181話 苦しみと安らぎ
◇◇◇
神様と出会った時の、不思議なあの空間。
『君が帰れる? アハハ! そんなの嘘に決まってるじゃない…一生無理よ!』
「っ!? 嘘だっ! そんなの絶対に…!」
その空間にいるのは俺と神様。
目の前にいる神様は、突然俺に当初とは違う発言をしてくる。
そして…それが信じられずに激昂する俺。
帰る手段は存在して、神様の言う用件を果たせば帰れると…アンタは言ったじゃないか!?
なのになんで…!
『アハハハハハハハハ…ハ…h……』
高笑いする神様の声が次第に小さくなって聞こえなくなり、そこで空間は暗転…場面は別の風景へと切り替わる。
そこは…ある墓前。住宅街の中にポツンとあるような墓場だ。
墓に刻まれる家名は…神代家。その墓前の前に立ち、俺は顔を俯かせてしまっている。
その容姿は俺が幼い時のもので、今の俺はそれを別の視点から見る形となっていた。
そして俯く当時の俺に対しどこからともなく声が聞こえ、その声を発した者達がスゥ…っと、その姿を表した。
それはとても懐かしく若い、俺の記憶と変わらない姿のままの…俺の家族だった。
「司…よくも俺達を見捨てたな?」
「全く…アンタなんて産まなきゃ良かったわ」
「なんでウチらが死ななきゃいけないの?」
「最低だわ。クズ以下だよ…お前が死ねば良かったのに…」
「あ…俺はそんなつもりじゃ…」
両親と、同じ血を受けた姉と弟からさえ、俺は罵詈雑言を浴びた。
それが受け入れられなくて、信じられなくて、当時の俺はただ首を振って否定を繰り返す。
目からは涙が大粒となって滲み出ては、頬を伝って地に落ちていく。その涙は決壊したように溢れ、すぐに号泣に変わってしまう。
だがそんなことは関係ないかのように…
『『『『『許さない。お前が死ねば良かった!』』』』』
4人同時に、俺へと言葉の凶器を言い放つ。
『死』という言葉が、強烈に俺を襲った。それは心を抉る様な鋭利さで、俺の幼い頃の心を容赦なく傷つけた。
それが原因で、当時の俺は耳を塞いで地面に伏してしまった。
もう、やめてくれ…。なんでそんなこと言うんだ…。
そんな時だった。
「先生…!」
大切な娘の声が…聞こえた気がした。
それと同時に、この世界は晴れて行ったんだ。
◆◆◆
「ハァッ! ハァッ! …うぁ……」
息を荒げて、ただ呼吸を激しく繰り返す。顔を片手で覆い、今の悪夢に耐える姿勢を無意識に取ってしまっていたようだ。
気が付けばそこは…現実であった。最近ではいつも目覚める時に見る風景…『安心の園』の一室だ。
そして俺の部屋である。
まただ…また悪夢か。
あの日以来、当時を思い出した日に限っては…毎回悪夢を見る。
皆がそんなことを思ってないって分かっているはずなのに…罪悪感から作られたモノがこうして俺の答弁をするかのように現れるのだ。
マジキッツイなぁ。大分慣れたもんだけどさ…。
体中にかいた汗が、それを物語る。
今着ている寝間着は既にびしょ濡れで、早くにでも着替えたいくらいだ。
身体の不快感を感じていると…
「先生! 大丈夫ですか?」
「あ、アンリ…さん? なんでココに…」
いつの間にか、心配そうな顔で俺の手をアンリさんが握っていてくれており、手が温もりに包まれている。そして額にはひんやりしたタオルが乗っていたようで、俺が体を起こしたことでズルリと落ちてしまった。
やはり、それなりにうなされていたようだ。
でもその前に…何故にアンリさんがここにいるんだ? 俺の部屋…だよな?
