176話 VS『夜叉』①(別視点)
誰よりも早く動き出したのは、意外なことにシュトルムであった。
「力を貸してくれお前ら! 魔力はやるから俺に纏わりつけ!」
シュトルムがそう大声で叫ぶと、シュトルムの身体に赤・青・緑・茶色の4色の光が灯る。
これはシュトルムが使役する精霊達そのものであり、術者に呼応した結果である。
普段ならば、精霊のスキルがバレてしまう危険性があるから絶対に使わない技法。だがそれでも、シュトルムはその技法を使う決断を今ここでした。
それはつまり、そうせざるを得ない状況だと判断したということだ。それだけする必要のある人物が目の前にいると…シュトルムは感じたのだろう。
その姿を見た『夜叉』は…
『! 精霊…? それは随分と面白いスキルを持ってるじゃない。知らなかったわ』
「なんだ…お前さんも見えてんのか?」
ただ、精霊の姿を見ること自体は誰でもできるわけではない。通常であればシュトルムの持つような特別なスキルが必要となるはずで、アンリ達はシュトルムの身体が光っていることにすら気付けていない。
それにも関わらず、迷わず精霊と答えた『夜叉』は、精霊を見ることができるとシュトルムは思ったための発言である。
『ま、これはアタシの力じゃないけどね。…ただアンタ…光と闇だけはまだ無理みたいね。でも、大したものよそれでも』
「お褒めに預かりそりゃ光栄…だっ!」
『夜叉』に言葉を返しつつ、シュトルムがまずは上に向かって『ファイアーボール』を複数放つ。そしてそれを空に浮遊させ、この暗闇で覆われた空間を照らす光源としたようだ。
開戦の合図を示す目的もあっただろうが、攻撃を開始するよりも前に、この暗くて不安定な状況をまずは安定させることを優先させたようだ。
『なっ!? はぁっ!? なんで…!』
「ん、チャンス『っ!?』……惜しい」
『夜叉』がシュトルムの行動に一気に慌て、一瞬できた隙をセシルは見逃さずに弓矢で攻撃する。
…が、それは『夜叉』が上体を逸らすことでドレスを掠める程度に終わってしまう。
少々の油断程度では『夜叉』には有効打を与えられない程に、身体能力はやはり高いようだ。
『ちょっとぉ、横やりやめてくれる? ちょっと当たっちゃったじゃない』
「うるさい、よそ見してるのが悪い。今は戦闘中……油断は命取りだよ」
セシルに攻撃されたことで苛立ちを募らせるが、セシルはその態度を一蹴する。
ただ、内心では弓矢を避けられたことに驚きを覚えていたりするが…。
『フンッ、生意気な娘ね。…行きなさい』
「っ! …『ライトニングランス』!」
『ちっ、アンタも無詠唱なの…!?』」
セシルが無詠唱で光属性の槍である『ライトニングランス』を、自らの弓矢と重ね合わせるようにして同時に放つ。…物理と魔法の混合である。
『夜叉』がセシル達にけしかけた『黒傀儡』にそれは直撃し、倒すことまでは出来なかったが動きを止めることには成功したようだ。
動きが鈍くなっている。
『黒傀儡』の状態には一切目もくれずに、『夜叉』は信じられない事実に急に質問を口走った。
『アンタ達なんで無詠唱を使えんのよ!? 聞いてないわよそんなこと!? …って!?』
「あ、アタシだってただ黙って見てるわけにはいかないっ!」
ここで、アンリがお得意の『プロミネンスノヴァ』を発動し、『夜叉』の周囲にいる『黒傀儡』達も含め包囲する。
正しく完全に制御された『プロミネンスノヴァ』は、しっかりと定められた範囲を集中的に取り囲み、囲んだものを焼いていく。
その光景に…
「あ、アンリ嬢ちゃん容赦ねぇのな。意外だ…」
「ん、ちょっとビックリしてる」
「…あ、あれ? や、やりすぎ…だった…?」
自らは自衛のため、そして隙を見逃すまいとした行動だと認識しているが、その行動はアンリという人物からは想像できない行動であったと周囲には見られていたらしい。
アンリは今まさに燃えている部分にではなく、振り返ってきた仲間の顔を見て呆けてしまった。
しかし、その呆けもすぐに終わる。
「…いえ、まだ生ぬるいくらいですよ。見てください」
「へ? …!? うそ…」
ヒナギの言葉通り『プロミネンスノヴァ』によって燃えた所に再度目をやると、その炎を振り払って出てくる者が。
…当然、『夜叉』である。
ジークに攻撃を食らわせられた時といい、今のことといい、効果が得られないのは分身だからなのだが…アンリ達からしてみれば迷惑なことこの上なかった。
