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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第四章 セルベルティア再び
186/531

184話 ヒナギの恋②

今回の話は長くなりそうなんですがお付き合いください。

一応3~4話位で終わるかと……。

「うわぁ~…こんな店あったんだな」


 ヒナギさんとカイルさんを追っていると、バーのようなお店へと入っていくのが確認できた。

 バーといっても当然お酒類を出す類の店ではなく、あくまで喫茶店ではあるが。


 雰囲気がバーのようなものと言えばいいんだろうか? 昼と夜で出すものが変わっていそうな感じだ。

 バーに馴染みのない人からしたら訪れることすらないような店である。


「なんだ知らなかったのか? …なんも知らねぇのなお前……」

「こっちの方はあんまし来ないから詳しくないんだよ…仕方ないだろ」

「詳しくないなら詳しくなるしかないだろうが。デートってのはな、相手のために最善を尽くしてこそ価値は生まれるんだ。そしてそれが自分のためにもなるんだぞ?」

「ん、シュトルムでもその辺りは分かってるんだね。関心関心」

「……いや、だからさ、俺嫁いるからな? ちゃんとこういう経験を経てるからな? そこんところよく分かった上で俺のこと見てくれや」


 シュトルムは自分の評価をどうやら改めて欲しいようで、そう懇願? してくる。


 今は皆いるからいいけど、新しいお店に入るのはなんか難しいというか、怖いというか……。

 一人で定食屋さんに入れない臆病な人間みたいなのが私でして、やらなければいけない限りはそんな気力と勇気も行動力も湧かないんだよな。

 面倒臭い奴に育っちまったもんだと自分でも思う。


 でもそれが俺なのです。神代君の情けない真骨頂であり、真の姿。所謂最終形態なのだ。

 この歳まで来たらもう変われんよ。来世に期待するしかないっス。


「チキンだもんね、ご主人」

「ぐぬっ…!」


 ナナ(チキン)にチキンと言われる始末だ。

 どうしようもねーなこれは。まぁいいやもう。




 ヒナギさんらに続き俺達もそのお店へと入っていき、空いている丁度都合の良さそうな席へと足を運んで陣取る。


 店内には客がチラホラといる程度のみで、満席というわけではなさそうだ。カップル連れが多く、また大人の組が多いのが印象だろうか……。


 カイルさんがここをチョイスした理由が分かる気がする。

 これは穴場だな。


 俺達はヒナギさんらが座っている席を遠目から見る形で、さらに店内にある草でできたこじゃれた隔たりの隙間を通してみることで、向こうからは気づかれないようにこっそりと覗き見する。

 まさか覗かれているなんて思いもしないだろうし、万が一こちらの方を向いたとしてもよく注視しない限りはこっちの姿なんて見えやしないため、一方的に監視カメラを確認する気分で見ることが可能である。

 周りから見れば最早変な集団ではあるが。


 少々の罪悪感は感じるが、そもそもこの計画をしている時点で罪悪感なんて忘れているようなものだ。気にしない。




「この店で一番人気のメニューがそれなんだが…どうだ?」

「そうなんですか。ですが私……苦いものが少々苦手でして…」

「あ、そうだったか。だったら……これなんかどうだ? こっちはほのかな甘みと酸味がマッチングしてるが……」

「あ、でしたらそちらを頂こうと思います。お気遣いすみません」

「良いっての。自分の好きなもんを飲みたいのは当たり前だしな」


 カイルさんの勧めたものに対し、ヒナギさんが若干遠慮した様子を見せている。それをいち早く察したカイルさんは代替案を出し、ヒナギさんの望むメニューを提供することができたようだ。

 この手際の良さが俺には関心するようなレベルで、至って自然体で焦ることも無く、大人の余裕しゃくしゃくというのが印象的だった。




「下見は十分って感じだな。これが普通に出来なきゃいかんのか……」

「それができるのがマナーみたいなもんだな。ツカサ、お前がアンリ嬢ちゃんとデートした時はこれしっかり出来てたか?」

「……微妙。半々くらいかな」

「まだまだ甘いなお前は。そのうち愛想尽かされちまうぞそんなんじゃ……」

「……努力する」


 それは嫌だ。ショックを堪えきれない。

 初めての恋がそんな理由で終わるのはないわ。


「ちなみに、カイルにはヒナギがどんなものが好きかと教えてないから。何も知らない状態でアレだからね?」


 ……レベル高いなオイ。てゆーかこれが普通なのか?

