表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第四章 セルベルティア再び
190/531

188話 司とヒナギ 後編

 ◆◆◆




 セシルさんの言った通り、その後は『安心の園』で俺達が付き合うことになったことを祝うパーティーが開かれた。

 アンリさんと付き合った時にもやろうと思っていたらしいのだが、色々とバタバタしていたこともあって先送りとなってしまっていたようだ。そこで、今回ヒナギさんとも付き合うことになったため、一緒にやってしまおうということになったようである。

 ありがたや。


 今回の計画に携わっていた人は、俺が知らない人ではミーシャさんにフィーナさん、それからヴァルダがいたようである。ミーシャさんとフィーナさんはセシルさんから料理担当の役割を担っていたらしく、ヴァルダは例のあの薬の調達の役割だったそうだ。

 以前マムスに旅行に行ったというセシルさんの話は嘘で、今回の計画に必要かもしれないとヴァルダからアドバイスを受けたことで、薬の使用を決意、調達を頼み込んでいたらしい。

 ここからマムスまでの距離は相当なものだが、ヴァルダの情報網を使えば円滑に人手を借りて入手することは想像に難くない。仕事はできる奴だから。


 …ま、それがあったから成功したのかもしれないので、ヴァルダに借りができてしまったな。

 ……何を要求されるか怖いんですけどね。困ったな…。




 宿に戻るとミーシャさん達とジーク達が既に待っており、それぞれが遅いだの早くだのと急かしてきた。


 まぁ…それも無理はないと思う。

 だって、一般の宿では考えられないくらいの豪華な料理が、机には並んでいたから…。


 度肝を抜かれた。料理は種類も勿論多いことに驚いたが、なによりこの辺りでは入手の難しい貴重な食材を使った料理が多くあったからである。

 貴族ではあるまいし、そんな一般人? からしてみれば中々馴染みのない料理は、ジーク達には刺激が強すぎたんだろう。俺達を祝って準備されたものではあっても、自分達の食欲も抑えきれない程に膨れ上がっていたようである。


 この料理を作ったのはフィーナさん達だが、その食材を集めたのはなんとジークだったから驚きだ。

 どうやら俺達がヒナギさん達を尾行している間いなかったのは、この食材の確保に勤しみ、あちこち走り回っていたからなんだとか……。

 あのジークがこんなことをしたのは、セシルさんの頼みという要素が強めだったことも理由としてあるだろう。だが、それだとしても俺は嬉しかった。ジークが変わろうしているその姿勢が……。

 それに、ジークがいなければこんなに豪華な料理を用意することは考えられなかったらしいので、感謝感激である。

 皆で美味しくいただきました。




 そして今は、パーティが始まってから少し経って落ち着き始めた頃。

 最初から先程までの間は、アンリさんとヒナギさんの2人とほぼくっついた状態でいさせられたため、茶化しやら気恥ずかしい思いやらを味わいまくっていた俺。しかし、ちょっとした隙を見つけて抜け出すことに成功し、今回の主犯であるセシルさんと話をすべく、その場を離れた。


 セシルさんは料理のスイーツに手を出しており、食べることに意識を割いているようだったので、それを邪魔しないような形で話すことにした。




「セシルさん」

「んむ? ……どうしたの? アンリとヒナギとイチャつくのはもう飽きた?」


 俺が話し掛けたことで、頬張っていたものを飲み込んでから返答するセシルさん。食事を邪魔されて怒るなんてことはなく、至って普通に、それこそいつもの顔で対応してくれた。


 いつもの顔でなんてこと言ってんのって感じだが。


「なに言ってんのさ……んなわけないでしょ」

「…ま、そうだよね。美人2人と付き合うことになったんだから、これで飽きたとか言ったらゲスいもんね」

「ホントだよ……」


 左手に持った皿のスイーツをフォークで刺しながら、また一口スイーツを頬張ってはモムモムと口を動かすセシルさん。


 ただそんな男死ねばいいんじゃないんですかね? あの2人を相手に飽きたなんて言える人はどんな感性してるっつー話だ。

 ずっと虜に決まってんだろ。


 ま、それは当たり前だから気にすることなんてない。今は別のことを話そう。


「それで……どしたの?」

「いや、ちょっとパーティーも落ち着いてきたし、少し聞きたいこともあったからさ……」

「……聞きたいこと?」

「うん。今回の計画さ、なんであんなに周りくどいことしたの? 最初から俺達に薬盛っておけば、それだけで済んだかもしれないのに……なんでカイルさんにまで…」


 さっきも言った回りくどい今回の計画について。カイルさんが自らのことを厭わず、ヒナギさんの本音を聞き出すために動いてくれたわけだが、それはぶっちゃけなくても良かったのではないだろうか? 


