表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第四章 セルベルティア再び
159/531

157話 深まる想い

間に合いました…。過去最長です。

クッソ長いので数分じゃ読めないかもです。

「この宝剣に触れると…その触れた人物の本質が具現化するのはご存じで?」

「はい。実際に見るのもやるのも初めてなのでよくは分かりませんが…」

「左様ですか。今日も何人もの人がこちらの宝剣に触れていますが、全ての方が具現化されています。お二人もその輪の中にこれから入るわけですね」

「…はい。楽しみですね、どんなものが出るのか…」


 台座に俺達も上がり、すぐに宝剣に手が届きそうな場所まできた。そこでちょっとした小話をする。

 今俺の前にある宝剣は…先程から見えていた淡い光とは違い、非常に強い輝きを放っていると錯覚するほどの光量を持っていた。

 多分勘違いだとは思うが、近くまで来たことで期待が高まりそう見えているのだろう。


 しかし…


「…さっきよりも光強くないですか?」


 アンリさんが、俺と同様の考えを漏らした。


「そう…ですね。いつもよりも光が強い気がします…。これはどういう…?」


 …それはどうやら勘違いじゃなさそうで、神官さんまでそう感じているとなると…本当に光はいつもよりも強く、そして先ほどよりも確実に強まっていると見ていいだろう。


 でも、その原因はなんなんでしょうかね? 異世界人である俺に反応してるとかか? 

 分からんが、もしそうなら気をつけよう。こんなとこで騒ぎになったらマズイ。

 だってデートどころじゃなくなっちゃうし。そんなしょーもねぇことで終わるのはねぇわ。


「あの…大丈夫なんですかね? 神官さん?」

「…一応こうして光が強まる人がいる事例もあるので、おかしいということはありませんし大丈夫です。ただ…とても珍しいというだけでしょう」

「へぇ…それは運が良い…」


 ふ~ん? ならいいんですが…。


 神官さんの言葉を取りあえず信じつつ、神官さんの言葉に耳を傾ける。


「…それで、『勇者』様はこの剣を振るっている時は、大変力強くたくましいオーラを放ったと言われています。お二人には…どう出ますかね?」

「へ、変なものじゃなければいいんですけど…」

「変なものなどありませんよ。それは貴女を表す個性であり特徴であり…全てなのですから。誇ってよろしいかと」


 微笑みながら、少し困り顔のアンリさんにそう伝える神官さん。

 俺に対して異った言葉ではないが、とってもいい台詞に心打たれてしまいそうになる。


 ただ、俺達以外にも待っている人がいることを考えると、あまり長居しすぎるのは大変よろしくない。

 そろそろ試してみようとアンリさんへと声を掛けると…


「どんなものが具現化するのかな…」

「さぁ…それはやってみてのお楽しみだね。…アンリさん、どっちから先にやる?」

「あ、先生からどうぞ? アタシはその後でいいですよ?」


 俺が聞くと、アンリさんは俺を優先してくれた。

 何だかんだ楽しみなのがバレているのかもしれない。なら…お言葉に甘えましょうかね?


「そう? なら先にやってみるね」

「はい」

「お決まりになったようですね。でしたらこちらへ……宝剣に手を触れてみてください」


 宝剣にすぐ手が届くところまで歩を進め、神官さんの指示に従う。


 そう言えば誰にも抜けないって話だったよな……一応試してみようか?


 ちょっとした好奇心に駆られ、柄に触れるだけだったが、手を握り直して引き抜いてみようと試みると…


「…!? ………」

「…? 先生? どうかしたんですか?」

「…いや、ちょっと自分の手の大きさにあうなぁと思って…。抜こうと思ったけど抜けなかったみたい…」


 …アンリさんの声によく普通に反応できたなぁと自分を褒めたい。




 ………ヤバい。俺……あれ使えるっぽい。  




 俺が引き抜こうとした結果、宝剣は抜けない方がおかしいんじゃないかと思う程に簡単に持ち上がりそうだった。


 普通に抜けそうだったんだが? ほんの少し力を入れただけで台座から抜けそうだったぞ…オイ。

 思いっきり力を加えなくてよかった…やってたら勢い余って尻餅つきそうだったな。

 あっぶね~、焦ったわ。…というか、微かに抜けかけて危なかった。


 俺が全身冷や汗をかいている一方、オーラの方はというと…


「こ、これは……大変珍しい色ですね。しかもかなり強い…。重なり合う二つの力…揺るぎない決意…包容力……ですか。随分と多いですね…」

「綺麗です…」


 少し時間をおいて、宝剣を中心にブワッと何かが周囲へと広がった。

 アンリさんと神官さんが、今広がったものを興味深そうに見ている。


 この様子だと、どうやら2人にはバレてなさそうだから……うん。このことは秘密にしておこう。

 知らぬが仏。ここは神殿だが、仏だけにほっとけよって話だ。


 …ハイ、相変わらずつまらんシャレですこと。


「多いんですか?」

「はい、大抵は1つくらいしかでないものなんですけど…」


 剣が余裕で抜けそうだったこととバレなかったことはひとまず置いておいて、今宝剣に触れたことで見えているこのよく分からん色をしたオーラの説明を受ける。

 今は3色のオーラが確認できるが、どうやら本来は1色くらいが普通らしい。神官さんはオーラでどんな本質なのかが分かるらしく、俺のオーラから読み取れるものをそう言っていた。


