194話 神秘的遭遇
日が暮れ始めた頃……
「目の前に見えるあの山を越えた先が目的地だ。あと少しだ」
空の飛行を続けていた俺達だったが、ようやく目的地間近の所まで来たようだ。シュトルムが目の前を指さして伝えてくる。
ここまでやってきたわけだが、ヒュマス大陸と違って非常に緑の多いこの大陸は、比べると町や集落といった場所はかなり限られているようだ。自然と景観を損なわないような意識もあるのか、随分と少ないように思える。
これだと……アニム大陸なんてもっと壮絶な環境なのだろうか? あそこは弱肉強食で強い者が生き残る野生の大陸と言われているし……上には上がいるかもしれないな。
「はいよー。そんじゃラストスパートかけるよ~! しっかり掴まってね~!」
「はい!」
「いつでもいいよ!」
「こっちもd……っ!? ちょっと待ってくれっ!」
「どうしたっ?」
皆がナナの軽快な言葉に頷くが、シュトルムが緊迫した声で途中で制止を掛ける。
何やら耳に手を当てているが…
「おう……そうか。……何処だ!? ……っ!? 見つけた…! 助かったぜ! サンキューな」
焦った顔で、独り言を話しているシュトルム。
これは精霊と会話しているんだろうが、いつもよりも様子が変だ。ここまで慌てた顔をしているのは見たことがない。
「ど、どうしたんですかシュトルムさん?」
シュトルムを背に乗せていたポポが、首を半分曲げて後ろを振り向く。
梟ほどじゃないが、インコも十分首が回るから正直ギョッとするかもしれない。
そんなに曲がるの!? ってくらい回るんだよな……。初めて見たときビビったし。
ポポを見て過去を懐かしむ。
しかし、今はそれどころではない。
「野生のユニコーンが近くにいる! しかもモンスターに囲まれて危ねぇ状況だ!」
「なにっ!? 何処だ?」
本当にそれどころじゃなかった…。
「右斜め前方、岩場の中腹辺りだ!」
「……中腹……あれですか!」
目の前には山があり、その山の一部には岩場が見え隠れしている箇所が確かにある。その岩場の中腹辺りにユニコーンがいるんだろうが……俺には見えない。
空高く、そして山事体が大きいこともあり、距離は相当なものだ。シュトルムは精霊が教えてくれているから分かるとして、常人にはまず視認できない距離だった。岩場が確認できるのが精々といったところ。
だが、ポポは視力が良いのでどうやら発見したらしく、声をあげている。
「俺達じゃ見えねぇな……」
「だな…」
ジークもどうやら確認ができないらしく、難しい顔でその方角を見ているだけだった。俺も同じ状態だったのでそれには同意せざるを得ない。
鼻をスンスンと動かしているのは……匂いで位置を把握しようとしているのだろうか? ただ、あまり効果はなさそうだが……。
「アイツを助けたい…! 頼めるか?」
「オッケー! ご主人もいいよね?」
「当然だろ!」
ポポだけでなく、ナナも見えたらしい。俺に一応の確認を迫るが、聞く必要なんてない。俺はすぐに返事を返した。
「っ!? ヤベェッ!」
「ナナ! 魔法で守って!」
「合点!」
言葉だけなので詳しくは分からない。ただ、ユニコーンに危機が迫ったことだけは感じることができた。
シュトルムが一層慌てた顔になったかと思うと、ポポとナナが掛け合い、行動に出た。
「ご主人! 一旦パス!」
「えっ!? キャッ!」
「ナナ様!?」
「ってオイ!? マジかよ…っとと!?」
突然、ナナが背に乗せていたアンリさんとヒナギさんを俺に向かって放り投げて来たのだ。
もう一度言っておくが、ここはかなり高い場所である。そんな場所でいきなり放り投げられては、2人の恐怖は相当なものだろう。
以前ヒナギさんはグランドル上空にまで跳び上がってきているから、まだいいかもしれない。しかし、アンリさんは別だ。こんな恐怖体験なんて初めてのことだと思われる。
俺は驚愕している2人を両手を使って抱き留め、一旦その場に留まることにした。
ナナが一応は俺の方に向かって放り投げていたのが功を成したのか、そこまで慌てることなく対応することができたが……俺も驚きで心臓バクバクだ。
俺がそのことで返答しようと思ったが……
「『氷絶』! 今だよポポ!」
「はい! 『羽針・迅雷』!」
ナナがモンスターらを凍結させたらしき発言をすると、ポポが攻撃速度に特化した『羽針』を、目にも止まらぬ速さで射出する。その時器用にセシルさんとシュトルムを左翼に一瞬だけ乗せて、右翼を大きく振り抜いていた。