「先生が唸されてるってポポから聞いて…少しでも楽にしてあげられたらと思ったんです。…あの、駄目でしたか?」
俺がアンリさんに聞くよりも早く、アンリさんが察して教えてくれた。
顔に出てしまっていたようだ。
「ポポが? って、いやいや、そんなことないって……夢で少しアンリさんが出て来たから…効果あったと思う。ありがとうアンリさん」
「それなら良かったです…」
最後、アンリさんの声が確かに聞こえた。それで夢から目覚めたし、アンリさんのお蔭で解放されたのは確かだと思う。
にしても、心配を落ち着かせようと思ってたのに…俺が逆に落ち着かされてどうするんだ…。
ダメダメだな俺…。
「もう…大丈夫だから。偶に悪夢見るんだけど…いつもこんな感じだから気にしないで平気だから」
「そう…なんですか? でもなんで悪夢なんか…」
そこまで言われて…俺は押し黙った。
これは…出来れば言いたくないしな。
俺個人の問題で、ただトラウマになってしまっただけのものだから。
「…」
「あっ! 言いたくないことならいいですから!?」
「うん。ゴメンね…」
俺が無言でいると、アンリさんがそれを察してくれたようだ。
また気を使わせてしまった…。そんな自分を嫌に思いながら、もう大丈夫だということを伝えるが…
「俺はもう平気。今日は色々あってアンリさんも眠いだろうし……。…やっぱり…気になる?」
「……はい」
今の時刻はもう、日を越えて次の日になっている頃だろう。ジークと話した時で既に夜は耽っていたのだから、間違いなく。
外を見ればまだ真っ暗闇だ。ほぼ全ての人が就寝についていることだろう。
だが、どうやらそうもいかないようだ。
アンリさんが不安げな顔で、俺の手を握ったまま離さなかったのだ。それを見て俺はすぐに察した。
今日の…いや、昨日のアンリさん自身のことを不安に思っているのだと…。
「そうだよね…連中がいきなり血相変えて狙ってくるようになったんだから。気になるし…何より怖いのは当たり前だよな…」
「あれから…ずっと考えてたんです。何で狙われたんだろうって…。でも、全然心当たりがなくて」
その答えとなるかもしれない要素を…俺はジークから聞いている。
だが、それを今言うことは俺にはできなかった。
不安に不安を重ねるような真似をできる訳がない。
だから…
「…俺もなんでか全く分からない。…これさ、俺神様に聞いてみるよ。もしかしたら何か分かるかもしれないし」
「……分かりました。なら…分かるといいんですけど…」
神様を頼ることで、取りあえず安堵してもらおうと考えた。
…とは言っても、今はその神様すら怪しいんだけどな…。
事前に言っていたこととこっちの人の話で、随分と齟齬が目立ってるからな。信用していいか疑問だ…。
俺は…まさか利用されてるのか? でもなんで?
スキルをくれたのはただ単純に、俺にその役目を全うさせるための準備に過ぎなかったってことなのか?
その答えは直接会ってみないことには分かりそうもないが、今はその言葉が効果を発揮したようで、アンリさんは顔を上げてくれた。
ただ、まだ少しの不安があるように思えた。
俺はベッドに腰掛けるような状態へと姿勢を変え、アンリさんを手招きしてもっと近くへと寄ってもらった。
「…アンリさん、ちょっとこっち来て」
「? …キャッ!?」
ズイ…と、更に近くに寄ったアンリさんを捕まえ、俺の膝へと手繰り寄せた。そしてそのまま膝へと吸い込むように座らせ、手はお腹辺りに置いて抱きしめた。
なんというか…今はアンリさんに触れてあげたいと思ったのだ。
「…アンリさんってホント華奢だよね。俺小っちゃいけどすっぽり収まっちゃうし…」
「あ、あのあの先生? 急にどうし「怖いかもしれないけどさ、絶対守るから」…!」
アンリさんが俺の急な行動に慌てるが、俺はそんなことはお構いなしに話す。
自分の伝えたいことを、今はただ言っておきたかった。
「『ノヴァ』が狙ってきても、俺が絶対に守るから。今回は俺いてあげられなかったけど、もうそんなことがないようにするから……それじゃ駄目かな?」
改めて自分の行動の浅はかさを悔いた。
なんで俺はあの時もっとジークと話し合っておかなかったのか? これが最善の行動だったのか…と。
今となってはもう遅いが。…それでも思わずにはいられない。
「先生が守ってくれるなら…アタシはそれ以上の安心はないです」
そんな俺の自分に対する後悔を和らげてくれるのは…やはりアンリさんだ。
顔は見えないが声だけで分かる。もう驚いているのではなく…安堵してくれているのだと…。そして今は俺を勇気づけてくれているのだと…。
俺が抱きしめている手にそっと手を重ねては、優しく握ってくれた。それだけで、暗くなった俺の心が、晴れていくのを感じることができた。
「遠慮しないって決めましたし、先生もいつでもさっきのこと…アタシに言ってくれていいですから。アタシは…それを聞いてあげることはできますから…」
「…ありがとう」
一層強く、アンリさんを抱きしめる手を強めた。
それがどんな意味なのか…アンリさんに伝えるように…。
「先生…温かいですね」
「うん…ちょっと熱いくらいだけどね。でも…悪くないかな。…むしろ良い」
「…はい、アタシも…」
お互いの熱が高まっていくのを感じる。
あのデート以来、こうして甘え合うことはしていなかったため、この時がとても幸せを感じる。
だがそこで、俺はふと思いついた。
「…あ、俺今汗臭くない? 寝汗かいてると思うんだけど…」
「いえ、別に臭いませんし気にしないでください。いつも通り、先生の匂いですよ?」
忘れていたが今の俺は汗でびしょびしょだ。
正直…着替えてからこうするべきだったと内心慌ててしまったが、アンリさんには特に気にした様子は見られなかった。
う~ん…本当に? 男の体臭舐めちゃいかんぞよ?
