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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第五章 忍び寄る分岐点 ~イーリス動乱~
201/531

199話 5年の賜物

「どうやら気を遣われてしまったみたいですね」

「ですね。でもお言葉に甘えることにしましょう」


 デートではないがヒナギさんと2人で一緒に行動するというのは、ぶっちゃけ初めてのことだったりする。




 ……修業の時とか二人きりだっただろって? あーそんなのなしなし。あんな真面目で甘い雰囲気皆無な状況をカウントするとか、そんなの経験無いのに経験があると思わせる負け犬の言い訳にしか聞こえませんから。

 例えるなら、「お前童貞だろ?」って言われた時に「ち、ちげーし。卒業してるし」って言う奴みたいなもんで、他の場合だと期末テストの点数悪かったけど、出席回数とか平常点でカバーできるから単位貰えるよね? 的な考えと一緒ですよそんなのは。

 不正、駄目絶対。清く正しく公式なものをカウントしましょう。……公式ってなんやねんって話ですけども。




 ……ま、そういうことです。要は嘘はいけないよってことを私は言いたいのです。




 アンリさんの時もドキドキしたものだが、やはり初めての人だと緊張がどうしても出てしまう。克服したつもりだったそれが顔に出てバレてしまいそうだ。


 ヒナギさんの方はどうなんだろうか…?


 ヒナギさんを横目で見てみると…


「………」


 無言で顔を赤くして、でも素面をなんとか保ってますというアピールをしていた。……ぶっちゃけ不自然に思えるレベルで。




 うん、顔が既に赤いですね。

 ヒナギさん……すごい表情に出てますやん。


 アンリさん曰く、ヒナギさんは真面目ゆえにこういうことにはほぼ無縁だったそうだ。

 こういうことと言うのは……勿論恋愛事である。そのため、耐性がほぼ無いからこうして顔に出てしまっているものだと思われる。

 元々嘘をつけないような人なので、それも影響しているのだろう。


「……じゃあ、取りあえず境目を探しに行きましょうか」

「そ、そうですね」


 ヒナギさんの姿を見ていると、こっちまで感化されて恥ずかしさがとんでもないことになりそうだ。

 俺はジッとしていられなくなったので、そそくさと行動に移ることにした。





 ◆◆◆




「よし、積もる話もあるところだが……まずは事態の収拾が先だ。今分かる範囲で状況を報告してくれ。事態の前後にあった些細なことも、気になることがあれば何でも言ってくれ」

「かしこまりました」


 シュトルムの住居がある場所は、中心からやや逸れた位置に立っている。


 街の中心部に生えている巨木。その中を改築し、大広間のようなスペースを設けた所で、シュトルムを始めこの国の重鎮のような風貌をした者達が会議を始める。

 会議の規模は大きくはないとはいえ、いざ始まるとなると雰囲気は中々のモノを放ったことから、集まった者の質は高いことが見受けられる。

 会議は数が多ければ良いというものではない。それぞれが明確な考えと発言を的確に要所要所で交わし合い、議題を進められるかが重要だ。

 この場の雰囲気的に、この人数が妥当であることは見て取れる。


 ただ、会議とは基本的に真面目な場という認識がはびこっているものだ。そこに不適切と取れる要素を持った者がいるとなると、少々目立つ上に他の者への不快感を芽生えさせる原因になりかねない。


 そのはずなのだが……今この場にいる者には決まった形式がないのか、セルベルティアのように皆が決まった服装をしているわけではないのが違和感を感じる部分だろうか。

 シュトルムはツカサ達が前日に見た王のそれっぽい服装をしているものの、重鎮と思われる者の中には騎士の大隊長の恰好や一般の服装をした者も混じっている。

 ハッキリ言ってラフさが目立つ。


 セルベルティアとは対照的な印象。堅苦しいと思われる概念が根底から無くなっているかのようである。




 シュトルムが開始の合図を指し示す言葉を投げかけると、その指示に従って1人が説明を始めた。


「まず事態が発覚したのが約3週間ほど前です。正確には20日前ですね。野生のユニコーンの死体を警備巡回中の兵が発見致しました。話を聞くと外傷はほぼ無く、連絡を受けて駆けつけた調査員もそれを確認しております」

「そこらへんは聞いてた通りか。……続けてくれ」

「はい。そのユニコーンはまだ非常に若い個体であったらしく、まだ未熟で抵抗力が無いものと調査員は分析しました。死因が発見当時は不自然であったため、念のため原因解明のもと解剖したところ、特に死因を特定できなかったことから空気の汚染した影響という判断に至りました」