 内心思ってたことを尋ねてみると…


「あー…それね。だってカイルがヒナギのこと気になってるのは事実だったんだもん」

「は?」


 サラッと…セシルさんは聞き流せないことを言った。

 カイルさんがヒナギさんに好意を寄せていたのは偽りではなく、事実であったと……。その事実には驚きを隠せなかった。


 カイルさんの方に目を見やる。


 カイルさんは今、ヒナギさんとアンリさんと話し込んでいる最中のようだ。その顔には負といった汚れの様相は見られず、純真そのもの。

 自らの想いが届かなかったことを悔やんでいるようには見えなかった。


「その役割を買うから俺に最後のチャンスをくれだってさ。だから、カイルは今回割と本気でヒナギを狙ってたと思うよ? ま、途中でそれが無理だって分かったから、今の結果になっただけだけど」

「うそ……」

「……これが大人の余裕ってやつなんじゃないかな。もう切り変えて…次に進もうとしてるんだよ」

「凄いな…カイルさん」

「ヒナギがもしカイルと付き合うってなったら、それはツカサに言っておいた嘘の作戦を本物としてすり替えるだけだったから、計画事体に支障はなかったりするけどね。どっちでも対応は可能だった」


 ……もう驚くのに疲れてきたよ。

 俺の知らないことが多すぎてどうしたらいいのか……。

 ただカイルさんは大人の男性であることは間違いない。ラルフさんの次に尊敬します。


「そ、そうだったんだ……d「でもさ」


 俺の言葉を遮って、セシルさんが割り込んでくる。

 目を閉じ、そのまま口だけを開いて、俺に話しかけてくる。


「でもさ……酷いことしてるのは自覚してるけど、ヒナギはカイルの告白を断るって思ってたし、ツカサはきっと受け入れるって思ってたんだよね。だから、私はツカサとヒナギが付き合う未来しか想像してなかったよ」

「セシルさん…」

「まぁ、もし難しそうだった時に備えて保険としてアンリを介入させてたけどね。アンリが言えばツカサは受け入れるんじゃないかなって思ってた面もあったのは事実だけど」

「……あれこれ考えてたんだなぁ、セシルさん…」


 これに尽きるだろう。



「伊達に1000年は生きてないよ。私は頭は良くないけど、ずる賢こさなら負けないよ? それに私は心が見えるから……そういう気持ちも分かってただけでもある」


 ここまで言って、少し自分を自嘲するように言うセシルさん。


 心が見えるということは、相手の反応をある程度予測して、どう接すれば良いか分かると言うことだ。通常であれば何も分からず、一から少しずつ相手の心を理解していかなければならないところを、天使特有の心を見る力によって可能としているからか、どこか嫌な気持ちを持っているようだ。


 見えてしまうのは……不本意に過ぎないから仕方ないだろうに。そんな顔しないでくれよ。


「……はぁ…ったくホントに。困った娘だねセシルさんは」

「……皆の心を覗き見して、他人の気持ちを踏みにじって、アンリとカイルを利用したんだよ私は……。今の聞いて……どう思う? 流石に嫌いになったでしょ?」


 ここで、セシルさんが少し笑みを見せながら俺を見る。言っている内容と態度の差に違和感を覚えるが、俺にはそれが何故なのかが分かった気がした。

 だって……今セシルさんは俺の心が見えてるだろうから。


 この顔は……俺がそのことをどう思ってるかも分かってるってことだろ? でも直接聞きたいから、こうして問いかけをしているだけだろう。

 意外と茶目っ気あるじゃないのセシルさんや。


「いや……ありがとね。ジークもだけど、皆には助けられてるなって思うばっかりだよ。セシルさんには今回特にね。だから……嫌いになんてなれないって」


 そうだ。嫌いになんてなれるはずもない。

 今回に関しては俺やヒナギさんを想っての行動だし、セシルさんはその力を悪用したわけではないんだ。自らの……そして皆が思い描いた最高の結果に繋がる様に、最善のために力を利用しただけだ。悪いことなんてない。