あれかき始めはいいけど、その後悲惨なレベルにすぐに成長しますから。キャ〇ピーが蝶々になるくらい早いんですからね?
放っておくこともできず、取りあえずはアンリさんを離し、俺は速攻で服を着替えることにした。
アンリさんに裸を見られるのは若干恥ずかしさを感じたもんだが、さっきの抱きしめる行為はそれ以上に思えたため、比較するとまだマシに思えた。
「あの…先生」
「なに?」
着替え終わった後、2人してベッドに腰掛けて並ぶ。
すると、アンリさんがモジモジしながら何か話そうとしたのだが、その言葉がなんとも強烈で…
「今日…このまま一緒に寝ちゃ駄目ですか?」
「ぶっ! …う、え?」
俺が面食らっても仕方ないと言える。
むせかえりそうになるのをギリギリで我慢できたようなできなかったような、そんな曖昧なラインだったと思いながら、アンリさんをパチクリとした目で見てみるが…どうやら本気で言っているようである。
……マジで言ってんですかい?
「ああそのっ!? 決してやましいこととか考えてるわけじゃなくてっ!? ただ純粋に一緒にいたかったからなんですけど!」
「あ、そ、そういうことね…」
誰か私の顔を殴ってくれ。一瞬でもエロい考えをした自分を今すぐ殴りたい。
目の前の純粋な娘に対して失礼な考えをしてしまった。
だが…
「で、でもでもっ! 先生が良いならあの…アタシは別に…」
「…(グハッ!)」
そこでその追撃はキツすぎるんですが…。
襲いたくなっちゃうから言葉を選んでくれよ…。
顔を少々俯かせて言うアンリさんのその顔も反則で、俺の理性が今ゴリゴリと削られていく。
「先生、アタシ…先生の事大好きです。だから…」
アンリさんが顔をこちらに向け、吐息を直に感じる。その吐息は…熱をいつも以上に秘めているように思った。
そして更には熱っぽい視線まで向けられ、俺は…
「アンリさん…っ!」
結果、寝着くまでに相当な時間が必要となってしまったのは、まぁ仕方ない。
色々と…ね?
◆◆◆
翌日。
目が覚めると、俺の胸に押し当てられるように柔らかいものの感触が。…丸い凶器である。
まぁ、アンリさんである。神である。俺の彼女である。おっぱいである…ハイ。
昨日はお楽しみでしたね? って言われても、違う楽しみをしたので勘違いしないでいただきたい。
それは俺にとっての最後の一線だから…ありったけの理性を振り絞って堪えてやりましたとも。
いや~、嬉しいサービスなくてスンマセンねぇ…俺も残念ですよ…。
こんなこと誰に言っているかって? 画面の前の君に言っているのさ。俺の理性の強靭さ舐めんなよ? 見直したことか!
…とまぁ、何狂気めいた独り言言っているのかは置いておいて、断じてやましいことはなかった。それは俺の息子に誓って言える。
そういったやましい欲があったかどうかでいえば…当然あった。だって当たり前じゃん。
だが、不思議と我慢できないって程ではなかったし、何より一緒にいるだけで満たされるようなものがあったと感じている。
昨日一緒に寝たいなんてことを言いだした時は驚いたもんだが、やはりまだ不安だったのだろう。まだ地球でいうところの高校を卒業したようなものだからな。まだ大人になりかけの娘だ。
この娘がとんでもない魂を持っているなんて……にわかには信じがたい。
…ただ、この体勢なんとかならんかね? ずっとくっついていたいけど流石にアレがヤバいことになってますし…あふん。
密着しているため、当然朝なのも相まり俺のアレがアンリさんに当たっているのだ。…どこにかは言わんが。
これは非常に…そうだな…アレな状態だ。恥ずかしいし見せたくない状態ですね。
アレがアレな状態で、俺の思考はあ~れまって感じです、ハイ。でもこんなこと考えられるあたり、案外理性の余裕を保てているだけマシだとは思う。
朝から何変なことを考えてんでしょうね…ナニだけに…。
いやー困っちゃうよね生理現象には。俺の意思とは無関係に自己主張しちゃうからさー。
こんなこと考えてたら、アンリさんがおっきしちゃうよね…アハハハハッ。
「…(ジィ~~ッ)」
「すー……すー……」
ただジッと、アンリさんを俺は見つめる。
寝息をたて、俺の身体にくっついて寝るアンリさん……ホント可愛い。
特に無意識にしがみついてきてるのがキュンときちゃうわ…俺乙女じゃないけど。
しかもこの角度だと押し潰れた胸の形と、胸元から僅かに覗ける俺がプレゼントしたアルテマイトのペンダント…ではなく、実った女性の部分が私の熱をインフレーションさせて仕方がない。
でもそれから目が離せないんです…グスン。
…あげたペンダント? えぇい! 今はそれよりも大事なものがそこにあるんじゃい!
