168話 司とヒナギの出会い(別視点)
今からだと、アレはもう3ヵ月近く前になるんでしょうか?
ラグナ大森林でモンスターが大量発生したとの報をグランドルのギルドから聞き、王都のギルドでは厳戒態勢を発令。セルベルティアは即座に守護を固めました。
その時丁度王都に滞在していた私にも、当然声は掛かりました。
セルベルティア兵士と共に守備を固め、王都の門を守護せよとの命が。
ギルドではすぐにグランドルから要請のあった応援を派遣しましたが、私はそれにはついてはいきませんでした。
グランドルは大きな町ではありますが、この王都の方が規模としては大きく、そして守る価値が高いとの判断を下したようです。
仮に私が行ったところで、守ることしか取柄の無い私はかえって邪魔になることが簡単に想像できます。乱戦が想定される場合、私のような者は足を引っ張ることになるでしょうし。
その私の特徴は二つ名を授かるほどに顕著だったため、守護の任に付くのが適任と上は判断したようです。
できることなら出向きたい気持ちはありましたが、私は私が一番最善を尽くせそうな上の判断に従いました。
今グランドルに求められているのは…早急な殲滅能力に長けた者ですから。
報告によれば、なんと5匹のドラゴンも確認されているとのことで、王都には戦慄が走りました。
圧倒的上位に位置する存在が何故このような場所にいたかということもそうですが、それ以上に、ドラゴンの行動範囲の高さを懸念していたのだと思います。
ドラゴンは…巨体に見合わず移動速度が他と比較にならない程素早いのです。長距離移動も楽々行い、過去には海を渡って別の大陸に向かう姿を目撃した人もいたようです。
普段は自分の縄張りを持つので人里には出てこないのですが、今回はそんなことは関係ないとの見方ができたのです。
そんなドラゴンですから、ラグナ大森林は王都から遠くはないため、簡単にこちらに向かってくることも予想できたのでしょう。
しかし、緊張感と恐怖が多くの人を苦しめる中、それは…予想だにしない朗報で解かれることとなりました。
グランドルの町は無傷で健在…と。
死傷者は何名か出てしまったようですが、町に損壊は一切なく、被害はモンスターの進行ルート上にあった小さな村だけに留まったのです。
皆…その報が信じられなかった。
とてつもない規模の災厄で、ここまで被害が小さく済んだということにです。
ですが、ギルドに報告に帰って来た人の証言に驚きました。
たった一人で…現れてすぐにモンスター集団を殲滅したという人がいたというのです。しかも、応援に駆け付けた人達がグランドルに着いた頃にはとっくに収拾がついていたというのですから、信じられない速さです。
どんなお人なのだろうと興味を抱いていると、その1週間後に、私はその方と偶然にも会うことができた。
◆◆◆
ある話題で賑わいつつある中、王都のギルドで私が依頼の達成を報告していると…
「…和服だ」
「キレー」
「初めて見ました」
「…はい?」
それが…私とカミシロ様の初めての出会い。
この辺りの地域で和服を着ているのはせいぜい私くらいのものですから、その単語が出た時点で私はすぐに反応できました。
後ろから声を掛けられた私は、振り返ってその人物を見ます。
その方は私とよく似た黒い髪をしていて、非常に男性としては小柄な方でした。
恰好はその…ジャンパー? でしたけど、不思議と様になっているのが印象的で、他には…両肩に乗せた可愛らしい2匹の小鳥が人目を惹きそうでしたね。
それが第一印象でした。
「どうかされましたか?」
この方は冒険者なのでしょうか? それとも依頼者?