 俺は心を見られたって別にいいし、第一万能ではないと以前教えてもらっているしな。アンリさんも納得と言う形を示している以上、俺がこれ以上口を挟むのも違う気がする。


 俺の返答に対し……


「ん、知ってた。ツカサはそう言うだろうって……。だって心が見えてるから。許してもらえると思ってたよ」


 一見すれば勝手極まりない発言だ。なぜなら、普通の感性をしているなら相手の心を覗くと言うことに多少の罪悪感を覚えてもいいからだ。

 だが、セシルさんはそれをしない、感じさせない。しかも本人に堂々と言い放っている。


 でも俺はこれを……信用してもらっていることと捉えていいと思うから。

 今までのセシルさんとの付き合いで培った結果なのだと思えるから……悪い気にすらならない。


「ハハ…そっか。天使って凄いんだね」

「…これが原因で滅んだわけでもあるんだけどね」

「あ、ごめん…」

「いいよ、もう過ぎたことだし…。それに、私はこの力を肯定してくれて、受け入れてくれる人達と一緒にいられるのが嬉しいからいいの。昔を……フリードを思い出したみたいになれるから」


 ポロッと失言を漏らしてしまったが、セシルさんは首を振って気にしていないと言った。

 そして俺達と一緒にいることに嬉しさを持っていることを伝えると、懐かしむような顔でフリードなる人物の名を口にした。

 そのまま、セシルさんは話を続ける。


「ツカサにちょっと似た心の持ち主だったよ、フリードは。まぁずっと前のことだからもう顔もあまり思い出せないんだけどね」

「フリードさん……か」


 若干寂しげにセシルさんだが……一体どんな人なんだろうか? 

 言い方からして大切な人であったことは分かるが、具体的なところまでは分からない。いつか話してくれると約束してくれているから、今は深くは聞かないけど気にはなる。


 フリードという人物を頭の中で想像するが、分かるハズなんて無かった。


 そんな俺に、セシルさんは急にドキリとする発言をしたのだった。


「だから、もしフリードと出会ってなかったら……ツカサのこと私も好きになってたかもね」

「なっ!?」

「ぷっ……冗談冗談。なに慌ててんの」

「ぅ……あのさぁ、驚くから勘弁してよ」


 あくまで可能性の話。だが内容は可能性だったとしても、聞かされたら心臓が跳ねてしまう程のものである。さっきに引き続き、今日は心臓跳ねっぱなしである。


 俺がセシルさんに困り顔で反応していると……


「セッシル~。なぁにしてんの~?」


 ナナの声が突然近くで聞こえ、そしてすぐにセシルさんの肩へととまる。

 ポポも遅れて逆の肩へととまり、『神鳥使いセシル』の出来上がりである。

 …が、ポポの方は若干顔が赤く、足取りも少しフラついているようだが……。


「ナナ、ポポ……。ん、ツカサとちょっと話してた。……くどかれちゃったよ」


 ファッ!?


 ポポのことを見ていた俺だったが、それが一瞬どうでもよくなる発言が聞こえたことに驚いた。


「え、ご主人見境ないな~ホント。ご主人もやっぱりお・と・こ・の・こ?」

「セシルさん!? なに言ってんのさ!?」


 右手を頬に当てて身体をくねらせるセシルさんに、俺は慌てふためく。まるで本当に言われたかのように、信じてしまいそうな演技だったからである。

 ナナはナナで俺をおちょくる発言をしてくるので腹ただしいことこの上ない。

 しかも懲りないし、このアホ鳥め……。


「……ただの性獣に成り果てましたか。私達以下ですね」

「オイポポ!? そんなゴミを見るような目で俺を見るんじゃねー! 分かっててなんてこと言うんだ!?」


 ケッ! …と言わんばかりの表情で、翼を振って俺を下に見る発言をするポポ。ナナなら言って来ても不思議ではないが、ポポなら普段は言わないし、この発言には内心驚きだった。


 なんかいつもよりも遠慮がないな……。


「…ゴシュジンノセージュー……ヘタレチビ助~……被害妄想敗北者~……あ、口が滑っちゃいました…ヒック…」

「!? あ、お前酒飲んでんだろ!」

「飲んでないですってー……ぁ…」

「あ、落ちた」


 俺への罵詈雑言にも堪えることはあったが、今気になるのはポポの状態の方だ。完全に酔ってやがる……。

 以前騒いだ時はこんなことなかったのに……どんだけ飲んでんだオイ!


