179話 セルベルティアの変わり様
◇◇◇
『勇者』が現れてからかれこれ1時間は経過した。
未だにセルベルティアの王城にいる俺は早くグランドルに帰りたい気持ちになりつつあったが、そうはさせてくれないセルベルティアの連中によって足止めを食らってしまい、思うように動けずにいる。
と言っても、さっきみたいな悪意に満ちた引き止めとか拘束ではないけど。手荒ではないからこそ、横暴に振る舞うことははばかれた。
「…であるからにして、宝剣の無くなった神殿には一通り事情を説明せねばなるまい。観光資源であり、この国のシンボルでもあったものが突然消えては騒ぎになっていることだろう。通達を回せ」
「ハッ! …すぐに人を回すのだ!」
「…次に陛下! 民衆にはどのような対応をしましょう? 先の宝剣が現れたことによる騒音で、既に王城近くで騒ぎになっております。『神鳥使い』殿を招いたことで元々人が集中してしまっていたことも影響して…相当な数に及んでいます」
「…民衆には私が直接説明する。すぐに私から事情説明があると伝えよ」
「かしこまりました」
問題事項に対し、王は次々に指示を出していく。事態収拾のために忙しなく動く王城内部は、まるで蜂の巣をつついたように慌ただしかった。
これくらいキビキビ動いているのを見てしまうと、普段から悠々とした暮らしをしているという偏見すら持てなくなるから、実際に見るのは重要だなと思った。
さてさて、忙しくなってまいりました。ですから邪魔者のお兄さんは退散しますね。
「…それじゃ、俺帰ってもいいですかね? 姫様との婚姻のくだりはなかったってことで」
「っ! お待ちくだされ! 数々の非礼…誠に申し訳ありませんでした…!」
帰ろうとすると、王がすぐさま反応して直々に深々と頭を下げてくる。
…ホント人が変わったようになったよな。対応に困るんだが…。
「あぁ、いや…もう別にいいんで。それでは「お待ちくださいっ!」……なんです?」
「我々に何かできることはないのですか!? 『勇者』殿の願いがそうである以上、カミシロ殿の手助けをせねばご意向に削ぐこととなってしまう!」
またこれだ。
俺が行こうとすると制止を掛けられ、これがさっきから何度も繰り返されている。
「とは言っても…急に協力してもらうにしてもしてもらいたいこととかないですしねぇ。取りあえず新たな体制に変わることに決まったみたいですし、そちらに専念した方が良いんじゃ…。というか今やること決まってませんでした?」
「それよりも優先すべきはまず『勇者』殿の願いを今度こそ叶えること! それが世界のためとなるならば、専念すべきはカミシロ殿…貴方様に協力することこそ第一です」
「えぇぇ………」
「あちゃ~こりゃ参ったね~」
なんつーか…別の意味で面倒になったな…。
ただまぁ、協力してくれる姿勢をせっかく見せてくれてるのは別にいいけどさ…。
結局、『勇者』から聞いた言葉で得られたことと言えば、新たな危機が迫っているかもしれないことと、俺が元の世界に帰るには役目を果たさなければならないということ…その2点だ。そんで貰ったものに宝剣があるということくらいか。
話を聞く前の時点でさえ分からんことが多かったというのに、新たに知った情報も詳しい話は一切されなかったとか痛すぎるだろ。
というのも、『勇者』は最後元の世界に帰れない云々の話をした後すぐに…
『どういうことだ!?』
『えっとね、それは……あ………』
『『ちょっ!?』』
『消えちゃった…』
『勇者殿ォオオオオッ!?』
そう、俺が咄嗟に聞き返したものの、最後話してる途中で消えやがったからである。
詳しくは直接体験、もしくはwebで! ですか、そうですか…。
でもこの世界ネット環境ないんですけどねー。あるのは魔力に満ちた環境だけですよ…私の悩みは増えるばっかりっスね。
でもこれはあれか? 俺はおちょくられてんのか? それともくだらない茶目っ気なのか?
なんにせよざけんじゃねーって感じだ。
「何か…何かありませんか? 我らにできることであればいくらでも協力致しましょう!」
う~ん…それならアレお願いしとくか?
