196話 過剰な愛
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それからシュトルムが解放されるのを待ち、その後ようやく俺達は町中へと入ることができた。
ただ、クローディア様はシュトルムから一向に離れる気配がなかったりするが……。
終始嬉しそうな顔だったのには苦笑いしか出てこなかった。遠慮なさすぎだなと……。
オルヴェイラスはグランドルやセルベルティアで見たものとは全く違う世界が広がっており、やはり自然で溢れかえっていた。広さはグランドルくらいの規模でセルベルティアには遠く及ばないが、エルフは種族的に数が多いわけではないので、これでも十分に広いのだろう。
道の脇に添うように植えられた草木と、生きた木を極力傷つけないようにそのまま使ったツリーハウスのような住宅。自然と共存し、大事にしているのが要所要所で伺える。
空には勿論虹が掛かっているのが見え、もう日暮れ間近ということもあって、昼間に見ていた雰囲気とはまた違う。見え始めた星が虹のアクセントとなって、違う景色を新たに生み出していた。
ちなみに虹は星の光があれば夜でも見えるそうで、今日は曇っていないので見ることができるとのこと。
どうやらここら一帯だけは木々で覆われていないようで、ぽっかりと穴が開いたようになっているようだ。
草木が光を放っていないのは……空気の影響によるものだろう。
こんなに綺麗な光景だが、それでも最高の、いつもよりも劣化した光景だというから驚きである。
そして…
「ここがシュトルムの住居……なのか?」
「そうだな。といっても5年ぶりであんまり実感ねぇけど」
「私とシュバルトゥム様の愛の巣です」
「クローディア、恥ずかしいからやめてくれ」
「フフフッ♪」
シュトルムの腕に、これでもかというくらいに抱き着く女性……クローディア様。
見てるこっちが胸焼けしそうになるくらいのアツアツっぷりなのだが、この人はやはりというか当然というか……シュトルムの嫁さんだそうだ。……うん、すぐ分かりました。
背丈はヒナギさんと同じ位で、スラっとした体つき。胸は少々控えめだが、くびれのハッキリしていそうな体つきでどちらかというと綺麗系。ゆるふわな緑色の髪と耳につけたピアスが非常によく似合っており、終始笑顔な人なのが印象だろうか。
……というか笑顔しか見れてないんですけどね。正直だらしない表情と言われても文句言えないレベルでにへらってしてるぞ……。
守りたいこの笑顔ではなく、直したいこの笑顔ってフレーズが頭に浮かんでくるってもんですよ、ハイ。
まぁ綺麗な人なのは間違いないけど。
シュトルムは勘弁して欲しい顔なので心境は大体想像できるが、クローディアさんの方はそんなことが微塵も感じられない。満面の笑み、それに尽きる表情である。
それでシュトルムの住居だけど……こりゃ凄いわ。
俺の目の前には目的地であるシュトルムの生家……まぁ家があるのだが……。
周りの住居や建物代わりのものが木であったのに対し、こちらの住居は全て木の葉で形成されているのだ。何故木の葉でマンションみたいな大きさに仕上がったかとか、原理は全く不明なのだが……最早お約束と思っておくことにする。
隅々まで綺麗に塞がれた隙間のない構造が木の葉という弱いイメージを失くし、要塞のような堅牢さを見せているようだった。そして……単純に綺麗にしか見えなかった。
赤と黄と緑の織り交ざる造りは鮮やかであり、これだけで観光スポットになってもおかしくないほどだ。
一応縦長に造られていて他の住居と比べると遥かに大きいが、これが城代わりと考えると不思議でもない大きさだ。むしろ小さい気がするくらいである。
その建物へと近づくと……
「あっ!? クローディア様!? また抜け出して…! こっちの身にもなってください!」
俺達一行の方を見て、建物の周辺をウロウロしていた一人の老齢のエルフの男性が血相を変えてこちらに飛びつくように近づいてくる。
顔が安堵と怒りの混じった絶妙な表情だったので、それを見て俺はすぐに状況を察した。
俺のその考えは当たっていたようで……
「あらフィリップさん。前回探さなくていいと伝えたではないですか?」
「頷いた覚えはありません。一声掛けるだけでもいいので……もうお止めください!」
「体が言うことを聞かないんです……愛ゆえに♪」
「クローディア様!!!」
シュトルムが一声掛けたのか云々の確認をしていたのは、恐らくそういうことだろう。
つまり、こっそり抜け出して皆を不安にさせたとみて間違いない。
……なんかどっかで見たような光景だな……。
お付きの人は苦労するねぇ…。
俺は学院の一件で知り合ったとある2人を思い出し、目の前で怒っているエルフの人……名前をフィリップさん言うらしいが、その人とクローディア様の姿を重ねる。
それから暫くクローディア様の反省する余地なしののらりくらりを見ていると、ようやく落ち着いたようだ。
俺達に遅くなったが挨拶をしてくる。
「……取り乱して失礼しました。ロクな挨拶も準備もできずに申し訳ありません」
「あ、いえ……お構いなく」
「ん、むしろお邪魔してるのはこっちだから…」
「ありがとうございます」
いきなり非を謝られてしまって、とても申し訳なさをこちらも覚えてしまう。
少なくとも謝られることは何もないと思っていたし、むしろこちらが連絡もなしに来訪してきたわけだから、謝られるのは筋違いというものだ。
ただ、連絡はシュトルムがしなかったからなので……シュトルムには非はあると思いますよ?