『……その様子だと、全員が無詠唱が使えると見ていいのかしら? まったく…とんだ醜態さらしだわ』
身体が焼けている節は確認できるが、それはまた黒い粒子が補完し元通りとなるだけだ。
目の前にいる『夜叉』はもう…全快の状態であった。
そして…
『…『闇映し』…今だと3体が限界かしら?』
『夜叉』が、ここで自分の分身を新たに2体程生み出す。ただ、それと同時にこの空間の闇も少しだけ明るみを取り戻したように見えるが…。
「増えやがったか…!」
「マズイね…」
『黒傀儡』はまだ大きく動き出してはいないとはいえ、数が多いことから厄介であることが予想される。
そしてそれを操る『夜叉』も…。
しかし、攻撃しても特に効果の得られない『夜叉』が、1人から3人へと増えたのだ。焦りを覚えないはずがない。
ただそんな状況であっても、勇猛果敢に声を放つ者がいる。
ヒナギである。
「セシル様! シュトルム様! この方は私が3人引き受けます! その間にアンリ様を守りながら傀儡の方をお願いします!」
「「…っ…了解!」」
『あらあら』
『それはそれは』
『随分舐められたもんね?』
3人が以心伝心のように言葉を少しずつ連ねていく。
「…頼みましたよっ! …ハァッ!」
『っ…早いわね…でも…!?』
ヒナギにしては珍しく、自ら『夜叉』達に突っ込んでその内の1人へと斬り掛かる。
不慣れなことで、それは『夜叉』が壁として作り出した闇に阻まれてしまいはしたが。
ただ…相手は3人である。その防がれた隙は無情に致命傷となりうる。
『夜叉』が確信のもと、他の分身をヒナギへと迫らせ命を刈り取ろうとするも、それは予想だにしない奇襲によって逆に阻まれてしまった。
『夜叉』足元から上へと向かって放たれる、『アースニードル』によって。
その土でできた刺は、容赦なく『夜叉』の身体を貫いてそこにそびえ立つ。
『っ…!』
「忘れたのですか? 私も…無詠唱で魔法が使えるのですよ?」
無詠唱を使えるようになったことで、ヒナギにも変化は訪れていた。
自らをわざと危険に晒し、カウンターを意図的に行えるようにという、考えられない発想からの産物である…あるスタイルへの変化である。
ヒナギは、自分が攻撃の手段に乏しいことを知っている。だからこそ、攻撃する機会は限られているし、無駄にはできない。
だが、それでは駄目なのだ。モンスター相手ならカウンターはまだ通じる。しかし、知能のある者が少しでも相対すれば、即座に自分の弱点を見抜かれてしまう。そしてカウンターを防がれてしまっては、警戒され攻撃のチャンスはそれ以降失うこととなる。
それなら、自分からカウンターの機会を作るしかない。
自らが先に仕掛ける攻撃はあくまでフェイクだ。本命はその先…失敗した自分の攻撃を好機と見て反撃してきた者への、更なるこちらからの反撃。
二重トラップのようなスタイルを、ヒナギは今確立せんとしていた。
だが、このスタイルは諸刃の剣を更に諸刃にしたようなものだ。始めの攻撃が失敗に終わるのは予想の範囲とは言っても、失敗の形によっては次への行動は不可となってしまい、最悪大打撃を被ることとなる。
例えば、もしもヒナギの初撃が相手からしてみればカウンターだととられていた場合は、その時点で相手の策に嵌って既に詰みであるし、また相手が攻撃を仕掛ける姿勢を見せてこないのであれば、それこそ意味のないいつものスタイルと同様になるだけである。
後者に関してはまだ良いが、前者に至っては放置できない懸念である。
その懸念を補うために、始めの攻撃で同時に仕掛けた魔法を相手に気づかれずに使うことで、自らの危機をカバーしようと考えた。そしてそれは、もし使わなかった場合更なる反撃への時に自らの刀と同時に使用することもできる。言わば、二重トラップと二段構えのようなもの…カウンターの極みと言っても過言ではないものに化けるのだ。
今の『夜叉』に対しては、魔法を更なる反撃の際に使用することに成功したようで、二体の『夜叉』が粒子となって一時霧散した。
ヒナギの初撃を受けた『夜叉』の方は防御するだけの姿勢を見せただけに留まっているが、もしこれで他の2体がいなければ、そのまま目の前の『夜叉』に魔法をぶちかましていたことだろう。
意外にも汎用性は高い。
『無詠唱…これは厄介ね。初めてだからやりづらいわ。…しかも中級で一撃とか…』
