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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第四章 セルベルティア再び
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174話 時を越えた出会い

 突然の声、その声の主は、俺の目の前にパッと現れた。

 その体は透けており、本来であれば遮っているはずの王達が透過して俺には見えている。


 その人物に声を掛けようとしたが、最も早く反応したのは、予想外のやつであった。


 宝剣である。


 宝剣はその突然現れた人物の周囲を回り始め、動きもどこか人間の様に…軽快さがにじみ出ている。


『うん? おー久しぶりだねーエスペランサー。……え? 寂しかった? ごめんな~、僕死んじゃったからさ~……ほぅほぅ、そうかそうかぁ…それは良かったじゃないか。というか分離しちゃってたんだね? やっぱ担い手が傍にいないと一緒は無理かぁ…ゴメンよ』


 まるで宝剣と会話をしているような口ぶりだが、恐らくそれができているのだと思われる。

 宝剣と言われるくらいだし、先程からの度重なる驚きの事態を考えると、もうなんでもアリだなと思ってしまった。


 それと…どうやらこの人は死んでいるようだ。今死んだって言ったし。

 俺と似たような髪型で…しかも色が黒か。この世界で黒は非常に珍しかったはず…。


 そこに…


「い、一体何者なんだ!? そもそもどこから…」


 宝剣が現れてからの一連の出来事に思考が鈍っていた連中が、口を挟んでくる。


『何処からと言われても…僕にも分からないかな。でも、やっと僕の意思を継いでくれる人が来たみたいだね。良かった…本当に良かった』


 自らが何者なのかと言う質問に対しては曖昧な答えを述べると、その人物は俺をチラッと見て安堵した様子を見せる。


 死んでて、体が透けてて、宝剣が極端な反応をするときたら……この人ってまさか…。


「えっと…取りあえず貴方が何者なのか教えて貰っていいですかね? 状況がよく分からないですし…」

『あ、ゴメンね? 自己紹介しないとね…。僕はユウキ・イガラシ。君のお名前は?』

「なに!?」

「っ!? …お、俺は…ツカサ・カミシロって言います」


 やっぱしか…。マジで『勇者』さんのお出ましってことか。


 予想したことが的中して一瞬反応が遅れたが、俺も『勇者』さんに名を名乗った。

 周りが、目の前の人物が名乗った名前から連想したであろう『勇者』というワード。俺達同様にそれに反応しているのも無視して、俺達は会話を続ける。


『…うん? もしかして…日本人!? ってことは異世界人か!?』

「そうですけど…」

『うわぁ~! そうなんだぁ~。まさかこっちで会えるなんて思いもしなかったよ~。死んでから会うってのも変だけど』


 目をパァ~っと輝かせ、一段テンションを上げる『勇者』さん。


 歳は…見た所20代くらいか? 早死にしたのは知ってたから妥当なところだろうか。

 人懐っこそうな印象がある人だな…。


『いつ頃こっちに来たの? 年齢的にはまだ最近なのかな?』

「大体こっちに来てからもうすぐ4か月くらいってとこですかね…正確には覚えてないですが」

『ふ~ん…それで既に僕を越えてるのか。なるほどね、羨ましいなぁ…』

「え、そーなの?」

『あれ? 鳥さん喋れたんだ。…ってことは君は【従魔師】なのか』

「分かるんですか?」

『まぁね。でも【従魔師】の必要性を感じさせない強さがちょっとおかしな気がするけどね。…でも、それくらいの可能性があるってことか…アハハ、ヤバいね~今回は」

「「「?」」」


 ヤバいって何がだ? それに今回は?


 そのことを聞こうと思ったところに…


「ま、待てっ! き、貴殿が『勇者』だと証明することはできぬのか?」

『ん~?』


 貴族からの横やりが入ってくる。


『う~ん…証明と言われてもちょっとなぁ……こうしてエスペランサ―を自由に動かせるんじゃ駄目なのかい?』


 貴族の言葉に従い、『勇者』さんは宝剣に何を命じたのかは分からないが、クルクルとマジシャンのように不可思議な動きをさせ始める。

 仮に見えない糸を使ったとしても実行できそうもない宝剣の動きを見るに、本当に自由自在に操れるだろうことは簡単に想像がつくが。


「宝剣はエスペランサ―…と言うのか、それは…」

『え…宝剣とか呼ばれてるのこの子ら。凄いね~、僕もそれは鼻が高いよ。ハルにも是非とも伝えたいところだ』


 ハルって誰だろうか? 


