178話 VS『夜叉』③(別視点)
◇◇◇
何かを抉るような音と風を切る音が、立て続けに起こり続けている。常人ならば微かに捉えられれば十分な速度で動き回り、その速度を一切の衰えも見せずに継続し続けて『黒傀儡』を屠り続けている者が原因だ。
ジークである。
「邪魔だオラァアアアッ!!!」
ジークは両手に持った、今は剣形態の青白い武器の一振りで、3体の『黒傀儡』を斬り刻んでいく。
そして連撃を他の傀儡達へと次々に繰り返し、蠅を潰すように忙しなく対処していた。
この青白い武器は『刃器一体』の効果で作ったものであり、武器と一体化するが如く、自らの魂を武器へと変えて扱えるというものだ。
『刃器一体』は他に武器の収納ができるといった二つの特性を合わせ持つ、激レアスキルに分類される程に珍しいスキルなのである。
作る武器は魂が強いほどに、そして本人の個性を表した強力な武器となりうるが、ジークの持つ魂は異常な強さを誇っている。そのため、この青白い武器は尋常ではない性能を発揮しているのだ。
…が、性能などなくとも、ジークの元々の身体能力だけで事足りたりはする。
「(マジで全ての『夜』を使ってきやがったか…どんだけだ。無駄に時間だけ掛かる…!)」
『夜叉』が使った未知の技に閉じ込められたこと、そのことに悪態をつく。
今はこの作り出された空間の破壊も『黒傀儡』を屠るのと並行して何度も行っているジークだが、何度空間を壊しても依然解放されぬことに、『夜叉』の言った『夜』を全て使うということが本当だったのだと驚いていた。
『夜叉』が持つ力は『夜』。これは『夜』に起こりうる、日没による暗闇と性質を操るというもので、今のこの暗闇の空間はその力により作られている。
『夜』はスキルを越えた特別な力であり、その力を持つ者はリベルアークにおいて『夜叉』以外に存在しない。
それは他の者にも当てはまり、『執行者』はその特別な力をそれぞれが持っている…常識を超えた存在なのだ。
ジークは『ノヴァ』からその絶大な力を見込まれて途中から加入しただけで、ジークの持つスキルは別に珍しくはあれど特別というわけではない。
「…っ! この感じ…まさかセシルか!? ちっ…あの馬鹿…!」
抵抗する最中、僅かにだが異質な気配を感じとったジーク。
別の空間に飛ばされてはいても実際の距離は離れてはいないため、セシルの異変に気が付いたようだ。
「(だがそれ以上の馬鹿は俺だ…完全に油断した…!)」
セシルに対し暴言を吐きながらもその顔には後悔の念が現れており、自身を一番責めている様子だ。
というのも、ジークが1人で行動しているなら別に今の状況は何とも思うことはない。ただいつもと同じように、自分のルールに則って全てを壊すだけで良いからだ。
だが、ツカサと出会い、アンリ達を始めとする…常に自分と共にいる者を持ったことで、ジークの内面は変わりつつあった。
ジークは口では仲間ではないと言っているが、その心の奥底では仲間だと思うようになってしまっているのだ。今までその強さを持っていたことで仲間と言う者を作る意味を見出せずにいたジークは、一般に比べて思いやりという要素が欠けていた。それが、司達と接する内に僅かに芽生え始めてきており、内心困惑していたのだ。
その感情の正体が自分の持つ知識を頼りに少し理解はしていたが、それが自分にとってはあり得ないし、なによりむず痒さを感じることだったため、素直に受け入れることができていなかった。
だから今、仲間が危機に陥ったことで、そしてそれを自分の油断が招いてしまったことに非常に苛立ちを覚えており、さらにはセシルが『天使』だということを自ら晒す結果にしてしまったため、申し訳なさを感じていたのである。
ジークは始めセシルに会った時に、セシルの種族が人ではないと知っていた。司と戦いにギルドに出向いた時に言った『変わった奴が2人も』というのは、セシルとアンリに対して放った言葉で司は含まれていなかったのだ。
当時のジークにとって司は絶対に自分を満足させてくれる面白い奴という認識だったため、『変わった』という表現は少々誤りである。
ジークの脳内では、色々な感情がいつも以上に渦巻いている。
ここまでのことを仕出かすくらいのため、『夜叉』がまだ何か奥の手を隠し持っているのかも分からない。司がセルベルティアの件で忙しなかったこともあり、その余計な不安にならないように『夜叉』のことは黙っていた配慮が、悪い結果になってしまった。
司に変わって皆の命を預かっている以上、『ノヴァ』から守る役目は絶対に遂行せねばならない。
随分と手遅れになったがジークは…
『…(1本…いや、3本だな。出し惜しみしちゃいけねぇ気がする)』
内に秘める力を解放するため、あるスキルを発動させる。