見た目からは少々判断がしづらかったのですが…私は声を掛けました。
「あ…いえ、和服を見るのが久しぶりだったもので」
「久しぶり? それにその黒髪は…」
「あ…名乗りもせずすみません。…初めまして。ツカサ・カミシロって言います」
「えっ!?」
目の前のお方の名前には、心当たりがありました。
というよりも、今このギルドでは一番話題になっている人物の方です。
私も内心で驚いてはいましたが、受付の方はそれ以上の驚きをしていて、声を出してしまっていました。
「もしかして…そのお名前は確か…」
確認をしてみると…やはりそのようでした。
この方があのツカサ・カミシロ様であるのは間違いないようです。
この方が…? あの災厄を鎮めたという…。
にわかには信じがたいです。こんなか弱そうなお体なのに…。背は私とほとんど変わらず、私の方が大きいくらいでした。
だからこそ…少し疑ってしまいました。
今まで見たSランクの方々の佇まいや風貌は、一般の方と変わらない方は確かにいます。
ですが、こんな争い事をしたこともなさそうなお人を見るのは初めてだったので、それが不思議でした。
「あの…例のお方がいらっしゃったみたいですよ?」
「あ、あなたが…先日のラグナの災厄を解決したという…?」
「えっと…まぁハイ。今日ここに来るように言われてたんですけど…」
偉業を成し遂げたというのに、カミシロ様は謙虚な姿勢を見せました。
普通多少なりとも自信を持って答えるべきなのに、それをしない姿に私は…好感を持ちました。
きっと…これで慢心していないという表れなのでしょう。
向上心を忘れないその精神は非常に素晴らしいです。
そこに…
「おお…やっと来たかお主。待っていたぞ」
昨日からこちらに訪れているという、グランドルのギルドマスター様がこちらに近づいてきます。
言葉から察するに、カミシロ様を待っていたようです。
「あ! ギルドマスタ~。入り口で待ってるって言ってたじゃないですか~。何で中にいるんですかもう~」
「お主がいつまで経っても来ないからであろう! 第一ずっとギルドの前に立っているわけがあるまい!」
「そこはギルドの長として律儀に待っててくれても…」
「それを言うなら律儀にお主が時間を守れば良いだけの話であろう?」
「ぬっ!?」
「ハイ、ご主人の負け~。ギルドマスターの勝ち~」
「墓穴掘りましたねご主人」
随分と仲の良さそうな雰囲気に少々当てられていた私でしたが、そこに予想していなかった声が聞こえたことにまた驚きを覚えました。
小鳥が…喋ってます。あの子鳥さんが…。
喋る鳥なんて初めて見ました。
「お主、行くぞ」
「あ、ハイ。それじゃ、失礼します」
「あ!? せめて……行ってしまいました…」
ペコリと頭を下げると、そのままギルドの奥の方へと行ってしまわれました。
私は呼び止めようとしましたが、声は届かなかったようです。
その会話を聞いていた他の冒険者の方々が騒ぎ始めますが、それは私にはどうでも良かった。
せめて自己紹介くらいはするべきだったと、この時は後悔していたのですが…
◆◆◆
「なんか相手をすることになっちゃったみたいで。その…よろしくお願いします」
「え、えぇ。私は別に構いませんが…」
運の良いことに、また鉢合わせすることになりました。ギルドの闘技場という場所ではありますが…。
これは俗に言う試験兼証明のことですね。
Sランクに上がる際に、このようにギルド上層部の方々直々にその力を見ることで、最後の判断をするらしいですから。
私の時も形式は違いましたが、似たようなことをしました。
その前に…
「ですが対戦する前に自己紹介を…。私はヒナギ・マーライトと申します。僭越ながら『鉄壁』の二つ名を頂いております、Sランク冒険者です。此度は貴方様のお相手をさせていただくこと…大変身に余る光栄のことと思います」
「………」
「…あ、あの?」
「いえ…こんな礼儀正しい人がいるんだなぁって思っちゃって。Sランクの人は変わった人が多いって聞いてたんですよ俺」
「感動ですね。冒険者もまだまだ捨てたもんじゃないです」
「ヒナギって言うんだ~。よろしくね~」
「そ、そうでしたか…。あと…こちらこそよろしくお願いいたします」
…どうやら礼儀正しいと思われたご様子でした。
私は他の方々同様に、いつも通りの対応をしたつもりだったのですが、このような反応をされたのは初めてです。
今まで何も反応されないことが大半でしたし。
『両者、構え!』
もう少しおしゃべりをしたいところではありましたが、それは許されませんでした。
立合人の合図が私達に届きます。
それもそのはず。今私達が立っているこの場所は、力と力がぶつかり合う場所です。口で語らうのではなく、それぞれが持てる力をぶつけ合うことでしか会話はできないのです。
…少々、私も興奮して場違いの思考をしてしまったようですね。
この場に対して失礼を働いてしまいました。
「おっと…ま、やりますかねぇ……『才能暴走』」
「これは…!?」
刀を構えようとしたところで、カミシロ様の従魔である子鳥さん達が姿を変え、それはそれは美しい姿へと変化します。
大きさも段違いに変わり、肩に乗っていた時の大きさとはかけ離れています。
その巨躯に見合わず、地にフワッと降り立つ姿は…神々しいと言えばいいのでしょうか?