 ポポは酔っていることを否定すると、そのまま足を滑らせセシルさんの肩から落下した。

 そして床をポテポテと少し跳ねると、そのまま動かなくなった。


 心配した。死んでしまったのかと……。


「ふへへ……床冷たいですね~……気持ちいいですぅ~」

「「「………」」」

「あ~……ここの床のめくれ具合良いっスねぇ~。ご・く・ら・くぅ~」

「「「………」」」


 だがそれは杞憂に終わった。ポポがだらしない顔で翼を広げ、床を転がり始めたからである。


 これには引いた、家の子だったから尚更……。

 ポポ以外は口を閉ざし、白い目でただそれを見つめる。


「……放っておこう。どうせ踏まれてもステータス高いから死なないし」

「「うん」」




 …まぁコイツらも一応ずっと前から気づいてて心配してくれてたみたいだし? 今回無事に終わってハメを外したくなったんだろうとは思うんだけどね。

 仕方ないから許しちゃる。次はないからな?


「ま、なんにせよお疲れだったねご主人」

「おう、お前等もな。魔力は大丈夫か?」

「んなわけないでしょ。随分使ったよ……。でもご馳走たくさん食べたから明日はもう全快だよ!」


 と、膨れた腹をさすりながら満足気なナナ。


 俺も食べたけど、どれも美味しく手が止まらなくなるかと思った。ぶっちゃけ、アンリさんとヒナギさんがいたからそこまでがっつり食べなかっただけで、いなかったら俺もナナと同じ状態だったと思う。