 …というより、これが具現化というのがしっくりこない…。

 もう少し何かの形が表れるとかの方がいいんじゃないですかね? まぁ仕様に文句言っても仕方ないけど。


「凄いですね先生!」

「う~ん、あんまりそんな気しないんだけどな…」


 アンリさんが興奮しているが…


 それよりも凄い事実に今俺は意識が向いているよ…。ゴメンねアンリさん。

 ただ…重なりあう二つの力に揺るぎない決意、それから包容力ねぇ…。全部嘘くさい気がしてならないものばっかりだな。


 そこに…


「ですが、素晴らしいですね。これだけ強いモノを持つ人はそうそういません。貴方は…特別なのかもしれませんね」

「…いやいや~、そんなことないですよ。ただの一般人ですから…」


 一瞬ギクッとしたが、当たり障りない言葉でその場を凌ぐ。


「じゃあ次はアンリさんだね。はい」

「どうぞ」

「あ、はい。どんなのが出るんだろ?」


 自分の順番が回って来たアンリさんが、俺と変わって宝剣のすぐ近くまで近寄る。そして俺はそれを後ろから眺める。

 俺が触れて出現したオーラは、俺が宝剣から手を放すと次第に消えていき、今ではもう見えなくなってしまった。


「じゃあ…やってみます!」


 アンリさんが…宝剣を握る。

 すると…


「へ!?」

「また!? こ、こんなことがあるなんて…。えっとこれは……厳格なる力…未来と過去…繋がり……ですか。………」


 ファッ!? ア、アンリさんも3つなのか!? 嘘だろオイ!?


 今アンリさんの周りに展開されているオーラは3色で、俺とは違う色だが数は一緒だ。

 ついさっき1色だけでるのが普通だという説明を受けていたため、俺はともかく…アンリさんにこのような結果が出たことには驚きを隠せなかった。


「………え?」


 この結果に、アンリさん自身も呆けてしまっているようだ。まさか自分もこんなことになるとは思いもしていなかったのだろう。

 開いた口が閉じず、目が点になっている。


「あの~、どういうことですかね? 流石に2人立て続けにこうだと…」


 流石におかしい気がするんですがそれは…。


 気になったので神官さんに尋ねてみるが…


「………」


 反応がない。どうやらただの屍のようだ。


「あのー!」

「あっ!? す、すみません…少し呆けてしまいました。何分こんなことは初めてでしたので…頭が追い付きませんでした」


 二度目の呼びかけで、我を取り戻してくれたようだ。


 良かったね、そのままだったらまだあの世でしたよ多分。

 ザ〇ラルが成功したようで何よりです。


「それで…どうなんですかね?」


 神官さんが生き返ったところで、今回ここに来ることになった理由の結果を尋ねる。

 だが、それどころではないようだった。


「えっとですね…特におかしな点は見受けられませんし、正常な結果だと思われます。ですのでお二人の相性結果をお伝えしたいところなんですが…」

「…ですが?」


 神官さんが、そこまで言って口を噤んでしまった。


 …え? まさか酷かったりするのか?


 不穏な予想を俺は想像してしまうが…


「申し訳ありません。今回見たものに関しては、お二人の相性について詳しいことは分からないとしか言えません。ですが、どちらも非常に強い想いが込められているのは確かに感じることはできます」

「えぇっ!? 結果がでないんですか!?」

「…申し訳ありません」


 どうやらそれ以前の問題だったようだ。

 言葉通り、実に申し訳なさそうに頭を垂れる神官さん。

 その姿は…自分の力不足や不甲斐なさ、そして無知からくる罪悪感であろうことは、今の神官さんの姿を見ればすぐに察することができた。


「通常であればここまで大きなものになることはないのですが…。もっと小さくあやふやなものが現れるのが大半ですし。しかも3つ同士の相性となると…こちら側としては判断しかねます」


「そうですか…」


 まぁ、そういうことなら仕方がない…か。

 神官さんは悪くないし、今回の事例を次に活かせればそれでいいと思うよ、うん。

 非常に残念ではあるが。


「アタシたちって…通常じゃないってことなんですか?」

「いえいえっ!? そういうわけでは……」


 俺がそう思っていると、アンリさんが少し暗い表情で質問をぶつけた。


 今回の結果に少々不安を覚えてしまったようだが…


「まぁ…珍しいタイプってことですよね?」

「そ、そういうことになりますね…。あくまでこれは相性を測るための大まかな材料を把握するためのようなものですから、深く考える必要はありません。過去にも判断のつかない人達はいたことがありますが、ちゃんと成就したという組もいましたから…」

「成就…ですか…」


 神官さんの言葉に、アンリさんが更に表情を暗くする。そして…それは俺も同様だ。


 俺とアンリさんの恋は…最後まで成就することがない。これは俺がいずれ地球へ戻るということが理由であり、変わることのない事実である。

 アンリさんと恋仲になった時に、自分達がお互いに初恋を後悔しないために付き合うと決めたが、思った以上に割り切れてないのが現実だ。

 だから、なるべくこのことは考えないようにしてきたのだが…。


「…ま、まぁ他の人達が順番を待ってるだろうし、そろそろ行こうか? 神官さん、ありがとうございました!」

「あ、はい…。お二人の仲がより良いものとならんことを…」

「………」


 いたたまれなくなり、アンリさんの手を取った俺はそそくさとこの神殿から出ることに決めた。

 神官さんが俺達の今後を想って言葉を掛けてくれるが、普段ならお礼を言えるところを今は言うことができなかった。


 アンリさんの特徴は…厳格なる力、未来と過去、繋がり…か。

 今までのアンリさんを見る限り、このような面は確認できていない。

 ただ、過去に色々と経験した出来事もあるだろうから…それが関係しているのかな? 