そして、この間にも『黒傀儡』に密かに命令を出し、アンリを奪取せんと動かしていた『夜叉』は、そちらに目をみやる。
だがそこには、『夜叉』の願うビジョンはなく、抵抗を続ける者達が奮闘している姿が目に映る。
「よし、この調子でいくぞ! 俺達でも十分戦える!」
「ん、了解。アンリも援護よろしくね」
「ハイッ!」
そこには、迫りくる『黒傀儡』を魔法で圧倒する三人が。
ヒナギが仕方なく抜けた穴をシュトルムが補い、セシルがアンリの前に立つことで、アンリには一切の危害を与えない陣形を取っている。
全員後衛型のはずだが、シュトルムの前衛としての機能が意外にも高いようで、バランスの良い状態を維持していた。
手に持っている剣がお飾りになってしまうくらい、魔法だけで事足りていたのだ。
というのも、シュトルムの今の状態は精霊を体に纏わりつかせているわけだが、この状態は適性のない魔法を使うためには必須の状態なのである。
いつもは一瞬だけこの状態になって魔法を使う…ということをしていたシュトルムだったが、それには理由があり、この状態は魔力の消費が多すぎるのが理由である。しかし、それは魔力循環を会得することで改善したらしく、その状態を維持し続けることができるくらいに実用性の高いものへと昇華させたようだ。
司と似たように光・闇・無を除いた魔法を自由に扱い、ナナほどではないが紙装甲な状態での前衛という…考えられない立ち位置。それを可能にしてしまうレベルで。
そのため、この状態を維持する訓練は元々していたものの、急遽実践で使ったシュトルム本人はそのことに内心驚いていたりする。
「っ! 『エクスプロ―ジョン』!」
わらわらと押し寄せる『黒傀儡』を一蹴するため、大規模な『エクスプロ―ジョン』をシュトルムは発動した。
この範囲の広すぎる『エクスプロ―ジョン』も、同時に無詠唱で発動した風属性の『ブリーズ』を後ろから押しあてることで扇風機のような役割を持たし、自分達に爆風が…被害がないようにする器用さを見せるほどだ。
同時発動も既にお手の物である。
…が
「うへぇ…ごっそり持ってかれちったぜ…」
シュトルムの身体が怠さに襲われる。
今この暗闇を照らしているのは、シュトルムが最初に放ち、今もなお継続して発動している『ファイアーボール』だ。その状態で上級魔法である『エクスプロージョン』を発動してしまっては無理もない。
初級程度の同時ならまだしも、上級では2ヵ月前の司でも少々怠さを覚えるほどなのだからなおさらである。
シュトルムのその状態を知らずに、脅威はまだ忍び寄る。
流石にヤワな相手ばかりではなかったようで、爆風をものともせずに直進してくる個体がいたのだ。
『夜叉』本人が言っていたスキルを行使できるという情報。それを実際に使っているのか、爆風をまるでなかったかのように振る舞っている個体が。
だがもし火や熱を無効化するスキルを持っているとしても、それは何ら不思議でも何でもない。相手は『ノヴァ』に利用されてしまう程に実力のあった者達なのだから、それくらいは普通と言ってもいい。
そんな考えが既に頭に根付いていたセシルは、爆風が晴れた隙間を縫って矢を素早く射る。
漏れてしまった敵はすぐに対処し、こちらへの一切の被害も許さなかった。
そんな手際の良い対処と連携を見せられては、『夜叉』も予想外すぎて悪態をついても仕方がない。
『ちぃっ! 『鉄壁』はともかく…アンタ達なんでそんな低ランクしてんのよ…もっと上でしょうに。あーもうっ! これも全部『神鳥』の仕業ね!? 余計なことを!』
そう、結局の所は司が影響を与えた結果なのである。
本来であればただ殺すだけの邪魔者としか見ていなかったセシル達を、今『夜叉』は自分達の基準に見合うのではと思い始めていた。
そしてその間にもヒナギとの相対は続いている。
状況が芳しくないと判断したのかは分からない。
一旦ヒナギから距離を取った『夜叉』は右手に一際濃い闇を集めると、右の掌を上へと向け、細長く大きな長物へと形を変えさせる。
そして闇が晴れると、そこには『夜叉』本人を軽く超える…ゆうに2メートルを超える巨大な大太刀が握られており、一際異彩を放った。
ヒナギよりも少し背の高い程度の『夜叉』が、ドレスを着てその武器を持つ姿はハッキリ言って似合わない。…だが、その似合わなさが不気味でもあった。
