192話 船旅②(別視点)
「な~にやってんだか。……アイツの周りはいつも騒がしいな」
司達の乗っている船は、交易船として代用されることもあるため意外と大きい船である。地球のそれと比較すると時代遅れの風貌をしているし、流石に設備と機能に至っては劣る造りはしているが、それの代わりに魔法の技術があるため性能はあまり遜色ないと言っても良いレベルだ。
そしてその船に共に乗っている一人が……司達のやり取りを見張り台から見下ろしている。
ジークである。
ジークは備え付けられている手すりに全身を預けながら、ただその姿をボーっと見つめる。その様相は不良そのもので、まるで授業を意味も無くサボっているのと似ていた。
すると…
「混ざってこないの?」
ジークの後ろには、いつの間にかセシルが立っていた。しかしジークはそれを確認も気にすることもなく、そのままの姿勢で応じる。
見る必要はないといった感じである。
「んー? どっちかっつーと見てる方が結構楽しいんだよな」
「あ、それは分かるかも。あのリアクション見てると、本当に嘘偽りがないから尚更ね」
「だよな。異世界人って聞くと特別とか神聖視とかそんな認識がはびこってるらしいが……アイツ見てるとそんなモンが微塵も湧かねーんだよなぁ」
目の前にはフマナイカの涙を見て仰天している司の姿がある。その姿を見たジークは表情を柔らかくしてそれを見ている。
セシルもジークの隣に立つと、ジークと同じようにツカサ達を見ては可笑しそうにただその光景を見ることにしたようだ。
「ツカサは……ないね。異世界人に抱いてた印象が壊されるかな……」
「ま、世界が違えどアイツも俺達と一緒で人だったってことなんだろうよ。異世界人に対する認識ってやつは俺達側が勝手に持ち上げて作ったもんで……なんら変わりない」
ジークにしては珍しくまともな発言だが、それを茶化すような真似をセシルはしなかった。
それは自身と同じことを思っていたからなのか、それともジークが変わり始めていることを理解してのことだからなのかは不明だが。
「そうだね。…でもジークはツカサと一緒にしか見えないけどね」
「オイ。アイツと一緒にすんなって」
「ゴメンゴメン。でも……やっぱりそういうことなの?」
「あ?」
「やっぱりツカサに決めたの?」
ジークの反応を見たセシルは、やや確信を持ったかのように問いかける。そしてその言葉で全てを悟られていると思ったのか、ジークは観念したように…
「何だ、知ってたのかよ」
問いかけを認める発言をしたのだった。
「……この前『夜叉』も言ってたから。ジークの見た目で大体見当はついてたけど、ジークって……フェリミアの一族なんでしょ? それならどんなしきたりがあるかは知ってるから……」
と、セシルは自身の首元辺りをつつき、何かを示す仕草を見せる。
それはジークで言えばタトゥーが少しだけ見えている部分で、どうやらそれを指しているようであった。
この世界ではタトゥーを入れる者はかなり限られている。そもそもタトゥー自体がそこまで浸透していないし、故意に自らの身体を傷つけるような行動に出る者は異端とされているためでもあるからだ。
そのため、身体にタトゥーのあるジークは普通ではないと言える可能性が高いと言える。万が一そのタトゥーが故意によるものだとしたら、それには特別な意味があるか……もしくは被虐的思考の持ち主という事になるわけだが、ジークの性格を考えるに後者ではないように思える。
戦いで傷ついて残ってしまった傷ならまだしも、ここまでハッキリとタトゥーにしか見えないのではそれはあり得ない。
セシルはそう考え、前者であると判断したようだ。
「……伊達に1000年生きてないなお前は」
「まぁね。まさかジークがそんな考えを持ってるとは最初は思わなかったけど……。でもジークより強い人なんてツカサ以外いないだろうしね。これが最初で最後なのは確かだもんね?」
「だろうな。……でもアイツには言うなよ? 言ったら面倒だしな」
ジークもまた、セシルの考えが当たっていることを肯定するように釘をさす。
バレてしまっている以上、隠す理由がないと判断したらしい。
ただ、ここで白を切れるはずなのに切らないことも、ジークの変化と言えようか…。
どちらにしろセシルは心が見えるため、嘘をついているかどうかくらいは見抜けるから意味は無かったりするが……懸命な判断である。