 …ま、これが全てと言うわけでもないだろうし、バカみたいに気にするのは愚の骨頂か。

 アンリさんの今回の結果がどうであれ、俺のアンリさんに対する想いは変わらないしな。


 ただ、今の状態は…ちとマズイな。


 手を引いて後ろにいるアンリさんを見てそう感じながら、俺は神殿を後にした。




 ◆◆◆




 神殿を出て、広場まで戻って来た俺達。周りには俺達同様に男女の組がいるが、その人らが楽しそうにしている反面こちらは暗い。

 この場の雰囲気とは似合わない様相だった。


「アンリさん…大丈夫?」

「すみません、もう大丈夫ですから…」

「そう…」


 アンリさんに容体を尋ねると、もう落ち着いたのか先ほどよりかは暗さはない。いつも通りとは言えないが、特に問題なさそうにみえた。

 だが、だからといって全く気にしないこともできなかったため、次の言葉を掛けようとするも…その言葉が思いつかなかった。


 すると…


「でも…さっきのあの結果、アタシも3つだとは思いませんでした。なんか先生とお揃いな気がして嬉しかったです」


 …暗さを振り払うように、突然笑顔になってそう言ってくるアンリさん。


「あ…うん。俺も一緒な気がして嬉しいけど…」


 何にでも喜んでくれるんだよなこの娘は…。この笑顔はずっと見ていたいと思う。


 …だが、それは力の籠っていない笑顔じゃなければの話だ。

 正直今回のことで本当に喜んでくれているのかはさておき、今のアンリさんの笑顔は…見ていて辛いものがある。無理して笑っているのがすぐに分かるほどだ。




 そういう場面だからこそ…邪魔者と言うのは現れるんだろうか。


「よぉ…また会ったなぁ? 今日はそのお嬢ちゃんだけか?」

「アンタらは…」


 昨日王都に入った時に絡んできた冒険者2人組が、またもや俺の前に現れた。


 俺はコイツらと何か縁でもあるんだろうか? 


「昨日はあの化物に邪魔されたが…お前の運もここで尽きたな」

「昨日とその前の落とし前、ここで付けさせてもらおうか?」


 そう言ってくる2人組の額には…青筋が浮かび上がっているように見える。

 怒りは最高潮といったところか。


「いや…結構ですが?」

「オイオイ…つれないこと言うなや? お前はよくても俺らがよくねぇんだよ」


 俺の言葉にチンピラ臭丸出しの返答をしてくる。もう展開的に何を言っても無駄なのだろう。


 ちっ! 面倒な…。タイミングの悪い時にも出てくるなお前らは…。お前らみたいな連中が来るような場所じゃないぞここは…。


 そして…


「お? やっぱ昨日もいた娘じゃん。すっげぇ可愛いとは思ってたが…」

「そんな奴放っておいて俺らと一緒に遊ばねぇか?」

「っ…!」


 昨日とは違う髪型のアンリさんに気づいた2人組が、卑しい笑みを浮かべてそう口走る。

 アンリさんはその表情に嫌そうな表情を浮かべ、俺の服を少し掴んできた。


 なら当然…俺が取る行動は一つだけだ。


「相変わらず鬱陶しい奴らだな…さっさとどっかに消えてくれないか? 昨日みたいな目に遭いたいか?」

「ハッ! いっちょまえに彼氏面か…このガキが。…ならちと面貸せや」


 俺のある意味忠告とも言える言葉には特に気にしたようなそぶりはない。

 首をクイっと動かし、奥に見える裏路地の方角を指してくる。そこでボコらせろということを示唆しているのは容易に見て取れた。


 …駄目だなこりゃ。

 今はお前らの相手をしている暇もないし、そんな気分でもないんだ。


「付き合ってられるかよ。アンリさん、行こう」

「え? あ、はい…」


 2人組に関しては無視することに決め、アンリさんの手を再度引きここから離れる俺達。

 当然2人組はそんなことを許そうとするわけもなかったが…


「オイオイ待てよ。何勝手に…っ!? なんだ…動けねぇっ!?」

「何だこの黒い帯は? くっ…引き剥がせねぇ!」


 地面から生やした『バインド』を足に巻き付けさせ、その場から動けないように拘束した。

 今アイツらは巻き付いた『バインド』相手に奮闘中である。

 今コイツらを見たことで内心腹が立っていた俺は、『バインド』を全力で発動した。恐らく効力が切れるまでに軽く半日は掛かるだろう。

 相変わらず懲りないコイツらに対し、俺からの制裁というのが含まれていたりする。


 後ろで喚き騒いでいるのを聞きながら、どんどんこの場から離れる。その光景を変なものを見るようにしている人らがいるが、もっと恥をかいてしまえばいいと思っていた。


「あれって…『バインド』ですか?」

「うん。全力で発動したから半日は解けないよ…アレ」

「え…半日って…」


 アンリさんが驚いた顔をしているが、それも無理はない。

 神殿に入るまでに結構な時間待ったこともあり、今はあともう少しで日が暮れ始める時間帯になっているためだ。この時間から半日と言うと…とっぷりと日が暮れた時間帯まであの状態でいることを余儀なくされるのは明白だった。


「いいよ。昨日ポポがあれだけ脅してこれなんだ。多分本当に懲りない連中だろうし、あれでいいよもう…。これくらいはしないと駄目だろうし、もう関わりたくない」


 正直もう顔も見たくない。


「……ふふっ、やっぱり先生は先生ですね」

「…どういうことそれは?」


 アンリさんが急に、そんなことを言いだした。


「だって先生…簡単に撃退する力があるのに、こうして相手を傷つけないようにしてるんですもん。やっぱり優しいんだなぁって…」

「いやいや、優しかったらもっと穏便に済ませてるって…。半日もあの状態でいるんだからお腹は減るだろうし、色んな人からその間ずっと見られている精神的苦痛も十分あるからある意味傷つけてるよ」

