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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第五章 忍び寄る分岐点 ~イーリス動乱~
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200話 不可思議な怪物

 街を出てからただひたすらに、境と思われる場所を目指して進む。

 境を見つけやすいように一応『エアブロック』を使って上空を移動しているのだが、地味に魔法を一々発動しなくてはならないのが面倒だ。ポポとナナがいないことが悔やまれる。


 まぁ仕方ないけど。


 移動途中にチラホラと光が失われていたりする部分は確認できているが、まだ完全には消えていない。機能の低下は確かに確認できるものの、機能が死んでいるとは言えそうもなかった。


 だがようやく…


「見てくださいカミシロ様! やはりあの川の向こうから先の草花は光っていません」

「ホントだ。……川の手前で影響は止まっている?」


 隣に立つヒナギさんが、気づいたように俺に声を掛けてくる。当然俺もそれが見えているし、ヒナギさんが先に言わなければ俺が声に出していただろう。

 一度地面に降り、その川を近くで眺める。


 何故? 空気……元を辿れば草花の機能が低下したわけだけど、空気が悪くなったと言うなら、こうまでハッキリと境目が現れるようなものだろうか?

 川が流れているとは言っても、土壌に異常があるなら川に溶け込んで反対側の土壌に影響はいくだろうし、若干侵食が抑えられそうだとはいえ境目ができる理由にはならないと思う。

 でも水はこれでもかというくらいに澄んでいて綺麗だ。栄養が少ないとも言える水質の中魚は泳いでいて水草も所々に生えている。

 異常があるようには思えない。


 土壌自体には問題がないのか? ふむ…。

 現時点での推測はこんなもんか。


「ヒナギさん。一旦この川を上流から下流まで見てみましょう。もしかしたら水が影響を止める鍵になっているかもしれません。境目ができている理由が分かるかもしれませんし、ただの偶然なのか分かるかも……」

「水質……そうですね。気になったことは全て確認する方向でいきましょう。専門の知識が無い私達に出来ることは……しらみつぶしに気になったことを確認するだけです」


 俺が川を見つめたままそう言うと、ヒナギさんも俺の提案に賛同してくれた。


 それならば話は早い。さっさと行動に移るとしよう…。

 ただ…


「ヒナギさん……手を…」

「えっと……」


 俺はヒナギさんに申し訳程度に手を差し出した。


 先程ここまで来る間『エアブロック』を使ってきたわけだが、『エアブロック』は使用者の俺にも見えるものではない。ただ、発動した場所くらいは分かるため、大体その辺りにあるなぁくらいには認識することができて問題ないのだが……他の人は違う。

 一応限りなく近い距離でヒナギさんがついてきてくれたから良いものの、いつ足を踏み外してしまうかも分からない。

 俺とヒナギさんのステータスなら足を踏み外してもリカバリーがいくらでも利くからよいものの、それ以前に自分の彼女さんである。できる範囲で気を利かせる気兼ねを見せないのは駄目だ。いやアホだろう。

 最初は気恥ずかしさが脳内を支配してて自分のことしか考えられなかった。でも、もしかしたらヒナギさんは内心でそんな期待をしてくれていたのかも……しれない。


 ヒナギさんが俺をどう思ってくれているのかは、もう否定のしようがないほどに目の当たりにしたし理解している。……ホント恐れ多い。

 ならば……遅くなったが彼氏らしいことをしないわけにはいかないというものだ。

 ……まずはアンリさんの時と同様で小さなことから一歩ずつでいいと思う。もしもヒナギさんの感性が少々一般のそれと違って別にいらないと言われたら……仕方ない、潔く退きます。ぐすん…。

