155話 旧友とデートと…
翌日…
昨日あの後見事に装置を破壊した俺だが、ウルルさんは対抗心でも燃やしたのか…更なる改良を施してリベンジしてやると言っていた。
そう豪語する姿に嘘は感じられず、壊したことによる恨み等はなかったらしい。別れる時までやる気に満ちた雰囲気を醸し出していた。
まぁ、確かに最初壊しても構わないとか言っていたからなぁ。ま、ほっとこう。
その後は逃げるように学院を退散し、王都にある手ごろな宿屋で宿泊した。
一応メジャーそうではない宿屋を選んだつもりではあったが、やはりヒナギさんを知っていたらしく、口封じにあれこれ勤しんでいたりするが…取りあえず事が大きくならなくて良かったのは幸いか…。ヒナギさんも目立つのは嫌だと言っていたからできるだけ防ぎたいことではある。
そして今、俺は王都の待ち合わせスポットである噴水広場にて、アンリさんを待っている。
所謂その…デートの待ち合わせってやつです…ハイ。忠犬ハチ公のように、かれこれ1時間くらい早くジッとしてここにいます。
なんでそんなことになっているのかと言うと…昨日宿屋で思い切って誘ってみたのですよ。明日一緒に出掛けない? …と。
…あ、夜の街にではなく、ちゃんとお昼の町への純粋なお誘いですよ? そんなふしだらな思考とかはちゃんとしませんでした。
丁度今日は各々自由行動の日にしようという風に皆と決めていたし、元々リフレッシュがてら王都に来ていたからタイミングとしては良かったのだ。
アンリさんも最初はビックリしていたが快く返事をしてくれて、承諾してくれた。その瞬間俺の脳内では神々しい光とファンファーレが鳴り響いたものだ。それじゃまるでプロポーズみたいですけども…。
でもそれくらい俺にとっては大きなミッションだったわけだ。
同じ宿屋に泊まってんだからそこからスタートでもいいのではと思ったもんだが、皆曰く、雰囲気も糞もねぇという話になったので…そういうことである。
デートには効率性は不必要ということだろう。要らないという要素が必要だということですかね? 恋愛初心者の私には少々難しいです。
どの辺の層にいるかと言われれば底辺層の住人ですし…。所謂ピラミッドの一番下層ですし、おすし。
「すみません! お待たせしました!」
ザワッ…
そうこうしているうちに、最近では毎日聞いている声が耳に入った。
「アンリさん……」
……Oh。写真に収めたくなるお姿ですね。額縁に入れて飾りたい…。
そこには…手を振りながら駆け寄ってくるアンリさんが確認できた。
「ヤッベ…あの子タイプだわ…」
「今まで見た子で一番可愛いかも…」
「対する相手はアレか。パッとしないな」
男共のやっかみの声が嫌でも耳に入ってくる。
俺への嫌味妬みはいいとして…やはりアンリさんは目立っているようだ。俺へと向けて手を振る姿に俺は勿論、他の人らも魅了した。
しかも、今回はとびっきりおめかししている…。まず服が冒険者用の服じゃない、私服である。
スカートは冒険者の恰好の時も一応そうだが、今回は戦闘においての実用性重視のものとはかけ離れ、今は大人っぽい雰囲気を感じる黒のスカートを着用している。上半身は薄紫色のセーターの上に白い羽織りという、アンリさんの髪色を目立たせるような相性の良い組み合わせだ。ワンダホー。
でも…一番の驚きはそこじゃないのよ…。俺が一番グッときた部分と言うのは髪の毛をストレートに下ろしているところだ! 「さっきあの子タイプ」…とか抜かす輩がいたな? 気が合うな…俺もだ! だがアンリさんは渡さんぞ! さっさとあっちいけ。
髪型もエクセレントだが私服の方の威力も半端ねぇ…! その姿が私には至福です。ありがとう!