 知らない人物の名が出たが、それは全く聞き覚えのない人物であった。


 でもまぁ…その前に確認してみようか。


「…あの、神様の姿は?」

『え…光ってる球としか…』


 あ、この人本物だわ。

 神様がまさか光る球体をしてるとか、誰が想像するよって話だしな。


「どうして急にここに?」

『それは僕に聞かれても分からないよ…。でも君がいたから僕もこうして現れることができたのは確かじゃない? この子達に残ってた僕の思念が反応した的な…』

「適当ですね…そこら辺…」

『だって分かんないんだもん』


 本人からそんな不確かな要因を告げられては何も言えないな…。

 これはそういうものだと割り切るべきか。立証の仕様がないし。


 ここで、俺から質問する相手が切り替わった。


「よ、よく分からんが…しかし…操れるだけでは…」


 俺は確実にこの人が異世界人だということが分かったが、それ以外はまだ違う。

 確信に至る理由を求めるのは仕方のないことだろう。事が事なだけに。

 すると…


『なら聞くけどさぁ、この子らは生前は僕しか扱うことは出来なかったんだけど、僕が死んでから扱うことの出来た人って…いるのかい?』

「いや、それは…」

『いないでしょ? だって扱うための資格がない人には扱えないからね。僕は【勇者】のスキルがあったおかげで使えたんだ。だから、この子達をを扱えているということが僕が生前『勇者』だったという証明にはならないかな?』

「…あの、ちょっといいでしょうか?」

『うん?』


 ここで、ポポが恐る恐るといった様子で『勇者』さんの説明に介入する。


「宝剣を扱うには資格がいるとのことですが、それは異世界人だからという理由だからではないんですか? ご主人が宝剣に適合者として認められたのは…それが要因だと思っていたのですが…。異世界人特有の波動を感知したとか聞きましたし」

『あ~…確かにその辺りややこしいね。条件だけ簡単に言うとね、まず完全に(・・・)この子達を扱うには異世界人でないと駄目。なんか魂が~とか、肉体が~とかハルが言ってた。あとは…心の持ちようかな? これが一番厳しいらしいんだけど…』

「心の持ちようとは?」

『うん。弱者と強者の両極を真に理解していることらしいよ』


 ん~? それが宝剣を扱うための条件なのか? 

 なんか思ったのと違う。


『僕は、地球じゃ弱者の分類に入るくらいに弱かった存在だ。いつも守られる側の人間だったわけ。でも、この世界に来てからは神様から貰ったスキルのおかげで結構強くなれて…守られる側の人間ではなくなった。つまり…脅威から人々を守る側の人間になったわけだ。あ、ここ重要だから』

「はぁ…?」

『このことから、僕は弱者と強者の立場がどんなものかを知ってる。弱者はどんな思いで…強者はどんな思いをしているのかを…。これはさ、簡単そうに見えてすごく難しいことなんだよ………って、ハルが言ってた』