 ユニコーンの幼体は人間の赤子同様に抵抗力が弱い。人間が感じ取れない程度の空気の悪化で成熟したユニコーンですら弱った様子を見せるのだから、幼体は死に絶えてしまっても不思議ではない。

 本来なら成長する過程で徐々に抵抗力を増していくものだが、幼体はそれすら許されない環境となってしまっているのだ。

 今までそれができていた環境……イーリスの特徴は、見えない形で猛威を振るう牙と化している。


「それを裏付けることとして、ほぼ同時期に七重奏の虹(セプト・レイン)が一色欠けるという異常が確認できたこと、そして大陸中心部の草花の光が一部失われ、浄化機能の低下が確認できていること。以上のことから空気の汚染は確かだと思われます。このことに関しては近隣の国も同様とのことですので、確かかと……」

「……なるほどな。ユニコーンと虹が関連してるものと言えば空気しかないか」

「草花が影響を受けていましたので、地脈が影響していると考え、ここ2週間の地脈の変動率を示したデータを割り出しました。ご確認ください」

「お、そいつぁ助かる」


 説明だけでは分かりにくい部分を補足してもらうため、数値化したデータの詳細をシュトルムへと手渡す。

 シュトルムが貰った書類を確認し始めるが、その傍らで説明はまだ続いていく。


「……当初は一時的なもの、地脈の変化に対応しきれなかった影響で長続きはしないものと考えておりましたが、ここまで続くとなるとその考えは誤りだったのでしょう。現在では影響はここら一帯を中心に徐々にですが広がり続け、当初の約2倍程侵食が進んでしまっています」

「んー、そう言えば俺がここに来るときにベール川を通ってきたんだが、あの辺りまで侵食してたなー…………ん? ここらが中心なのに、大した地脈の変化はないのか?」


 シュトルムが書類を捲る手を止め、ある部分に目を向ける。


「そうなのです。ここら一帯が中心部付近ですので、地脈の変動率が最も大きいと思われたのですが……どうやらそうではないようです。影響の広がる中心部はここでありながら、地脈の変動率が大きいのはここから随分と離れた範囲内に留まっているのです」

「……どういうことだ? 普通影響の原因ってその中心が大半なはずだが…」

「分かりません…」

「ふむ…?」


 一般的な考えを皆分かっているようだが、それが当てはまらないことで困り果てている様子だ。

 シュトルムも暫し首を捻る。


「(何かと連動している? 何かに誘発されて起こった現象なら可能性としてはあるが……ここまで大きな連動をするんなら原因の特定なんてとっくに終わってるよな…。いや……そもそもこれは自然現象か? 地脈は流動していて常に変動的だ。一定の規則性はあるとはいえ、全てが計算しくされたように動いているわけじゃねぇ。なら過去に一度くらいは似たようなことがあってもいいはずだ。この長い期間の間で偶然今引き起こされたとは考えにくいし。でもそれがないとなると……人為的なもの…か? まさかな…)」