 代替案がすぐに出るのはしゅごいですね。俺なんて緊張と焦りで表情取り繕うのに必死なのがオチですよ……。


 すると…


「お客様? あの……ご注文を」


 俺達が席に座ったことで、注文を取りに来た店員さんが俺達の奇行に困惑した様子を見せる。

 皆メニューを見るでもなく、草の隔たりの向こう側を注視しているのだから無理もない。


「あ……『本日のスペシャルドリンク』を……5つで」

「え? ですが……4名では?」


 素早く反応し、メニューに目を通してすぐさま注文をしたシュトルムに、店員さんが疑問を覚えるが、これはごもっともだ。

 確かにいるのは4人だけ。ただ……ポポとナナを含めれば約5人相当である。そうなればシュトルムの言った数は間違ってはいない。


「そいつらも飲むんで大丈夫です。取りあえず5つでお願いします」

「「よろしく(です)!」」

「あ! もしかして神鳥さん達でしたか……かしこまりました。只今お持ちいたします」


 ここでセシルさんの肩に乗っているポポとナナが口を開いたことで、店員さんはすぐに察したようである。


 ……まぁ確かに、この店来たことないし、第一あんまりこのエリア付近には普段来ないからなぁ。依頼で来る以外は用事も特にないし。


 俺はいつもグランドルを依頼で駆け回っているが、それはエリアが結構限定されていたりする。俺はどちらかというと一般家庭への対応が多いし、こうして飲食店に携わる機会なんてそうそうないからだ。

 店員さんが俺達を見てすぐに気づかなかったのは、恐らくそれが理由だろう。


 有名になったとは言っても、興味のない人からしたらどうでもいい情報だし。

 ま、以後よろしくおなしゃす。


「ごめんね~」

「いえいえ、こうして話せて光栄です。ゆっくりしていってくださいね」


 満足そうな笑みを浮かべ、店員さんはオーダーのため離れていく。


 営業スマイル……ではないだろうけど、良い笑顔でしたな。

 職務に忠実ですね。


 店員さんに対してそんな感想を持った。




 ちなみに、ナナは何処からでもできるから良いとして、何故に護衛の役割のあるポポが俺達と一緒にいるかだが……これは『羽兵』達を町中に散りばめているからだそうだ。

『羽兵』はポポの分身そのもの。それらを散りばめることにより、異変が起こった場所を瞬時に把握して対処に向かうことができるため、別に俺達と一緒にいられないというわけではないようだ。

 魔力の消費は激しいだろうが、ポポも事の経緯を見届けたい気持ちがあると思い、セシルさんも了承していたりする。


 ……まぁ、どっちみちヒナギさん達店に入ってるからこれがベストだと思うけどね。




 ◆◆◆




 やがて注文が届いて、それをセシルさんが回してくれたのを皆でチビチビと飲みながら、しばらくはずっと様子を見ていた俺達だが、そろそろ店を出るようだ。

 席を立ち、会計に進む姿が確認できた。


「いえ、それだと悪いですし……せめて自分の分は払いますよ」

「今回は俺が誘ったからそれくらいは良いんだがな……。ま、それなら次の時にでも奢らせてくれ。それでいいか?」

「あ、はい……分かりました」


 どうやら自分の分を出してもらうのを忍びなく思ったヒナギさんが、カイルさんに遠慮を申し出ているようである。

 その辺りの気持ちは分からんでもないし、仮に俺でもそう言うだろう。

 一応アンリさんとのデートの時も同じようなこと言われたし、誰しも考えることに違いない。


 だが、ここのカイルさんの口がなんともやり手だなぁと思いまして……何気なく次のお誘いを臭わせるとか抜け目ない。

 非常にお上手と思ってしまった。


「お前、何かどんどん気落ちしてねーか?」

「気まずい様子も無く、余裕な対応見せられまくったらそら凹むわ。俺にはあんなの無理っス。学ぶ点が多すぎて参考にならん」

「いやいや、参考にしろよ。つーか偉そうに彼女の前で情けないこと言ってんじゃねーよ」


 さっきからずっと覗き見していて、自分がいかにショボいかを痛感し机に突っ伏す。

 女性の扱いとデートの心得をマスターしている人は、恋愛初心者の俺には高みの存在でしかない。

 真似をしろと言われてもすぐには勿論、俺には相当無理である。


「大丈夫ですよ! 先生が頑張ってくれてたのアタシ知ってますし。なによりその姿勢が一番嬉しかったから、大事なのはそういう部分だと思います」

「アンリさん……ありがとう」


 天の助けとはこのことを言うんだろうか?