 それくらい、普段食べることはできない料理で、高級なものだった。


 そしてそれを作ることのできるフィーナさん達、普通の宿の質を超えてると私は思いましたよ。

 どこぞの宮廷料理人か何かなんですかい? 貴女達の作るご飯を毎日食べたい……あ、ほぼ毎日食べてますけども。


「そっか……ポポは?」

「似たようなものじゃないかな…多分」

「そか。なら……部屋連れてくわ。寝かせよう」

「……それがいい」


 俺は床に転がるポポをすくうように持ち上げ、一旦自室へと戻ることにする。


 放っておこうと今さっき言ったばかりだったが、流石にそれは可哀想だと思い始めたためだ。

 これでは飲み会で酔いつぶれた奴を帰宅途中に放り出して、無事に家に帰ったか見届けない奴と一緒になってしまうし、モラルとしてはいかがなものかと……。

 所謂マナーってやつですな。家に帰るまでが遠足なら、家に帰るまでが飲み会と言えよう。


 ナナとセシルさんも、先程の肯定を取り消したようだ。




 ◆◆◆




「これでよし」


 ベッドの隅にポポを適当に寝かせ、適当に毛布を掛けておく。ただ、鳥専用の毛布なんてないからポポはほぼ埋まってしまったようになったが。


 風邪なんぞ引くわけないだろうが、やらないよりかはマシだと思う。ま、細けーことは別にいいんだよ。

 寝かせたことに意味があると私は思ってますんで。




 そしてまたパーティーに戻ろうとした俺だが…


「あの、カミシロ様……入ってもよろしいですか?」


 ドアをノックする音が聞こえてきて、その後にヒナギさんの声がした。


「ヒナギさん? どうしたんですか一体? ……あ、入っていいですよ、どうせ何もないんで…」


 別に俺の部屋にはやましいものなんてない。あるのは元々備え付けられてある家具と衣類くらいのもので、大半のものは『アイテムボックス』に放り込んでいる。


 まぁ、やましいものがないとは言っても、一人でやましいことしたりすることはありますがね。

 だって堪えきれないんだもん。ポポとナナには人間の男の性事情に深い理解をしてもらえているため、ヴァルダではないが定期的に処理(ヌキヌキ)出来てるから助かってます。

 一応性欲真っ盛りの時期ですし。




 とまぁ、俺の糞どうでもいい性事情はさておき、今はヒナギさんだ。


「失礼します。…あ、ポポ様を寝かせにいらしたんですね」

「はい、なんか酔っぱらっちゃってるみたいなんで……」


 ヒナギさんが部屋へと入ってくる。

 ギリギリでポポの姿を視認できたのか、すぐに状況を察したようだ。流石。


「……そう言えばヴァルダ様と一緒に飲んでたような……」

「ヴァルダか……アイツが原因っぽいな」


 確かに、俺以外の男共は皆酒を飲んでたんだよな。俺だけ結局ハブでしたけども。

 中々アルコール度数が高かったのか、目を離したらすぐに皆顔を赤くしてた。


 俺も飲みたい衝動に駆られたさ。酒は嫌いじゃないし、皆と一緒に騒ぎたいって思った。

 だから俺も飲もうとしたのに、ヴァルダの奴…


『俺も飲もうかな』

『駄目! 私を捨てたツカサになんてあげないんだからっ!』

『…もう酔ってんのか? ちょっとくらいいいじゃん』

『どうしても欲しいなら……今すぐ私を抱きなさい!』

『……じゃあいいや』

『フンッ! 代わりにポポと飲むもんね!』


 オカマモードになったヴァルダに徹底抗戦され、飲むに飲めなかったのだ。美味しそうなお酒だっただけに残念だったが、酒も入ったアイツの暴走を止められる気がしなかったため、触らぬ神に祟りなし……諦めることにした。


 …まぁ、飲む気が失せたとも言うが。

 何故に俺が捨てた体になってんだよ……最初から捨てとるわお前なんぞ。


 ただ、酔っててあの発言をしてるのかの判断がある意味で出来ないから、ヴァルダは厄介だなぁと思いはした。


 だからアイツにも感じていた皆同様の借りなんて無し無し。ポポを酔わせた罪と俺を気落ちさせたことでチャラだチャラ。ていうかこっちがむしろ貸しにしてやるってんだ。




 頭を掻きながらあれこれ考えていたが、俺はヒナギさんに何故この部屋に来たのか聞くことにした。


「まぁいいや。……それで、一体どうしたんです?」

「あ、それなのですが……」


 俺が聞くと、ヒナギさんは改まった様子で…


「その…不束者ですが……よろしくお願い致します。カミシロ様の傍に置いてもらえて、なんとお礼を言えばいいのか…」


 そう言ってきた。

 随分と堅苦しそうな言い方は最早性分なのだろう。だが、お礼を言われるようなことを俺はしていない。


「あ、こちらこそよろしくお願いします。…というかお礼なんて要らないですって。俺だってヒナギさんに傍にいてもらってるわけですし…」

「あぅ……そ、そうですね……まだあまり実感が湧かなくて。こ、恋人…なんですよね…カミシロ様は」

「そ、そうですよ?」


 ヒナギさんが恥ずかしそうにしているのを見て、俺も恥ずかしくなってしまう。

 付き合ったのはついさっきの出来事で、こんな初々しい反応をするヒナギさんを見るのは当然さっきが初めてだ。まだ慣れない。

 普段凛々しく美しい人な分、新鮮な成分が多めである。


「………」

「………そ、それで…ですね……」

「…?」


 少しの沈黙が続き、お互いに若干気まずさを覚えた所で……


「っ! カミシロ様! 私…もう心の準備は出来てますので!」

「はい? って、ちょっと!? どうしたんですか急に…」


 いきなりヒナギさんが力強い声でそう言い、すぐに俺の手を取って部屋を連れ出される。そしてヒナギさんの部屋になだれ込むように連れていかれると……ドアを閉められてしまった。ご丁寧にガチャリと鍵まで掛けて。


 ……あ、あれ? 何が始まるというんだね? 