 自分の経験を元に言ってるわけじゃないんかい。

 というか、さっきからハルって誰やねん。


「ハルって誰です? さっきから出てますけど…」

『そりゃ精霊王のことだけど? 「「「「「なっ!?」」」」」愛称で僕がそう呼んでるだけだけどねー』


 ラフ過ぎるーっ! 偉大な存在を相手にそう言えるのが色々おかしいわ。


 なんだろう…今日だけでリベルアークの歴史の教科書のページを増やしてる気がする。

 当事者たちは結構素面でやってるけど、他の人からしたら驚き満載なんだろうな。

 きっと当事者なんてそんなものなんだろう。そうじゃないとやってられないのは俺もよく分かる。。


 さも当然のようにまた説明へと戻っていく『勇者』さんを見て、これは自分のしていることの凄さを自覚してないやつだなと思ってしまった。

 いや、死んでるなら自覚も糞もねぇと思うけど。


 でも周りからしたら俺らはきっと…




『4人目の異世界人でっす!』

『エスペランサ―でっす!』

『勇者でっす! 皆さんちぃっス』

『『『やめて! 教科書の空白はもうゼロよ!』』』




 …って感じだろうな。

 受験生からしたら時次問題が増えてあ~ら大変…ですね。慌てふためきそうだけど…まぁそんなこと知ったこっちゃないわ。

 昨今求められているのは知識があるだけでなく、その場での柔軟な対応のできる人材なのであって、こんな程度で驚くようじゃこの先痛い目見ますよ? 


 歴史は見直すものではなく今を生きる人が作り上げていくものなのだから…(あ、今のちょっとカッコイイ…ボソッ)。




「…まぁ、そういうことだよ。完全に扱えない秘密はこれってわけさ。ただ、一応半分くらい適合する人は結構いるみたいでさ、僅かにだけこの子達に適合するような人は、僕が生きてた時もいっぱいいたよ?」


 それは…あのオーラみたいなのも含まれるんだろうか?


 てか…どゆこと? これ以上はもうやめて…。

 私の脳内メモリーはもう空き容量僅かになりつつあるのでこれ以上の新データは勘弁被りたいのですが? じゃないと最初の方の説明は上書きされて消えちゃいそうだ。

 CPU(脳みそ)の使用度も80%を越えて、本体(体)が熱くなって参りました…あちぃ。


 熱暴走しちゃうよこれじゃ…。シャットダウン(現実逃避)してもいい?


『片方に適合するだけなら、それなりに適合者はいる。でも、僕が今言った二つは互いに相反するものの代表とも言えるものだ。それを合わせ持つ人は今までいなかったということさ』

「それはどういう? いそうな気がするんですけど…」

『甘い甘い。『守る人』と『守られる人』…この両極を互いに理解する人はそもそも少ないんだよ。『守る人』というのは思っているよりも生易しいものじゃなくてさ、絶望に直面してなお守るべき人々のために戦い、自らを厭わずそれに抗い続けるような存在を指すんだ。これだけでも相当難しい。…対する『守られる人』って言うのは、『守る人』を心の底から信じ、その人に全力で頼り切る姿勢を指す。…今のを聞いてどう思う? 『守る人』というのはつまりは強者のことだ。そんな人が…『守られる人』の、弱者の気持ちを真に理解できると思う? 『守られる人』が、『守る人』が自分達の代わりに背負っている痛みや辛さを真に理解できると思う?』


 本当にできるのか? …と、そう念押ししてくるような瞳で、『勇者』さんは言ってくる。


 俺はと言うと、理解が遅いのでまだ整理がつかない状態だったりする。

 すると姫様が口を挟んできたので、俺は一旦そちらに耳を傾けた。


「それは…難しいですわね。強者は元から強者であるような人がほとんどですし、仮に元は弱者だったとしても、強者へとなっていくその過程で力に溺れてしまうことだって考えられる…。それ以前に強者となれるかも些か怪しいですわね。弱者は弱者で、強者の立場になったことがないわけですから、強者の気持ちを真に理解するのはまず不可能。…簡単そうに見えて実に奥が深い…。見えない精神面の部分だからこそそれはとても…」


 …だそうだ。


『勇者』さんの説明したことに納得しているのか、うんうんと頷きながらそう話した。


『あ、ここのお姫様…かな? よく分かってらっしゃる』

「恐縮ですわ」


『勇者』さんはどうやら姫様の理解に関心を示したようだ。

 姫様の言ったことは正しいらしい。


 でも、姫様だけ順応早いな…他の人はまだ『勇者』が現れたという事態に驚いているのに…。

 以前変わらない態度で接してる貴女のタマは相当なもんだ。…女性だからなくて当然ですけどね。

 まぁこの人やっぱ普通じゃない。まともだけどまともじゃないっスわ。


『ゆえに、適合者に求められるのは、弱者でありながら強者たる人物ということになる。弱くて強い…そんな矛盾した特性を合わせ持つ人のみがこの子達を扱うことを許されるのさ。【勇者】のスキルはステータスとかじゃなくて、主に僕の精神に関わりのあるものだったから…それがなかったら僕は力に溺れてただろうねきっと…。この子達も扱えてなかったと思う』


