17話 住民の依頼
「とりあえず~(むぐむぐ)ギルド行くか~」
「そう(かじかじ)ですね~」
「(ごくん)りょーかーい」
両肩に鳥を乗せ、歩いている男がいる。
男は普通にパンを齧っていたが、驚くことに鳥の方も器用に両翼を使い、パンを齧っている。
なんとも不思議な光景だ。
そんな一行の正体はというと、分かると思うがもちろん俺たちだ。というより俺たちしかいないんじゃないだろうか?
食べているパンはギルドに向かう途中にパン屋を見つけたのでそこで買った。
本当は肉とか肉とか肉とかを食べたかったのだが、ポポとナナは、んなもん食えるかっていう話なのでしぶしぶ買うことにした。
まぁウマいからいいんですけどねー。
パンで腹を満たしながら俺たちはゆっくり歩く。
途中、小さな子供がポポとナナをみて、「鳥さんだ~」「かわいい~」などと言っていた。
やっぱり人気あるな…コイツら。
それとも小動物はどの世界でも人気なのだろうか?
それにしてもかわいい~、か…。そうだろうそうだろう。
当たり前だろう? だってポポとナナだぞ? 可愛くないはずがないじゃん。
ん? 私ですか? 鳥バカですけど何か?
そんなことをやっているとギルドに着く。
ちっ、しょうがない。この話はまた今度だ。
扉を開けて中に入る。
中は結構な人数の人がいたが、俺に気付いた一人が指をさすと全員がコチラを向いてくる。
ああ…視線が痛い…。
またかよ…。そんな警戒しなくてもいいじゃんか。
セシルさんがいたらなぁ、多少は気が楽だったのに…。
気にしてもしょうがないので、とりあえず元・筋肉さんであるマッチさんのところに向かう。
住民のお手伝いがどんなもんか聞かないとな。
「マッチさんこんにちは~、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど今大丈夫ですか?」
「ツカサさんこんにちは。ええ、構いませんよ」
マッチさんはいつも通りの対応をしてくれる。
これが普通のことなはずなのに……あれ? 目から水が…。何だろうこれ?
なぜか無性にうれしい。
「…何で泣いてるんです?」
「いえ、気にしないでください。それよりも住民のお手伝いという依頼の内容を聞きたいのですが…」
「あれ? それを受けるんですか?」
マッチさんに不思議な顔をされる。
「何か不思議ですか?」
「いえ、てっきり討伐系の依頼などを受けるものかと思っていたので…。昨日の騒ぎを見ればそう思いますよ」
「アハハ、でも俺まだFランクですから…。こういう下積みはやっておかないと」
「Fランクとは思えないほどの実力でしたけどね…。昨日ツカサさんが倒したドミニクさんってCランクなんですよ? 腕っぷしだけならギルドの評価は高かったんですが…」
「へ~、そうだったんですか」
へ~、あいつドミニクって言うのか…。まぁ思い出したくもないがな、気持ち悪かったし。
それにしてもあれでCランクか…。少し弱くないか? ポポでも勝てそうだったが…。
「でもツカサさんみたいな方がいるのは助かりますよ。他の人は雑用や雑務といったことが嫌いらしくて…。この依頼、やる人がすごい少ないんですよね。だから住民のお手伝いも溜まってしまっていて…。ギルドは町の税の一部を貰って運営していますからあまり無下にはできないんですけどね」
「そうでしたか。できることは限られてますけどやれるだけのことはやりますんで」
「ありがとうございます。ではまず……」
マッチさんから内容を聞く。
どうやら住民からのお願いは本当に多いらしい。
犬の散歩、荷物の運び込み、害獣の駆除、子供のお守り等…。マッチさんから渡されたリストだけでも結構な件数だ。
期限は特に指定されてないので気長にやっていくか。どのみち1日では到底終わらんし…。
正直ただの便利屋と思わないでもなかったが、まぁ頑張りますかね。
「ではよろしくお願いしますね」
「了解です。行ってきます」
マッチさんに手を振られながら俺はギルドを出る。
さてやってやりますかね~。
◇◇◇
「…もうすぐランク上がるんですけどねぇ」
司が出て行ったあと、マッチが呟く。
実は昨日の薬草と魔核の換金で司の点数は規定値に十分達しており、本来ならランク昇格の通達をしているはずだった。
だが、結果が凄すぎた。
ツカサは知らなかったが、どの依頼にもそれに応じた点数は存在する。
常時受け付けているような依頼はGランクのものが大半で、最も点数が少ない。司が受けたものもGランクに分類されていた。