「『グロウアビリティ』」
ジークがそう口にすると、ジークの持つ全スキルの性能が通常の数段跳ね上がり、強化された。
外見に変化はなくともそれは確かで、先程までのジークと今の状態とでは最早レベルが違う。
『グロウアビリティ』は、多大な魔力と引き換えに使用者が持つスキルの性能を上昇させるスキル技である。性能の引き上げは3段階まで存在し、最大まで開放をすればするほどに魔力の消費は倍々に増加するが、それと引き換えに別次元のスキルの恩恵を得られることが可能だ。
司と本気の戦いをした時もこれは使用しており、その時の解放段階は最大の3。ジークの『刃器一体』が途中で発動しなくなったのは、魔力の限界がそれによって早まってしまっていたためだったりする。
『グロウアビリティ』を使用せねばまともに戦えない程に司の戦闘能力は高く、それゆえに、3日に一度早朝に司と戦う時は『グロウアビリティ』の使用は控えているため、未だに一度も勝てていないのが現状である。
流石チートなスキルを神から貰っているだけのことはある。
…が、例え使わずとも元々の身体能力が司と同レベルに高いため、使用する機会事体は少なかったりするスキル技なのが実情だ。
「(…ツカサと戦う時の状態まで昇華して、最高威力の『ゼロ・インパクト』で一気にぶっ壊す!)」
この空間を破壊するための準備は整った。
『ゼロ・インパクト』は絶大な威力を誇る攻撃系最強クラスのスキル技であるが、使用に伴い代償は存在する。強力すぎるスキルには代償が必要となるものがあり、大半が自らの身体に影響を脅ぼすものが多い。
『ゼロ・インパクト』の代償は、自らの命を僅かに縮めること。正確には自身の命を前借りし、その寿命分の時間を発動のためのエネルギーにするのだ。そのため、魔力が底をついた状態でも司に対して2度も放つことができたわけである。
有限な魔力を、有限である寿命を犠牲に発動するというのは、なんとも皮肉なことである。本来であれば今を生きるために使う力が、結果的には自分の生きるはずだった分の人生を縮めるのだから…。
「『ゼロ…インパクト』っ!!!』」
ジークが拳を引いて力を溜め…そして臨界に達した力を放出する。
打ち出された『ゼロ・インパクト』の余波で、『黒傀儡』はそれだけで消し飛んでいく。まるで全身を引き剥がされていくように、衝撃の本流にその身体を粒子へと変えて乗せていき、消えていった。
だがジークの本命はこの空間そのもので、『黒傀儡』らの撃破ではない。
狙い通り、闇の空間がひび割れたような音を延々響かせ、『ゼロ・インパクト』による破壊が効いていることを示す。
そして最後、そのひび割れた音は聞こえなくなったかと思うと、闇が晴れて空間が光を取り戻していく。それ見たジークはようやく空間から抜け出せたのだと思い、その晴れた部分にいち早く跳び上がり、雄たけびに似た大声を張り上げた。
◇◇◇
張り詰めた空気の中、セシルと『夜叉』は睨み合う。
その空気を物ともせずに、先に『夜叉』がセシルに仕掛けようとするも…
『一瞬で終わらせる? だったらやって……っ…!』
「…なんか言った?」
『夜叉』が最後まで言い終わるのを待たず、セシルはその場から一歩も動かずに、この空間にいた『黒傀儡』達を一体残らずに光の檻…結界で一瞬にして閉じ込めた。
そして結界は発光した後、その中にいた『黒傀儡』たちを瞬く間に消滅させた。
あまりにも一瞬の出来事。あれほど苦戦していたはずの『黒傀儡』達を、虫けらのように相手にすることができている。
「魔法なのか…今のは…?」
これは魔法でもなく、異質な力。天使としての特別な力であったようだ。
勿論シュトルムにもそれが何なのか分からなかったようで、目の前の出来事にただ驚いている。セシルのすぐそばで見ていたアンリにも、何をしたのかすら検討もつかない様子だった。
そしてそれは『夜叉』に対してもだったようだ。
『こ、これは…想像以上ね…』
予想以上の力をセシルが持つことに、『夜叉』は驚きと喜びを噛みしめるように言う。
「なに…驚いてるの? この程度の『傀儡』しか使役できないのによく仕掛けて来たね? …ツカサとジークがいなくても私だけで事足りる。たかが分身の雑魚に用はない…消えてよ。いずれ…私が直接本体のアンタを潰しに行くからさ」
『っ…!(天使の魂…これは是非とも回収したいところだわ…! 極上にも程がある)』
その言葉に嘘偽りがないのは今のを見れば十分に分かる。
翼をはためかせながらのセシルの言葉に、『夜叉』は内心でセシルもターゲットに問答無用で入れるべきだと考えた。
セシルが弓を構えいつでも『夜叉』を射抜ける状態になると、放とうとしている弓に力が集中していく。