ジークの肌が浅黒いことと、その身体に刻まれたタトゥーに今までの会話。そして今タトゥーの考えを肯定したことで、セシルの考えは当たっていたようである。
ジークのその態度を見て、セシルはフッと笑いながら返答する。
「素直じゃないねジークは。…ま、その心中は心にしまっておくよ」
「頼むぜホント…」
「あ、でもジークが絶対に裏切らない良い奴だってことは言っちゃおうかな?」
「やめろ。マジで言いやがったらその羽毟るぞ」
セシルのその言葉に、眉を吊り上げて脅しを掛けるジークだったが…
「冗談だって。……ホントこのパーティに居ることができて良かったよ。色んな意味で結束が強いよ……」
「……そうだな。全てはアイツが中心にいるからだ。だから俺達はアイツを繋ぎ止められるようにしねーとな」
「だね」
その脅しは杞憂に終わる。ここで茶化しを入れられる当たりセシルの長年の肝っ玉が発揮されているように思える。
なんだかんだジークの扱いを心得ているセシルだった。
お互いに満足した顔で、身体で潮風を感じている。
「俺からも……一つ聞いていいか?」
「なに?」
しばらくお互いに言葉も交わさずジッとしていたが、ジークは聞きたいことがあったのか口を開いた。
「お前……俺達に対して恨みはないのか?」
「……」
突然の不穏な問いかけに、空気が若干冷たくなる錯覚を2人は覚えた。
その問いかけに対する返答をセシルはせず、無言で表情も変えない。
何も思っていないように見えるが、思っているからこそ表情すら変えないとも取れる顔だ。
ジークの言ったことにはそれだけの威力があったようだ。
「俺ぁ全部知ってんだぜ? アイツらから全部聞いてっからよ……。お前には俺らを恨む理由があるはずだ……違うか?」
「………」
「全種族に理不尽に攻撃されて……それでもなお反撃することもなくただ守ることに集中していたお前達ってのが真実。天使に争いの意思はなかったってな……。表じゃ永きに渡って苛烈な争いを繰り広げたとか言われてるが……裏の歴史が違うことを俺は知ってる。だから……それを経てお前が今なおどう思っているのか……それが聞きてぇんだ」
「……そっか。ジークは全て知ってるんだね」
ジークの言葉に観念したように、セシルは閉じていた口を次第に開いていった。
「確かに……恨みはあったよ? なんで何もしてないのに私達が根絶させられなきゃいけなかったんだろうって。当時子供ながらにそう思ったよ」
「だよな…」
「でもさ、私は全て知っている訳ではないんだよ。いや……覚えてないのが正しいかな。私は天使がほぼ絶滅した時に物心つくような年齢だったから…。戦争の悲惨さを経験しているとは言えないの。経験したのは私よりも年上の人達かな……もういないけど」
「そうだったのか。……だがお前はもう大人になっただろ? それなら子供の時の記憶がどうであれ、今なら正しい感情が湧き出るもんだと思うが……」
「うん、だからハッキリ言えるよ。私は皆を恨んでたし憎んでた」
暗くなってしまった空気の中で、ジークはセシルの本心を聞くことにする決心をした。それが更なる空気の悪化になることを分かってなお……。
そして案の定、セシルが負の言葉を吐いたことで空気は更に暗くなるかと思われたのだが、セシルのその顔に負の感情はそれほど見られなかった。むしろ、逆に緩和されたように思える表情であった。
「でもさ、私は天使特有の力で心が見えるでしょ? だから、悪い人もいっぱいいるのは知ってるし、それと同じくらい良い人もいるんだって分かったから。それは私がこれまで生きてきた経験から自信を持って言えるよ」
「……家族も友人も、それ以外の奴も全員滅ぼされたんだぞ? 割り切れるもんか普通?」
ジークでも流石に驚きを隠すことができず、堪らなくなって聞き返してしまった。
心や感情が一部乏しいジークでさえも、セシルの味わってきたものがどんなものかぐらいは理解できるし察することはできる。その考えが的を得ていないことに戸惑いを覚えたのだ。
するとセシルは、目を瞑って冷静にジークに返答する。
ただ、何処か寂しそうな顔でもあったが。
「割り切っては……いないよ。でも、今となってはどうしようもないし、当時の加害者達は既に死んでいないから……。だからって代わりに今生きている人達に怒りをぶつけるのは間違ってるよ」
「(十分割り切ってんじゃねーかよ)……強いな、お前は。恨みを抑え込めるなんて大した奴だ」