私は…その姿に見とれてしまっていました。
自らが構えるのも忘れ、ただただその美しいお姿を目に焼き付けていました。
「あれが…!?」
「二つ名はアレってことか…」
「なるほど…納得だな」
この闘技場は、周りから観戦ができる構造となっています。
興味を抱いた他の方々の声を聞いて、私は意識を戻すことができました。
「!? ……私も問題ありません。いつでも始められます」
そして、私も抜きかけていた刀を今一度抜いて、いつもの構えを取ります。
これが…私にできる一番の構え。幼少から今まで長く続けてきた…防御と反撃に特化した独特な…。
争いは…あまり好きではありません。無いに越したことはありませんし、何より平和が一番です。だから私は自らを守り、相手を自ら害するようなことをしないために、この構えを幼少の頃から学んできました。
まだまだ精進中の身ではありますが、それでもこれまで努力してきた自信はあります。
その証拠に、Sランクの他の方々にも対抗できたのですから…。
『戦闘形式は問わない。だが、命の危機に瀕する行為は禁止だ。両者には二つ名に恥じぬ戦いを期待する!』
「ハーイ質問っ!」
『な、なんだ?』
「やっぱり『神鳥使い』って二つ名の通り、私達が戦った方がい~い? それともご主人が戦う方がいいのー?」
立合人の方に、元白い小鳥さんが質問をぶつけました。
流暢な喋り方に、立会人の方が戸惑いを見せます。
何を…言っているのでしょうか?
【従魔師】であれば、使役している従魔を扱うのは普通ではないでしょうか?
『できれば最善を尽くしてもらいたい。それが一番求められることである』
「ふ~ん。だってさ、ご主人。それなら私達はやんない方がよさそうだけど…」
「…二つ名変えた方がいいんじゃないかなぁ…てか変えた方がいいだろまったく…。シュトルムのバカのせいで勝手に定着しちゃったし。てか、『才能暴走』しなくて良かったじゃんこれ」
「まぁまぁ、押さえてください。私達のこの姿は二つ名の証明になるからどのみち良かったんじゃないですか?」
「いやだから、二つ名変えたいんだって………もういいや。ギルドマスターの立場もあるだろうし、分かった。じゃあ俺だけでやるわ。最善なのは間違いないし…」
「じゃあ後ろに下がってるね~。ご主人がんば~」
「ファイトです」
少々話し込んでいたようですが、カミシロ様を残して闘技場の端へと移動していくお二方。
『神鳥使い』という二つ名は知っていたので、それに準じた力を持つ方と思っていたのですが、どうやら主人であるカミシロ様個人のお力が最も強いようです。
私の知るところ、【従魔師】の方は基本従魔を使役する関係上、従魔の方が強くなることの方が多いのですが…。どうやらカミシロ様は型に当てはまらないお方みたいです。
…ですが、それは納得できることではあります。
【従魔師】でSランクになる方は、恐らく過去を含め初めてのはずです。それなら…基本通りの型であるはずがないのは至極当然と言っていいですからね。
このようなお方もいるのでしょう。
背中に背負っていたあまり似合わない大剣を右手で構え、ですがその大剣は私に向けるのではなく、向けたのは空いた左手という…不思議な構えをするカミシロ様。
普通は逆ではないでしょうか? 何か意図があるのでしょうけど…。
『では両者共、力の限りを尽くし、証明してみせよ! では……はじめっ!』
気になることはありましたが、私とカミシロ様の対戦の開始の合図が掛かりました。
私は攻撃に備え、神経を目の前に注ぎます。
しかし…
「…? どうかされましたか?」
「いや…そんな完璧な構えをする人は初めて見たもんで、どうやって仕掛けようか悩んでるだけです」
一向に仕掛けてこないカミシロ様に違和感を覚えていたのですが、そのようなことをおっしゃられました。
褒められちゃいましたね。
「クスッ……面白いお人ですね。真剣な顔でそんなことを言われたのは初めてです」
「あ、そうでしたか。……じゃあまぁ、行きますね」
「っ! …」
そんな軽いやり取りの後、今度こそ戦いの火蓋は切って落とされました。
初撃は至って普通に斬りかかって来たので、それを刀で私は受け止めます。その一撃は…なんと重いことか。
片手でこの大剣を扱っていることから予想はしてましたが、想像以上の膂力の持ち主なようです。
ですが私も…負けるつもりはありません。
刀と大剣の鍔ぜり合い続けていると…
「!? ふっ! 『千薙』!」
空いていた左手を掌底のようにカミシロ様は突き出してきます。
この状態で、私の体勢を崩すために打ち出されたその掌底は…私の腹部を狙っていました。
…なるほど、余りある膂力があるというのは非常に便利ですね。
私は両手で刀を扱っていますが、これでは両の手が塞がれ…ある意味自由が利かなくなるということ。
