理解している。
『スターダスト』並みの出力であれば問題なく消し去ることはできるようだが、発動までに時間が掛かる。
こちらが気配を消して察知されるほどに感覚が鋭い奴だ。発動した瞬間に勘付かれ無駄撃ちになってしまうだろう。
でも触れたら触れたで魔力を吸われてしまうので、ここは簀巻きみたいにしてやるしかあるまい。
巨体だからヴィンセントの時みたく岩で拘束が出来ないし。
「……オラッ!」
ギガンテスに向かって走りながら、『アイテムボックス』から取り出した大剣をまずは投擲する。
投擲スキルなんぞ俺にはないが、ただ投げて当てるくらいのことはできるから問題ない。大剣が取りあえずは当たりさえすればいい。後は理不尽な攻撃力がギガンテスを削り取るだけだからだ。
狙うのは勿論足。動きを拘束するのだから、始めは自由を奪うのが優先である。
ただ、時間は掛けられない。すぐさま回復してしまうだろうから…。
大剣を投げた後は、もう片方の手で『アイテムボックス』からとびきり長い鎖を取り出して、『転移』で大剣を回収するためギガンテスの背後へと移動。ギガンテスの右足を上手いこと切り裂いた大剣をそのまま手に収めては『アイテムボックス』へと収納し、次は剣を取り出す。
立て続けに鎖の輪の部分に剣の切先を押し当て、そのまま……ギガンテスの脇腹へと鎖ごと剣を刺し込んだ。
無理矢理肉をぶち抜いた嫌な感触を堪え、ギガンテスの苦悶の声を背に、腕を巻き込むように体に鎖を巻き付ける。
そして……丁度頃合いだったのか、片足と両手の自由の利かなくなったギガンテスはバランスを崩し、大きな音とともに地面へと横たわった。
上手くいったようである。
「お、お見事です……カミシロ様…」
「……上手くいったようで良かったです」
ギガンテスが倒れ込んだ後ヒナギさんが俺へと称賛の声を口にしてくれるが、ヒナギさんだってこれくらいのことはできそうなものだ。
褒められて嬉しいものの、謙遜せずにはいられなかった。
「……」
「グォ……ア゛…っ!」
俺の傍らで倒れたギガンテスを見下ろす。
……と言っても、倒れた状態で俺の身長くらいの高さがありそうだが。
注目すべきは、俺が刺した脇腹の部分だ。
「……やはり、同じ……ですよね。この回復能力は……ブラッドウルフの…」
「あの時の個体よりは弱いとはいえ、回復能力は遜色ないようですね。治り方も一緒みたいですし…」
倒れ込んだギガンテスを見て、ヒナギさんが呟く。
ギガンテスの脇腹は既に回復を始めている。ただ、剣が刺さっているからか回復しきれないようであり、流れる血は止まらない。地面に血がしたたり、吸い込まれていく。
体力も有り余っているのか必死に身体を動かして抵抗を見せているが……その鎖は生半可な力では解けないし壊せない。
なぜなら、これはジークを拘束した時に使用した特別仕様の鎖だからだ。一般の凶悪犯を拘束する鎖とでは強度のレベルが違う。
まぁジークには呆気なく壊されてしまった訳だが、「こ奴以外に使う奴なぞいないから構わん」と、余った分をギルドマスターから譲り受けたので、今回使用する機会があって良かったというものである。
暫し沈黙し、思案する。
オーラ、スキルを使う、突然現れた……今分かることはこの3つ。
たったこれだけで、今回の問題が人為的なものである線が濃厚になった。分かったことの内2つがあるものと該当することを俺達は知っている。
……『ノヴァ』だ。
『ノヴァ』であれば、これぐらいは平然とやってのけるような気がしてならない。
モンスターを『転移』させる方法を持っているのは分かっているし、このギガンテスが急に現れたような足掛かりを残したことも納得できる。
でもそれ以上に、あのオーラを見て『ノヴァ』が関連していないわけもないのだ。
シュトルムはこんな危険なモンスターがオルヴェイラス周辺にいるなんて一言も言ってなかった。それに、アイツは1人でこの町を出て俺達が最初に行きついた港に行き、そして各地を巡って来たと言っていた。今でこそ力を得たから問題ないものの、5年前なら今よりも実力は下なはずだし、もし危険なモンスターがいるならせめてこの大陸を出るまでは護衛は付ける必要性があったと思う。
にも関わらずにそれがなかったのなら、その必要性が低かったということになる。
「……またアイツらか…? なら今回の事態って…」
「可能性は高いかと。ですが今はこn『おぉ~っと! その辺で勘弁してあげてくれないかなぁ?』
一区切りがついたところで、別の介入者が現れた。どこからともなく、ヒナギさんの声に割って入る声が耳に届いてきたのだ。