ジークは素直にそう思った。
恨みという強い感情を抑え込むのは、とても厳しいものがある。恨みに限らず、いつの時代も負の感情は大きな災いを引き起こす元凶になっていたりもする程である。それは正の感情よりも大きいこともしばしばで……抑え込むことができているのは正直凄まじいと言えよう。
それが自らの種族を滅ぼされたという、一般のそれとは一線を画すものであるから相当に。
「ううん、私だけだったらそれは無理だったよ。でもそれを私に教えてくれた人がいたから……」
「……もしかしてそれは……例のフリードってやつか?」
「そう。フリードがいてくれたから、私はそう思えるんだと思う。一人ぼっちになって殺されそうになってた私を長い間守ってくれて…最後別れる時に交わした約束が……今私をここに立たせてるの」
「だがその約束は……効力はもう、切れちまったんだろ?」
「それは……うん」
「………」
セシルがフリードと交わした約束がどんなものかは分からないが、少なくともセシルが天使の力を解放したことと関係があることは間違いないとジークは考えていた。
だから、その解放をさせてしまったのは自分だと分かっているだけに、いたたまれない気持ちにまたなってしまった。
「……ちっ」
「……ジーク?」
それを振り払うかのように、バツが悪そうに舌打ちをした後、ジークがそのままの姿勢でセシルの頭に左手を置いてポンポンと叩いた。セシルの顔は暗い顔からキョトンとした顔へと様変わりする。
ジークの行動に戸惑っているのかもしれない。
手つきは少々乱暴だったが、ジークがその行動に出たことに深い意味がある。
「安心できるかはわからねーが、少なくとももうお前に必要以上に力を使わせるなんてことは俺達がさせねーよ。フリードってやつの約束がどんなかは知らねーけど、きっと天使の力を今まで隠すとかそんなんだろ?」
「まぁ……そうだね」
「なら……会う資格云々を言ってたことからそれが再開の約束と条件にもなってたんだな? 違うか?」
ジークの言っていることは憶測が多分に含まれているが、色々と当時の状況や台詞を思い返しているため裏付けがあるにはある。
「……ジークって結構知ってるんだね、意外」
「偶々知ってただけだ」
そのジークの憶測が核心をついていたのか、セシルは否定しなかった。ジークに驚きの表情を浮かべ、目をパチクリとさせている。
しかしそれも束の間…
「……でも、再会なんてできる訳ないよ。もうフリードだって死んじゃってるから。フリードは明らかに人だったし、だから……フリードを忘れられなかった私の勝手な、一方的な約束だったんだよ。約束は多分小さな子供に言い聞かせるための言葉で言っただけだったんだと思う」
「でも、お前はそれを分かっていながらそれを信じてこんなクソ長い時間生きて……ずっと想ってきたんだろ? だったら……俺の罪は相当重いし償いきれるものじゃねーよ。お前がこれまで生きる糧にしてきたそいつとの約束を……俺が壊しちまったんだからな」
「………」
「俺がお前にその約束を壊させる結果にしちまったのは事実だ。俺は事実を認めねーのは好きじゃねーからよ、素直に認める。……お前は俺を恨んでいい」
「いや、私は別n「だから、俺はアイツ同様にお前も認める」…えっ!?」
矢継ぎ早に言葉を紡いでいくジークに、セシルは返答が間に合わない。
唯一返せそうな言葉さえも、ジークの言葉に上塗りされる。
ただ、それはセシルにとって驚きでしかなかったが。
ジークの『認める』の真意を知っている以上、それを自分に向けることがどんなことなのか分かっているからだ。
しかし、ジークはそれでも表情を変えない。自身の言ったことに迷いはなかった。
「それが俺にできる罪の償いのつもりだ。いくらお前に恨まれようとも、俺はお前を認めることに決めたわ。これでも……全然足りねーだろうけどよ」
「何言ってるか分かってるの? ジークは……それでいいの? というか2人も認めたら駄目じゃ…」
「知るか。しきたりがどうだか知らねーが、2人以上は駄目なんて聞いちゃいねーからな。つーか事例はいつだって最初が存在すんだから、俺がそれになればいいだけだろ」
「簡単にめちゃくちゃ言うね…」
「第一、俺はあんまし意味ない結果になると思ってるけどな? 2人で問題ないんじゃねーの?」
「あ、えっと……それはどういう意味…」