 アンリさんが俺に対しお情けの言葉を投げかけてくれる。


 あぁ……心が救われるようだ。俺の彼女さんはなんてお優しい…。

 アンリさんの言葉は俺の心によく響く……


「……ま、今のは当時では出来てなかったって言ってるようなものだけどね」

「え? ちょっとセシルさん!? そういうこと言わないでくださいよ」


 チーン。ワタクシ完全終了のお知らせです。セシルさん、遠慮ない毒舌はやめてくれ。


 やはり、アンリさんと王都でデートをした当時は駄目だったようです。まぁ分かってはいたけど、今更ながらショックです。

 しかも結構自分なりに頑張ってその評価なんですからなおさらです。


「ハイハイ、取りあえず移動するぞ」

「ん、行こうか」

「ハイ。……先生? 行きますよ」

「……うん」


 アンリさんに手を引かれ、会計を手短に済まして後を追うのだった。




 ◆◆◆




 それからはひたすらに後を追いかけ、隠れ、事の顛末を見守り続けた。

 現在だとヒナギさんらは街の広間に備え付けられたベンチで、飲み物を片手に休憩がてら会話している最中であり、俺達もまた休憩に入ろうかというところである。


 ヒナギさんらが行く場所は俺がアンリさんとデートをした時と同じような巡りをしているが、質は段違いだ。

 俺達のが子供のデートであるならば、こちらは大人のデート。決してやらしいとかの意味ではなく、常に落ち着いていて静かに楽しむといった具合。




 今の所これと言って問題は特になく、セシルさん曰く極めて順調とのこと。

 まぁそれは見ていれば分かる。お似合いの男女が、笑い合って一緒にいるんだからそりゃそうだ。つまらん顔していれば誰だって成功していないと分かるからな。


 カイルさんの会話は常に弾んでいるのか、普通に話しているだけのように見えるのに、ヒナギさんの反応はなんとも楽しそうである。これなら今回のヒナギさんとカイルさんのデートは成功していると言えるだろう。




 ただ……少し違和感が一つだけあるように俺には見えたが。




 というのも、ヒナギさんがよく首を横に振る様になった気がしないでもないと、俺は思っていたりする。

 まるで何かを振り払うかのように首を振る回数が増えたのだ。髪が引っかかったり、変に乱れてしまったのを直すかのように、フルフルと小さくだが、俯いて首を振っているのが目に付いた。

 そして一瞬だが、その時だけヒナギさんは何故か暗い顔をするため、それがどうしても気がかりだったのだ。


 それがどうにも雰囲気と比べて不自然な気がしたのだが……考えすぎなのか?

 カイルさんはそれに対して不思議に思うこともないようで、特に心配する様子や疑問に思う素振りを見せていない。


 ふむぅ……なんなんだろうね? 分かんねーや。




 ひとまず、それは一度置いておくとしよう。まだ気になることはある。

 ……俺自身の事だ。


 さっきからやたらと俺の方も変な気がするんだよな。ちょっと胸にモヤモヤがあるような……というか間違いなくなんだが。


 一応このモヤモヤの見当は……ついてはいる。流石にそれが分からない程気持ちに疎くはないつもりだし、なにより自分のことだ。ヒナギさん達を見ていると無性に残念に思ってしまうということは、多分そうなんだと思う。











