185話 ヒナギの恋③
「お? いたいた。セシル、頼まれたもんはやっといたぜ」
観察を続けていると、朝からずっといなかったジークが俺達を見つけては声を掛けてくる。一応計画を知っている手前、声量には細心の注意を払っているように見て取れる。
「あ、ジーク。ありがとね……ミーシャ達には事前に言っておいたけど平気だった?」
「おう。快く引き受けてくれたぜ」
「ん、じゃあそっちは大丈夫そうだね」
どうやらセシルさんに頼まれた用件を既に済ませたようで、手持無沙汰となったことで合流をしたようだ。
ミーシャさんに何を頼んだのかは分からないが、今回のことと何か関係があるんだろうか? これといって関連性が見えない。
「そんで? こっちはどうなんだ?」
「…いいとこ。多分ここからが正念場って感じかな…」
「正念場? どこが?」
何が正念場なんだろうか? 特に変な雰囲気は感じられないし、良好じゃないだろうか?
……あ、俺がもうすぐ役目を果たすって意味での正念場か。それなら納得できるわ。
「……アンリ達も帰って来たみたいだね。そろそろかな……」
「ん?」
「お待たせしました。あ、ジークさん終わったんですか?」
「おうよ。俺の方は平気だ。そろっと正念場らしいから準備しとけ」
「…そうですか。分かりました」
皆は事の全容を知ってるんだよな……。
「……皆、集中! 来たよ!」
「「「「「!?」」」」」
セシルさんの言葉に皆がヒナギさん達に意識を集中させ、コソコソとそれを凝視し始める。
見ればヒナギさんとカイルさんが向かい合っており、今まさに何かが起こりそうな予感が漂い始めていた。
…ただ、セシルさんの来るよって言い方はまるで事前に分かってたみたいな言い方だな。
そのことに疑問を感じながらも、俺もその姿を見守ることに意識を割いた。
すると…
「なぁ…アンタさ、俺と付き合ってくんねぇか?」
「え?」
マジだ……いきなり展開が変わって来やがりましたよオイ。セシルさんは預言者か何かか?尊敬しちゃう。
というかド直球な発言に男気を感じるよカイルさんや。
セシルさんの言った通り、ヒナギさん達に急展開が訪れた。それはいずれ来ることが分かっていたことではあったが、今この瞬間にくるとは予想外だった。
「俺はこんなところで終わるつもりはねぇ。いずれはSランクまで上り詰めるつもりだし、それに恥じない強さもものにするつもりだ」
「………」
「アンタに釣り合えるように、精進はしていく。だからよ……駄目か?」
「あ……その……」
顔を赤くして、カイルさんの言葉を照れながら聞いているヒナギさん。
一応カイルさんがヒナギさんに惚れてることは本人も知ってることだろうけど、やっぱり照れるものは照れるよな…。
ヒナギさんのレアな顔を見ることが出来た。
……さて、そろそろ私の出番では? セシルさんまだですかいな。
良い雰囲気の中悪いが、俺は俺でやることがある。
セシルさんの指示を今か今かと待ちわびる。……が、まだその時ではないらしく、焦らしてくるような感覚を覚えた。
「まどろっこしいのは嫌いなんでな、単刀直入に言わせてもらう。俺はアンタが好きだ。だから俺と付き合ってくれ!」
おおおおおおおっ!!? カイルさんアンタすげぇえええええっ!!
なんという貫禄! なんという男気! そしてなんという迷いなき大胆な告白! これはもうコロリと落ちるだろ!
あのヒナギさんに対して言えるとは……恐るべし!
対するヒナギさんの返答は!?
「………」
俺達がドキドキしながらそれを見守るがヒナギさんは無言であり、俺達に疑問を持たせた。
顔を伏せ、何やら肩をプルプルと震わせているが……これは感極まっているだけ……だよな?
「返事……聞かせて貰っていいか?」
俺達以上にそれを待ち望んでいるカイルさんが、ヒナギさんへと優しく声を投げかける。
もう結果は分かっているとはいえ、返事がもらえないのであれば不安に思うことだろう。
そして…
「……ごめんなさい、お付き合いできません」
おめでとうございま…………は?
早とちりだった。
ヒナギさんから出た言葉は俺の考えとは正反対の答えであり、一瞬耳を疑った。
しかし、確かに今、付き合えないとヒナギさんは言ったはずだ。
え……なんで?