「それくらいなら傷つけてるに入ってないと思います。もっとこう…力を示すとかの方が楽でしょうし…」

「…なんかゴメン。やっぱそういうのの方が良かったかな…?」


 アンリさんも俺が男らしい所を見せるようなのを期待していたりするんだろうか? もしそれなら悪いことをしたな…。

 でもなるべく暴力とか加えたくないし…。…ただドミニクの件はやりすぎたが。


「いえ、確かにそういうのにちょっと憧れはありますけど、先生が先生らしくて良いなぁって改めて思っただけです」

「…そう。でも…甘いって言えるんだよなぁ」

「そうかもしれないですけど…それが先生の魅力でもあるんです。だからいいんです。でも…」

「? …まぁ…ありがとね」




 違和感を感じはしたが、アンリさんの言葉に嬉しい気持ちになった俺だった。




 ◆◆◆




 それから少し王都を散歩しながらおしゃべりし、途中に見つけた小さな庭園のようなところで一息入れている俺達。

 様々な花が咲き乱れ、とてもきれいな風景が広がっている。手入れが行き届いているらしく、地面にはそこまで花弁が散っていたり、ゴミが落ちていたりはしなかった。

 どうやらここは穴場なのか人がそこまでいない。、秘密花園と形容するのが正しいとさえ思う程だ。

 綺麗な風景なのに勿体ないなと感じつつ、でも人がいないことに感謝したりしていた。


「今日はありがとう。俺デートするの初めてだったから…なんかゴメンね。もうちょっと上手くできれば良かったんだけど…」


 庭園にあったベンチにアンリさんと並んで座り、今日のデートのことを話す俺。

 正直上手くいったかと言われてもなんとも言えない。どう判断していいか俺には分からなかった。


「そんなことないですよ。アタシもすごく楽しかったですし」

「そう? …なら次はもっとうまくできるようにしないとなぁ」

「次……」


 ん?


 俺が何気なく言った次と言う言葉に、暗い顔をしてしまったアンリさん。

 それまでは先程暗くなってしまった表情から立ち直っていたんだが…


 な、なにかマズイことを言っただろうか? どうせ俺のことだ、無意識にデリカシーがないだの常識がないだの、それっぽい発言をしてしまったのかもしれない。

 ヤッベしくった…。


「あの…先生」

「な、なに?」

「アタシ達のこの関係は…やっぱり間違ってるんでしょうか?」

「え? どうしたの急に…」


 俺の予想とは違ったが、これまた急な発言だな…。

 ただ、アンリさんの表情は今、何かを教えてほしいような目をしている。冗談や適当なことを言っていないのだけは分かる。


「さっき神官さんに言われた言葉がずっと胸に残ってて…」

「…さっきのか…」


 アンリさんがそう言った。そして俺はそれを聞いて悟った。

 先程俺も感じたようなことが…気になっているのだと。


「それは…俺にも分からない」

「…ですよね」


 恐らく間違っているのが正しいのだろうが、俺はそれをあえて分からないと言った。これを間違っているなどと言ってしまっては、俺とアンリさんのこれまで、そして今日の事を否定してしまうような気がしたためだ。


「でも、自分が後悔しないと思った選択を…俺はしたつもりだよ」

「それは…アタシもです。でも、今日あの神官さんに言われたことでまた思っちゃったんです、これはきっと…後悔する羽目になるんだろうなって…。今がとても幸せだから…余計に」

「アンリさん…」

「先生は今はどう思っていますか? やっぱり…後悔すると思ってますか?」


 アンリさんは今不安なのだろう。先のことを考えるあまり、全てがネガティブに感じられるようになっているのかもしれない。


「…だろうね。あの時自分が後悔しないためにって言ったけど、結局最後は後悔しちゃうんだろうなって思うかな。多分その時が来たとき、あぁ…アンリさんと別れたくないなって…。もしかしたら、アンリさんと恋人にならなければ良かったのかなって…思うと思う」

「っ…」


 俺の正直な気持ちを話す。


「でも、それはもう無理だよね。あの時俺とアンリさんは付き合うことに決めたんだから…。もう、戻れない」

「いえ、まだ…戻れますよ? 別れることは…できますもん」


 アンリさんが、自分で言った言葉に悲しそうな顔を強めた。そして微かに…震えていた。


 ……できないに決まってんだろ。


「…そうかもね。でも俺は…戻りたくないし別れるつもりはないよ」

「え?」

「別れたくなんてないよ。それに戻りたくもない。アンリさんと今日デートしてさ、俺…すっごく楽しかったし、すごく嬉しかったんだ。好きな人と一緒にいるだけで、こんなに世界が変わって見えるんだって…こんなに自分の知らない気持ちがあるんだって気づいたんだ。自分の知らない部分にも…たくさん気付けた。それは全部…アンリさんがいたから」


 アンリさんが今考えていることは…今日まで俺も何回も考えたさ。

 でも…


「今日感じたこの気持ちは…俺にとってとても大切な思い出で、経験で、今までに無かったモノだ。アンリさんがいなきゃこれはあり得なかったんだよ。それを全て否定するなんてこと…もう俺にはできそうもないから」

「…」

「ただ、これは俺の我がままだ。だから…アンリさんが今はどう考えているか俺に聞かせてほしい。俺は…それに従うよ。俺はアンリさんと恋人になった時に、アンリさんの願いを叶えたいってずっと思ってたから、それは今も変わらないから…」