ただ、過去にあれほどの薬草と魔核を集めたものはいなかったため、今まで通りに点数をつけていいのものかどうか分からなかったのである。現在ギルドマスターと一部の職員はそのことで絶賛会議中だ。
点数に関係はないが、ドミニクを瞬殺したという事実も見過ごせなかったので、ほぼ全員の職員が点数にボーナスを加えるということに賛成的であり、おそらくそうなることが予想される。
ちなみにGランクは本来存在しないが、依頼の難易度を示す指標として一応使われている。
つまり誰でも容易にできる依頼ということだ。
「(3日目でランクアップも十分すごいですが、恐らく二階級昇格…いや、それ以上もありえますね。結果は夕方には出るでしょうか…? それにしても、温厚そうな人ですが末恐ろしいです。人は見かけによりませんね)」
マッチがこんな風に考えていることを司は知らない。
なんとも呑気なものである。
司のいないところで、司を取り巻く環境はどんどん変化していくのであった。
◇◇◇
「この道を右に曲がって~、…ここか?」
「ここで間違いないかと」
「特徴は一致してるよ~」
マッチさんから渡されたリストを確認しながら歩いていると、どうやら目的地に辿り着いたようだ。
「普通の家だな…まぁそりゃそうか。住民のお手伝いだし」
「ノックして要件を聞きましょうか」
依頼主の家は、二階建ての一軒家だった。
屋根? の色が紫で目立っていたためすぐに分かったが、それ以外は特に変わった形をしているわけでもない。
THE HOUSE って感じだ。といっても石造りになっているから日本じゃ見ないけどね。
今回の依頼主である、ダグさんが住んでいる家がここだ。
「そうだな。…(コンコン)すいませ~ん。どなたかご在宅でしょうか~?」
ドアをノックして声を掛ける。
…石でできた家に木のドアっていう組み合わせがすごく不思議だったが気にしない。
すると…微かにだが家の中から歩いてくる音が近づいてくる。
そしてガチャッという音とともにドアが開いた。
「はいはいっと、どちら様だ?」
「冒険者ギルドから来ました。ツカサ・カミシロと言います。依頼が出ておりましたのでお伺いしたのですが…」
中から出てきたのはまたしてもガタイの良い30代くらいのオジサンだった。
またかよっ! マッチョ率高ぇなオイ! 異世界に来てから男の人はマッチョばかり見ている気がする…。
こっちではこれが普通なんだろうか? それともたまたまか…。
俺のそんな考えを気にせずにダグさんは話しかけてくる。
「おお! 来てくれたのか、運が良いな…助かるぜ! じゃあ頼みてぇことがあんだが大丈夫か? あと知ってるとは思うが私はダグという、よろしくな」
「よろしくお願いしますダグさん。要件をどうぞ」
「頼みてぇことは2つあるんだ。1つは私の護衛。つってもむずかしいもんじゃねぇ、西の草原に出るだけだから特に危険なモンスターもいないからな。私一人でも問題はないが何が起きるか分からねぇから、念には念を入れておきてぇんだ」
どうやら依頼は2つあるらしく、1つ目は護衛だそうだ。
西の草原…昨日のあの場所か。
確かにあそこなら特に危険はないだろうが、殊勝な心掛けだとは思う。
素直に感心する。
それにしてもダグさん…。自分のこと『私』って、言葉遣いが良いんだか悪いんだか分からない人だなぁ。それに違和感もすごいし。
「護衛ですか…分かりました。それで二つ目の方はなんです?」
「ああそれなんだが、今お前1人か?」
「? 1人と…2匹ですかね?」
「私たちも人数に加えるべきでしょうか?」
「する?」
ダグさんの問いに2匹は口を開く。
「おおっ!? 喋れんのかよ、こいつぁ驚いた。喋る鳥は初めてみたぜ」
ダグさんが驚いている。
「すいません、コイツらの挨拶がまだでした。黄色いのがポポで白いのがナナです」
「以後お見知りおきを」
「ダグさんよろしく~」
「お? おう! お前らもよろしくな」
「それでコイツらの知能は人間とあんまり変わらないので、人数に含めても良い気がするんですが」
「そうなのか? そうは見えないが…いや、そうでもねぇか。さっきの挨拶を聞く限りじゃ嘘ではなさそうだしな」
「ええ、知能については保障しますよ」
「…ならいいか。いやよ、2つ目の依頼なんだがな。娘の遊び相手になって欲しいんだよ」
「遊び…? 娘さんとですか?」
ダグさん、娘いたんだ…。
大人の遊びッスか?