 そこまで言うと、『勇者』さんは宝剣を我が子の様に見つめる。


 最初から宝剣のことをこの子達と言っていたことから、結構危ない思想の持ち主だったんじゃ…とか内心思ってたが、多分これは違うな。

 意思疎通ができるくらいなんだ。そこらへんにある、酷く言えば無機物の塊とはそもそも違うのだろう。

 感情があるものを物として扱うことは俺にも出来ないし、それと同じ類の感情を『勇者』さんも持っていると見た。

 誰からも愛されていたような人物という話が本当なら、それくらいの器はあるに違いない。


 しかし…そんな条件が必要になるのか…。

 だが…なんで俺が? 強者は…今の状態がアレだから5百歩譲ってまぁ妥協しよう。でも弱者については…理解というよりは思い出したくない事実しか出てこないから理解していると言っていいのかどうか…。それとは違う気がする…。

 分からないとまでは言い切れるものでもないが。




 一方的な強者に、弱者が成す術も無く蹂躙されるのは酷く覚えてるさ…。

 あれが皆との最期だったから…忘れたくても忘れられない。でも辛い…。

 最低最悪な記憶…でも俺にとっては大切な記憶。




『以上で条件の説明は終わり。ただ…あれ? ここってセルベルティアだよね? 僕ここで死んだからそうだと思ってたけど…』

「そうですわよ?」

『あ、やっぱり…。変わったもんだね…まさかこの国でそんな台詞を吐ける人が残ってたなんてね。……ねぇ、今この世界は平和になったのかな? 僕の時って戦争が絶えなかったんだけど』 

「今はもう争いはありません。100年前に戦争と称せる規模の争いは絶えましたので」

『そうか…それは良かっ「しかし! 今まさに、戦争を引き起こしかねないことをしでかすところでした」…え?』


 過去を思い出して嫌な気持ちになっていた俺だが、姫様と『勇者』さんの会話の流れが変わったことで、そちらに意識が逸れた。


「そちらにいるっしゃる、異世界人である『神鳥使い』様を、私達はまた自らの欲望のままに利用してしまうところでした。それが戦争の引き金となりかねないにも関わらず、過去の戦争による悲劇も忘れ、ただ欲望のままに…」

『…マジ?』


 姫様が酷く申し訳なさそうな演技をすると、『勇者』さんが安堵した様子から一転、真顔になる。


 あの…既に今後の展開が読めない程に計画がズレてるんですが…俺はどうすりゃええねん。

 下手に動いてもアレだし…ちょっと様子見るか? 姫様に何か考えがあるなら悪いことにはならさそうだし、それに従っとくのが得策か…。


『ん? ………えー…そんなことしようとしてたのこの人たち…やっぱり懲りてないのかぁ。…あ、でももう平気? ふむふむ…なぁんだ、じゃあ大丈夫っぽいね』


 宝剣が『勇者』さんに更に近づき、まるで耳打ちをしているかのような状態になる。

 一応宝剣は『勇者』さんが現れるよりも前から一部始終を見ている。きっとさっきまで俺とのやり取りを見ていたのを伝えているのだろう。


 ここで…


『えーっと…貴方が王様だよね?』

「…左様でございます。『勇者』殿」

「陛下っ!? なにを!?」


『勇者』さんが、姫様の隣にいる王へと声を掛ける。

 そして、ここまで来て王が自ら椅子を立ち、『勇者』の傍へと歩み寄る。そして周りの者の制止も無視し、あろうことか膝をついて頭を垂れたのだ。

 派手な服は高価なものを使っているだろう。王として頭を下げるということがどういうことなのかも重々承知しているだろう。先程まで俺に見せていたあの高圧的な態度から、自身のプライドもあるはずだろう。