「心を見抜くってのがお前だけの専売特許だと思うなよ。……まぁ俺の場合は魂を嗅ぎ取るだけで微かにしか分からないし、お前からしたらショボいもんだが……お前のそれはフリードって奴の話をする時とあんまし変わらねーように見えたぜ?」
「…っ……」
セシルの奥深くを覗いているのか、ジークはセシルの見えない心情を察したように、確認に似た口調で話す。
まさか自分が他者に行っていることに近いことをされるとは思ってもみなかったのか、セシルは少々慌てた様子を見せる。
そして認めたように……溜息交じりにジークと約束を交わすのだった。
「この一瞬でそこまで……。やっぱりジークも大概だよ。……じゃあ約束。私はジークのその秘密は黙ってる。だからジークも、私のそれは黙ってて」
「おう、フェリミアの血に誓う。お前がそれを望む限り、俺がそれを口外することは一生ない」
右の拳を胸に当て、まっすぐにセシルを見据えるジークは……まるで別人の雰囲気を漂わせていた。
今までとは何か違う……使命や役目を感じさせる何かを放っている。
「……本当に、認めっちゃったんだ……。ハハ…これは驚いたかな」
「もう覆せないからな?」
「……ん、そっか。分かったよ。……でも気持ちだけで十分なんだけどな……。今のジークの心……ツカサみたいにあったかくなってる」
「……気のせいだろ」
今度はセシルにしてやられるジーク。照れ隠しのつもりかぶっきらぼうに返す。
内心では嬉しく思えるが、それを表に出すとなると恥ずかしいようだ。これは誰しも同じことではあるだろうが。
「でも、ツカサを認めてて私の事話さなかったのはなんで? 聞かれたでしょ?」
「聞かれたが……アイツはその時あまり深くは聞いてこなかったから言わなかった。アンリのこともあったしな……。そんで次の日の朝お前に対して、『待ってる』ってアイツは言っただろ? それはアイツがお前の口から伝えて欲しいと願っているからだって思ったからよ、お前がツカサに直接言うまで待つのが一番良いことなんだろうと思っただけだ」
司はセシルが自分の口から話すまで天使のことを聞くつもりはない。それはセシルが必ず話すから待っててと言ったからで、それを信じているからである。
それはセシルが一番初めに司を信用する発言をしていたからで、司はそのお返しのようなものをしたかったからという理由があったりするが。
ジークはその司が望んでいることを知らずとも深く理解し、あえて自分の分かっていることを司には告げなかったのだ。認めた順番で言えば司が先で、その次がセシルなのにも関わらず。
このジークの深い思慮にはセシルも大変驚いた。
「……ジーク、本当に変わったね。この前とは段違いに……」
ジークが変わったと間違いなく言えるほどに。
この短期間で、常に成長しているかの如くジークは心と感情を理解していっているようだ。
「それで……さっきの手はなに? ていうか今もだけど…」
「あぁ、これか? アイツならそうすると思ってよ」
「あー……確かに」
と、ここでセシルは先程から頭に感じる重みについてを尋ねることにしたようだ。
勿論、ジークの左手が未だにセシルの頭に乗っていることについてだ。
先程のやり取りから今までの間、手はそのままの状態だったりする。
どうやら司の立場で考えた行動であったらしく、それを実行に移しただけのようである。確かに司はミーシャやアンリの頭を撫でることがそれなりにあるので、それを元にしたのだろう。
その撫でる効果は落ち着きや安らぎを与えると考え、セシルに対しても同様の効果があると見込んでのことだったようだ。
ジークはセシルに言われたことで、ようやく手を離した。
「2人……いや、今じゃ3人か。3人よりも効果は低いと思うなそれ」
「……そうか。案外難しいな」
左手を見つめ、難しい顔で唸るジーク。
その頭を撫でると言う効果がどのタイミング、どの場面、どんな人物に対して効果を発揮するのか……それを考えているようだった。
「…ま、取りあえず約束はよろしくね?」
「あぁ、そっちもな」
司の知らぬところで、パーティ間の絆は深まっていく。
ただ、そのきっかけは全て司が発端となっているのだが……本人はそれを知る由もない。
司が与えるのはSランクとしての影響だけはない。他者の心にもツカサ個人の心が影響していく。
それが神から与えられた『人間関係が良好になる力』なのか、それとも『司が本来持つもの』なのかは……誰も分からない。
次回更新は水曜です。