「…言っとくがまだ9歳だぞ? お前が考えているようなことはないな」
ヤベっ! 顔に出てたか? 司君ピ~ンチ。
「見た所そんな奴には見えねぇから心配はいらなそうだが、手ぇだしたら容赦しねぇぞ? いやコロス」
「しませんしません! 大丈夫です! 清い男だと自負しておりますので!」
怖えええっ!
ダグさんは物凄い剣幕で睨んできた。
もしかしたら親バカなのかも…。
「怖そうなやつが来たら頼みはしないんだが、まぁお前さんらなら大丈夫だろ。とりあえず私が草原に出ている間、娘と遊んでやって欲しい。人見知りであんまり友達がいねぇからよ、仲良くしてやってくれ。」
「え、ええ。精一杯やらせていただきます」
それにしても娘さんと遊ぶ…ねぇ。
まぁ俺、子どもは好きですよ? 純粋だしね。
もちろん変な趣味とかではない。
「私としてはお前さんに娘と遊んで欲しいんだが…頼めるか?」
ダグさんが俺を指さす。
「俺ですか? いいですけど…コイツらの方がよくないですか? 主人の俺がいうのもなんですけど可愛いですし、子どもはよろこぶと思うんですが…」
ダグさんは俺を指名してきたが、そう思ったので聞いてみる。
「私も確かにそう思うが…それだとあの子のためにならねぇんだ。さっきも言ったが人見知りでな…、それが原因で友達もいねぇしこのままだとずっとできないままだ。ポポとナナって言ったか? お前さんらは知能もあるみたいだし、あの子も喜ぶとは思う。だが、失礼かもしれんが鳥だろう? 人間じゃあない。動物に対しては仲良くできても人間とはできないんじゃあ意味がねぇんだよ」
どうやらダグさんは娘さんのためを思って俺を指名したようだ。
子どもなんていない俺が言うのもあれだが、しっかり親をしていると感じた。
娘さん愛されてるね~。それと教育って大変なんだね~。
「そうでしたか…。でしたら俺が娘さんのお相手をします」
「ああ、頼むぜ」
任されました!!