 隣にいるアンリさんを見ながら、特に何かを意識するでもなく俺は告げた。


「なら…ずっといてくださいよ。元の世界に戻らないで、ずっと一緒にいてくださいよ!」


 切実、熱望、渇望。それら全てが合わさった様子に、アンリさんの言葉は俺の心深くまで届いた。

 声や表情、そして俺の気持ちも含め、2つ返事で言葉を返せるならすぐにでも残ると返したい。


 だが、それ以上…いや、これに大小をつけるのはおこがましいにも程があるか…。ただ順番が違っただけだな。

 俺はまだやり残したことが……皆への返済がまだ終わってないんだ…。それが済まない限り俺はここには留まれない。


 だから…


「ごめん、それはできない。それだけは……できないんだ」

「知ってます…! 「何があっても必ず帰る」って言ってたのが…強く残ってますもん。そんなこと…分かってます。でも! それでもアタシは…先生が好きだから、離れたくないです」

「……」

「…ごめんなさい。馬鹿なこと言って…。それが叶わないのも理解してたつもりなのに」

「いや…俺がいけないから…」


 アンリさんの悲し気な表情を見た俺は、自分を責めた。


 あぁ…女の子を悲しませるなんて最低だな俺。


「アタシ最低ですね…。あの時アタシ…自分は後悔しないとか言ってました。なのに今こうしてその言葉を否定して…都合が良すぎます」

「いや、それを言ったら俺も最低だから。アンリさんに言われて俺も気持ちが揺らいじゃったから…。…でも、俺のこと想ってくれててありがとう。後悔してくれてるのって…そういうことでしょ?」

「……」


 無言だったが、それが肯定を意味していることは感じ取ることができた。

 ここまでの間、アンリさんは顔だけをこちらに向けて話しかけてきていたが、アンリさんが俺の胸元を掴むように倒れ掛かってきた。そしてそのままの姿勢で、話し始めた。


「先生、アタシは…先生と一緒にいるとすごく怖いです。今日デートしてる時も、楽しいって思える反面、怖さも同じくらい感じてました。この楽しい時間は…いずれ楽しめなくなってしまうんだって。ずっと傍にいてほしい人が…いずれいなくなってしまうから。それがとても怖いんです。でも、それ以上に傍にいてくれると嬉しいんです。もっと傍にいたい、近くに寄りたいって…思っちゃうんです。それなのに…そう思えば思う程辛くなって…」

「アンリさん…」

「どうしたらいいんですか。アタシ…どうしたらいいか分からないです…」


 心の叫びを言い放ったアンリさんの、服を掴む手が弱まっていく。それがアンリさんが悩み、困っていることを表しているようだった。


 どうするかって? そんなの決まってるでしょ。

 答えは俺にだって分からない。そんな俺ができることと言ったら…1つしかない。


 アンリさんの頭を…俺は撫でた。そしてその状態で、俺の考えを伝えた。


「…先生?」


 撫でたことで不思議に思ったのか、下から見上げるように俺を見てくるアンリさん。


「ならさ、もっと一緒にいようよ。ずっとは一緒にいられないんだったら、それまでの間ずっと一緒にいよう」

「え?」


 いられる時間が限られているというなら、それまでの間一緒にいたいと思う気持ちは至極当然に決まってるっしょ!


「ゴメン訂正する。後悔しないなんてのは…間違いだったんだ。これはきっと…俺がアンリさんを好きでいる限り変わらない。アンリさんは…どう? 俺の事、まだ好き…かな?」

「好きですよ! そしてそれはこれからもきっと! 好きじゃなきゃこんなに辛くないです」

「…ならさ、その未来の後悔を忘れられるくらいに今を楽しもうよ。考える暇もないくらいに…さ」

「先生…」

「もうアンリさんと恋人になったあの日から…後悔することは決まってたんだ。…もっと言えば、俺がこの世界に来た時からかもしれないけど。でも、そんなの関係ない。先の不安に確かに心が落ち着かないけど、それで立ち止まるのは違う気がすると俺は思う。だったら…未来に後悔することに対する後悔をしないようにするしかないって思うよ」


 なんかゴチャゴチャでよく分からないことを言っているなとは思う。だが、こんなことは言葉でまとめる方が難しいのだ。

 自分でも把握できないこの考えは…。


 でも俺は…言葉を続けた。


「俺もアンリさんと一緒で、やっぱり別れた方がいいんじゃないかって思ったりもした。でも出来そうもないんだよ。この気持ちを知ってしまったから、アンリさんと一緒にいられないことの方がもう辛いんだよ。先のことが分かっててもどうしようもないんだ」

「先生…それって何も解決してなくないですか?」


 自分では良いことを言っているつもりだが、アンリさんは雰囲気にのみ込まれずにしっかりと俺の言っていることを理解していたようだ。


 だから俺は…


「……あ、バレた? でもゴメン、これが俺の精一杯かな」


 こう言うことしかできなかった。だってそれが事実だったから…。


「やっぱり答えなんてないんですよね…」

「うん。どうしようもないことには、どうしようもないことをするしかないと思ったんだ。まぁ吹っ切れたって言えるかもしれないんだけど…。えっと、取りあえずまとめるとね、俺は先のことは取りあえず放置して…今だけに集中したい。アンリさんともっと仲良くなりたいし、それからもっと一緒にいて欲しい!」