 ま、ヒナギさんの性格からしてそうじゃないとは思うけど。


「さっきは気が利かなくてすみません。『エアブロック』……ヒナギさんは分かりづらいですから……しっかり握ってて下さい」


 差し出した手をとってくれるのかくれないのか、俺はその瞬間を待ちわびる。

 その瞬間は少しの沈黙の後、すぐに答えとして帰って来る。


「……ハイ。カミシロ様も……離さないでくださいね?」


 俺の手と、細く可憐な手が触れ合った。ややひんやりとしていて、スベスベしている質感。

 ヒナギさんの手は、いつも鋭く刀を振るう手とは思えないほどに綺麗なものだった。例え鍛練の痕が残っていたとしても、俺はそれを綺麗なものだと思うことができる自信はあるつもりだ。

 しかし、ここまで非の打ち所がないとなると……どういう原理なのか説明が欲しくなってしまうのも事実。


 う~む、一体どんなお手入れをされてらっしゃるんですかねぇ? 


 俺がその感触を味わうように何度か手を繋ぎ直すと…


「っ~~」


 それが恥ずかしかったのか、ヒナギさんの顔が朱に染まった。

 やかんがあったら『ピーッ!』と音を鳴らしているに違いない、そんな状態。

 俺は今すぐにでもその火を止めてあげるべきなんだと思う。でも、止める俺の方もヒナギさんを見て沸騰してるんだからそりゃ無理という話だ。


 ぐはっ! なんつー顔を見せてくれやがんだヒナギさん。

 これは絶対に離してたまるかってんだ。




 そのまま手を強く握り続けて引きながら、また空へと駆けだす俺達。

 まずは上流から確認するため、俺達はこの川の上流を目指して進み始めた。




 ◆◆◆




「原因……分かんないですね…」

「えぇ、水は関係ないことのように思えます。……飲む分にも問題なさそうですしね」


 結局上流に行ってはみたものの、収穫は何も得られなかった。

 草花の光は川が境となっているわけではなかった。途中から川を逸れ始め、曲線を描くように真っすぐに流れる川から離れて行ってしまったのだ。

 川に問題があるという可能性は少なさそうで、仕方ないので光の無くなった境をひたすらに辿ってみたところ、どういうことか同じ場所にまで戻ってきてしまった。


 どうやら影響は綺麗に円を描くようにして展開されてるようだ。その円が徐々に広がっているのが妥当な線だろうか…。

 なんにせよ、分かったのはそれくらいのものだ。


 ……何も分かってねーなって話ですけども。




 そんな状態なわけで、今はオルヴェイラスが割と近い森の中の小丘で休憩中だ。見通しがよく、辺りの景色がよく見える。

 移動がメインだったもので、結構ぶっ通しで動いていたのは事実だしやや疲れてしまったので、『アイテムボックス』に入れてある飲み水を飲みながら、次はどうしたもんかと思考を巡らせる。


 川は影響とは関係ない。土壌はまだ汚染されているのかがそもそも分からないが、範囲は決まっていて、徐々に広がりを見せている。時間が経てば、そのうち川を超えて広がりを見せるかもしれない。

 大半のことは他の皆がやってくれているから……ふむ。どうしたものか…。


 俺が首を捻っていると…


「カミシロ様! あれを!」

「? なんです?」


 ヒナギさんが驚いた声で俺を呼び、ある方向を指さす。

 何事かと思ってそちらに視線を向けると…


「!? なんだ……あのデカいの…」


 ここから見える下の景色、木々の間からチラッとだが、大きなモンスターの影が確認できた。

 体色は薄水色で、木々が生い茂っているから気づきやすかったのが救いか。もし緑色でもしていたら、間違いなく見逃していたことだろう。

 そのモンスターは距離が離れているためかこちらに気づいている様子はなく、ノシノシと小さな木々を踏み倒しながら進んでいく。その様はこの自然を荒らすだけのならず者のそれと変わらない。異物のように俺には映った。

 それ以前に、不自然にそれまで通って来た道が獣道のようになっているのを見るに、ゲームみたいにスポーンした……突然湧いたような印象を覚えた。


 ……違和感しかないな。


「……あの、カミシロ様? 普通こんな街の近くにあのような危険そうなモンスターが出るでしょうか?」

「いや、大抵の街は危険な場所にはいないはずなので、少し考えにくいんじゃ……。でもこのまま放置したら大参事かもしれませんし……近づいて敵意があるなら排除しますか?」