『羽針』は目にも止まらぬ速さで飛んでいき、やがてその姿を岩場へと消していく。
「…着弾。対象の頭を打ち抜くのに成功しました」
安堵した様子で淡々と事実を伝えるポポに、シュトルムの張り詰めていた緊張が解かれたらしい。
息を思い切り吐いて、身体の力を抜く仕草を見せている。
「よし! ひとまずは大丈夫そうだな……助かった2匹とも」
「ふぃ~、危なかったね~」
「そうですね。……そっちも危なそうでしたけど」
「……ホントだよ」
ひとまずそちらもなんとかなったことは喜ばしいが、こちらもこちらでちょっと危なかったのは確かだ。
ポポがこちらを向いて、ポツリと呟く。
「あ、アハハ……」
「心臓飛び出すかと思ったよ…」
「ゴメンねー、2人とも」
両脇に2人を置いて、俺は身体をほぼ密着させている状態。ヒナギさんは俺へと寄り添うようにだが、アンリさんは腕を掴んで離してくれない。
…まぁ怖いからしゃーないだろうけど。それに俺にとっては嫌でもなんでもないし、別に構わないから言うことは特にない。
しかし…
「突然だったから仕方ないだろうけどさ、もう少しやり方あったろ?」
「だって咄嗟だったんだもん。それに、あんな距離まで魔法届くの私だけだし、許してちょ」
「まぁそうだけど……」
ちょっとおちゃらけて謝るナナだったが、言っていることは確かに正しい。
ナナくらいの魔力範囲がなければ、ここからモンスターに魔法を行使することはできないのは間違いないからだ。ポポも遠距離技を持っているため、同じと言える。
俺とジークも、遠距離系の技を持っているが、対象の姿が見えないのではどうしようもない。速攻で近づいて対象を探している間にユニコーンがやられてしまっても駄目だし、ただ力任せに攻撃を放つのは論外だ。加えて、排除する対象が守るべき対象と一緒となっていては、適任はナナ達しかいなかった。
でもあれなんですよね、ちょっと複雑というか……。
……まぁいいや。役得と思うことにしよう、うん。
「……にしても、よく見つけたなシュトルム」
「あぁ、精霊達が教えてくれたからな……コイツらのおかげだ。ま、助けられて良かったぜ」
やはり精霊に教えて貰っていたようだ。俺の考えは正しかったらしい。
◆◆◆
そしてすぐに、俺達はユニコーンの元へと向かった。
ユニコーンの傍には3体の爬虫類型のモンスター……トカゲとワニを足した様相のモンスターが氷漬けになって転がっており、全て脳天を貫かれて絶命していた。ユニコーンには一切の悪影響が見られないので、的確にポポとナナは処理したことが分かる。
「クォォ…」
「こ、これがユニコーン……」
「初めて見ました。でも……」
モンスターは初めて見る姿をしていたので少しは気になったものの、それ以上に気になる存在がいるのでそちらに目を見やる。
そしてそのままユニコーンの近くへ駆け寄ると、ユニコーンはこちらに対して警戒心を露わにしてこちらを向いて威嚇してきてしまった。
その姿を見たシュトルムはというと…
「……随分弱ってるな。外傷は見た感じだとねぇのに……。やっぱり空気が悪いのか……」
そう分析したようだ。
俺の目から見ても弱ってるのは分かるくらいなので、これ以外に分析のしようがないのが正しいかもしれないけど。
ユニコーンは俺の想像通りの姿をしており、身体を純白の表皮と体毛に包んで馬と同じ体躯をしている。サイズも馬と然程変わりなく、角が一本生えていることと、風にたなびいている毛から淡い光を放っているのが目に付いた。
おお…! 聞いてた通りとは……なんて神秘的なんだ。
その姿を見れたことに嬉しい気持ちがあったのだが、元気がないのがすぐに分かっていたので素直にそう言えなかった。シュトルムの零した声もあったから尚更…。
「だと思いますよ。先程の港と比較して、空気に細かな微粒子が含まれているように感じます。私達には影響が出ていませんが……ユニコーンは違うのでしょうか?」
「ポポ、お前何か分かんのか?」
ポポがシュトルムの言葉に思う点があったのか、そんなことを言った。
動物だからこそ、人とは違う微かな違いに気付けたのかもしれない。
「あくまで体感ですけどね。グランドルの町中とも比較してみたんですが、ちょっと違和感があるというか……。こんな広大な自然に囲まれた場所は初めてですし、そもそも別の大陸なので環境が違うだけで普通なのかもしれないですからなんとも…」
「そうか……」
「でもチビ助の言う通り、確かに変な感じはするな。匂いも緑の匂いだけじゃない……異質なモンが混じってるなこりゃ」