 俺が事態に戸惑いを見せていると、鍵を掛けて背を向けていたヒナギさんが、ゆっくりと俺の方へと振り向く。

 その表情は……妙に熱っぽく、瞳が潤んでいるように見える。


 そして…


「カミシロ様……私を貰ってください…!」

「…ってちょっとぉおお!? 何やってんですかヒナギさん!?」


 振り向いたかと思えば、急に自らの着ている和服に手を掛け、服を脱ぎ始めるヒナギさん。胸元が露わになり、女性のセクシャルポイント(エデン)を覗かせるヒナギさんだが……途中でそれをやめさせなければ危なかったかもしれない。

 さらしを巻いてブラの代わりにしているようだが、それでも抑えきれない胸は以前お風呂で見た時を想像させてしまう。早く解放してくれと言わんばかりの締め付け具合である。


 エロすぎる……。

 しかも手をとめさせるために瞬時に近寄ったから……ヒナギさんがすぐそこまで迫っている。そうなるとその……胸が近くにあるわけで~……目がそっちに言ってしまうのも無理はないんですよ。


 ……おっきいですねぇ。


 っていやいや!? 今はそんな分析とかどーでもいいんだよ!? なんでこんな行動に出たかが問題じゃい! 私を貰ってなんて一体何事だよ!?


「え? あ、アンリ様とも既に致したと聞いておりますが……?」

「は?」

「そちらの…風習なんですよね? 恋を成就させた男女は、なるべく早めに愛を確かめ合うと……」

「いやいや、何を言ってn「ナナ様がそう仰っていましたが?」ナナあぁあぁぁあああっ!!! お前かよっ!!」

「ヤバッ!? 逃げよ!?」


 ヒナギさんが真顔で口にしたとんでも風習に度肝を抜かれながら、その嘘っぱちをヒナギさんに教え込んだ犯人を叫ばずにはいられなかった。


 んな風習あるわけねーだろ! そんな風習あったら日本中盛大に性大な大パニックだよ! 少子化とっくに解決してるよ!

 ヒナギさんの純粋天然な所に付け込みやがって……つーか俺はアンリさんとそんなことしちゃいねーぞオイ! 何嘘っぱち言ってんだてめぇっ! 

 性質の悪ぃことを…! 


 俺が声を上げると、ドア越しに小さくだがナナの声が聞こえた気がした。すぐに『従魔師』の効果で位置を把握してみるが……今まさにこの部屋から離れようとしているようだった。

 どうやらドアで聞き耳を立てていたのは間違いないようである。

 俺は瞬時に魔力を広げ、ナナの進行方向に『転移』で先回りする。この宿の範囲なら瞬時にどこにだって移動は可能だ。


 逃がさん!


「うわっ!? それズルいよ!?」

「やかましいわボケッ! 逃げたかったら俺を越えていくんだな!」

「んな無茶n「捕まえた」…キュッ!?」


 ナナの言葉を待つことも無く、向かってくるボール(ナナ)を捕球するかの如く、あっさりと捕獲する。


 俺が本気だしゃこんなもんよ……チームカミシロのエース舐めんなオラ。

 覚醒してもいないナナが俺から逃げられるわけないだろうが。


 右手で物を掴むように捕獲したことで、鳥らしからぬ変な声を出すナナ。

 この手の力を更に込めれば…もっと変な声が聞けるんだろうか? それはそれで楽しみである。


「なんか言うことあるよな? …あるよね? それとも……無いなんて言えるとか思ってる?」

「い、いや~…ヒナギからかうの面白くてつい…ギュエっ!?「ほぅ…その話、も~っと詳しく聞かせて貰おうか? 懇切丁寧に…俺が一から分かるようにな…」…ご、ごじゅじん…怖い……ポポ助けて!」