「…」


 最後は少し強調して、一番大事だと思ったことはしっかりと伝えた。

 すると、アンリさんが目をパチクリとし、一瞬動きがとまった。

 そして…


「はぁ~、やっぱり先生はズルいです…。それで何故か納得しちゃってますアタシ…」

「…う~ん、俺の勝ちってことでいい? 勝負してたわけじゃないけど…」

「はい、そうですね…アタシの負けです」


 空気を読んでくれたアンリさんが、負けを認めたようだ。いつ勝負になったんだよって話ですけども…。

 まぁ…この話が収束して良かったならいいかと思わないでもない。




 それから…少しの間お互いに沈黙した。

 アンリさんはその間目を閉じて何か考えており、俺はその間、胸元にあるアンリさんの頭を撫で続けていた。


「……先生?」


 撫でられることに満足したのか、それとも考えるのが終わったのかは分からないが、アンリさんが俺を呼んだ。

 その声はとても落ちついた声で、先ほどまでの悲し気さは微塵も感じられなかった。


「なに?」


 俺も落ち着いた声で反応すると…


「…分かりました。アタシ…もう迷いません。アタシも先生と一緒で、もっと先生と仲良くなりたいです。だから……今後はもう遠慮はしません。もっと先生に自分をさらけ出していきますね」

「…そう。うん、分かったよ」


 もう…大丈夫そうだ。

 アンリさんの方は気持ちに整理がついたようだ。恋人になったあの時と同じように見えるかもしれないが、それを踏まえた上ならもう問題はなさそうだ。


 そしてそれは…アンリさんの次の言葉ですぐに理解することとなる。


「だから先生…ギュってしてください」


 お願いではなく要求。

 似てはいるが、全く違う。今までにはないその言葉に、俺は何故か無性に嬉しさを感じた。

 アンリさんが甘えてくれている。そう…思ったのだ。


 当然…


「…はい。これでいい?」

「っ、はい!」


 アンリさんを俺は…優しく抱きしめた。

 何度かアンリさんを抱きしめたことのある俺だが、今回は非常に何か満ち足りている。そんな気がした抱擁だった。


 そして…やっぱり女の子の体は柔らかいなと感じていた。


「先生…あったかいです。……くしゅんっ!」

「大丈夫? …流石にあったかくても、日も暮れてちょっと冷えてきたね。…そろそろ帰ろうか」

「むぅ…残念です」


 俺がそう告げると、すごく残念そうな顔で俺から離れたアンリさん。

 どうやらもっと抱きしめて欲しかったらしい。自惚れとかでなく本当に。

 というより…


 ……随分と切替が早いな。

 サッカーだったらカウンターで点決められてるんじゃないのか…この速さは。


 内心そんなことを考えてしまった。それくらいにアンリさんの行動にビックリしていたりする。


 ただ…


「あ、それで最後にこれを…」

「なんです?」


 これを渡すことができるのか流れ的に不安だったが、どうやら大丈夫そうだ。

 俺は『アイテムボックス』から、小さくて少し細長い箱を取り出し、それをアンリさんへと差し出した。

 アンリさんは驚いた顔をしつつ、受け取ってくれた


「開けてみて」

「はい……! これって…」

「うん。アンリさんにプレゼント。この前レイピア預けに行ったときにさ、あのレイピアを買ったその流れで冒険者祝いにしちゃったからさ…それはどうかと思ったんだよ。だから…これはそれとは別のプレゼント。やっぱりこういうのがいいのかなって思って…」


 箱の中身のものを取り出したアンリさんは、そのまま少し固まった。

 アンリさんが取り出したのは…銀色のペンダント。俺がここ数日中に用意したものである。


「綺麗…」

「一応あまり邪魔にならないようにペンダントにしてみたんだ。もっと言えばネックレスにしたかったんだけど…それだと都合が悪くてさ…」


 ペンダントトップには、以前ジークが言っていた鉱石であるアルテマイトを使用している。

 ジークの盾の時は特に目立つような色や見た目はしていなかったのだが、加工する前の原石の状態のアルテマイトは、白銀に輝いてとても美しいものだった。現物を見たことのない俺でも、聞いた通りの見た目にすぐにそれを理解することができる程だ。加工してある今もその輝きは失われておらず、むしろさらにその輝きを増しているように見える。

 このペンダントを用意するにあたって、ベルクさんと装飾店に勤めている人の知り合いに聞いた所、希少価値が高いと言うことで入手が困難だと言われてしまったが、それはあくまで市場に出回らないという意味でだったので、それなら自分で素材を入手しに行こうと思い、鉱石場での採掘を手伝いがてら地中深くを掘り掘りする夜が4日も続いていたりする。

 昼は依頼で走り回り、夜は皆が寝静まった頃を見計らって『安心の園』を抜け出していたのだ。ポポとナナにも内緒で。

 お蔭様で昨日は寝不足で内心辛かったものだが、なんとか入手できて万々歳である。ついでに鉱石場の人たちも、掘る過程で出た他の大量の鉱石入手で万々歳だと思われる。


「? …都合って何ですか?」

「これにはある効果があるんだよ。…危機が迫った時、自動で防壁を張るような効果を付与されてあるんだ。だから…何かあった時に身を守ってくれるよ」

「え!? それって…付与スキルですか!?」

「そうだよ。学院でも習ってるかな? …って、そりゃトップの学院なら習ってるし知ってるに決まってるか」


 自分で言った質問の答えを、自分ですぐに見つけてしまった。


「あの、でも付与スキルって位の高いものにしかないって習いましたけど…これって高いんじゃ…」


 アンリさんの言うことはごもっとである。

 付与スキルは位の高いモノにしか出ることがない。モノと言うのは、主に素材を指す。

 素材には位…いわばランクのようなものが存在し、位が高いモノには付与スキルが内に秘められ眠っている。

 これを呼び起こして顕現させるためには、それ専門のリライザーという職種がある。

 …今回プレゼントしたアルテマイトのペンダントにも当然付与スキルは眠っており、アルテマイトが持つ付与スキルは…【防御壁(特大)】。装備者、もしくはそのスキルを持つ者が危機に瀕した時に防壁を張るものである。