「なら…一つだけお願いがあります」
「! なんでしょうか!?」
俺が頼みがあると言うとすぐに、王が顔つきを変えてくる。
まるで待ち望んだものを待っていた子供のような反応に、俺はある意味狂気を感じたが。
「俺は今、『ノヴァ』っていう組織を探しています。この組織を調査して神に報告をしなければならないのですが…」
「なんと…」
「まだ現時点で分かってることは少ないですが…一つだけ分かっていることがあります。それは…『ノヴァ』は強い人物を中心に命を狙っているということです。強い人物がどの層に当てはまるかは憶測ですが…冒険者ランク基準でAランク以上の人を対象としているようです」
ジークから聞いたから憶測などではなく事実だが、あえて憶測と言った。
それと魂と言わないのは、要らぬ不安を覚えさせてパニックになってしまっても困るからであって、他意はない。
「ですから…全世界に伝達をして欲しいのです。冒険者だけでなく、強い者は警戒するようにと…。一人になるのではなく、出来れば徒党を組んで動くように。…じゃなきゃすぐに餌食になるでしょうし」
「それ程の組織ということでしょうか…?」
「正直、Sランクの人ですら時間稼ぎが良い所でしょう。それ程の相手です」
急にそんなこと言われても、信じらんないよなぁ…。現実味ないし。
でもジークから聞いたところによると、執行者達はSランクを凌ぐ強さを持つ人物が大半を占めるようだ。仮にそうじゃない人物だとしても、異常な能力を保有しているか技術を持っているかだそうで、とにかく普通ではないのは間違いない。
この世界では太刀打ちもできないような人物が集まった集団。連中が本気になれば犠牲者は数え切れないほど出てしまうだろう。
…だが、何故1000年もの期間の間に強い者を全て狙わないのかは疑問だ。例え異世界人のような力を持つ人物がいたとしても、それくらいは簡単にやってきそうなところだが…。
この辺りは分からない。
「俺が元の世界に帰る前に、コイツらは出来る限りなんとかします。だから、できるだけ被害を減らすためにもお願いできませんかね?」
まぁ…もしそれが仮に世界の危機で、どのみちやらなきゃいけないというなら好都合だしな。『勇者』の言葉を信じるならだが。
俺の頼みに王は…
「分かりました。我が国の力で全世界へと通達し、呼びかけをおこないましょう…!」
「…お願いします」
「それなら俺達も協力させてもらうぜ。今の話が本当なら、俺達もできることはある」
「…あ、ファンキーお兄さん…」
王が了承すると、それに割って入り協力を名乗り出るファンキーお兄さん。
「オイなんだその呼び方は……まぁいいか。…勿論陛下からギルドに伝えるのもいいが、あのギルド上層部の重い腰を上げさせるには足りねぇかもしれねー。坊主からしたら大したことはないが、一応俺達も顔が効くからよ、手伝えるぜ」
俺がファンキーお兄さんって言ってることに不満気だけど、俺を坊主って言ってるからおあいこですね。
「良いんですか?」
「良いもなにも…俺達の所属してる組織に被害が出るかもしんねーなら当然だろう? 本業はそっちだし、第一ギルドには俺の知り合いや仲間だって大勢いんだ。見過ごせねーよ」
…え? 意外にも情に厚い人だったのか?
陰険な性格してないのかよ…こりゃ勘違いすみませぬ。
内心でファンキーお兄さんの評価を改めていると、更に…
「まぁ…そうであろうな」
「私達が動くことで被害を防げるならば、しない理由はない」
立て続けに集まる…トライデントだっけか? そのお三方。
「だよな。だから坊主…俺達も協力させてもらうぜ。俺はスクラウド。『千変』の二つ名持ちだ」
「己の名はゼルクドと申す。二つ名は『重撃』」
「私はリヤードと言う。『魔射』という二つ名を貰っている」
「あ…どうも」
…ってことは、この人たちはAランク以上なのか。二つ名持ちだから多分間違いない。
でも急に挨拶されてもねぇ…物覚え悪いからすぐには覚えらんないんだよなぁ…。
「えっと…じゃあ王と連携して動いてもらえますか? その方が良さげな気がするので…」
「任せろ」
「…」
…何だろう。今の状態ならなんでも言うこと聞かせられる気がしてならないんだが…。
「…それじゃ「「ぐえっ!?」」よろしく!」
「あ! オイッ!?」
すぐさま、通常サイズになったポポとナナを鷲掴みしてフードに放り投げ、俺は逃げるようにその場を飛び出した。
ポポとナナの苦しそうな声に内心謝りつつ、ただ急いで動く。