女性の胸は男のエデン。そして彼女の胸はヘブンだろうが! 見れるときに見ずしていつ見ると言うのだっ!
…ま、何が言いたいのかと言うと、サービスショットご馳走様ですってことです。
近年の女の子の発育には目を見張るものがありますなぁ…うむうむ。本当にご馳走になってしまわなければいいなとつくづく思う今日この頃である。
朝からもうお腹いっぱいですよワタクシ…。だからかアレは吐きそうな状態になってます…ぐぬぬ!
でも…
「…」
「…んん…」
アンリさんのほっぺをツンツンしてみる。…うん、柔らかくてスベスベで気持ちいい。化粧水もなしにこれは末恐ろしい。
次はアンリさんの髪を撫でてみる。…うん、サラサラできめ細かくて気持ちいい。赤い髪がまるで宝石のようだ。
その次はアンリさんの胸に……って!? それはやっちゃ駄目だ!?
アンリさんを色々確認していた俺だが、最終的には無意識にそちらの方面へと思考がチェンジしてしまう。しかし、ギリギリでなんとか踏みとどまることができた。
それに、触るたびに声を出すのがなんとも艶めかしくて、それが俺の理性の崩壊へと一歩一歩近づけさせる要因にもなっているようだ。
…あ、ゴメン。このままでは本当にアカンしイカン。我慢できなくなってまう。
起こそう。じゃないとアンリさんと俺の両方が危ない。
自らの危機を覚えた俺は、俺だけベッドから抜け出そうと脱出を試みるが、その僅かな動きでアンリさんは目を覚ましてしまった。
「うぅん………あ、おはよー…先生」
寝ぼけ眼を擦りながら、ポワポワした口調で話すアンリさん。寝起きだからだろうが、俺に対して敬語じゃないことに胸がドキリとしてしまった。
思えばアンリさんが敬語しか言わなくなってから随分と経つ。講師として招かれた当初はラフな感じに話してくれたが、ヴィンセントとの一件があってからそれ以降はずっと敬語だ。無性に懐かしい。
そして…
「…ハッ!? そ、そうだった…。昨日は先生と一緒に…」
「あ、変な事はしてないからね!? ホントに」
まだ目も覚め止まぬ中、なんとか昨日のことを思い出したアンリさんが一気に顔を紅潮ささせたのを見て、俺は両手を挙げて、変な事はしていないことを表明する。
…まぁ、見てはいたけどね。主に胸とか胸とか胸とか…。
「あ、はい…それは信じてますけど…… 」
聞こえてるんですが…。
やめてー! そんな魅力的な事をボソッって言わないでおくれ。
このままじゃ昨日の延長戦になってしまう。
俺は話を変えるため、今ふと思ったことを聞いてみた。
「ていうかアンリさん、もしかして…敬語って無理してた? 今素の面がチラッと出てたけど…」
「え…あっ! すみません…アタシつい…」
「いやいや、謝る必要ないって。初めて会った時のアンリさんみたいでなんか良かったし。敬語なんてなくても…それは嬉しいだけだからいいよ」
「そ、そうですか? でも…」
「いいよ、俺気にしないし…。それに俺はアンリさんの彼氏……だよ?」
「先生……っ…!」
俺が恐らく初めて彼氏だと面と向かって言ったことで、お互いに顔を赤くして少し黙り込んでしまった。
朝っぱらから甘ったるい発言は…少々飛ばしすぎたな…ヤバい。
「と、取りあえず…起きようか?」
このままでは危険と判断。俺は早急な離脱が最優先事項と考えた。
そして作戦を実行しようとするが…
「…まだ、早いですよ? もう少しこのままでいません?」
魅惑のボイスにより、異常発生を確認。
エラー。最優先事項を破棄します。
ベッドから出ようとする俺の服を掴んでは、アンリさんは俺をまた元の位置へと戻してくる。そして俺の胸に顔を埋めながら、アンリさんがそんなことを仰られやがりました。グハッ!
…えらい積極的ですネー。いやまぁ遠慮しないって言ってたけどさ…。
にしても、今回レベルが高すぎやしませんかね? 俺からしたら、受けたことはないけどSランクの依頼よりもクルものがあるんですけど…。しかも顔真っ赤にしながら言う台詞じゃないでしょうに。
とまぁ、そんな可愛い彼女の甘えを断ることもできず、俺はしばらくアンリさんとイチャイチャすることになった。
…ポポとナナがいなくて本当に助かったぜ。
※チョメチョメなことはしてないよ?
次回更新は月曜です。