「な、なんでだ? アンタ……もしかして他に好きな奴でもいるのか?」
「っ…………ハイ。わざわざ今日はお誘いして頂いたのですが、申し訳ありません!」
カイルさんも想像していたビジョンと違う展開に戸惑っているようで、酷く慌てた様子だ。だが、ヒナギさんの答えは変わらないようで、頭を下げて謝っている。
……あれ? もしかして俺達の計画って失敗なんじゃね? だって今ヒナギさん他に好きな人いるって言いましたやん。確実に。
セシルさんに目をやると、まさかの事態に慌てる俺とは対照的に、至って冷静だった。……が、その心境はどうなっているのか分からない。
「セシルさん!? なんか話と違くない!?」
「ん……もうちょっと様子を見よう」
確認してみても、俺達のやることは変わらない。まだこの状態で見守るとのこと。
もしかしたら顔には出ていないだけで焦っているのかもしれないし、こういう時の対策も想定している可能性もある。恐らく後者だとは思うが。
なら……セシルさんを信じよう。
「やっぱ……アイツか? いつも一緒にいる……」
「……ハイ。ご存知…でしたか」
「そうか。……ま、分かってたけどよ。悪かったな……それを知ってて今日付き合わせちまって」
「………」
知ってただと…!?
カイルさんは納得した様子で、天を仰いだ。そしてそのまま立ち尽くす。
対して、胸を両手で押さえ、和服をギュっと握っているヒナギさんを見ると、ヒナギさんの言っている事実は更に信憑性を増しているように思えた。
「ただ……そいつの名前をしっかり教えてくれねーか? 別に言い触らしたりなんてしないし、その事実をしっかりと受け止めておきたいからよ…」
「カイル様……」
「頼むよ。お前さんだっていつまでもその感情を押し殺すのは辛いだろう? さっきからの変な挙動を見てりゃわかるさ……そいつのこと考えてたんだろ?」
やっぱしカイルさんも気づいてたのか。
変な挙動というのは首をよく振ってたことを言っているんじゃないかと思う。というか、それ以外に見当たらない。
ただ、それが別に惚れている相手のことを考えていたからだったのは知らなかったが。
…それにしても、ヒナギさんの本当に好きな人が分かっちゃったりするのかこれは? だったらオラ……ワクワクすっぞ!
カイルさんでもなければ誰だと言うのかね? ヒナギさんの想い人は誰なんだ?
「どうせこの場にそいつはいねーんだ。ならいっそ思い切って打ち明けてみろよ。楽になれるかもしんねーぞ? ……もう我慢するのキツイだろ?」
「…わ、私は……っ!」
「おう……思いっきり言っちまえ。それがアンタのためになるさ」
カイルさんに催促されたヒナギさんは、その人物の名を口にしようとする。
これは普段のヒナギさんからしてみれば考えられないことだ。だが好意を持ってくれた人に対する礼儀と捉えたのだろうか……その人物の名を口にすることに決心がついたようだ。
……一番衝撃が走ったのは俺だっただろうけどな。
「私がお慕いしているのは……カミシロ様です…! ですからカイル様とはお付き合いできません! …っ!?」
「ブフッ!? 「うわっ!? 汚ねーなオイっ!」……うぇ?」
緊迫した状況となったことで、俺の喉はカラカラの状態だった。そのため、最後の一口となった霊水を飲みほして渇きを潤そうとしていたのだが、それを盛大に吹き出してしまった。
勿体ないかもしれないが、それどころではない。
ファッ!?
ちょっと待て!? 何を言ってんのヒナギさん!?
ヒナギさんのことをマジマジと見つめてしまう。
ヒナギさんは口元に手を当てて驚愕しており、まるで言ってしまったことを予想外のことと捉えているように見えた。
自分の発言が信じられないような様子だ。
「……アイツに、心底惚れてんだな? お前さんは」
「っ!? ……はい。叶わないことだというのは重々承知しています。ですが……それでも私は……」
……(パクパク)。
俺はただ、その光景を見ていることしかできなかった。
理解が追い付かず、淡々と口周りについた霊水を拭き取るくらいしかできない程に。
そして……理解できない事実はまだあったようだ。
「……やっと素直になってくれたか」
「え?」
カイルさんが、肩の荷が下りたように盛大に息を吹き返した。首を回し、非常にリラックスしているような仕草を見せたのだ。
はて? いきなりどうしたんだ?