 シュトルムは自らの知識を頼りに考えを巡らせる。そして可能性として僅かに存在する考えに行きついたが……それをすぐに否定した。

 これだけの規模の被害を人為的に起こせるとは思えなかったためだ。

 自然の力は強大だ。人はそれに抗うことはできず、触れることも叶わない。

 シュトルムはそう考えているのだ。


「不明な点と不可思議な点が多いため、近隣の国とも情報交換を図っておりますが……有益な情報はまだ…」

「そうか。新情報もなし……か。ふむ…」

「申し訳ありません」

「分からんもんはしょうがねぇだろ。死力振り絞ってそれなんだから尚更な。……足掻いて見つけるしかねーさ」


 シュトルムが戻って来るまでの間に特に成果を得られなかったことを悔やむ姿勢を見て、シュトルムは苦笑いした。

 皆がこの事態を早急に解決したいことなど聞かなくとも分かっている。既に自分がいない間に絶え間なく動いてくれていたことは分かっていたからだ。

 必死に動いてくれたのなら、シュトルムはそれを責めることはできない。打開策を見いだせずに混乱していた状況だったらからこそ、シュトルムは戻って来たのだから。

 やはり王は民に必要だということだろう。


 シュトルムは今現在どうすべきかはまだ考え付いていない。

 だが、自分達の他に頼りになる仲間がいることをこの場の者達に伝え、少しでも安堵させることにしたようだ。


「……まぁ俺達とは別に今俺の仲間も動いてくれてる。そっちにも期待してみるか……」

「仲間……それは陛下の冒険者業で出会ったあの方々ですか?」

「あぁ。何処を探したって……あれ以上頼りになる奴らはいないだろうな」


 シュトルムは仲間達を脳裏に浮かべたのか、笑みを零した。

 少なくとも頼りにならないなんてことはあり得ない。そう思っていたからである。


 しかし、他の者は司達のことはまだ知らない。少々顔を曇らせては、シュトルムに意見する。


「陛下……貴方様のことは我々は絶対の信頼をしておりますが、少々方々に関しては我々はまだ信用しきれないものがあります」

「オイ、控えんか!」

「だが事実だろう? 方々を知っておられるのは陛下だけだ。我々はまだ何も知らないのだぞ」

「あー落ち着けって。その言い分はごもっともだ」


 言い争いになってしまいそうな所で、シュトルムが介入して場を落ち着かせた。両手を少し上げて、静まれといったポーズを取る。

 シュトルムに皆が目を向け始める。


「……まぁそうだよな。急に連れてくることになっちまったし、確かに俺に非がある。だがな、皆にゃ見えてねーから仕方ないから現実味がないかもしれんが、アイツらに関してはそんな心配をする必要なんてない」

「何を根拠に……。冒険者は自由すぎる面があるのも事実。信用など…」

「まぁまぁ、取りあえず聞け。……あまりこういうことを言いたくはないんだが……俺はこの場の誰よりもアイツらは信用できる要素を持ってると思ってる。……いや、正確には一人か」

「要素…?」

「あぁそうだ。黒いローブを羽織ってる奴いただろ? ……アイツは精霊に愛されすぎてるんだよ。俺やクローディア、それ以上にな」

「なんですと!?」


 どよめきがひっそりと聞こえてくる。


「では、陛下達同様のお力をお持ちになっているのですか!?」

「いや、それはない。ないはずなのにだ」


 本来、精霊を使役するスキル……【精霊師】はそれを得るに相応しい力と素質が必要となり、それが欠如しては会得することは出来ないのだ。

 シュトルムとクローディアは、精霊に愛されるという生まれながらの素質を有しているためスキルを会得しているが、司は持ってはない。

 精霊に愛されているのだから、そのスキルを持っていてもおかしくないはず。しかし、司はスキルがなくとも精霊に愛されているという、矛盾が生じてしまっている状況にある。

 これは常識が当てはまらない例であり、シュトルムは司と初めて会った時からずっとそれを考え続けていたりする。だが、その答えは確かなものになることはなく、憶測の範疇に留まるだけのものとなっている。


 オルヴェイラスに限らず、イーリス大陸は精霊を使役する力を持つ者を上に立たせるという風潮がある。それは必ずしもではないとはいえ、王族の血の次に優先順位として挙げられるほどに重要な要素だ。


「古来より精霊に愛される者は正しき心を持つと言われてきた。……まぁ正しいってのが何を基準にしてるのかは分からないが、少なくとも俺はそれに当てはまらんし、クローディアは見ての通りこれだ。正直な話、今まで俺達が定説としてきたものは間違っていたのかもしれないな」

「それでは…」

「精霊に愛されていても、スキルを有するとは限らない。スキルを有していても、精霊にこれ以上ない程愛されるとも限らない。……血が全てって気がするな。これが今分かることだろう」

「むぅ…! 酷いですわシュバルトゥム様」


 クローディアがシュトルムに頬を膨らませるが、シュトルムはそれを面倒に思ったのか無視した。

 後が怖いと思いつつも、今構っては少々面倒だと思ったらしい。


「ちょっと話が逸れたが、俺が何を言いたいかって言うとだな……そいつも確かに変な面はある。それは断言しよう。俺はいくつも変な面を知ってるが……それでもアイツだけは誰からも信用に足り得る奴だって思えるんだよ。それはこれまでアイツがしてきたことも物語ってるからよ……精霊とか関係なしにそう思う」