 にも関わらず、この行動である。

 これは、王が敬意を表するような人物だと認めた証拠に他ならない。

 それならば周りも当然、同じ行動に出るほかなくなったようだ。次々に同じ姿勢を取り始め、俺達と冒険者ズを除いて全ての者は膝をついた状態となった。姫様も然り。


 つまり…結構適当な奴ら(冒険者達)だけが取り残されたということである。

 場違い感が半端ないと言ってもいいかもしれん。


 そして王に対し、『勇者』は言葉を投げかけた。


『もう、彼を…異世界人を利用しようなんていう考えは改めたのかな?』

「はい。先程…我が娘からも痛い手ほどきを受けました。人は…利用しようなどと思うものではない…私が間違っておりました」

『そうか。なら…やり直すんだ。まだ…やり直せるからきっと』

「しかし!?」

『生きている内ならまだ大丈夫さ。僕は死んでしまったからもう何も出来ないけど…今この時代を生きている君たちなら』

「勇者殿…」


 王が『勇者』を見る目は、当初と違って崇拝する眼差しへと変化を遂げていた。それほどに、『勇者』という存在が放つ何かに当てられたようだ。

『勇者』さんが部屋を見回し、全員に言い聞かせるように話すが、個人個人の意識の改めが大事だと言わんばかりである。


『だから…最後死ぬその時までめげずに、その意思を貫いて欲しい。…『愛』だっけ? 凄く良いじゃないか。皆幸せになれそうな気がするし』


 笑いながら言うその姿が、何故か親近感を湧き立たせられるのを俺も感じた。


 なるほど…愛されていたというのが分かる気がするよ。




 ……って、この時までは思ってたんだ。




『いいかい…戦争なんて絶対に駄目だ。起こす者も、巻き込まれる者も、互いに良い結果になんて決してならない。あれほど無意味なことを二度と繰り返してはいけない。それが…死してなお変わらない…僕の願いだ。だから…頼むよ」

「畏まりました…! そのお言葉、しかと胸に刻みつけましょう!」


『勇者』さんの悲願とも言える内容に、王は約束を誓う。


「それに…今は別の危機が迫っているようだからね。そっちを意識した方がいいのかも」

「別の…ですか?」

「うん。……カミシロ君…だったよね? ちょっとこっち来てくれる?」

「あ、ハイ…」


 ここで、急に俺を手招きで呼び寄せる仕草を『勇者』さんが始めたので、俺はポポとナナと共に歩み寄ることにした。

 ポポとナナは、もう既にリラックスした状態へと戻っている。もう牽制すべき相手がいなくなったことで、自由の身となっていた。


 俺が歩み寄ったところで…


『セルベルティアの王よ。僕は最期、この国との争いで散った』

「それは…」


 その『勇者』さんの言葉に、王は少し居心地の悪そうな表情を僅かに表に出した。


 というのも、『勇者』さんは約400年程前、セルベルティアの引き起こした権力争いに巻き込まれた人々を救うため、戦争にその身一つで介入した。後から増援こそあったものの、先陣を切ったのは勇者さんで、我先にと戦争の終結のために奔走したそうだ。

 なんでも、『勇者』さんの掲げていたのは不殺であり、大規模な乱戦に発展しては散っていく命が増えてしまう懸念から、そうなる前に単身で乗り込んで王に直接直談判を持ち込んで戦争を止めるという、無謀に等しいことをしたそうだ。

 しかも不殺は敵対する相手に対してもというのだから、無理過ぎることこの上ない。

 結果、立ちはだかる万の兵に阻まれ、世界では上位の力を持っていた『勇者』でも流石に圧倒的物量の差には抗えなかったのだろう。志半ばで倒れ、その命を散らせてしまったらしい。