「よく言ってくれた! 待ってたぞそれをずっと……」
「ど、どうされたのですか突然……」
「まぁ驚くよな……。実はセシルから依頼されててよ……自分の気持ちを押し殺すお前の姿が見るに耐えないってんで、こうしてこの役を担ったんだよ俺は。いや~……長かった! 時間稼ぐの辛かったぜ」
「ぇ……どういう…「じゃ、俺の役割はここまでだ。後は頼んだぞ!」
カイルさんはヒナギさんに対して言うのではなく、どこか別の方向……まさに俺達がいる方を見て声を掛けているように見えた。
そして…
「ここまで大勢の奴らにお膳立てしてもらってんだ。男見せろよ……ツカサァッ!」
「なっ!?」
ここでいきなりの名指しである。口から心臓が飛び出そうになった。
既に俺がこの場にいることを間違いなく分かっているようであり、声に迷いがない。
「ちょっ……セシルさん!? 一体どうなってんの?」
何かがおかしい。いや、最初からおかしかったんだろうけどさ! でもこれはおかしいって!
俺はセシルさんに詰め寄って問いただすが……
「……あ、やっぱ結構効いてるね。ジーク、やっちゃって」
「あいよ」
「へ? あ、ちょっ!? ジークなにすんだよ!? 離せ!」
「ジタバタすんなよ……いいから落ち着けって」
いきなり足が地を離れ、首の圧迫感と共にぶら下がる状態となる。
ジークが俺のコートの襟をつかんで持ち上げているようだった。
なにすんじゃい! 離せコラ!
ジタバタと暴れて拘束を解こうとするも、悲しいことに俺とジークの身長差では少々不利だ。掴んでいる手を上手く掴めず、空振りばかりになってしまう。
そんな情けない姿を見たアンリさんが口を開き……
「先生……アタシのことは今忘れていいので、頑張ってください!」
「は?」
そう……よく意味の分からないことを仰ったのだった。
詳しくそのことを聞きたかったのだが、それを許さない暴挙へとジークが出てしまう。
「……ほれ、いってきやがれ!」
「なっ!? えぇえええええっ!?」
「「ご主人ファイト!」」
ジークに襟を掴まれ、俺の身体はそのまま放り投げられたのだ。
向かう先はヒナギさんがいる方向。その手前辺り目掛けて一瞬の間だが、ポポとナナの声援を背に、俺は宙を飛んだ。
なんとかたたらを踏みつつも地面に無事に着地する。そして下を向いた顔を前へと向けると……そこにはヒナギさんが。
「か、カミシロ様…!? え、そんな…聞かれて…!?」
両手で口を覆い、1歩後ずさりをするヒナギさんは、もう目が回ってしまうんじゃないかと思うぐらいに慌てていた。
今すぐこの場を離れたい……いや、逃げたいが正しいのかもしれないが、そんな様子である。
……奇遇ですね、俺も逃げたいんですけど。というかいきなり放り投げられて口から心臓飛び出しそうなんですが?
「さて……状況は整えてやった。後はお前ら次第だ。……そんじゃあな」
俺とヒナギさんが見つめ合って硬直していると、傍にいたカイルさんがそう言い残して立ち去っていく。
完全に、俺達だけが取り残されてしまった状態である。
ぎこちない動きでなんとか後ろを振り返ってみるも、先程まで一緒にいた我がメンバー達は何処かへと去ってしまったようで、姿は見えず、気配すら感じ取れなくなってしまっていた。
この状況と、先程のヒナギさんの言葉。そして昨日と今日で話したセシルさんとの会話が、高速で俺の頭の中で繰り返される。
『ツカサってさ……ヒナギが好きな人いること知ってたりする?』
『……はぁ、やっぱり気づいてないのか。まぁ分かってはいたけど……』
『例え何があっても動じず、事実を受け入れてほしい』
『……受け止めないの?』
『ツカサが思っているようなことには多分ならないから。悲しいとかあり得ないから』
『私がお慕いしているのは……カミシロ様です…!』
……。
以上の事から察するに、俺の役割とは……そういうことなのか? 大役ってそういうことかよ…!
計画の真相が分かった所で、今目の前に迫ったクライマックスが無くなることはない。
ど、どどどどど…どうしよう…!