「そうなると私の護衛はコイツらがやることになるんだが…、その、大丈夫なのか?」
「問題ないかと…。少なくとも並の冒険者と同じくらいの強さは持ってますよ? 見た目だけだとわからないでしょうけどね」
「…とてもそうは見えねぇが、信じよう」
「ありがとうございます」
ダグさんは少し懐疑的な目をしていたが、最後は信じてくれたようだった。
多分あなたより強いと思いますよ? ほぼ間違いなく。
「じゃあ私はこれからコイツらと一緒に草原に行ってくる。2時間くらいしたら戻ってくるからよ、それまで頼むぜ。あと家の中のものは自由に使ってくれて構わねぇから」
「良いんですか? 少し不用心すぎではありません? 俺が盗みを働く可能性もゼロじゃないんですよ?」
「いや、盗むものなんて何もねぇし問題ねぇよ」
「あ、そうですか」
そうらしい。
ならいい…のか? 無防備すぎやしないだろうか…。その考えは分からんなぁ。
「じゃあちょっとついてこい」
「あ、はい」
ダグさんに連れられて、家の中へと入る。
お邪魔しま~す。
玄関から廊下を歩き、二階に上がる。そして一番奥の部屋まで移動する。
ここに娘さんがいるようだ。
「テリス、入るぞ?」
ダグさんが声を掛ける。
娘さんはテリスと言うらしい。
じゃあテリスちゃんか…。可愛らしい名前ですな。
そう思っていると中から声が帰ってくる。
「お父さん? 開いてるよ~」
中から幼い声が聞こえた。
ダグさんが扉を開けて入り、俺たちも続いて入る。
部屋の中に入ってチラリと目を泳がす。
部屋の中は子ども部屋とすぐわかる感じがしていて、女の子らしくたくさんのヌイグルミが置いてある。
部屋の隅には机があり、そこに可愛らしい顔をした女の子が座ってこちらを見ている。
この子がテリスちゃんらしい。読書をしていたのか手には本を持っている。
ただ、ダグさんと全然似てねぇ。まぁ似てても嫌だが。
強面ムキムキな女の子とか見たくないし。
「おうテリス、今からちょっと草原の方に出かけてくるからよ、その間ここにいる兄ちゃんと遊んで待っててくれや。2時間くらいで戻るからよ」
「えっ、そのお兄ちゃんと…?」
「ああ、冒険者ギルドから来てくれたんだ…名前はツカサって言うそうだ。仲良くするんだぞ」
「…う、うん」
う~ん、聞いてたとおり本当に人見知りみたいだ。緊張してるし…。
まぁ俺も小さい頃はそれなりに人見知りしてたから気持ちはわかるが。
「よろしくね、テリスちゃん」
なるべく刺激を与えないように優しく言う。
「よろしくです…」
大丈夫そうか? 仲良くできるといいんだが…。
「じゃあ私は行ってくるぜ、頼むな」
俺の心配をよそにダグさんが声を掛ける。
「(ではご主人。お互い頑張りましょう)」
「(ばいばい~)」
二匹は俺に小さい声でそう言うと、ダグさんの肩に飛び乗った。
そうしてダグさんと共に部屋から出て行く。
部屋には俺とテリスちゃんだけが取り残される。
さて、依頼を始めるとしますかね。
◆◆◆
ダグさんたちが出かけた後、俺はとりあえずテリスちゃんに話しかけてみる。
「えっと、テリスちゃんが今持ってる本は何かな? もしかして勉強していたの?」
話の仕方としては無難な方法だとは思う。というかこれしか話題が浮かばなかった。
「えっ…う、うん。魔法の教科書…。私、魔法苦手だから…」
少したどたどしかったが、テリスちゃんは答えてくれた。
うん、意思の疎通は大丈夫そうだ。
「そうなんだ。真面目なんだね」
「私、皆よりできないから…、たくさんしないと駄目なの…」
少し俯きながらテリスちゃんは答える。
皆? 友達のことか?
でも友達がいないってダグさんは言ってたけど…。
…聞いてみるか。
「皆っていうのは友達のことかな?」
「…ううん。私、友達いないから…。皆っていうのはクラスの人たちのこと」
「…ゴメン。嫌なこと聞いちゃったね」
「平気…慣れてるから」
テリスちゃんからどんよりとした雰囲気が出始める。
しまった!? 落ち込ませてどうする俺っ! もっと別の言い方ができたはずなのにっ!
とっ、とりあえず話を変えよう。
「じゃ、じゃあさ、一緒に魔法の勉強をしようか! 俺も少しなら教えられるし」
俺も魔法は覚えたばかりだが、少しなら教えられるだろう。
多分問題ない。
それにしてもクラスか。この町に学校があるとみていいんだろうな。
そんでそこで魔法とか教わっていると…。
何歳から通ってんだろね? さすがにそれは聞けないけど…。多分一般常識だろうし。
テリスちゃんに聞いたら流石に変だと思われる。
「ツカサ、さん? は…魔法が使えるの?」
「うん。少しならね」
「じゃあ、ちょっと見てもらってもいい?」
「うん、いいよ」
こうして、俺はテリスちゃんに指導することになったのだった。




