197話 アル
深夜。
「(……あ、そういや宝剣ってどこいったんだ? ずっと姿が見えないけど……)」
1人1人に当てられた部屋のベッドでもう眠りにつこうとした時、あることを俺は思い出した。
俺が邪険に扱っている面倒臭い意思を持った無機物、その姿が見当たらないことにである。気がつけば結構な時間姿を見ていない。
皆もそんなに気にした様子が無かったのですっかり忘れてたが、勿論宝剣もこの大陸まで一緒に付いてきている。
……ちっ、面倒だな。余計な面倒事に首突っ込んでなきゃいいが……。
俺から離れられないとはいってもそれは数十メートルとかなら全く問題ない範疇であり、分離してしまう境界線はどうやら500メートルくらいらしい。
何故その距離が分かったかというと、オルヴェイラスまで飛んでくる最中に判明した。ポポとナナの後を追うようについてきた宝剣がそのくらいの距離を俺達から離されたところで、ポポが分離する姿を確認したそうだ。
まぁ、ちゃんと近づいたら元に戻ったけど。
ただ、流石宝剣なだけあってスペックが高いというか……ポポとナナの速度に結構ついてこれるのには驚きを隠せなかった。『勇者』が使ってたんだから一応は凄いと思ってはいたものの、武器としての性能は申し分ないと少し思わされたのも確かである。
ぶっちゃけ船に乗っている最中は目立たないように布を被せて倉庫に放り投げておくという結構酷い扱いをしたもんだけど、流石に意思がある以上はもう少し優しくしてやったほうが良いんだろうか?
少なくとも、『宝剣(笑)』から『宝剣』にランクアップした扱いくらいはしてあげようかな……元に戻っただけじゃんって話ですけども。
ま、そんなことはともかくだ。
流石に玄関から出てしまうと誰かに気づかれたりしてしまうため、俺は『転移』でこの部屋から抜け出して宝剣を探すことにした。
やっぱり『転移』は超便利。地形を無視してどこでもお出かけ。トイレの駆け込みお風呂の覗き、何をとっても使い道が多いですねぇ。
……あ、私はチキンなのでお風呂の覗きとかガチでしたことなんてないですからね? そもそもお風呂事体入ることがあんまりできないし。
でもシュトルムとトイレの順番を争って『転移』で先回りしたことはありますけどね。あの時のシュトルムの苦悶に苦しむ声を聞きながら用をたした時は……そら幸せに満ちてましたとも。
まさしく勝ち組と負け組に分かれた瞬間。相手の不幸を悲しむよりも、俺がそうならなくて良かったという充足感が俺を満たしていましたねぇ。アハハ。
なんにせよ、この時クローディア様が抜け出した時の気持ちがなんとなく分かったりしてしまったのは事実だ。
◆◆◆
暗闇の外は昼間とはまた違った雰囲気を感じた。
緑の匂いが強く、微かに聞こえてくる虫の声が鮮明に俺の耳に届いてくる。
夜風も影響して、しばらくこの雰囲気を味わっていたいと思えるくらいだ。
そこに……
「……? 今の声は……」
虫の声と同じくらい小さくだが、微かに生き物の声が聞こえた気がしたのだ。動物っぽいというかなんというか……そんな声。
でもつい最近どこかで聞いたような声だったな……。
「……こっちか?」
俺は宝剣を探すよりも先に、興味がそちらに移る。
その声の主がどこにいるのか探しに向かった。
声のする方向に向かって、取りあえず進んでいく。暗闇で周囲はよく確認できないし、目印になりそうな建物はどこにあるのかすら見当がつかないが。
そもそもこの町には来たばかりで地理もほとんど知らない状態だ。それなら、声を頼りに進むしかない。
人の気配はないから、特にコソコソしたりする必要はなさそうである。……というかまだシュトルム宅の敷地内だからする意味がない。
迷子になった奴探してるだけだしな。
コソコソしようとするかをまず考える辺り、俺は犯罪臭を若干漂わせる思考の持ち主なのかな……それはいやん。
取りあえず、敷地の端にある大きな建物が暗い中でも確認できたので、そちらへと足を運んだ。声もそちらからしてくるので、そこにその声の主がいると思ったからだ。
そしてその建物は……馬小屋だった。ここまで近づくと分かるが、こういった生き物を飼う所特有の匂いがしている。
俺はその扉の前に立ち、声が確かに聞こえてくるのを確認して錠前がどうなっているかを確認する。錠が掛けられていないことに無防備だなと思いつつも、まぁいいやと思ってすんなり中へと侵入した。
古いからなのか木特有の音を聞きながら……。
そこには……
「!? ユニコーン!?」
モンスターでもない通常の馬と、その倍以上の馬力を誇ることで人気のブラックホース。そしてそれよりも遥かに馬力の強い、セルベルティアの早馬としても使われた貴族ご用達のクラウンホース。他多数の種類。