「してきたこと?」

「……その者の名前は何と言うのですか?」


 シュトルムはまだ何も知らない者達に向かって、司の事を伝える。

 今となっては近頃の冒険者では最も有名である。ラグナの災厄然り、異世界人騒動がチラホラと騒がれているのだから。


「ツカサ・カミシロ。お前等も名前くらいは知ってんじゃねぇのか? ちょっと前に有名になったしな」

「……どこかで聞いたような?」

「(ありゃ?)……ヒュマス大陸、ラグナの災厄、何でも屋」

「……う~む」

「(オイオイ…)……ジャンパー、『神鳥使い』」

「……あぁ~! なるほどっ! ……ってそれは真ですか!?」

「(ツカサ……やっぱりもう少し知名度上げた方が良いんじゃねぇの? 流石に不憫だ)」


 皆の反応の遅さに、シュトルムは司に代わって悲しい気持ちになった。

 興味が無い者からしたら記憶にそこまで残らないほどなのだから、それが不憫で仕方なく思ったのだ。


「『神鳥使い』と言えばSランクの者ではないですか!?」

「……だな。そいつのお付きの一人もそれ相当の実力の持ち主だし、それにSランクはもう一人いるぜ?」

「は? なんですと!?」

「和服を着てる女性いたろ? それはあの『鉄壁』で名高いヒナギ・マーライトだ。Sランクの中でも極めて礼儀正しいことで話題になった時期があったし……これだけで俺の仲間達に信用が置けるんじゃないか?」

「「「「そうですね!」」」」」

「お、おう……? どうしたお前ら?」


 シュトルムが信用できる人物だという説明をあらかた終えると、当初とは違ってハッキリと返事をする面々。……主に男性陣。

 その態度に押され、シュトルムは顔を引きつらせる。


「いえ、『鉄壁』殿が信用が置けることは理解できますが、それよりも見目麗しいと評判だったではないですか。まさしくその通りだなぁと思いまして…」

「そうだなぁ。本当に美しいお姿だった」

「……は?」


 その言い分に、シュトルムは呆けた。

 いきなり何を言いだすのか、それが分からなかったからである。


 エルフの間でもヒナギの過去の活躍や特徴は耳に入っている。顔こそ知らない者はいたようだが、昨日見た人物がまさにその人物だと知って納得したようだ。美しいと……。

 ヒナギはエルフの感性でもストライクゾーンに入るようで、ここにいる重鎮達も例外ではないようである。見えない部分の情報がここにきて正確に姿を捉え、魅力を倍増させた。

 エルフは長寿で、独り身の者が多い傾向にある。強く美しく、そして礼儀正しいのだから、ヒナギを少しでも気に留めない方が最早無茶というものである。


 美しい者はやはり記憶に残り、人を変えるということか…。


「……確かに美人だし気持ちは分からんでもないが、お前らヒナギちゃんのことは変な目で見ないようにしろよ? 今のお前らの急変ぶりに引くわー」

「ヒナギちゃん……ですか、陛下」


 兵長風の人物が、シュトルムのその呼び方に気を留めた。

 ……言わずもがな、各地に存在するヒナギファンの1人である。


「別に俺がどういう呼び方しようが勝手だろ? なに変なとこに突っかかってんだよ」

「いえ、クローディア様の隣でよくそんなことが言えたものだなと……」


 クローディアのシュトルムへの過剰な愛は既に周知の事実。その中で本人が『ちゃん』付けしているのだから、クローディアの機嫌を損ねるか、もしくはヤンデレ化させるのではないかと思ったのだろう。

 若干冷や汗をかく一人に対し、シュトルムは至って涼しい顔で…


「平気だろ。クローディアはもう知ってるしな」

「えぇ、昨日シュバルトゥム様からお聞きして知っておりますわ。それ以前に、シュバルトゥム様は私にしか目もくれないと信じてますし♪」


 シュトルムはどうかは分からないものの、バカップルここに極まれりであった。

 クローディアはツカサ達の間柄を既に知っているため、別に気にすることもないといった様子だ。


「……ハイハイ。それで何で平気かなんだが……ヒナギちゃんにコレがいるからだな」

「なん…ですと…?」


 シュトルムが立てた小指を見た瞬間、その意味を理解し皆が驚愕した。


 Sランクは基本的に有名人である。有名人はよく何かするたびに報道されたりするわけで、今回のネタは当然報道されるレベルである。ただつい最近のことで知る人が少ないため、情報がここまで届いていなかったのだ。