 右手の力を強め、ナナが更に変な声を上げてポポに助けを求めるが…


「ポポは今寝てるだろ……でも寝言でお仕置きしろって言ってるみたいだが?」

「え!? 言ってないよー!?」


 知るか。俺にはそう聞こえてんだからそうなんだよ。

 俺とヒナギさんに迷惑掛けた罰だ……豪速球の球となるがよい。


「お前みたいな奴はなぁ…! 「え、ちょっと何考えて…」お仕置きだゴルァッ!!」


 俺は駆けだす。今いる廊下の突き当り……開いている窓のところに向かって……。

 そして窓手前辺りで投球フォームを整え、足に思い切り力を込めて足腰を安定。そのまま勢いを殺さず腰から腕へと力を伝達させ、右手に意識を集中させる。

 目指すは空に光り輝き始めた星々だ。お前も星となれ。




 ハイ! スリー…ツー…ワン…0。




「ひゃあああああああ…あ…ぁ……」


 窓からナナを、音速を越えた速度で思い切り投げ飛ばし、地平線の彼方に消し去った。

 ナナの姿は夜の闇に消えた……白い流星となって……。




 ナナが星となったことを見届け、気持ちを切り替えてまた部屋へと戻る。


 いや~実にスッキリした。いい球だったぜナナは。


「…はぁ~。……すいませんヒナギさん、取り乱しちゃっ……て……」


 俺がヒナギさんの部屋へと戻ると、ヒナギさんが部屋の隅で縮こまっていた。耳は真っ赤になっていて、プルプル震えているようである。

 近寄ってみると…


「あ……も、もう……私死にたいです……!」


 俺が戻って来たことは分かっているだろうが、それでも姿勢は変えないヒナギさん。

 顔を真っ赤に染めて両手で覆い、湯気みたいなものが頭上に立ち昇っているのが見えた気がした。


 ……気持ちは分かります。でも死んじゃったら困ります。


「死んじゃったら困りますよ…」


 なんと声を掛けていいのか分からなかったので、取りあえずはヒナギさんが口にしていたことに返答することにした。


 そこから立ち直るのにまた少々時間が掛かってしまったが。




 ◆◆◆




 そしてようやく…ヒナギさんが落ち着きを取り戻したようだ。

 和服ももう着崩れ状態ではなく、いつもみる凛とした状態へと戻った。


「し、失礼しました! 私てっきりそうだと思ってしまって…」

「いや、ナナが悪いんで……ヒナギさんが謝ることじゃ…」


 まだ若干の赤らみを残しながら、ヒナギさんが誤ってくる。


「うぅ……ナナ様酷いです……。あ、ナナ様はどちらに?」

「星になりました」

「はい?」


 これ以外になんて答えろと? 俺には分からん。

 反応も圏外の範囲まで飛んでったらしいし、何処にいるのかすら見当がつかんぞ。


「星になったんですよ…アイツは。昔からの夢だったそうで…」

「あ……そうなんですか」

「はい」


 ヒナギさんが俺の返答でナナがどうなったかを察してくれたようで、あっさりと信じてくれた。俺の意味のない下らない表現に口答えするでもなくだ。


 流石ヒナギさん…助かります。

 一々ツッコみを入れてくる他の面子とはなんか違いますな。


「カミシロ様、少し……よろしいでしょうか?」

「? なんです…っ!?」

「すみません、また気持ちが高ぶってしまって……」


 皆の、今俺が発言した時の反応を想像していると、不意を付かれた。

 俺の胸に手を押し当てて、体重を預けてくるヒナギさん。それを受け止め、ヒナギさんの肩に手を俺は添える。


「お父様以外の男性に抱きしめてもらったのは初めてだったんです。だから……もう一度抱きしめてもらえないでしょうか?」


 表情は見えないが、また赤くなり始めた耳で恥ずかしさを堪えているのはよく伝わってくる。

 セシルさんの盛った薬は、もうとっくに効果は切れているはずだ。だから…これはヒナギさんが真に願っていることなのだろう。

 遠慮がちなヒナギさんがこんな大胆なことを言っている時点で、それはもう本音と等しいと判断するには十分すぎるからだ。


 でも、アンリさんと接しててこれはよく分かる。好きな人とは……できるだけ触れ合っていたいものなんだと。それができないのはもどかしくて辛くて、どこか物足りない感じになるんだよな…。