それを大剣でさえ片手で賄えるだけの膂力を持っているカミシロ様は…このような状態になった時にも空いた方の手を動かすことができるので、私と比べて分があるとの見方ができます。
埒が明かなくなっても、状況をすぐに打破できるということですね。
あの構えはこれを行うためでしたか…。
非常に厄介ですが、一つ勉強になりました。
私はその掌底を躱すため、後ろに飛んでカミシロ様から離れ、そのまま『千薙』を放ちます。
本来であれば、こんな至近距離からの『千薙』など人に向かって放つことはありません。
ですが、今目の前にいらっしゃるお方はあの災厄を一瞬で鎮めたお方…。これくらいで足りるとは思えませんし、何より全力を尽くさないのは失礼というものです。
「…早っ!? …うっわ~、ポポとナナに謝んないとな。こりゃ怖いわ!」
「!? くっ!?」
「おおっ!? っとと!」
『千薙』はカミシロ様に何発かは直撃しました。
ですが…傷一つついていません。信じられないことに…。
私は驚いたのです。しかしその驚きを感じさせてくれる時間は取らせてくれなかった。
『千薙』をあしらった後にすぐさま仕掛けて来た一撃を受け流し、なんとかやりすごします。
ただ、それでは安心はできません。
カミシロ様が再度向かってくる前に、すぐに私は防御魔法を発動し守りを更に固めます。
あの一撃をまともに食らっていては少々分が悪いですからね。
「光の推よ守りたまえ! 『デルタスフィア』!」
「…ふんっ!」
「くっ!?」
「……うん?」
私を覆うように、光属性を帯びた薄黄色の三角錐が私を囲います。
私以外はすり抜けることができないそれは、私のスタイルと相性が良いのです。
ですがその私が発動した魔法は、さほど気にもせず突撃してきたカミシロ様に一瞬で破壊されました。…しかも素手で。
その瞬間に私はその場から急遽離脱し、体勢を立て直します。
今のは非常に危なかった…。魔法を使っても意味はなさそうですね。
今度は詠唱している間にやられてしまいそうですし、なにより発動しても今の様になるだけでしょう。
ただ、手を抜いたつもりはないハズなんですが……少々落ち込みます。
それ以前に…先程の『千薙』が通じていないのはどうしたらよいのでしょうか?
少なくとも『千薙』程度では効果は得られないのは確かですね。
「いや…え、そんなハズは…あれぇ?」
「…?」
私がさっきまでいた場所で、カミシロ様が左手を顎の辺りに当てて唸っています。
「偶々なのかなぁ…」
「何がでしょうか?」
「あぁいや…こっちの話ですので…」
何でしょう? 戦闘中だというのに、何か別のことで悩んでいるように見えます。
今の少しの攻防で、感じるものがあったのでしょうか?
すると…
「……まぁ、剣術に光るものがあるご様子で。反撃してくるまでの動作が洗練されてますね」
「ありがとうございます」
カミシロ様からお褒めの言葉を頂きました。
でもこれは…勿体ないお言葉です。
私よりもカミシロ様の持つお力の方が、目を見張るものがあると私は思います。
「…ただ、仕掛けてこないんですか?」
「私は守ることしかできませんので」
「あの…それを自分から言っちゃマズいんじゃ…」
「あ……そ、そうですね。それは失礼しました」
「いや、謝ることでもないでしょうけど…」
カミシロ様の質問に、特に意識することもなく答えてしまいましたが、言ってから気づきました。
相手に自らの特徴を話すとは…なんて失礼なことをしてしまったんだと…。
これでは相手を下に見ているように思われてしまいます。
あ~…やってしまいました。
無礼をお許しください、カミシロ様…。
ですが、今は戦闘中。
ここで私が気落ちしていては、それこそ失礼極まるというものです。
謝るのは…この戦闘が終わってからにしましょう。
気を取り直して…
「…カミシロ様は本気ではないご様子ですし、せっかくの機会なのです。全力でぶつかりましょう」
「………」
目を閉じて、カミシロ様は私の言葉を聞いてくださっています。
返事がないことを、私は肯定したと捉えました。
「いつでもどうぞ?」
「う~ん、それじゃ……行きます」
「(!? 早すぎる!)『見斬り』!?」
想像を超えた早さに、咄嗟に回避のために『見斬り』を使いました。
そうしなければとても躱せそうもありませんでしたし、何より体が自然と動きました。
ですが躱すその動作中に見たカミシロ様は、もう次の一撃を私に向かって放とうとしています。
本当に早い。
不安定な体勢で心元なかったのですが、私はカミシロ様と衝突することに決めました。
このままずっと守りに徹して終わるより、正面から力と力のぶつけ合いをしてみたいと…この時の私は思ってしまった。