「この前結ばれたばっかだからな……まだ噂にすらなってねーだろうよ。グランドルくらいじゃねぇかな、今分かってんのは」

「その場に居合わせたかったものです」

「……お前ら当初の目的忘れてんだろ? さっさと話の続きに戻らせてくれ」


 話が逸れてしまったことで本来の話が進まない。シュトルムはその軌道を直そうと仕切り直すが…


「あ、申し訳ありません。しかし、ヒナギ様はともかく……あの者が? こんな小さな子供ではないですか!?」

「ツカサのことか? でもアイツ一応成人してるぞ? 21歳らしいし。……まぁ背は低いのは確かだが」


 エルフの平均身長は180㎝くらいのため人間よりも高く、他の種族を比較しても大きい部類に入る。

 そのためか、人間の成人男性の平均にすら届いていない司が幼く見えたのだ。少し背の高い人からすれば、頭一つ分以上の差が出てしまうのだから…仕方のないことかもしれない。

 ただ、もしこの場に司がいたら内心で不機嫌丸出しの発言をしていたことだろう。

 もう背が伸びることに期待はしていないが、小さいということを気にはしているのだ、司は。


「人は見かけによらないとは……まさしくこのことですな」

「本当にそうだと思うぞ。……だってそいつがヒナギちゃんのコレだからな」

「……え?」


 今度は面倒そうに顎に手を当てながら、再度シュトルムが小指を立てる。

 またもや、その小指を注視し始める面々。さっきと今ではそれぞれの思考は別のことになっていることだろう。


「そういうこった。もうお手付きが入ってるからその辺理解しとけよ」

「なんということだ……。意味が分からない…」


 誰も触れず、皆の憧れの的であり続ける。それがヒナギに対する皆の認識だった。

 ヒナギがこれまで孤独だった理由は強さだけにあらず、その美貌も相まっていたりする。人目を惹くのではなく、ヒナギは惹きすぎるのだ。

 誰も手を出せないし、ヒナギもまた誰にも手を出さないような人物として映っていたというのが真実である。

 ……本人はそんなことを微塵も思っておらず、そうあって欲しいとも思っていないのだが。そのせいで誰からも距離を置かれていると勘違いしていた面すらある。


 そんな幻想をヒナギに抱いていた者達は、それが信じられなかったらしい。


「意味が分からんのはこっちの台詞だ。お前らどうしたんだ一体? いつからそんなに恋愛事に現を抜かすようになった?」

「「「「「(アンタらのせいだよ!)」」」」」


 5年振りに帰ってみれば、皆の様子が少々おかしい。

 シュトルムはそれを疑問に思い原因を尋ねるが、皆が何か言いたげな目でシュトルムとクローディアを凝視することには気づいていない様子だ。


 ただ、何を思ったのか…


「……お前か、クローディア…」

「「「「「(アンタもだよ!)」」」」」


 隣に座るクローディアを見て、あぁなるほどと納得するシュトルム。

 クローディアなら、確かに周りが感化されて影響を受けるのも無理はない。そう考えた様だ。


 しかし、シュトルムは自覚がないようだがシュトルムの方も相当なものである。あれだけ愛を見せつけられて平然としているのは、それが内心では当たり前だと思っているからであり、こちらもクローディアを限りなく受け入れ、依存しているようなものだ。

 本人がそれを自覚しているかはともかく、それを理解している周りの者はシュトルムのその発言が少々誤りであることに全力で異を唱えたわけである。


 シュトルムは馬鹿ではないが、やはり馬鹿である。

 基本的に司達のパーティの男性陣は本質的には馬鹿ではないとはいえ、それがあまり垣間見えないような奴が多いのだ。

 唯一、100歩譲ってまだまともと言えるのはポポくらいのもので、それ以外は女性陣と比べることがおこがましいレベルである。

 ……そこにナナは当然含まれていないが。


「心外ですわシュバルトゥム様。私はただシュバルトゥム様をあの日から今日に至るまでずっと心待ちにしていたのを隠すこともしていなかっただけですわ。それがただ偶然的にも皆様に伝染してしまっただけのことですもの」