王都に来る時には持っていなかったはずの服。その服をどこで調達したかが気になるところだが…それは多分あの人が関係しているのだろう…間違いなく。
アンリさん同様に、教え子であるピンクの髪の女の子が俺の脳裏をよぎった。
きっと……「あ、アンリ! 最高ですっ!!」とか言ってるんだろうな…。今日はこの前みたくいないみたいだが。
昨日は疲れたきった様子だったけど…そんなのも忘れて準備したんだろうなぁ…。その行動力は素晴らしいとしか言いようがない。
実は…
◆◆◆
昨夜…宿屋で俺がアンリさんにデートのお誘いをした後のこと…
俺達は宿屋の一角に集まり、今日の出来事や明日の行動のことを話し合っていた。
「皆はどうする? 俺とアンリさんはその…出掛けるけど、やりたいことあるって言ってたよね?」
「おう。俺は図書館に行ってみてぇな。ここの蔵書量は規模が凄い。知らない本が多そうだからな」
「ん、私もやりたいことある」
俺の問いかけに反応してくれた2人。
シュトルムは王都にある巨大な図書館を見てみたいとのことらしい。セシルさんは何をするかまでは分からないが、個人的にやりたいことがあるのだろう。
「シュトルムは相変わらずだね~。それでヒナギと…ジークは?」
「んー…俺は昼寝だな。やることねーし」
まだ聞いていない2人へとナナが聞くと、ジークがそう答えた。
あ、ハイ。どうぞ寝ててください。それだとこっちも非常に助かります。
寝てて褒められるなんて随分と甘やかしているみたいな感じだが…全然甘やかしちゃいます。
なんならお小遣いもあげてもいいのよ? いやマジで。
内心でジークの言ったことに対して賛美を送るが…少しナナのことが気になった。
まだナナはジークを快く思っていないようだ。さっき聞くときに少し間が空いたのはその表れだろう…。こればっかりはどうしたもんかと悩むところだ。
あれこれ言ってどうにかなるようなものでもないし、これは本人の気持ちが変わらない限り続くだろう。放置する、見守っているという選択肢を取るしかないのだが…どうにも見ていて歯がゆくて仕方がない。
…ま、そんなのは我慢するしかないんですけどね。
「私はその…」
「あ…ヒナギさんは…」
ヒナギさんが口を一度開きかけるが…言い淀む。
動くに動けないか…。今日王都に来た時と同様の展開になるだけなのは簡単に想像できるしな…。
どうしたもんか。
「ヒナギは今日みたいなことになりそうだしね…。でも、やりたいことってあるの?」
「はい。少々体を動かしたいと思います」
俺が聞こうとする前に、セシルさんが先に質問をしてくれた。
ヒナギさんの返答は…まぁ予想していた通りのものだった。
「…真面目だねぇ相変わらず」
「今日の学院での計測の時に少し違和感を感じまして。最近は魔力循環ばかり練習してましたから…少し腕が鈍ったようです。お恥ずかしい限りです…」
ワーオ、相変わらずですねー。
でも少し腕が鈍って9段階目ですか。なら本調子だったらあの装置壊せたんじゃないんですかねー。
チートも無しに凄すぎるんじゃないのヒナギさんや…。
ヒナギさんの純粋な強さに尊敬の念を抱いていると…
「ふぅ~。今日も大変でしたね」
「…まだいい方だろ。親父の話だともっとキツイもんだったしな…」
「現実は厳しいですよね…」
そこに…疲れた様子を見せた若い冒険者の3人組が宿屋へと入ってきた。
俺達同様に宿泊するのだろうか? と思ったが…その考えはすぐに消え去った。
なぜなら…よく見知った3人だったから。
「…え?」
「クレア!? なんでここに?」
「あ、アンリこそ…グランドルにいるはずじゃ…」
「カミシロ先生まで…」
「…奇遇…と言えばいいんでしょうか? あの…お久しぶりですね」
以前見た制服とは違い、冒険者の服装を纏った、教え子であるクレアさん、エリック君、メイスン君の3人がそこにはいた。
こちらも驚いた顔をしているだろうが、向こうもそれは同じようで…なんとも言いにくい顔をしていた。
久々の教え子に会った俺と友人と再会したアンリさんは、目を丸くしたのだった。
それからは…3人も交えての談話へと移行した。
ただ、アンリさんは久々の再会に積もる話もあったようだが、どうやら3人は依頼帰りらしく疲れた様子を見せていたので長くは続かず、一旦そこでお開きにすることとなった。
しかし…
「いえ…邪魔するのもどうかと思いますから。明日の夜にでもまた会えませんか?」
「あ、それなら多分大丈夫だよ」
「ならその時にこの続きを話そうか。冒険者になってからの話も聞きたいしな」
「ですね」
「それまでは先生と楽しんできてください」
「…うん」
明日のデートのことを言われ、はにかむアンリさん。
その表情から察するに…楽しみにしてくれているのだろうか? それなら俺も気合をもっと入れないといけない。失敗は嫌だしな。
それで…ヒナギさんが明日何をするのかについてなんだが…
「俺達はそれまでの間…マーライトさんに特訓してもらうから」
「こんな機会は滅多に…というか一生なさそうですからね。機会を無駄にはしたくないようにしたいところです」
「ふふ、アンリ。お互いに頑張りましょう」
このように、クレアさん達の稽古をすることに決まったのだった。
なんでも、体を動かすにしてもそんなに本気でやるというわけではなく、軽く動かす程度のものとのことだったので…
『稽古…ですか。いいですよ? 私が何を教えられるかは分かりませんが…後輩のためにできることをするだけですから…』
『『『……カッコイイ』』』
…と、快くヒナギさんは承諾してくれたのだった。なんともヒナギさんらしい。