 これが、彼が『勇者』と呼ばれるようになった所以である。

 死後にその生き様を称えた人々は彼を『勇者』と呼んで敬い、遺された宝剣を神殿に祀ることにしたという話を俺は聞いた。

 ただ、もう一つの宝剣が王城にあるのは知らなかったが、どうやら世間一般では宝剣は2つあるとは思われておらず、神殿にあるもののみだという認識をしているらしい。

 何故秘匿するような行為に走ったのかは…当時の者のみにしか分からない。

 結局のところ、完全には心打たれない輩が当時はいたんじゃないかと思う。こればっかりはどうしようもない。

 神殿に祀られたのは、その勇者の行動に心打たれた善良なる人々が作り上げたもので、もう一方の歴史に残されなかった方の宝剣は、今までひっそりと城で眠り続けていたようだ。


 今になって分かるが、異世界人が現れた時にすぐに察知して囲えるようにと、過去のセルベルティアは画策していたのだと俺は思っている。

 俺が神殿の宝剣を触って共鳴をしたそうだし、その役割を担わせ、未来にまた異世界人が来訪したときに対応できるように考えたのではないだろうか?




 まぁ、俺の確証の無い憶測はともかく、今はこっちの話の方が重要そうだな。


『戦争だから死ぬことは覚悟してたし、きっと運がなかったんだよ僕は。だから恨みもないし、別に今となっては過去のことでしょ? 気にしなくていいよ』

「で、ですが…」

『ただ、少しでも申し訳なく思う気持ちがあるなら、命令ではないけどこの人の手助けをしてあげてほしい。「えっ!?」今、また新たな危機が迫っているみたいだからね。僕は生者じゃないから今を生きている君たちに託すことしか出来ない』

「は、ははぁっ!」


 待て待て待て待て! なんかおかしい! いつの間にか『勇者』さんに全権が握られてる風になってる!?

 てか…新たな危機ってなんだよ?


「ちょっと!? 何でそうなるんですか!? というか…危機ってなんですか一体!?」

『危機は危機だよ? …と言っても可能性の話にすぎないけど。でも、その少しの可能性があるがために僕達異世界人はこの世界に呼ばれるんだし』

「は?」


 異世界人は魔力を補充するために呼ばれるんじゃなかったのか? 


『ん~? その辺りは教えられてないのかなぁ? …なんか今回はやっぱり相当大変そうだね、色々と…。僕からとやかく言うべきではないかな』

「「「いやいやいやっ! 教えてくれよ!?」」」

『え? あ…いやぁ、でも…ねぇ?』


 なんで遠慮気味なんだよ!? 

 はよ教えろ、何を渋っとんじゃワレェっ!


 俺達3人のツッコミに対し、…え? 教えた方がいいの? みたいな顔をする『勇者』さんに、コイツホントに愛されるような奴だったのかと新たな疑問を持ってしまった。

 今俺達の気持ちは同じ事だろう。同じ目つきで『勇者』さんを見ているに違いない。


『…うん。王よ! …いや、違うな。この場にいる全ての者よ! 一丸となって彼を必ず支えるようにね! それがこの世界のためとなるだろうから』


 国ではなく、世界と言ったのが、本当に危機を危惧しているように俺には聞こえた気がした。


 まさか本当に…。いや、気にしすぎ…か?


 ただ、それを考えさせてくれる時間すら与えられなかった。


『それじゃ…もう時間みたいだから』

「ま、待ってくれ! 意味が分からないし俺の質問にも答えてもらいたいんですけど!?」


 さっきから、予想もしなかったハプニングが多すぎだ。

 まさか『勇者』本人が現れて段取りを狂わせて来るなんて誰が予想できるって言うんだよ。死人が現れるかもしれない…なんて可能性を考えるわけねーじゃん、ふざけんな。


『…エスペランサー、行っといで。彼なら…いいんでしょ?』


 俺の言葉を無視し、『勇者』さんが宝剣へとそう告げる。

 すると、俺の方に宝剣がフワッと再度近づいてきて、すぐ触れられる位置にまで近づいた。


 え…なに?