そして…ヒナギに襲い掛かる。
大きく振りかぶり、ヒナギを脳天から真っ二つにしようとしてきた。
『! 流石にこれくらいは耐えるか……でもっ!』
「っ…(いける!)」
『夜叉』のその一振りを躱すのではなく、刀であえて受け止めたヒナギは、その一振りに込められていた力が強まりつつある違和感にいち早く気づいて危険を察した。
自らの策もあったが、ここは相手の力に拮抗するのではなく、相手の力を受け流して反撃をすることにしたようだ。
刀は大太刀に添わせたままで、刀の角度を90度変えて力の流れを受け流し、まずは大太刀を地面へと突き刺さらせる。
当然『夜叉』もすぐに引き抜こうとしてくるが、ヒナギはそうはさせない。
かつて司との稽古で自分がやられてしまったことを思い返し、大太刀に自らの足を力強く乗せて大太刀を地面から離すことを許さず、そのまま流れるように反撃へと移る。
「『絶華七輪撃・薊!』
『っ!?』
『絶華七輪撃』。
それはヒナギが持つ流派の奥義であり、全てがカウンターから発生する特殊な剣技である。
『薊』は相手の意識を逸らした僅かな隙をつき、超至近距離から眼前へと突きを繰り出して相手を絶命させるという…相手を必ず殺すことに焦点をおいた最も凶悪な奥義。
そして以前東で使用した『柳』は、広範囲の相手の攻撃を円を描く軌道で強引に跳ね除け、そのまま力を逃がさずに押し切り、相手へと衝撃波を逆に打ち出すという力押しの面が目立つ奥義である。
これらをヒナギは、状況によって即座に使い分けている。
今回は両手で大太刀を引き抜こうとしたことで無防備となった『夜叉』に容赦なく突きを繰り出したわけだが、ヒナギの『薊』は見事に成功したようだ。
『薊』を使用したことから、この者に対して遠慮はいらない、排除せねばならない判断に至っているようである。
がやはり…
『やるわね…。でも…さっき言ったでしょ? これは分身だって…。効きやしないわよ』
結局のところは無意味に終わる。
また『夜叉』の崩れた身体…頭部を、黒い粒子が再生させるだけだった。見ればあるはずの血肉はなく、体の芯まで黒に染まっていた。
そして、崩れた頭部を戻しながら大太刀を地面から引き抜き、そのままヒナギへと薙ぐように振るうが、それはヒナギが後退することで空を切っただけであった。
『夜叉』は今本体ではないため、自らの危険を厭わずに無鉄砲な攻撃を仕掛けているだけなのはヒナギにも分かっている。
多少なりとも自らの急所に刃が迫れば、どんな人物であれほんの少しは見向きすることだろう。だが、先程セシルの矢を避けたときとは違って今は避けるそぶりどころか、視線すらどこか別の場所を見ていたことから、最初から避けるつもりなんてなかったのだと思ったのだ。
また、本来であればこんな隙の多くなるような振りかぶる攻撃を繰り出してくるほど馬鹿ではないだろうとも思っていた。
攻撃しても無意味に終わる…。これは、以前のブラッドウルフ戦にも似たような状況だが、ヒナギはその時よりも遥かに余裕があった。
今は…必ず助けに来てくれる仲間がいることを理解していたから。
「知ってますよそんなことは。このままでは私は貴女を今倒すことはおろか、この空間から脱することすらできないでしょう。ですが、貴女はジーク様に対して少し時間が稼げると仰いました。それなら…ジーク様が来ればこの戦いは決するということですよね?」
『小癪な…!』
「それに…分身が消えてもそちらは霧散したまま回復していませんし…再生にも何かしらの理由があるご様子…」
ヒナギが『アースニードル』で貫いた2体は、目の前の個体とは違って再生する気配がなく、そのまま霧散して消え去っていた。そのことから、再生は始めから存在していた個体のみ可能、もしくは、時間が掛かってこれから再生するのかもしれないと考えたのだ。
他に、分身を出した時に若干この空間の闇が薄らいだことも影響しているのではないかという可能性もあったが、なんにせよ、希望の見える現状に内心ホッとしていた。
『それが分かった所で、アンタはどうすることも出来やしないわ!』
「ええそうでしょうね。でも、守ることと時間稼ぎは私の領分ですから…! 貴女の相手はこの私…今度こそやりきって見せます!」
『夜叉』の苛立ちを涼しい顔で返したヒナギの表情に、迷いはない。
自分に今できることを、全力でするだけだった。
次回更新は日曜です。