 俺……ヒナギさんの事心底姉ちゃんみたいだって思ってたみたいだ。病的な程に。

 今更だけど、ようやく確信したよ。











 でもそれはアンリさんに対して裏切りとも言える失礼極まりない感情だ。ヒナギさんは実の姉でもないし……やっぱ俺は最低な奴だ。

 内面がこれでは、『英雄』さんと変わりない。規模の大小で言えば比べると小さめとはいえ、その質はほぼ同じ……結局は一緒だ。

 そんな気持ちでアンリさんと恋人になったとなると…尚更最低だ。意外とヒナギさんに俺は依存してるっぽいな……。


 思った以上に、俺は独占欲が強かったのかもしれない。間違った方向で。

 ヒナギさんが取られてしまうと……身勝手にそう思ってしまってるのだ。ヒナギさんからしたらさぞかし迷惑なことだろう。




 俺が自分の中にある感情をどうしようもなく情けなく思っていると、セシルさんが俺の隣へと近寄って話し掛けてくる。

 どうやら何か言うことがあるようだが…


「……ツカサ、ヒナギとカイルを見て、今どう思う?」

「え? すごい雰囲気良さげだなって思うけど…」

「……そう」


 今の俺の心境を分かっているかのような質問にドキリとしながらも、なんとか抑えて答える。


「……あのさ、嫌だったりする?」

「え?」

「ヒナギがカイルとくっつくの……嫌?」


 な、なんだ一体……。


 俺の内面を見透かしたかのようなセシルさんの言葉に、口を噤んでしまう。

 仮に噤まなかったとしても、言える訳がない。




 シスコンでしたなんて……。正確には姉ではないけどさ。




 しかし…


「大丈夫、アンリには言わないから安心して。それに今は休憩してるからいないし。それで……どうなの?」


 セシルさんは質問を投げかける手を緩めてはくれない。

 確かに今アンリさん達はいない。いるのは俺とセシルさんの二人のみで、交代制で休憩しようという手筈になっているからである。




 ………言ってもいいか。どうせ最後だし…吹っ切れるきっかけになるかも。

 それに誰か一人くらいだったらそのこと伝えておいていいよな………あれ?




「嫌…かな。……ヒナギさんはさ、何か姉ちゃんみたいだなぁって思っててさ。ホラ、ヒナギさんって甲斐甲斐しく世話焼いてくれるでしょ? それに落ち着いてて慈愛に満ちてて頼れるし、なんというかさ……そんな風に思ってたんだよね。アンリさんとは違う何かがあるというか…」

「……」


 自分で自分のその思考に疑問を持ったまま、俺の口は勝手に心境を吐いていった。そしてそれを頷きながら黙って聞いてくれるセシルさん。

 俺の吐露はまだ止まらない。


「以前ヒナギさんからも弟が出来たみたいですって言われたことあるんだけど、それで一層強く、ヒナギさんのこと姉ちゃんみたいだなって思っちゃってたんだ俺は。ぶっちゃけ嬉しく思ってて……。だから……何か寂しいというか…ね」


 ヒナギさんはそんなに変わらない気がするとも思うが、確実に今までとは何かが変わる気がしちゃうんだよな……。

 今みたいな関係がなくなると思うと寂しい。


 ……てか何を言ってんだ俺は!? 暴露しすぎた!?

 でも口が止まらん…!?


「そっか……。じゃあ、もし自分の欲望のままに動けるなら……くっついて欲しくはないわけだ? 今までの状態を望むってこと?」

「欲望のままにって……言い方がキツイ気がするけど、まぁ俺の勝手な心情的にはそうなる……のかな?」


 欲望……ね。

 欲望と言えばまたお風呂に一緒に入れたらなぁ~なんて……アンリさんには悪いが。

 あ、勿論アンリさんとも入れたらそら最高ですけども。


 思い出したら顔が熱い。そして俺の息子も熱くなってきた。ヤバし。


 姉みたいに思ってはいても、あれだけ美人ならそんなやましい考えが浮かんでも仕方ないよな……。




 ……いやいやいやいや!? 仕方なくはねーよ!? これじゃ単なる浮気だよ!?

 本当に欲望に塗れてるわ。


 あれ? 俺どうしたんだろう……何かおかしい。自分を律しきれてないような…。いつも以上にできてない。


「あ、でもちゃんと役割はしっかり遂行するから安心してよ!?」

「ん、分かってる。分かってるから……内緒にしとくね今のは。ヒナギのことは大切に思ってるのが分かったから私はそれでいい」

「なんかそう言われると恥ずかしいし複雑だなぁ。いや、意味はちゃんと分かってるけど」

「……はぁ、ならいいんだけどね。……まぁ、今何考えてるかは聞かない方がいいよね? その顔だと…」

「うん……そうしてくれる? あとアンリさんには絶対言わないで、お願いします」


 やはり顔にまで出ていたようだ。

 セシルさんに悟られてしまい、アンリさんに言わないように懇願した。いや、せずにはいられなかった。


「言わないから平気だって。ただ……一つだけ言っとく」

「?」

「ツカサのその認識は全て今日壊れる。だから……それをちゃんと受け止めるんだよ?」


 ここで、セシルさんが真面目な顔つきで俺へとそう言ってくる。


 これはつまり、ヒナギさんとの関係は今日崩壊するけど、覚悟は良いか? っていう最後の確認だよな? だったら大丈夫だ。

 今更何言ってんのさセシルさんってば。


「……うん、大丈夫だよ。その覚悟はもう出来てる。すごい悲しいけど……俺にしか出来ないからこその大役だしね」

「……? 確かにツカサにしか出来ないけど、悲しいってどういうこと? ヒナギの事大切にしてるって今言ったよね?」

「へ? そらそうでしょ……。ヒナギさんが大切だからこそ悲しいに決まってるでしょ」

「???」


 俺の返答に対し、セシルさんが頭上で?マークを浮かべている様子になる。


 なんでだ? ヒナギさんとの関係が崩壊するんだからそら当然じゃね? 俺何か変な事言ってるか?