『そういうわけだから…その子達をよろしくね? 僕が死んだことで、その子達もずっと今まで離れ離れで寂しい思いをしただろうから…。最高の適合者が傍にいないとその子達は一緒にいられないんだ。君が傍にいて、その子達をずっと一緒にいさせてあげて』

「え、あ、ハイ…じゃなくてっ! なんで俺がs『両極を知っている君ならその子達を正しく扱える。そして…恐らく君の仲間たちも…。きっとその子達は気に入ってくれるはずさ』


 俺の話を聞けええええぇぇてんめぇえええええっ!!

 もういっぺん死なすぞ!!


「「「………」」」

『…大丈夫、両極を知っている君ならその子達を正しく扱える。そして…恐らく君の仲間たちも…。きっとその子達は気に入ってくれるはずサ』

「「「同じ台詞を二度も吐くな!? 聞こえてるわっ」」」


 今度は親指を立てて、同じ台詞を吐いてくるが、馬鹿にしてんのかと腹が立った俺達。

 以前あったギルドマスターの時もこのような状況だったが、あれ以上の苛立ちを覚える。しかも悪気がなさそうなのが気に食わない。


『むぅ…なら返事してよもー。従魔共々無愛想だねぇ』


 無愛想で結構。俺の話を聞いてくれない貴方の言葉なんて大丈夫じゃないです。

 こちらの世界特有…いや名物か? 所謂話なんて聞きませんモードが染みついてしまってるのか?


『まぁいいや。その子達は『アイテムボックス』にはまだ入れられないかなぁ。この子達は君に適合はしたけど、ハルがまだ所有権を僕に固定したままだからちょっと…』


 こんな派手な宝剣を持ち歩くなんて嫌なんですが。美しいのは認めますけども。


 俺の心の声が後者の部分だけ伝わったのか、更に自己主張の激しくなる宝剣。

 俺へとスリスリと刃の側面を当ててきて、正直気色悪い…&斬られそうで怖い。


 こ、この野郎…! 合体して調子に乗りおって…!

 合体して魅力も倍になったでしょ? ウフッ…ってか? …アホか!

 俺からしたらお前らはマイナス要因だ。マイナスがマイナスされたんだから、結果は当然プラスになるって考えになると思ってんのか? 現実で…。そんなん数学の世界だけに決まってんだろうが。

 現実ではプラスになんてなりゃしねーわ。


『あーそうそう、その剣のデザインってさ、僕が考えたんだよ。中心にある網目は…守るべきか弱い人々、そしてそれを守る様に展開している刃は…僕自身を表しているつもり。切先についた槍みたいな刃は、困難に直面した時に打ち崩すイメージでね』


 アンタがデザインしたんかい。分離したらセンス皆無だけど…。

 マイナス要因を因数分解して、プラス要因しかないように再構築してくんないかなー。


 そうこうしていると、『勇者』さんの身体が薄れ始める。

 これは…未来の俺が消えそうになった時と同じやつだ。


 ホントに時間がない!


「もうそんなくだらん情報はいらないんだよアホっ! 取りあえず、世界の危機って何だ!? それだけは教えてくれ! もしかして『ノヴァ』が関わってるのか!?」


 脳内で下らんジョークを展開していた俺自身は棚上げし、『勇者』さんへと強めに急かす。

『ノヴァ』が関係していると言うなら、今俺がしていることを継続するだけで良い。だが、もしそれとは別の危機の可能性があるというなら、そちらにも気を配らなければならない。


『『ノヴァ』…やっぱりまだいるんだ。…詳しくは知らない。世界の危機と『ノヴァ』がどんな関わりなのかは分からないし、そもそも関わってるのかすら検討もつかない。ただ、これだけは言える。君がそれを知る時、君は本当の佳境の中に立たされていることだろうね』

「っ……!」

『それと、改めて確認を。異世界人は、ただこの世界の魔力を補充するためだけにこの世界に来るんじゃない。貰ったスキルに応じて必ず…何かしらの役目を持っている。そしてそれが果たされるまでは…』







『元の世界に戻れない。だから僕も…帰れなかった』







 また1つ、懸念事項が増えた。

次回更新は月曜です。

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