陛下でいくら偉かろうと報連相ができないのは駄目だと思いまふ。でもクローディア様のことがあったから連絡できなかったんだろうけど。
あの様子だと、シュトルムが連絡したらそこまで飛んできそうな勢いだしな……。一人で街の外に出られても確かに困る。
「そして陛下……よくぞご無事でお帰りになられましたな」
「よせやい、ノエルもだがそんな畏まんなって……。クローディアのお付きは大変だったろ? むしろこっちが労いたいくらいだ」
「それは……確かにそうですな。ではお互い様ということでよろしいでしょうか?」
「だな。取りあえず……ただいま」
「お帰りなさいませ、シュバルトゥム陛下」
シュトルムとフィリップさんのお互いを労い合う姿を見て、何故俺達よりも先にシュトルムに挨拶しないんだという密かな疑問は少し納得した。
あぁ、これがこの国の在り方なのだと……。
ちなみに、ノエルとは門番の人のことです。
男女どちらにもありそうな名前だけど、個人的には女性っぽい名前だなと思いました。
「……貴方様がたった一人で旅立たれてからというもの、クローディア様と同じく心配で仕方ありませんでした。ですが……息災なようで安心しました」
「当たり前だろ。定期的に連絡は入れてたし、無事に帰るって約束してたからな」
家族のような雰囲気にほっこりしていたところ……
「シュバルトゥム様! やはりお帰りになられたんですね」
「ホントにシュバルトゥム様だ~! お帰りなさい!」
「さっきの警報はそういうことだったのか……相変わらず熱いねぇ陛下とクローディア様は。さっさと知らせねぇとな」
知らぬ間に続々と集まってきた人達が、シュトルムを見て顔を明るくさせていく。
歓迎されているのは明らかであり、非常に好意的な反応だった。
「あ~……スマン、ちょっくら皆に挨拶してから戻るわ。フィリップ、皆をもてなしてくれるか?」
「かしこまりました。では皆様、こちらへどうぞ」
「あ、ハイ」
「えっと……シュトルム様、また後で」
「おう」
シュトルムとクローディア様は、集まった民衆の中へと消えていく。
俺達はフィリップさんに連れられ、主より先にその建物へと入っていくのであった。
◆◆◆
フィリップさんに客間へと案内され、出されたお茶を飲みながら暫し皆と雑談する。
家具はほとんどが木製のもので、化学品に近い家具はほとんどない。見た目も中身も徹底しているようだ。
「シュトル……シュバルトゥムさん、街の人達とすごい仲が良いんですね」
「うん、思った。でも王族に思えないんだよな……なんか」
「……イーなんとかが言ってたろ。イーリスは民と王族の境を感じさせないってよ」
「……イーベリアね」
「あぁ、そうそう。そんな名前だったな」
「アハハ…」
俺はその人と会ったことないんだよな……。
めちゃくっそ強いらしいけど……その人も対象に含まれてるっぽいし心配だな……。
「以前私が立ち寄った他のとこでもこんな感じだった気がする。この大陸全体がその認識が根付いてるんじゃないかな」
「種族の特徴なんですね」
俺の心配を他所に話は続いていく。意識を目の前に戻し、会話に集中する。
……じゃあ、あのキザったらしいトライデントのエルフさんはどんな思いで仕えてたんだろ? 随分苦労したんじゃないかな……。
まぁ、柔軟に対応できてるみたいだけど。
「にしても、旦那が王族ねぇ……。信じらんねーな」
ジークが先程も思った皆の気持ちを代弁するように、腕を組みながら首を捻る。
俺も同じ気持ちだったので、それには同意しかなかった。
「だよなぁ。アレのどこに王族要素があるって言うんだよ……」
シュトルムとの出会い、そしてこれまで発言や奇行を思い返す。
街に魔法で吹っ飛んでくる王族が何処にいる?
礼節のほぼ無い話し方をする王族が何処にいる?
……俺の芋虫走法を真似る奴が何処にいる?