「あ、あの…カミシロ様?」
「ひゃいっ!? な、なんでしょうか?」
呼ばれただけで変な返事が出るほどの緊張があった。
暫し頭が真っ白となった状態ではあったが、ヒナギさんが俺よりも早く、口を開いた。
「一体いつから…聞いてましたか? ……いえ、見てましたか?」
これは正直に言ったら怒られるか? でもカイルさんが吐いていったことを少し考えれば、最初から見ていたなんてことにはすぐに気づけるはずだ。
だから、これはきっと一応の確認というものなのだろう。……だよね?
俺は混乱覚め止まぬまま、目の前の女性の気持ちを今一度思い出し、熱くなった身体でギリギリ答えた。
「……すいません。最初から…です」
「っ……ぁ…ぁ…それでは……本当に全部…」
「ごめんなさい。ヒナギさん…あの、さっき言ってたことって……本当に…」
ヒナギさんは声も上手く発せないようで、途切れ途切れに返答する。
その様子に大変なことをしてしまったと思いつつ、俺自身もヒナギさんに確認したい……だが信じられなかった事実を再度聞いてみた。
「……ハイ。嘘ではありません。私は……カミシロ様を…お、お慕いしています…!」
俯きながら、そして極度の恥ずかしさに襲われているその姿から言われるこの言葉はなんとも甘美なものか……。
その言葉の威力に身を任せ、身体をその意思に同調させるように委ねてしまいたい衝動に襲われる。
しかし…
ピシッ……。
俺の中で何かが否定された気がした。
それは今までヒナギさんと培ってきたもので、これからもそうだと思っていたもの。
更に…
「その……一人の殿方として…です」
バリンッ……。
その否定は、俺の中で確かに確立された。
俺が思っていたことは始めから間違いだったのだと。弟のようではなく、一人の男として見られていたのだと。
……え、なに…今までの俺の考えは何だったの? 全部見当違い?
テストの0点並みの回答してたのか俺は。
「…い、いつから…?」
「アネモネへ行く前、辺りからだと思います」
「…うわぁ……マジかぁ…」
そんなに前からなのか。
「えっと……恐らくですよ? なにぶんこういう経験は初めてでしたので……正確には少々…」
「あ……そう、なんですか……」
異世界人だと皆に打ち明けた時。あの時帰るって言った時に見せた反応はもしかしなくてもそういう意味だったのか。
あの時点で好意を向けてくれてたんなら、帰る云々の説明の時の食い下がりも分かる気がする。
てかなんでだよ……。ヒナギさん程の人が俺のどこに好意を持つって言うんだよ。
「ですが……忘れてください」
「へ?」
「カミシロ様にはアンリ様がいますから。その中に割って入るなんてことはできませんし、私には魅力なんてなかっただけのことですから」
その台詞を聞いて、俺はあることを思い出した。
アンリさんも言っていた……魅力云々のことだ。
アンリさんと付き合う前、学院で別れる時も……
『その時はアタシに魅力がなかっただけです』
それが、今一度強く思い返される。
女性は何故そんなことが言えるのか、それが不思議と驚きだった。そして同じことが言えるのも……。
「ですから……今のは忘れてください。ただ、カミシロ様とアンリ様が恋仲なその事実を認められないだけの……嫌な女なんです私」
「……」
「まさかカミシロ様に知られてしまうのは予想外でしたけど、これで受け入れることができそうです。迷惑をお掛けして、すみませんでした……!」
ヒナギさんが笑いながら謝り、一筋の涙を頬に伝わせる。
言葉と態度が噛み合っていないそれは明らかにおかしなもので、無理をしているなんてことを理解できないわけがなかった。
その姿を見て、俺は今すぐその涙を拭ってあげたかった。だがその行為をすることが今の状況で何を意味するかを知っている手前、身体は動かすことができない。
それを見ていることしか……俺にはできなかった。
でもジッとしているのが非常に苦痛でもあり、それにジレンマや苛立ちを覚えてしまっているのも事実だ。
「ですから最後に一度だけ、カミシロ様に直接お伝えさせてください。……貴方を心からお慕いしていました。ですからこれからも……カミシロ様の仲間としてよろしくお願いします」
「ヒナギさん……俺は……!」
その時だった……
「先生……」
聞こえてくるのは、数少ない俺を先生と呼ぶ、この声の主。
真剣な瞳をしたアンリさんが……この場に現れた。
次回更新は土曜です。