「それが良いかと」


 今のモンスターを放置するなんてことはできない。すぐに休憩を一旦取りやめ、背後から静かに接近を試みることにした。




「オオオォォォォ……ガッ!?」

「っ!? うそん…」


 俺達がこっそりと近づくと、気配を出来る限り隠していたにも関わらず察知された。

 歩きながら零れていた自然な声が急に雰囲気を変え、そして信じられないことに俊敏な動きで距離を取られてしまった。


 ……正直二足歩行、大きな体躯ときたら……ギガンテスと呼称した方が良さげである。

 ヒナギさんも見たことが無いモンスターっぽいので、名称は取りあえずそれにしておこう。


「しゅ、俊敏……ですね、随分と」

「まさかの、でしたね。体操選手にでもなれるんじゃないかなぁ」


 距離を取る時の綺麗なバク天。少し前なら、これはオリンピックに出たら審査員全員から9点以上は固いくらい綺麗なフォームだった気がしなくもない。

 少なくとも、体術スキルがMaxの俺よりも綺麗に動くなぁと思いましたね。

 なんだコイツ……。


 ギガンテスは威嚇のつもりなのか、「やんのかオラァッ!」と言っているかの如く、両手でボクシングの構えをとってジャブをしている。

 拳を突き出すたびに拳圧が風を切る音が大きく聞こえてくるが……もう滅茶苦茶である。


 まさか体操選手とボクシング選手だったとは……。掛け持ちご苦労様です。


「これは……今は敵意と言うよりは警戒……なんですかね?」

「判断しづらいですね……」


 ギガンテスを見て、俺とヒナギさんは判断に困った。

 近づいたら害があるとみなして攻撃してくる性質なのかもしれないし、むやみやたらと暴れるモンスターではない可能性が否定しきれない。


 そのため、一旦距離を取ろうとして様子を見ようとすると…


「……?(クイクイ)」


 ギガンテスから一旦少し離れた所で後ろを見て確認すると、先程と同じ位置のままで片手を前に出し……「お? どっからでも掛かって来いよ、逃げんのか?」的な挑発をしてきやがりました。……ウゼェ。


 ……コイツは排除…か? どっちにしろやる気満々ではある。


「……ガアッ!」

「なっ!?」

「っ!?」


 ちょっとした気の迷いが抜けきらず立ち往生してしまっていたところ、突然ギガンテスの拳から衝撃が弾となって放たれ、俺達の横を高速で突き抜けていった。

 その衝撃弾は太い木を薙ぎ倒し、木がひしゃげる音を無理矢理引き起こした。


 少し放心した。


 さっきまでジャブが凄い音を立てていたから、コイツの腕力がどれくらい強いかは理解していたつもりだ。でもまさか、拳圧を打ち出せるとは驚きだった。

 俺も打ち出せるが、それは体術のスキル技を使った場合のみ。何も使わずに力の限り振るった場合は、威力が拡散して打ち出すとは言えないものとなる。


 でも……え? コイツモンスターだよな……?