 その者の魔力を吸ってこれは発動するらしいのだが、このように付与スキルの場合だと予め魔力を充填しておいたものを代用することで発動を可能にするとのこと。

 ただ、付与スキルというのは一度効果を発揮してしまうと再び眠りについてしまう。その場合は再度呼び起こす必要があるため、戦闘などでは継続的に使うことができない。ここぞという場面や緊急時に使うのが正しい用途である。

 なので、ペンダントには俺の持てる魔力をアルテマイトの魔力充填限界までたっぷり詰め込んである。これならどんな危機だろうと、少なくとも必ず一度は身を守れることだろう。


 欲を言えば永続的に効果を発揮してくれればと思うもんだが…それは都合が良すぎるか。

 永遠なんてものを持っているものは、無いのが普通なんだろうし。




 つまり…今回アルテマイトをペンダントに起用した理由はこれである。

 安心安全の2つが揃ったこの性能なら…この先のことは大丈夫だと思う。


 まぁ呼び起こしてもらうのもタダではないし、正直こちらは高くついてしまったが、本来であれば素材分も金が掛かることを考えると、俺の場合は自分で調達している分まだマシである。


 …というか、プレゼントだから額なんて気にしませんけどね。一番大事なのは気持ちでしょう、うん。


 多分、今俺の着ているこのローブに【ドラゴンソウル】とあるのは、きっと顕現したスキルなのだろう。こちらはなぜ勝手に顕現してるのかは分からんが…。

 だが、ドラゴンの素材を使っているわけだからそう予想するしかないのも事実だ。


 不思議なこともあるもんだ。


 素材の位の高さについては…『異世界のジャンパー』が分かりやすい。

 あれには…3つの付与スキルがついていた。それはあのジャンパーの素材としての位が非常に高いからである。流石神様といったところか…。

 それ以前に神様が作った「異世界のジャンパー」で3つなのだから、付与スキルが1つ付いているだけでも十分なものだと考えていい。それだけアルテマイトは位が高いということだ。


 取りあえず、アンリさんの疑問には答えておこう。


「…それは秘密で」


 秘密と言う形で。


「え…気になるんですけど…」

「駄目、秘密。…あ、決してやましいことはしてないものだからご安心を…」

「やましいって…やっぱりこれ高いんじゃ…」


 いや…高いけど高くはない。たった4日の労働で手に入ったわけだし。

 それに…変に畏まられても困るから、希少価値の高いものを使ってますなんて言えない。

 秘密でいいだろ。


「…」

「…アハハ……」


 俺が言葉を返せないでいると、アンリさんが苦笑を始めた。

 恐らく俺がアルテマイトを使っていると教えないことに対してだと思われる。


「…でも先生……ありがとうございます! 大切にしますね!」


 苦笑から一転、今度は別の混じりけも無い笑顔でそう言ってくるアンリさん。


「うん。それだと嬉しいかな…」

「あ…でもアタシ…先生にまだ何も…」

「いいっていいって、気にしなくていいよ」


 アンリさんが、少し残念そうな顔をした。

 俺がプレゼントを渡したことで、もしかしたら自分も何かしなければいけないという衝動に駆られているのかもしれない。


 あげたいと思ったからあげたわけだし、別にお返しはなくてもいいんだけど…。


 俺がそれに対し、手をパタパタと振って平気アピールをすると…


「…あの…付けてみてもいいですか?」

「うん、そりゃ勿論」

「じゃあ…付けて貰えませんか?」

「え? …うん、分かった…」


 パッと何かを思いついたかのような表情になり、俺にペンダントを付けてほしいと言ってくるアンリさん。

 俺はその発言に少し驚きはしたが、断る理由はおろかむしろ付けて欲しいと思っていたので、それほど深く考えるでもなく了承した。


 アンリさんが箱を差し出してきたので、俺はその箱の中に綺麗に収められているペンダントを手に取った。

 スルリと俺の手からぶら下がったペンダントは、夕日を浴びてキラリと光っている。


 うん、やっぱり綺麗だ。


 アンリさんが襟足に手を回し、後ろ髪を上げる。白くスベスベとした首筋が露わになり、その色っぽさにドキリと胸を弾かせられた。


 う…ちょっと恥ずかしいな。顔近いし…。




 俺がそのことに意識を取られ、アンリさんの首の後ろに手を回している時だった…


「えっと、こうかな……っ!? っ~~~~!」

「………」


 ペンダントをつけるのに少し苦戦し、アンリさんとの距離が近くなったところで…突然キスされた。

 俺がアンリさんに手を回しているように、アンリさんもまた俺へと手を回してきた。

 ペンダントを付けることに手間取っていた俺だが、そうなってしまってはそれどころではない。


 首に手を回されているせいで抜け出すに抜け出せない。…というより抜け出すという考えがまず起きない。脳がパニックになっている。


 そして数秒ののち…


「……ぷはぁ……エヘヘ…しちゃいました」

「ぁ…ぅえ…ちょっ…!」


 自分の唇に人差し指を当てて、いつか見た小悪魔的な笑みを見せるアンリさん。その姿にさらに心臓が跳ねてしまった。

 俺はと言うと、まだ感触の残る口元を片手で覆い、今の出来事を頭の中で何度も再生していた。

 今俺は何をされたのかと、そしてそれが向こうからしてきたことだということ等、色々である。


 顔が熱い…。アンリさんも恥ずかしいはずだが、俺よりかは顔が赤くない。吹っ切れたというのは…そういうことだろうか? それならなんてとんでもない娘なんだ…。


「…先生、さっき言ったじゃないですか、もうアタシ迷わないって…。これからもっと積極的にいきますから覚悟しててくださいね。だから先生も…。…次は先生からしてくださいね?」