「異質?」
ポポの言う違和感が何かは分からない。もしかしたら、イーリス独自の元々あったものかもしれないので、これがユニコーンに変調をきたす原因となっているかは不明だ。
しかし、ここでジークも同じようなことを口にし始めた。
「詳しくは分からねぇ。だが、通常は無いモンが混じってるのは確かだろうぜ。……ちっと気に障る」
「……辺りの草花も、光を放っていないのはそれが原因でしょうか…?」
「それはわかんねーが…」
港から暫くの間は、綺麗に光を放っていた草花達。その面影は最早どこにもない。
辺りには俺達が今までに見てきた普通の景色、自然が広がっているだけだ。イーリス独自の景色は皆無だった。
少なくとも、明らかにおかしいことには間違いない。
「……ま、原因解明はすぐにできることじゃない。だったら俺がここに帰って来る必要なんてまだなかったわけだしな。……それよりもまずはコイツだな」
「ブルルッ…!」
シュトルムはユニコーンに触れようと近くへと寄るが、それは嫌だと言わんばかりに距離を取ろうとするユニコーン。
保守的な考えなのか、自ら先に攻撃を仕掛けようという考えはない動きである。
しかし、思うように体が動かず、あまり移動できていなかったりするが。
シュトルムはなんなくユニコーンに触れられるところまで接近し、何か口ずさみ始める。
そして優しくユニコーンを撫でてやると…
「『悪しき汚れから守りたまえ』。……これなら数日は持つだろう」
「…! ♪」
「おー、よしよし。ちっと元気になったみたいだな?」
「クオォォ!」
ついさっきまでの状態が嘘のように、急に元気を取り戻すユニコーン。
シュトルムが何かしたのは明白だったが、内心では「コイツ仮病だったのか?」と思ったりしたのは内緒だ。
「シュトルム、何したの?」
「なぁに、コイツの周り限定だが、空気の淀みを取り除いただけさ。ユニコーンは空気が清浄であればすぐに元気になるんだよ。だからイーリスの異変にすぐ気付けたわけだ」
「へぇ…」
ここまで露骨に症状が治るくらいだから、その基準は確かに当てにできると言っても過言じゃないな……。実に分かりやすい。
でもシュトルムさん、精霊の力を借りてそんなことできるんですね……御見それしやす。前に俺とヒナギさんを覗き見したとか言ってたけど、精霊の力万能すぎやしないですかね? 君こそチートマンじゃないか。
……少なくとも、一家に一台シュトルムさんが欲しいと思いましたよ。特売セールしてくんないかなぁ。
そしたら助かるのに……。
それで、ユニコーンが元気になったわけだが…
「どうする? 一緒に連れてった方がいいのか?」
国際保護生物対象というから、結構面倒な規則やら事項があるのは分かる。どんな扱いをすればいいか分からなかったので、俺はシュトルムに聞いてみる。
「いや、それは駄目だ。ユニコーンの保護は義務付けられているが……それは必要最低限に留めなきゃ駄目だ。危険からの排除を目に見える範囲で行い、基本的には干渉は極力避けるのが規約になってるからな……。それに完全に俺達が保護しちまったら自然に帰れなくなる可能性は高いし、免疫だって低下する。そもそも、俺達が関与することは自然の掟に反するからな。今は精霊の力でコイツの周りだけは清浄に戻す程度のことはしてやれるが、それ以上となると……」
「ふむ……。そういうことなら仕方がないか」
「あぁ、頼むわ」
連れて行って、問題解決まで見届けてから自然に返したい気持ちは確かにある。このまま放置したら不安だし、そのまま死んでしまうかもしれない。そう思うと、連れて行かないという選択が辛く感じるのだ。
でも、シュトルムもそうしたいのに規約を守っている姿をこうも見せられては、俺もそれに従うしかないので納得する他ない。
「……よし、行きな? お前は一匹でも生きていけるさ。すぐに元の日常に戻してやるからな……」
「クオォッ!」
ユニコーンはシュトルムに頬ずりを一回した後、すぐに森の中へと駆けて行って消えていった。
シュトルムが見送っているその背中を、俺達も見守っていた。
「何が起こってやがんだよ……ったく」
空を見つめ、欠けてしまった虹を見ながらシュトルムは困り果てた声でそう言う。
周りの木々のざわめきがシュトルムの心境を表しているようで、それが俺達の不安を駆り立てたのだった。
今日は執筆が進んでるのでもう1話投稿します。
18時頃になるかと…。