よりどりみどりと言っていいくらいに多くの馬がこの馬小屋に存在していた。
その中で端の方で一際異彩を放つ一匹の馬……ユニコーン。
俺から最も離れた位置にいるにも関わらず、その存在感はまるで他の馬と違った。
他の馬には目もくれず、俺はユニコーン一点だけを見て足を進める。
ただ、よく見ると元気がない。深夜だし寝ているから元気が無いように見えるのは当然かもしれないが……そうではない。
そもそも、寝ていない。
他の馬がリズムよく寝息を立てている中で、一匹だけ、不規則に息を荒げているのだ。
寝たくても寝ることが出来ない。内に抱える苦しみが眠気を上回り、それを阻害しているようだ。
空気が悪くなっているという異常が、すぐ目の前の存在に悪影響を及ぼしているのを俺は間近で感じた。オルヴェイラスに来る少し前にみた野生のユニコーンの時も思ったが、このユニコーンにはそれ以上のものを。
そしてそのユニコーンに寄り添うようにしている奴が。……宝剣だ。
俺が探していた宝剣は何故か知らないがここにいた。
光は極力抑えているらしく、凄く目立つというわけではない。少し目を凝らせば光ってるなぁくらいのものだ。頼りないと言っていいかもしれない。
……が、どうやってここに入ったかは不明である。気にすることでもないかもしれないが。
頼りない奴と苦しそうな奴のセット。こっちまで見てて暗い気持ちにさせられてしまう。
まさか宝剣がここにいるとは思いもしなかった。しかも今はほぼ光ってもいないし、いることを事前に知ることすら出来なかった。
完全に予想外だ。
「お前ここにいたのか……」
『………』
俺が宝剣に声を掛けても反応は寂しいものだった。
こちらを一瞬振り向いた後、すぐにまたユニコーンへと向けたように戻してしまう。
その様子がユニコーンを心配しているように見えたのは間違ってないと思われる。
「シュトルムの言ってたユニコーンって、多分コイツだよな……」
「クォォ……」
「……ゴメンな。それ以上辛いのを和らげてやることは……俺にはできないんだ」
俺に気づいたユニコーンが俺を見るが、それも少しだけだった。
すぐに苦悶に顔を背けてしまった。
しかし俺がこのユニコーンに出来ることは今のところない。判明しているのはシュトルムの精霊のスキルを使った……空気を浄化するという方法のみ。
俺は皆と違って変わったスキルや力を持ってなんていない。ただただ大きな力の塊。全属性の魔法を化物並みの力で使え、身体能力もそれと変わりないだけ……。
ナナみたいに創意工夫溢れる魔法は使えず、ポポみたいに繊細な技術を持っていない。
それが嘆かわしくて無力感を感じてしまう。
「ゴメンな……アル」
……え?
何気なく言った一言に、俺は自分で何事かと疑問を持った。
何故か自然と、俺はこのユニコーンの名前を口にしてしまった。……いや、できた。
「あ………」
そしていつか見たあの記憶が、また一部鮮明に展開されるのが分かった。
『アルゥ~! やっぱり俺にはお前だけだぁ~』
『クォォッ!』
『仲良いよな……お前ら』
『当たり前だろ!』
シュトルムと俺と……アル。
俺はアルとじゃれ合って、シュトルムがそれを微笑ましげに見ている光景。
「………」
また……アイツの記憶か。こんなところにも……。
一度ジークで経験しているから、そこまで驚きを露わにすることはなかったとはいえ、一応は結構驚いている。
だが、この記憶が呼び覚まされたことには何かしら意味があると俺は思っている。それは未来の俺の願いなのか、それとも俺にとって大事だったことなのかは分からないが。
しかしジークと会えて俺は良かったと思えていることを踏まえると、このアルと今対面したのも良かったことになるのかもしれない。
それなら、俺は今新たに得た記憶からできることをするだけだ。アルがされて嬉しいと思えることを……。
警戒されるのも構わず、俺はアルのことを触れられる位置に移動し……手で首元の下辺りを摩った。
こんな真夜中にいきなり摩られてビックリしていることだろう。でもアルは俺のこの行動で悪意がないことを察してくれたのか、警戒を解いたように落ち着いてくれた。
以前苦しいのは変わりないだろうが、それもあと少しの辛抱だ。
「すぐ……元気にしてやるからな。だから今は……これで少しでも元気出してくれ」
「……クォ」
アルは俺を見ることをやめ、そのまま目を瞑った。
そして暫くその状態を続けていると、次第に規則正しい寝息を立てて睡眠を取り始めた様だ。
「……おやすみ。……お前は今晩アルに付いてやっててくれ。精霊王から創られたお前なら、アルも落ち着くと思うからさ」
『………』