 今見た光景が俺の中に疑問となって浮かぶ。


 なぜなら、一般にはモンスターはスキルを使用できないとされているからである。

 一説によると知能の低さが要因であるとされているそうだが、それを肯定するようにドラゴンなどの知能の高いモンスターはスキルを使用したという例が過去に存在している。

 今目の前にいる、とても知能が高そうには見えない脳筋のコイツがスキルを使用できるとはとても思えなかった。


 ……あくまで俺の偏見にすぎないんですがね。でも脳筋は頭悪いってのは人間にも言えなくもないと思うんですよ。

 ジークは一応人だからスキルが使えてるだけです。モンスターだったら使えないに違いない。


「今のは…?」

「多分ですけど……『衝波弾』かと。俺のと似てたんで……少なくともその類だと思います」

「っ! では……普通のモンスターではないようですね」

「えぇ。威嚇射撃のつもりですかねぇ、まったく…」

「ガカッ!」


 知能が高いのか低いのか……それは今はいい。どちらにせよ、このギガンテスはスキルを使用することが可能なモンスターであるということだ。

 脅威性が高い……危険な個体。


 この事態に関係しているかは分からないが、その視野も含めて相対すべきだ。

 俺は生け捕りにしようと考えを巡らせたのだが…


「カミシロ様、ここは私に任せてもらえませんか?」

「え?」

「モンスターとして申し分ない強さを持っていそうですから、少々力試しがしたいんです」

「力試し……ですか…?」


 なんと、ここでヒナギさんが一人ファイティングをご所望ときましたよ……うせやろ?


 既に刀を抜いて俺よりも前へと出て行ってしまい、俺の出る幕が最早なくなってしまっている。


 言いたいことはまぁ分かりますけど、でもなぁ…。


「あの……やはり私では駄目でしょうか?」

「いやいや!? そういうわけじゃなくて、危なくないかなぁと…」


 俺の声から自分の行動を否定的な意味として取られていたと思ったのか、ヒナギさんが少々落ち込んだ顔でこちらに向き直る。

 ……が、俺の心配は別にヒナギさんが頼りないとかそういうんじゃない。ヒナギさんが怪我をしないかということの一点のみ。


 それを伝えたのだが…


「冒険者は危険なことも付き物ですよ、カミシロ様」

「う~ん、そうなんですけど…」


 ド正論ぶちかまされて何も言えなくなる俺。

 俺もアンリさんにそんなことを言っていたこともあったはずだが、自分がそれを否定してどうする。


 ……でも、理屈とかじゃないんだよな…。


「フフッ。カミシロ様が今いらっしゃるから言っているんです。でなければ余計な危険に自ら飛び込む真似はしませんよ」


 ヒナギさんは、唸る俺を見て苦笑している。

 どうやら俺の心情を分かってくれているらしく、それでもなおこの選択に出たようだ。

 それなら俺が余計なことを言えるわけもない。それ以前に、ヒナギさんは冒険者として頂点の部類の人だ。そもそもこんな心配をされるような人ではなく、むしろそれはお節介というものだった。


 でも恋人としてはこの辺りちょっと複雑なんですよねぇ…。恋人って危険な目に遭わせないことに注意しそうなもんだし。

 でも今……危険な目に遭わせようとしててちょっと気が引ける。


 一応その辺りの葛藤には我慢という形で折り合いをつける必要がありそうだ。

 これは俺の個人的な問題であり、ワガママというやつである。乗り越えるものなのだろう。


「……ヤバそうだったらすぐ介入します。ヒナギさん……じゃあ頑張ってください」

「はい!」


 俺が半分納得してそう伝えると、ヒナギさんが嬉しそうに返事を返してくれる。

 その笑顔は暖かく、分かってましたと言わんばかりのものだった。


 この笑顔見たらもう何も言えないじゃないか……この困ったさんめ。

 それなら思う存分やってきてくださいな。


 俺はヒナギさんの顔でコロコロと変わる自分の心情を感じつつ、ヒナギさんを送り出してその背中を見つめた。

 ヒナギさんが1歩2歩と前に出て、ギガンテスと対峙する。


「私がお相手します。お待ちして頂き感謝します」

「ガッガッガ!」


 例えモンスターであっても、相手への礼儀を崩さないヒナギさん。

 笑っているようにヒナギさんを見るギガンテスだが、どうやらこちらを下に見ているようだ。明らかに小馬鹿にしたような態度であるし、相手にとって不足ありとでも言いたげである。

 確かに対格差は歴然としている。ヒナギさんとギガンテスの身長差はゆうに5倍以上はあろうかと言う程だ。ヒナギさんが蟻のように小さく映ってしまうし、傍目から見れば強者は一目瞭然といえる。




 ただ……俺の彼女さん舐めない方がいいぞ?

 どっちが強者か……その身をもって思い知りたまえ。

次回更新は火曜です。

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