 セシルさんの様子を見た俺もまた、同様に頭に?マークを並べてしまった。

 すると…


「……受け止めないの?」

「……受け止めるけど?」


 なんだろう…話が噛み合っていない気がするんだが…。


「ここまできて意味の分からないことを……やっぱりツカサって変わってるね……いや、最早理解不能。単純に見える時が大半だけど、それと同じくらい意味不明なことも多い……」

「へ? いきなり何?」


 額に手を当てて盛大な溜息をつき、俺のことをそう称するセシルさん。

 顔が不機嫌そうかつ困った様子に変化していき、俺はそれに尻込みしてしまって言い返すことが出来なかった。


「何でもないよ…独り言。……あのさ、ツカサが何考えてるかよく分かんないけど、ツカサが思っているようなことには多分ならないから。悲しいとかあり得ないから」

「…どゆこと?」


 ますます意味が分からんのだが。


「ここまでくると一周回ってそのままでも良い気がしてきたよ。アレ(・・)ありきでこれとか救いようがないな…」


 俺の返答には答えず、ブツブツと何やら言っているセシルさんだが……何を言っているんだ?


「……本当に最悪の場合私がなんとかするから、そのままでいいやもう……。じゃあツカサ、これ飲んでおいて」


 セシルさんが半ば投げやりになった口調で、何やら懐から液体の入ったフラスコを取り出し、俺へと差し出してくる。

 液体は若干緑掛かっており、回復薬か何かと思ったのだが……


「? なにこの飲み物?」

「これは心を落ち着かせて冷静にさせる効能がある霊水。マムス大陸にある泉から湧き出てるものなんだけど、ヴァルダから以前貰ったの。私達が東に行っている間に旅行でそっち行ったらしくてさ……そのお土産だって」


 急な切り変えに戸惑いを覚えつつ、その霊水をよく見てみる。


 アイツそんなとこ行ってたのかよ。よくまぁ一ヵ月で行って帰ってこれたもんだ。

 移動距離どんだけあると思ってんだよ……流石ヴァルダって言えなくもないが。


「お土産にしては相当価値高そうなんだけど……」

「……まぁ私もそう思う。でもくれるって言うし、遠慮しないで貰っといたんだよ」

「へぇ……それで?」

「今回の計画は失敗できない。ツカサのその混乱と不安が失敗の原因になっても困るから、飲んでおいて。というか飲んで」


 念には念をですか…そうですか。

 しかも強制ですかい。


「あ、そういうことか。セシルさんすっごい準備いいね……シュトルムが抜け目ないって言ったの的を得てるよ」

「ん、褒め言葉として受け取っとく」

「でも貰っちゃっていいの? 価値高いんでしょ?」

「いいの。どうせ私飲まないだろうし、誰かのために使った方が良い使い道だろうから」


 う~ん……そういうことなら貰ってもいいの……かな? ちょっと遠慮したい所ではあるが。


 でもこれを飲んでおけば、最後の玉砕の役割の後押しは出来そうだし、成功率は上がると思われる。


 なら……貰っちゃおうか。さっきのことで頭混乱してるし、落ち着くんならこれで一回リセットして切り変えよう。


「そう……ありがとね。じゃあいただきます」

「ん」


 そして、俺はセシルさんからそのフラスコを受け取り、取りあえず一口飲んでみたのだが…


 あれ? この味はさっき喫茶店で飲んだ飲み物と少し似てるなぁ。こっちの方が濃い感じはするけど、まぁ似てるだけだよな。

 まさかお店で霊水が出てくるわけないし。

 こんな偶然あるんだな……珍しい。


 内心でそんなことを思いながら、ヒナギさんらの様子を飲みながら確認する姿勢を取る。

 ヒナギさん達はこれといって大きなアクションはない。楽しそうに会話をまだ続けているだけのようだ。




 さて……こっからどうなんのかね? 

 俺の出番もそろそろなのかな。

次回更新は水曜です。

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