 だから俺も…


「……お安い御用です」

「ぁ……」


 肩から背中へと手を回し、優しくヒナギさんを抱きしめた。

 たったそれだけで幸福感に満たされるのを感じ、ヒナギさんも同じ想いをしているのか、預ける体重が更に重みを増したように思える。

 それが更に幸福感を増幅させた。


「すごく……暖かいです。まるで包まれているみたいです」

「そうですね。俺もヒナギさんとこうしてて嬉しいです」

「カミシロ様……」


 あぁ…やっぱ俺ヒナギさんのこと好きなんだな。アンリさんと同じ気持ちを今感じてる。



「…さっきも言いましたが、俺元の世界に帰るつもりですからね? それは……分かってますよね?」


 罪悪感を今は感じないように、先の問い掛けを今一度確認する俺。

 するとヒナギさんは俺へと目を合わせて見つめてきて、真っすぐな目で答えてくれる。


「当然です。あの日からもう……胸が締め付けられる程に承知していますから」


 いずれ別れることも承知の上。それは…アンリさんと同じ覚悟であった。


 それほどに理解してて想われてるなら、俺からは何も言うまい。

 その想いに応えてやることこそが、俺にできる最善の行動だ。


 表情に陰りが出たヒナギさんを見て、俺は抱きしめる力を強める。痛くはないが少々窮屈な……気持ちが一番伝わりそうな強さで。


「そうですか……ならその時までよろしくお願いします。それまではヒナギさんを……大切に想い続けますから」

「はい…!」


 うん、良い返事だ。それに笑顔も眩しいな。


 ヒナギさんが太陽のように明るく笑顔を向けるが、それが今俺にだけ向けられているのだと思うと嬉しくて仕方がない。

 俺も…笑みをヒナギさんに返した。


「あの……カミシロ様? そのぅ……」

「はい?」


 すると、ヒナギさんが目をキョロキョロとさせ不安定になってしまった。

 一瞬俺の笑顔に問題があったのかと思ったもんだが…


「な、なんと言えばよろしいのか……あのですね……」


 ……あぁ、そういうことね。アンリさんを見てるからなんとなく分かる。

 今のこのシチュエーションですることといったらアレしかないもんな。


 これは俺からいくべきだろう。男らしいところを見せたいという気持ちもあるし、何よりちっとは成長したであろう部分を実践に活かしたい……てかしないと情けないし。


 緊張は身体が張り裂けそうなくらいに感じている。自分からするのは初めてではないが、まだ全然慣れてはくれない。

 だがこの緊張も悪くはないと思えたりしているのも事実で、慣れなくてもいいかなぁとか思ってたりするが。


「……」

「ん…っ…~~っ」


 ヒナギさんの後頭部に手を当て、俺へと押し当てるように顔を近づけさせ、キスをした。

 こういうのは時間を掛けるのではなくサッとした方が良いと思い、自分を褒めたいくらいにスムーズに行えたと思う。


 ヒナギさんの唇の感触が俺へと伝わる。柔らかくてしっとりしてて、密着した身体同様に熱い。じんわりと伝わる熱が、身体の芯に響くかのようだ。


 そして数秒の後、唇を離してヒナギさんを見つめる。


 触れるだけの簡単なキスだったが、効果は絶大…だったらしい。

 ヒナギさんが目を回してしまって、ボフッと俺から顔を背けて胸に顔を埋めてしまった。


 いや……できれば俺もそうしたいんですよ? 付け焼刃の経験なもんで……内心緊張が半端ないんですからね?


「駄目でしたか?」

「あ、あぅ…~~っ!」


 キスをしたことに対する確認と、キスが要求だったのかの2つの確認を同時に聞く。しかしその返答をするには少々難しそうな様子のヒナギさん。

 俺は恐らく間違ってないだろうと自己完結し、次の言葉を続けた。

 これ以上はヒナギさんが保たないと感じたためだ。今だけはヒナギさんが子どもみたいに思えてしまう。


「これからは恋人としてよろしくお願いしますね、ヒナギさん」

「は、はいぃ~……」


 可愛らしい声で、ヒナギさんはなんとか答えた。

 自分でも望んでいたのにこの状態になってしまったヒナギさんが…非常に可愛らしく映った。そして勇気を出してくれていたんだなと素直に思うことができた。




 アンリさんは言わずもがなだが、ヒナギさんも相当可愛すぎて困る。色々と…。

 もう姉だなんて思うことなんてできそうもなさそうだ。

 俺はそれに耐えられるのか? 最早試練だなこりゃ。




 この日俺は、ヒナギさんと恋人同士となった。

次回更新は明日です。

いつよりも短い内容なので…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