横に飛んで足が地から離れていましたが、すぐさま地に足をつけ、思い切り踏み込みます。
そして…
「っ…『斬破』!!」
「『掌底烈衝』」
私の持てる力を、その一撃に全力で込めました。
斬撃の威力を底上げし、かつ相手を吹き飛ばす効果のある『斬破』は、威力は『千薙』とは比べ物になりません。
ですが、この『斬破』は私はあまり多用したくはありません。
なぜなら、『斬破』は爆発したかのように視界を遮る形になるため、相手の姿を失うことにもなるからです。
ただ、そんなものは関係なかったようです。
「あぐっ!?」
「ヤベッ!?」
カミシロ様の繰り出す技が、私の技とぶつかりあったのは確かに見ることができました。
しかし、衝突したところで私の力はかき消されるように、まるで相手にされなかった。
気が付けば、自らの『斬波』の爆発が遠ざかっていくのが私の目には映っていました。
そして…そのまま地面へと投げ出されていた。
カミシロ様相手には、私の専門分野である受けからの反撃、そしてその中で多用する私の流派を出す余裕すらないようです。
なんというお方でしょう。
「っ~~、うぅっ…!」
体に痛みが走ります。今の衝突であちこち打たれたようです。
「っ…あ、あれ? うそん…って今はそれよりも! …だ、大丈夫ですか!?」
「つつ…。え、えぇ…怪我はそれほどしていませんので…」
今のでもう勝敗はついたものでしょう。当然私の負けです。
「えーっと、えーっと…と、取りあえず、今回復魔法掛けるんで…」
何故か酷く焦ったような顔をしている姿が…おかしかった。
先程までもそうですが、この方はやはり変わっていらっしゃる。対戦なのですから、相手を傷つけてしまうのは別段変な事でもないでしょうに。
しっかりとルールに乗っ取って命を取らないでいるのですから、何も慌てる要素なんてない。
しかしここで、私を更なる衝撃が襲いました。
「『ヒーリング』」
「えっ!?」
無詠唱で魔法を行使したことについてです。
今…詠唱をした素振りは見られなかった。
完全に魔法名のみでした。
私の体の痛みが引いていくのを感じることで、本当に回復魔法が発動しているのは分かります。
でもそんな…。
「すみません…少しやりすぎました…」
少し…? これで?
この方は一体…何者なんでしょうか?
私は守りには自信があります。それしかできないということもありますが、『鉄壁』という二つ名を与えられていることからも、それは世間からもそう思われているということ。
ですが、それを歯牙にもかけない、相手にしない強さを誇る人なんて…今までに見たこともありませんでした。
以前会った『剛腕』の二つ名を持つ方と手合わせをした時も、これほどまでの圧力を感じたことなんてありませんし、それを軽く上回るこの方は一体…。
というより、魔法が使えるのに今まで使っていなかったということもそうです。
あれは…切り札なのでしょうか?
でもそんなことを気にする必要もなさそうでしたが…。
…あぁ、違いますね。
きっとこの方は力量の差に気づいていただけなんだ。最初相対した時点で…。
従魔のお二方はそれを分かってて、自らが引けるように質問をぶつけて下さったに違いありません。
あの従魔のお二方もとてつもないお力を持っているということは、カミシロ様を見れば想像がつくというものですし、むしろ1対1にしてくださった配慮を感謝すべきなのでしょうね。
それでも遠く力及びませんでしたが…。
私はなんて勘違いを……本当に情けないです。
始めぶつかり合った後に、何やら不思議な…今思えば追撃してくるような場面で考える素振りをしていたのは、違和感しかありません。
今カミシロ様が心配してくださったのは…力加減を見極めるのが難しかったということ。これが妥当でしょうね。
戦いは、私が本気でぶつかりましょうと伝えてからほんの一瞬で終わりました。
この非常に小柄な…でも内に秘めた力は底知れないお方に、私は興味が湧きました。
見た目からは想像もつかないような力を持つ人は何度も見たことがあります。ですが、ここまでの方は経験になかったのです。
「凄まじいお力をお持ちなようですね。…完敗です」
カミシロ様が私に手を差し伸べてくれたので、私はその手を取り立ち上がりました。
「う~ん…俺はただ単純に力が強いだけで技術はないんですけどね…」
ここでまた自信無さげにそうおっしゃるカミシロ様でしたが…
「そんなことはありません! その剣と体術を組み合わせた独特の構えは初めて見ましたし、剣術と体術の混合がこれほど手強いとは知りませんでした!」
「いや…それは中途半端と言うんd「加えて魔法まで無詠唱で使うその底なしの技量! 尊敬いたします!」…あ、あの~?」
今まで会った方々とは比べ物にならない!