「アンリさん…っとにさぁ…まったく…。敵わないなぁ…ホント…」


 ただただ、言葉が漏れた。


 なんだよそれ…可愛すぎんだろ…。迷いなさすぎで困る。

 アンリさん、ふざけるな。それ以上可愛くなったら手がつけられなくなるだろ。


 …あ、そっちの手は出すつもりはないです。流石にその一線を越えるのは駄目だと思ってますし、おすし…。


「でも、あんまり遅いとアタシからまたしちゃいますから♪」


 プツン


 その時この行動に出たのは…俺の意思ではなく反射のようなものだったんだと思う。


「だから先生も…っ!?」

「………」


 お返しといわんばかりに、離れたアンリさんを引き寄せて俺もキスをした。

 先程よりも…長いキス。それは唇と唇が触れ合うだけのシンプルなもの。だが、俺にはそれだけでも十分すぎるほどのことだった。


 唇を離した俺は…


「……よし、これでお相子だから」

「っ~~~! ……はやすぎますよぅ…」


 真っ赤な顔で、俺は強がってそう言った。対するアンリさんは…度肝を抜かれたことによる恥ずかしさが体を襲っているようだった。

 先程よりも激しく赤い顔でそう言うアンリさんは、誰の目から見ても恥ずかしいだろうことはすぐに分かる様子だった。


「まぁ、俺もやられてばっかりは癪だし…ね…」

「…嬉しいです。もう寒いどころじゃなくなっちゃいましたよ。今凄い火照ってます…」

「…それは俺も」


 その時、少し強い風が吹いた。

 その風はこの庭園の花々を揺らし、抜けた花弁を空に飛び立たせた。

 まるで俺達を祝ってくれてるかのように、俺には感じた。




 …何らしくないこと言ってんだって感じですけどね。

 でも、そう思ったから仕方ないじゃない。ジークじゃないけどそう勘違いさせる自然現象がいけないんだ。

 きっとこの風は空気が空気を読んだだけ…。ただのイケメンな空気だっただけさ。フッ…。罪な風ですな、風邪でも引いて吹いてなさい。




「アンリさん、帰ろうか」

「…はい!」


 俺はベンチを立ち上がった。それに続いてアンリさんも立ち上がり、そっと腕を組んできた。


 …手を繋ぐのをすっとばしていきなり腕組みですか、そうですか。でもそれを言ったらキスが先ってなんだよって話になりますね。

 リア充街道まっしぐらだな…今の俺。地球じゃ考えられないことだから、なんか罪悪感が少し…







 もねぇわ。

 俺はこのチャンスをものにすべく、アンリさん同様にもう遠慮なんてしないことに決めたぞ。


 走るぜー、超走るぜー。リア充街道まっしぐらだぜー。

 某レースゲームのキノコ使用時を維持し続けるぜー。邪魔する奴は甲羅と爆弾で蹴散らすぜー。そして最後はキラキラしながら蹴散らしたるで~。

 暗い夜道(恋路)も何のその、照らして見せようゴーイングマイウェイ。




 …と、そんな雰囲気も糞もねぇことを思っていたりする。


 ただ…こうして俺がアンリさんとこの関係になれたのは、一重にこの神様から貰ったスキルのお蔭だ。なかったらきっと…ここまではこれなかったことだろう。

 俺はそれに甘えて調子に乗ったりしてはいけない。本来は得なかった力で…普通ではあり得ないことを可能としているのだから、それを理解したうえでアンリさんと付き合っていきたい。




 そして今…夕日が落ちる。その夕日の最後の光を受けて、アンリさんが今つけているペンダントが必死に光ることで抵抗を続ける。だがそれは、日が完全に暮れて光の供給がなくなったことで、主張を止めてしまった。

 それが俺とアンリさんの今日のデートの終わりを告げているような気がしたのを感じながら、俺達は歩き出したのだった。




 その翌日…王都でリフレッシュを終えた俺達は、グランドルへと戻ったのだった。




 ◇◇◇




 王都…セルベルティアの中心にある巨大な城。王都に訪れる者は必ずと言っていい程に視界に映り込むその城では、今少し騒ぎになっている。

 それは司とアンリが丁度神殿で宝剣に触れているのと同時の瞬間だった。セルベルティアの王城、信託の間にて…


「これは!?」


 突如、少々薄暗いこの部屋を…淡い光が照らした。

 元々暗いこともあって、明るさが増したことに気づくのは簡単すぎるほどに。


「今までに見たことのない反応…! もしやこれは!?」

「この波動…間違いありませぬ」

「周期は大体適合しますし…可能性は高いでしょう!」

「早く神殿へ急行しろ! 状況を早く確認するのだ!」


 広場のような面積を持つ部屋で、十数名の魔法使いが騒ぎ立てている。

 その者達は床に片膝を着き、両手を合わせて祈りの姿勢を取っていたようだが、どうやらそれどころではないようである。


 その部屋の中央には、無骨とまではいかないがシンプルな形をした剣が台座に突き刺さった状態で祀られている。

 それは神殿にある宝剣と似た輝きを放っており、見た目は違くとも同質のもののようだ。神殿の宝剣が金色であることに対し、こちらは白色一色である。


「陛下にお伝えしろ!」


 その声を聞いた1人の者が、部屋を急ぎ出ていく。

 その慌てようは尋常ではなく、まるで大スクープのネタを抱えた新聞記者のようだった。




 この日を持って、セルベルティアとその王家は…ある考えを持って動き出した。


次回更新は土曜です。

ちょいと根を詰過ぎましたので…。すんません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