「頼む……それじゃ俺も寝るよ。何かあったらすぐ連絡してくれ」
『………』
宝剣にそう伝え、アルを一撫でしてから俺はその場を後にした。
◇◇◇
司が馬小屋から出ていこうとすると、その足を途中で止める。
暗闇にも関わらず周囲を見回してある一点を捉えると、そこから目を離さなかった。
そして、静かな状況だがよく聞こえる声で、誰かを呼んだ。
「……お前ら、いつそんなことできるようになった?」
その声にすぐ反応する者はいなかった。司の声は暗闇に溶けて消えていく。
しかし、それでも誰かの声を待ち続ける司に対し、どこからか返答が帰って来る。
「あ~、やっぱしバレてた?」
「流石ですね……ご主人」
ポポとナナである。
司の呼ぶ声は間違ってなどおらず、ポポとナナを呼んだものであったようだ。
「ったり前……って言いたいとこだけど、なんとなくまだ分かっただけだけどな。……うっすらと効果で分かる」
司が気づいた理由を曖昧に言うと、ポポとナナが馬小屋の上から飛んで降りてくる。どうやら馬小屋の小さな隙間に隠れていたようであり、司とアル達の一部始終を見ていたようだ。
ポポとナナは司の肩へといつも通りに止まる。
「やっぱり……成長してるな? お前ら……」
司のその言葉は最近司が常々思っていた疑問だ。
本来、ポポとナナの位置は司が持つ【従魔師EX】の力で把握できる。しかし、今ではその把握が少々難しくなっていると感じていたのだ。
今までも距離が離れてしまえば把握が難しくなることはあっても、こんなに近い状態で把握が難しいなんてことはなかったから尚更。
司のその疑問に、ポポとナナも口を開いた。
「だと思う。何もしてなくても、毎日ほんの少しずつだけど……成長しちゃってるんだよね私達」
「恐らくですけど、ご主人の【従魔師EX】が原因かと……。『EX』に強化されましたし、その効力なのかもしれませんね」
「……やっぱそうなのか。【従魔師】はレベルとか無かったから成長しないもんだと思ってたんだけど……そういう仕様なのか」
「多分ね~。でも成長しないこともあったりするから気のせいだと思ってたんだけど……やっぱり気のせいじゃなかったぽいね」
「……いや、そこは普通に気づいて報告しろよ。……まぁ色々合点がいったわ。変だとは思ってたんだよな……ナナが地形把握とか魔力の扱いが上手くなってるのがどうも頭に引っかかっててさ。……でも予想通りか。ポポも同じか?」
「んー……ナナ程色々できることが増えたわけではないですが、耐性に関してはアホみたいに上昇しましたね」
「耐性ってお前……更に上がったのかよ。もう俺以上なんじゃないか? もしかしたら……」
司が各々の言うことに対し苦笑いしながら頭を掻く。
ただでさえ元々強力な従魔達なのだ。これ以上強くなったら名実共に本当に神鳥になるんじゃないか? ……そう思ったらしい。世間には神鳥という認識を受けているポポとナナに対し、司はそんな認識を未だに持っていなかったりするのだ。
しかし、今は割と本気でそう思い始めている様子だ。
実際、ナナのオリジナル魔法は顕現が固定化された魔法を思い通りに柔軟にするという、所見では他者は対処のしようがないものだし、変幻自在でいくらでも任意に魔法を生み出すことが可能だ。
一方ポポはナナ程複雑ではないものの、司と似て至極単純。一騎当千では物足りないレベルで戦力が凄まじく高い。
少なくとも、ナナはポポに対して自分は絶対に勝つことができないと悟るほどであり、ナナが勝てないのだからこの世界にいるほとんどの生物はポポに勝つことがほぼ無理だということに等しい。
歴史に伝わっているリベルアークのどこかに生息すると言われる、最強の竜である神竜種のドラゴン。例え相手がそうであっても、ポポは打ち勝つことができるのではないか? そう思えるほど。
「ま、今はそんなことどうでもいいよ。それよりもあの子……アルって言うの?」
ナナは司の【従魔師EX】に対する疑問を適当にあしらい、今の出来事への関心に意識を戻した。
すると…
「あぁ。……俺達の友達だ」
「そうですか。やっぱり……何か思い出したんですね?」
「まぁな。つっても楽しかったような記憶と、あと少しの情報くらいだが」
司もそれを話したい思っていたようですぐに返答する。
自らに起こった出来事を、そして未来の記憶を思い返して目を瞑る。
「ポポ、ナナ。明日から大陸の異常の調査が始まると思う。だから……頼りにしてるぞ?」
「合点!」
「ナナ、今は夜中ですから静かにして。……勿論ですよご主人」
声を潜めてポポが言うのを聞きながら、司は寝床へと戻ることにしたようだ。
明日に備え、この大陸の異常に対して更に真剣に向き合いながら……。
次回更新は日曜です。