それは魔力が可視化できる程に圧縮されたもので、その矢の一撃の威力は計り知れない程だ。
しかし…
『そうね…楽しみに待ってるわ。でも……』
「っ…?」
ここで、今まで張っていた戦闘の空気は突然ナリを潜めた。
『夜叉』がため息を吐いて手に持っていた大太刀を消し、戦闘態勢を崩し始めたからだ。
そして…
『…時間切れね』
「え?」
その言葉と同時だった。
突然ガラスが壊れるような音と共に、この空間が頭上から崩壊したのである。
そして変わっていく風景と…同時に空から聞こえる頼もしい仲間の声…
「おらあああっ! 全部ぶっ壊してやったぞ『夜叉』ああぁぁあっ! お前ら無事だっただろうなぁっ?」
「「「ジーク(様)!」」」
「………」
上から降下してくるジークが皆の目に映る。
ジークはそのまま地に降りるとすぐさま戦闘態勢を取り、『夜叉』へと今にも攻撃を仕掛けんばかりの目つきで睨み始めた。
『あらあら…やっぱり『夕闇の園』だけだと無理があるわね。ざ~んねん、全然足りなかったか…』
「マジで全部投入しやがって…そこまでするってことはやっぱり、何かあるんだなっ?」
『教える義理はないわ』
ジークの問いには一切答えてはくれない。
既に『夜叉』が形成していたはずの空間はどこにもなく、空には太陽が、地には土と青々とした緑の生える草原が。先程までいた闇の空間は元通りの場所に完全に帰っていく。
『はぁ…まったく化物ねホントに…。分かってたこととはいえ、こんなに早く出てこられるとショックよ』
「うるせー。万策尽きたお前にはもう何もできやしねぇんだろ? それとも…まだ何か隠し持ってんのか? だったらいいぜ? どっからでも掛かって来いよ、全部一瞬でぶっ壊してやる」
「もうないっての…」
ジークが今完全な戦闘態勢だということを察した『夜叉』には、既に戦うという意思はないようだった。さらにもう手の内のカードは全て切られているため、何もできることがないようだ。
「ヘッ、なら手持ちの『夜』がなくなって、今は昼。本来夜にしか戦えねー分身のお前には、もう何もできねーよなぁっ?」
『…ハイハイ。その通りよ。もう帰るわよ言われなくても』
『夜叉』の足元から闇が溢れようとしていたが、それはある言葉で一時中断される。
先程通信で聞いていた…『勇者』の声で。
『…異世界人は、ただこの世界の魔力を補充するためだけにこの世界に来るんじゃない。貰ったスキルに応じて必ず…何かしらの役目を持っている。そしてそれが果たされるまでは………元の世界に帰れない』
通信石から僅かにだが、『勇者』の言葉が聞こえてきたのだ。
あの空間から解放されたことで通信もまた正常に戻り聞こえるようになったようで、先程までは目の前のことに精一杯だったため、通信に意識を向けることができていなかったから気づけなかったらしい。
それに納得したように…
『…あぁ…なるほど、『神鳥使い』はアタシ達の最後の障害となる存在だったわけね。良いこと知れた……やっぱり来て良かったわ。それじゃね…』
「あっ!?」
一人で納得し、早々にその場から闇ごと消えてしまう『夜叉』。
「…ケッ! ウザったい女だ。ったく…」
「去っていったのでしょうか…」
この場には今の戦いで傷ついた者達が取り残され、数秒した後、皆張り詰めていた空気から解放されたことに安堵した。危機は…去ったのだと。
…が、残ってしまった謎が多いことに戸惑いつつもあった。
「あの人…アタシのことを言ってたのかな…? けどなんで…」
アンリは自分が狙われた理由を必死に考えるが、心当たりがまるでなかった。
そもそも初対面の相手だし、別段強いというわけでもないのだ。
「それなのですが…どうされたのでしょうあの人は? アンリ様を見て仰っていたように見えましたが…」
「…俺も詳しくは分からねぇ。だが、これだけはハッキリと分かる。悪ぃ…アンリ。お前はもう普通の生活は出来ねぇ。アイツらに目を付けられちまったからなぁ…。そして…セシルも…。お前やっぱりその姿……バレちったのか…」
バツの悪そうな顔でジークがアンリに謝り、そして…セシルを見る。
セシルは怒りの感情はもう抱いてはいないようだったが、普段とは随分違く…その顔は無と評してもいい表情であった。
顔から…何も感情を感じられないのだ。
これは天使だと知られてしまったことが影響だと思われる。
それほどに、セシルが正体を隠していたことと関係性が深かったことは容易に想像がつく。
「…やっぱり知ってたんだね。なら、もう黙ってなくていいよジーク。もう隠す理由もない…もう効力は意味をなさないから…」
「っ………済まねぇ…」
皆の心境は…複雑すぎた。
『夜叉』戦はこれで終了です。
次回更新は土曜です。