…だってこれ以上は面倒なんだもん。
それに急に態度変えてこられて内心怖いんですけどっ! 何…この世界怖っ! 今改めてそう思ったわ。
最後にチラッと姫様を見ると小さく頷くのが目に入り、俺もそこで手筈を思い出してお互いに小さく頷き合う形になった。
手筈通りにするべく、俺はポポとナナを伴って、あの宝剣がぶち抜いた穴から外へと出ていく。
随分と豪快にぶち壊してくれたおかげで通る分には全く問題はない。3人くらいは並んで通れるくらいの大きさはある程だ。
そしてそれについてくる一振りの剣…宝剣も一緒に。
こんな厳かなモンを持っていくとか嫌だったので宝剣は放置しようと考えたが、なんということか一緒についてこようとする反応を最初からしてくるので、仕方なくだ。
俺の意思とは無関係な反応をする宝剣を見て、王達もこりゃ引き止めるのは無理そうだと判断したらしく、俺に宝剣を託すことにしたようだ。ちくしょうめ。
俺がこの場を離れる姿を視界に入れたこの場の者達が、あと一歩で外へと出ていける状態になったことで声を上げるが無視する。
そして俺はそれを背に、この広間から出たのだった。
あぁ…やっとグランドルに戻れる。さっさと帰って休みたい……ところではあるが、まだやることがある。
俺は外に出てグランドルへと帰るのではなく、一昨日と昨日で俺達の作戦本部と化した姫様の部屋へと直行した。
◆◆◆
「ツカサ様。遅くなり申し訳ありません」
「あ、終わったんですね?」
「お疲れ~」
姫様の部屋で泥棒の気分で静かにジッと待っていると、姫様とランバルトさんが部屋へと戻ってくる。
ナナが労いの言葉を偉そうにも掛け、事態が少し収まったのだと俺は思った。
「まず…感謝を。此度の件、ワタクシの我がままに付き合ってくださったことを深く感謝いたします」
「協力関係なのですから当然でしょう? 頭下げないでくださいよ」
「ふふっ…そうでしたわね。ただ、色々予想外のことで計画通りにはいきませんでしたが、上手く事を済ませることができてなによりでしたわ」
「そうですね」
ま、計画なんて全て思い通りに行く方が難しいんだ。結果が変わらないのであればそう問題はないだろう。
お互いに納得のいく結果に終わってなによりだし、姫様も満足気だ。
その満足気な顔の真実を知らないランバルトさんは、今何を思って姫様を微笑まし気に見ているのだろうか…。
その表情が驚愕に変わる瞬間を是非とも見てみたいもんだ。
「ランバルトさん。あの…大丈夫でしたか…アレ」
「あの突風のことですか? でしたら平気ですよ…事前に知っていましたから。怪我もありません」
ポポがランバルトさんに『烈風』をぶつけてしまったことを心配するが、どうやら大事ないそうだ。
一応事前に伝えていたから、ランバルトさんだけ普通に耐えてたしな…。
「なら良かったです。一応覚醒前でしたので、ちょっと強めにやっちゃったものでつい…」
「あれでちょっとですか……覚醒後はどれほどの威力になっていたのですか?」
「え? 本気出したらあの広間なんて無くなっちゃいます…言わせないでくださいよ~」
…ポポが何気なく言う姿に、ランバルトさんの顔が引きつった。
もし俺達に悪意しかなかったのなら、恐らく今の自分はいないとか思ってるんだろう。それなら恐怖を感じても仕方ない。
ただ、私は広間が無くなる程度で済めば良い方だと思いますけどねー。
覚醒ってのは伊達じゃないんですよ…。
そこに、姫様が俺の新しい相棒に気づいた…というか気づかない方が難しいが、それを指摘してくる。
さっきから俺の後ろで自己主張だけ無駄に激しいそれも、姫様の視線に気づいたように動き出す。
「…やはり、宝剣に認められたのですね?」
「みたいですね。ずっと追っかけてくるんですよ…これ。邪魔なんですけどなんとかなりません?」
俺が邪魔と言うと、まるで落ち込んだかのように急に光を収め、オヨヨ…といった表現が正しい様子になる宝剣。
この無駄に感情を持ってますアピールが、コイツには人のような感情があるのだと改めて認識させて来る。
「さぁ? ですが随分と目立ちますわね…『アイテムボックス』には入らないのですか?」
案外姫様も酷いようで、宝剣の態度なぞ知ったことではないように俺と話を進めていく。
その遠慮のなさが今は助かった。
「入れようと思っても弾かれるので…やはり無理みたいです。所有権がどうのと言っていたので、精霊王に直接会いにでも行かない限り無理っぽいですね」