「とにかく! 私に稽古をつけてください!」
「…はい!?」
「お願いしますっ!」
「うわっと!? え!? えっ!? ちょ、ちょっと…!」
私はカミシロ様に土下座をして…頭を下げます。
これは東に伝わる最上位の敬意を表す作法。
恐らく東の出と思われるこの方であれば、これがどれほど想いの込もったものであるかは分かるはずです。
私は…本気ですよ。カミシロ様。
すると…
「お、お~いお前ら! どうしよう!?」
「えっと…分かんなーい!」
「ご主人の判断でどうぞ!」
「こら! せめて考える素振りくらいはみせろよ!」
カミシロ様は従魔のお二方に相談をしているようですが…逃がしませんよ!
やっと見つけたんです! ここでお別れになっては、いつまた巡り会えるかも分かりません。
この方と共にいることで、私は新たな道に進める。もう…本当に1人じゃないと思える…。
そんな思いが、私の胸中を支配していました。
私が冒険者になった時から願っていた理想の人物が…今目の前にいる。
その願いで今まで蔑ろにしてきたものもありますし、この機会を逃しては全てが水の泡になると言っても過言ではないです。
「あのですね…マーライトさん? その姿勢は取りあえずやめてもらえないですかね…」
…ハッ!? もしや…まさかこの方は東の出自ではなかったのでしょうか!?
それでは意味は確かに伝わっていないのかもしれません。
私は…まずカミシロ様に事実確認をしてみました。
「あの…それよりもカミシロ様は…もしかして東の出身の方なんでしょうか? その黒髪は…」
「…あー……一応そうですね。センブリの出です」
ホッ、どうやら私の推測は間違っていなかったようです。
この方も私と同様…東出身みたいです。
…もう少し聞いてみましょう。
もしかしたら私の知る人と近縁かもしれませんから。
「そうでしたか…。いつ頃村をお出になられたので?」
「えっと……確か15の時だったかなぁ…アハハ。今20なんですけどね…」
私よりも1つだけ年下らしく、それは驚きました。
もっとお若い印象を覚えていたものですから、もっとお若いかと思っていたのです。
ただ…
「それなら…もっと早くお会いできたのかもしれませんね。私はアネモネの出身なので…」
センブリとアネモネは…村が比較的近めの位置関係にあります。
この方も幼き頃から強かったと思われますし、その頃に会えていたら…非常に身勝手ですが友人になれたのかもしれません。
「あ、そうなんですか…ふむ…」
「どうかされました?」
「あの…マーライトさん? アネモネには…異世界人の方々が残した記録とかはあったりしますかね? 個人的に興味があって色々調べているんですが、センブリにはあまり気になる記述を見かけなかったもので…」
「異世界人の…ですか? それなら………」
急に、カミシロ様がそのようなことを話し始めました。
私は、ここでふと閃きました。
この方は今、異世界人の方々のことについて知りたいとお考えになっている。それなら、私の家で保有しているものの開示を条件に、稽古に付き合ってもらうのはどうでしょう?
一応私の家は、昔の縁とお父様のツテで、それらしいものが多く保管されています。
世間一般には触れられていないものも中にあったりしますし、この方もそれが知れるというなら好都合でしょう。
それがカミシロ様の求めるものになるかは別ですが、興味は多少は引けるはず…。
お父様は…きっとお仕事でいないでしょうが、偶には…家と村の様子を確かめに一度戻るのも悪くないかもしれません。
我ながらいい考えです。
ですが、あれからもうすぐ7年ですか。早いものですね…。
「あの…カミシロ様? 実は………」
◆◆◆
これが…私とカミシロ様の出会い。
そして、私が仲間としてカミシロ様に迎え入れてもらってから今に至るきっかけ…。
次回更新は水曜です。