……ココにいやがりましたよ。
「う~ん……隠してたんでしょうか?」
「どうでしょうか? 私達と話す時と然程変わらないように見えましたけど……」
アンリさんとヒナギさんがあれこれ思考を重ねているが……
「ん、それがこの大陸の特徴だってさっき言ってたでしょ。王族も庶民も家族みたいな感じなんだよ」
結局はそれが全てなんだろう。
セシルさんの言葉が正解なのだと思われる。
「じゃあ……イーベリアさんがセルベルティアの在り方がそうであって欲しいと言っていたのは、このことだったんですね」
「ん、多分そうだと思う」
そのイーベリ子さんはそんなことを言ってたのか……素晴らしいですな。
貴方と私は良き知人になれそうです。
セルベルティアが今どうなってんのかは知らないけど、ランバルトさん達と同じくらい頼りになりそうだ。
◆◆◆
「よぉ、待たせたな」
「失礼しますね」
「あ」
出されたお茶を飲み終え、椅子に座って雑談をしている俺達。その雑談に落ち着きが見られたところで、シュトルムとクローディア様が客間へと現れる。
「シュトルム、その恰好……」
「あぁこれか? 着ろってうるさくてな……」
シュトルムの恰好が先程までと違うことが気になったので、俺は声を漏らす。
白銀の鎧を脱ぎ、今は細かな細工が施された服と掛物を身に纏っている。色合いに薄いものが多いのはこの自然に溢れた大陸を連想させるような色で、薄緑色が基調となっているようだ。
シュトルムの髪は青い色だが、随分と似合っている。
隣に一緒にいるクローディア様も似たようなものなので、恐らくはそういうことだろう。
恐らくこれは身分の高い者の服装なのだろう。さっき少し住民の人の服装を確認したところ、グランドルの住人とそこまで変わらない恰好をしていたはずだ。
それだけでシュトルムが普通ではないことは間違いない。
ま、なんにせよ威厳を思わせる雰囲気が感じられたのは確かだ。……中身がどうかは知らんが。
シュトルムが隣のクローディア様に目をチラリとやって溜息を吐く。
「当然です。王なら王らしくしてくださらないと困ります」
「……なんか似合わないんだよなぁ」
「そんなことありませんよ? 確かにあの旅装も素敵でしたけど、こちらはもっと素敵です」
長い間着ていなかったからか、本来の服装に若干の遠慮が見られるシュトルムに対し、クローディア様はやや困った顔になる。そしてその後、すぐにシュトルムの元の恰好を褒めるが……
ゾッコンですね、いや~さっきでお腹一杯だったんですけどねぇ……。
これじゃあ破裂しちゃいますよ。
シュトルムの嫁さんがここまで過剰すぎる愛を見せるとは想像もしていなかった。
俺のエルフの印象というと、物静かでツンデレな傾向がある偏見を持っていたんだがな……違ったか。
むしろ逆ですやん。
……と、俺の偏見はさておき、挨拶がそういえばまだだったのを思い出す。
「あの、挨拶が遅れましたが……ツカサ・カミシロと申します。クローディア様とお会いd「様なんて付けないで結構ですよ~。皆様はシュバルトゥム様のお客人ですもの……気軽に好きにお呼びください」
席を立って挨拶をすると、クローディア様の言葉に遮られる。
その内容は姫様と同様の親しみやすいものだったが……
じゃあなんで貴女はシュトルムのこと様付けなんですかねぇ? 言ってることに説得力が感じられん……。
まずは自分から、そして他人へですよ。順序があると私は思います。
と、クローディア様のやること言うことには面食らってばかりだった。
俺の後に続いて立ち上がった他の皆も困った顔で、どうしていいか分からないという様子だ。
一応シュトルムがさっき特に何も変えなくていい云々を言っていたので、心のどこかで想像はしていたとは思う。
すると…
「皆様のことはシュバルトゥム様からお聞きしていますので存じておりますわ。そちらからツカサ様、ポポ様とナナ様、アンリ様、ヒナギ様、セシル様、ジーク様……ですわよね?」
事前情報でこちらのことは伝わってはいるようだ。
伝えている情報の優先度が少々不思議に思ったとはいえ、取りあえず俺達からの挨拶は不要そうである。
「むしろ、まだ私の自己紹介をしていませんでしたね。もしかしたらお聞きしているかもしれませんが、私はクローディア・S・オルヴェイラスと申します。シュバルトゥム様の妻にして唯一無二の正妻。……つまりナンバーワンでありオンリーワンですわ」
「……大げさだな」
シュトルムが諦めたように、力なく言葉を漏らす。
名前は教えて貰ってなかったけど……仮に教えて貰っててもその最後の方は絶対に教えられなかったと思いますよ。
妻であることをそこまで強調する人は初めて見たわ。
「よろしくお願いしますわね、皆様」
でも、ちょっと危ない気配はあるけどこんな綺麗な人にここまで愛されてんだからシュトルムは幸せ者だと思う。
その日は、移動で疲れていたということもあり、翌日に改めて話すことにしたのだった。
次回更新は木曜です。