「精霊王ですか…どこにいらっしゃるのでしょうね? この世界にいるという話は聞きますが、どの大陸にいるかといった話は聞いたこともありません」
「そういえばハルとか言ってましたよね、『勇者』さんは」
「精霊王にも名前があるということなのでしょうね。その名前すら歴史に残ってはいませんが」
姫様の部屋で祝勝会ではないが、それに似たような気持ちで、皆で先程のやり取りについて確認しつつ会話をしていく。
その流れで簡単な今後の話し合いをした後、俺は今度こそグランドルへと帰還することになったのだった。
ただ帰る間際に、私の気の利いたサービスがありましたがね。
◆◆◆
「ランバルトさん。姫様を…ちゃんと見てあげてくださいね?」
「ツカサ様!?」
「? それは勿論。これからも姫様のお傍で力になりますが…」
チッチッチ、そうじゃないのよ。これだから鈍感な人は困るぜ…超困るぜ。
姫様…余計なことは言わんでよろしと思っているみたいだけど、この人見てると中々難しそうだからせめてもの手伝いはさせてくださいよ。じゃないと大変そうだし。
「そーそー、もっと違う視点から見てあげてねー」
「もっと姫様個人を理解してあげるようにしてあげてください」
「ポポさんとナナさんまで!? もうっ! 大丈夫ですわ!」
ポポとナナまで俺の後押しをしたことで、姫様は顔を赤くして反論してくる。
その姿が今まで見た姫様の姿の中で一番可愛らしく映ったので、やっぱり恋心ってのは人を美しくするんだなと思った。
ふむふむ…。俺も姫様に感化されてこんなことを思うようになってしまったのかもしれない。
でもまぁ…悪くはないっスね。
命短し恋せよ乙女って言うし…早く成就するといいね姫様や。
「取りあえず、波風が立つ心配はなさそうですけど…その辺りはよろしくお願いしますよ?」
「お任せください。…それと別件ですが、こちらをどうぞ」
「…なんです?」
姫様から手渡されたのは、丸くて透明度の非常に高い…水色の珠。
それを受け取り眺めまわしてみるも、特にそれといった特徴はない。光が反射してとても綺麗に映るだけだ。
すると…
「報酬ですわ。と言っても…換金できるような所は数えるくらいしかありませんけど…」
「報酬…? ってちょっ!?」
「…え゛。それってめっちゃ高いってこと?」
報酬を何故貰ったのかも疑問だが、その前の言葉にビックリした。
換金できるところが数えるくらい…だと…? なんてモノを…。
「そうですわね。この世に二つとない価値があるでしょう。我が王家に伝わる宝珠ですから。それをツカサ様に差し上げます。どうか…大事にしてくださいね? ふふっ♪ 受け取って貰えて何よりです」
「(つ、詰んだ…!)」
小悪魔な笑みを浮かべる姫様とは対照的に、俺は引きつった顔を堪えるのが大変だった。
あぁそういうことかい、最後の最後でしてやられたなこりゃ…。
せっかく知り合ったのに、みすみす見逃す…というより、もう関わらないというのは惜しいからな。異世界人ともなればそりゃそうか…。
だがまぁ…それくらいは俺も了承してやりますよ。恐らく姫様は何か国にあった時に、力を貸して欲しい考えなのだろう。今後セルベルティアが変わるとはいっても、問題やら出てくることだろうし、使えそうなカードを確保しておくことは容易に想像がつく。
ギルドマスターが以前俺に言っていたように、俺が周囲へ与える影響は、俺の意思とは無関係に大きいのだから。
今回の作戦で協力関係を固くなに主張してきたのも、もしかしたらこれを狙ってのことだったのかもな…。持ちつ持たれつ…対等な両者と言う意味で。
姫様は一方的な関係は嫌いなようだし、けじめとしてここまで持ってきたに違いない。
ホントイイ性格してるよ…姫様。こんなの売れないし、万が一売ったとしてもすぐに足がついてしまうから、ずっと俺が持っているしかないじゃないか。
返したいところだが、返品の受け付けは終了しましたと言わんばかりに手を後ろに回す姫様を見て、俺は諦めた。
ランバルトさんも苦笑いでそれを見ており、姫様の抜け目のなさはもう誰にも止められなさそうだ。
そして、宝珠は『アイテムボックス』に収納し大切に扱うことに決め、今度こそ俺はグランドルへと戻った。
だがそこでも俺の予想を超えた出来事が起こっていたことに衝撃を受け、俺はさらに頭を悩ませることになるのだった。
結構ざっくりした内容ですが、仕様です。
ダラダラ長引きそうだったので…。
次回更新は火曜です。