「確信犯じゃねーか。お前が原因だろ! てか普段が普段なんだから少しは隠せ!」

「良いではないですか!」

「良いではないではないですか! クローディアさん!?」

「むぅ~…!」

「「「「「(そのやり取りを止めてもらいんだよ!)」」」」」


 自分は関係ないと白を切るクローディアに、シュトルムはコイツが原因だと判断したようだ。

 そして周りの目も気にせず、イチャイチャ成分多めの痴話喧嘩が展開される。その光景に周りの者は皆ゲンナリした。

 美人な奥さんを持って、ラブラブしたい。密かに誰もがそんな幸せを味わいたいということなのだろう。

 若干の腹立たしさと羨ましさ、それらが混同して何とも言えない表情を作る。


 真面目な雰囲気と不真面目な雰囲気の境が不安定なこの会議だが、過去も似たようなことはよくあった。

 最早様式美とさえいえる。




 やり取りが落ち着くと、シュトルムは溜息を吐いて皆に向き直る。


「……はぁ。ちなみに、小っさい方よりもヒナギちゃんの方がご執心だからな? 言い寄ったとか無理矢理とかの類じゃねーから勘違いすんなよ」

「「「「「……」」」」」


 シュトルムの言葉には、皆無言の肯定を取った。

 放心したという表現が正しいとも言えるが。




 やがて、今の話題にそこまで興味がなかった一部が仕切り直すために、シュトルムへと話を投げる。


「……コホンッ! ですが陛下……良いパイプを築けましたな?」

「パイプ……ね。まさか当初はこんなことになるとは思いもしなかったが、結果的には良かったのかもな」


 シュトルムが司達と巡り合えたのは、まさに幸運としか言えない。

 そもそも司はヒュマスに降り立つことが決まっていたわけではなく、偶々グランドル周辺の草原に降り立つことに決まっただけなのだから。


 絶大な力を持つ者への接触は国として極めて重要だ。友好関係を築ければいざという時の助けとなってくれるかもしれない。備えあって憂いなしのように、必ず必要になってくることである。

 そのため、司達にパイプという表現を用いるのは正しいというものだ。


「でも俺はアイツらとは王として接してたわけじゃない。あくまで一個人……冒険者のシュトルムとして接してたんだ。今回は俺の個人的な願いを向こうからも申し出て了承してくれたからだが、アイツらにこれ以上国の事情に巻き込むような真似をさせるつもりはないし……させるつもりもない。だからパイプって言い方は以後慎んでくれると助かる。……親父もそう言うだろうよ」

「も、申し訳ありません……」


 しかし、シュトルムは司達をパイプなどと思っているようではないようだ。

 元々パイプを築くために旅に出ていたわけではない。あくまで自分の為……国についてはその後に作り上げていくつもりだったからだ。

 シュトルムとシュバルトゥムの立場を混同するつもりはないらしい。


「謝るな。お前の言っていることは国を担う1人として正しい判断だ。むしろ俺がこんなことを抜かしてることの方が問題なんだ。……俺の身勝手に付き合わせてすまないな」

「陛下……。いえ、それでこそ陛下と言えるものでしょうな。相変わらずお変わりないのが分かりましたよ」


 シュトルムの言い分を咎めるわけでもなく、それを認めて安堵する様子を見せる重鎮達。

 シュトルムが信頼される要因には、このように自らの非を認めることができることもあるが、自分のやりたいことを、そして正しい事実をハッキリさせられることが要因だろう。

 もしここで満場一致でツカサ達を利用すると皆が言い出した場合、シュトルムはその意見を汲み取る行動に出ていた。家族の様に親しい関係を築いているこの国では、明確に形容すべき名前こそないが地球でいう所の民主主義に近いものがあるため、皆の総意を無視できないからだ。

 ただ、昔から築き上げられてきたこの家族のような間柄は皆の根本に根付いているのも事実で、それを体現するシュトルムに対して文句はない。むしろそうであって欲しいとさえ思っていたりするのだ。


 持ちつ持たれつを、堅苦しさのないラフな雰囲気で築き上げたいのがこの国の方針なのである。




「では……各地の被害状況を報告します」

「聞こう」


 ようやく話が進みそうだ。

 また改まった顔で、場の雰囲気が変わっていく。


「近隣のハルケニアスとリオールですが、どちらも状況は芳しくありません。被害はオルヴェイラスと変わりないですが……この事態を不吉なことの前兆と捉えたのか、民が国から離れ始めてしまっているそうです。これまで陛下が不在であったため叶わなかったのですが、どちらの王も陛下との対談を望んでいます。いかがされますか?」

「……ハイリとリーシャか。ハハ、久しぶりだなぁアイツら……。ま、そりゃ当然応じるさ」

「かしこまりました。では早急に会談の日時を設けます」

「頼む」


 懐かしそうな顔で、対談を望む姿勢をシュトルムは見せた。

 事態解決のために協力するという体裁はあるものの、個人的に会って話がしたいようである。




 会議はそれから、進んでいった。

次回更新は土曜です。

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