そして程なくして、ギガンテスの横たわる地面に黒い渦巻く空間が現れ、その姿をそこに沈めていってしまう。
ズブズブと落ちていく様は、まるで泥沼に沈んでいるかのようだ。
「っ!? なんだ…? それにこの声……『虚』か!?」
この声の主には聞き覚えがあった。
忘れようもない、東の惨状を引き起こした人物の声だ。
辺りをしきりに見回すも、また姿は見えずじまいだが。
『ハロハロ~。声だけだけどお久しぶりッス『神鳥』さんや。相変わらずの馬鹿げたステータス、とんでもないお方ですこと……こりゃ参っちゃうね』
「あ゛?」
『そんなに怒んないでよ~。仲良くしよ?』
以前と変わらぬこのお調子者のような喋り方……間違いない。
コイツは間違いなくアイツ、『虚』だ。
「誰が仲良くするか! ふざけるな! お前のせいでアネモネが滅茶苦茶になったんだ……。出て来いよ! ぶっつぶしてやる!」
「カミシロ様……」
俺は東の一件を思い出して、怒りが込み上げていくのを直に感じた。
ヒナギさんの心配そうな声には目を配る余裕はない。
ただ、今はこの怒りに身を任せてしまいたい衝動に駆られた。
俺の敵意剥き出しの態度に対し『虚』は…
『いや~、僕じゃ君にはまだ勝てないからそれは勘弁してほしいかなー。また今度ねー』
「くっ…!」
『てかさ、何で君ここにいんのさ? いや……なんで来ちゃったかなぁ?』
「……言う義理はない」
『……もしかして嗅ぎつけて来たの?』
「何をだ?」
立て続けに言ってくることに対し、俺は反応しきれない。
相手が何を言っているかがそもそも分からないし、理解するだけの冷静さがこの時はなかったとも言える。
俺がここに来たのなんてシュトルムの手伝いだし、嗅ぎつけてという言い方は意味が分からない。
ただ、俺のそんな様子に何か思うことがあったのか、『虚』は納得したような声で語る。
『……自覚無しか。強運の持ち主ってわけでもなさそうだし、やっぱ『夜叉』が言ってたのは本当っぽいかなぁ。まぁ、どの場所も時間の問題だったわけか』
「はぁ?」
『ま、なんにせよ君がここにいるってことは、他が円滑に進みやすくなるわけだ。……精々足掻いて見せてよ。僕達を相手にどれだけ善戦してくれるか……楽しみにしてるね♪』
「っ…待て!?」
ここで、ギガンテスの身体が空間に沈んでく速度が速まった。俺はそれを『虚』が逃亡することの予兆と捉え、とっさに引き止めの言葉を放つ。
『待たないし逃げるよ? だって勝てないもん。ガルちゃんはだから回収させてもらうよ……まだしてもらうことあるからね』
「やっぱりそいつは……お前の手駒か…!」
『まぁねー。まさか『転移』させたピンポイントに君がいるのは驚きだったけど。どんな確立だよって感じだよまったく……。そんじゃ、ウォルちゃんの敵討ちも含めてまた今度ねー』
そうこうしていると、ギガンテスの身体は全て空間に引きずり込まれて見えなくなった。
……せめて屠っておけば良かったところだが、『虚』の言葉一つ一つに集中していてそれどころではなかった。
しくったか…!
◆◆◆
そして、そのまま黒い空間は無くなり、『虚』の声もそれ以降することはなかった。
さっきのあの黒い空間は……恐らく『ゲート』と呼ばれるものだったのだろう。初めて目の当たりにしたわけだが、随分と不思議な力が作用していると体感的に感じ取れた。
それが特別な『何か』によるものなのかは分からない。でも、普通ではないことは分かった。
正直な話、俺がこの空間に飛びこんでしまっても良かった。飛び込めばもしかしたら奴らのアジトに繋がっていたかもしれないからだ。俺なら1人で奴ら全員を相手に出来るとジークも言っていたし、潰すなら願っても無いチャンスと言える。
だがそれはリスクが高すぎるためあまり得策ではないことも確かだ。何よりヒナギさんも今は一緒にいるのでできるわけもない。極力一人にするような真似はもう避けたいのが実情である。それは東の件然り、セルベルティアの件が影響している。
他の理由を上げるなら、見知らぬ場所に飛ばされても困るし、空間に閉じ込められるなんてことがあってはたまったものではない。
だから俺が飛び込むという案は実行に移すことが出来なかったのだ。
「確信だ…。今回の黒幕もやっぱり……アイツらだ」
「そのようですね。……随分と手強そうです」
俺の漏らした言葉に、ヒナギさんも真剣な声で応じてくれる。
その綺麗な手をキュッと握り、何か思う部分を見せながら……。
やはり今回の事態は普通ではなさそうである。
次回更新は金曜です。