その姿に、大先輩であるヒナギさんを見る目が崇拝に近いものになった3人ではあったが…。
ま、そらそうなっても仕方ないとしか思えなかった。
それくらい…ヒナギさんの冒険者としての姿と人としての姿は素晴らしいものだし、俺もある意味崇拝していたりする。
「じゃーヒナギのやることが決まったとなると…どうやって移動するかだよね。なるべく目立たないように移動しないといけないし…」
やることが定まって嬉しい反面、まだ残っていた問題点をナナが指摘した。
「そうだよなぁ。どのみちあの門潜らないといけないしな。…どうすっかねぇ?」
稽古をするにしても、それを町中で行うわけにはいかない。やるなら然るべき場所…例えば学院の演習場や有料の訓練施設があるにはあるが、そこを利用しようもんなら問答無用でまた騒ぎになることだろう。人目に付くような場所はまず使えない。
となると、王都の外に広がる無法地帯。…つまり城壁の外以外は考えられないのだ。
しかし、今俺達のいるこの宿から城壁の外までは…直線距離にして約1㎞程はあるため、その距離を誰にも気づかれずに移動するのは難しすぎる。
「空は規則違反だから難しいでしょうね…というか飛び立った時点でバレますし…。それだと…ナナ、この前みたく掘って行けませんか?」
どうしようかと考えている最中、ポポが良い案をナナに切り出した。
「あー…それやっちゃう? 大した距離じゃないから多分できるね」
ナナがそう言っている間に、過去に経験した例から俺もナナ同様に実現可能だという結論に至った。
しかし…
「それはあん時みたいにか? まぁできるだろうけど……ここ宿屋だぞ? 気づかれずにできんの?」
「そこはまぁ…私の技術があれば問題ナッシングだよ。ポポもいるから安心…。ちゃんと何処にも被害が出ないように配慮するし…へーきへーき」
「…そっか、じゃあそれでいいんじゃね?」
胸を叩いて自信満々に言うナナ。
ナナが静かにできるというので…まぁできるのだろう。
俺よりも魔法の扱いが上手いナナの事だ、信じる他ない。
ということは…ナナとポポもヒナギさんらに同行するということになるのか。
「あの~、何を話してるんでしょうか?」
「え? 今言ったまんまのことだよ。ここから外壁まで地下を通っていくの」
話の内容についてこれなかったクレアさんらに、図面を描いて簡単に説明する。
俺は以前ベルクさんのツテで、グランドルから南に少し行った所にある採掘場…バルザックから石炭を運んできたことがある。そこは石炭以外にも様々な鉱石が採れることで重宝されており、グランドルにある多くの店舗もそこから鉱石類を仕入れていたりする。
そんなバルザックだが、俺が訪れると幸か不幸か…老朽化かはたまた偶然なのかは分からないが、丁度坑道の天井が崩れ採掘が困難になってしまう事案が発生した。その時に今言った地下を掘り進む作戦で、中で働いていた人の救出をしたりした。
今回やることと言うのはそれと同様のものだろう。違うのは規模だけだ。
あの時は地面を掘り進める時に、結構な騒音や不安定な環境での地下進軍を行ったものだが、今回はそれを踏まえて改善できる算段があるらしい。
流石ナナちゃんだな。
「やることが現実味が無いのもそうですけど…斬新すぎるというか…」
エリック君が感心したように言ってくるが…
そうだろうか? これくらい誰か思いつきそうなもんだけど…囚人とか。
「まぁ…できるってことだな? ならそれでいいんじゃね」
「地下トンネルか…。面白そうだな。俺も通ってみたい」
今話していた計画に興味…というよりは好奇心だろうが、ジークが反応する。
すると…
「ジーク様も来ますか? 予定がなければ…ですけど」
それを見たヒナギさんが…なんとも慈悲深きお言葉を掛けて差し上げていた。
いやヒナギさんや、そいつは寝かせといていいと思いますよ? ま~た面倒なことになったら目も当てられませぬ。
つーか面倒なことになったらどうせ俺が目を付けられる羽目になるんで…。もうそのパティーンは勘弁したいんスよ。
何故に俺が息子の不祥事の責任を取るようなことをせにゃならんのだ……ジーク息子じゃないけど。
俺のそんな願いの声は…
「なら行く。コイツらってあの学院の生徒だったんだろ? なら…結構将来性ありそうだしな…」
届きませんでした。
ニヤリとした顔で3人を指さすジークはもう行く気満々のようである。
コイツに出掛けるための準備はほとんどいらない。いるのは闘う欲求か好奇心、ただそれだけだからだ。
もう…止められない。
「…ジーク、くれぐれも面倒は起こすんじゃないぞ」
「わぁってるって…いい加減俺を信じろ!」
…分かってねーだろうなこれは。
もういいよ、好きにしてくれ。でも俺じゃなくてヒナギさんがいるし、多分その辺はコイツも理解して動いてはくれるとは思うけど…。
「…じゃ、皆の明日の行動はそういうことで…」
各々の明日の行動が決まり、その日は…それで解散となった。
◆◆◆
…と、昨日こんなことがあったのですよ。
なんか今と関係ない話が大半だったけど…クレアさんが今回のアンリさんのコーディネートに関与しているのが否定しきれないのはそのためである。
まぁ、なくてもアンリさんきっと可愛かったんだろうけどな~…うへへ~。
一方俺はいつもと同じ格好である。ベルクさんから貰ったドラゴンの黒ローブを身に纏って、それ以外は特に目立つ部分はない。
今に関しては武器も身に付けていない。流石にデートの時くらいは雰囲気を壊しかねないので装備しないことにしたのだ。
昨日気づいたんだけど、俺ってこの世界に来てから装備以外まともな服を持っていないんだよな。私服なんて論外だ。しいて言えばこの世界に来た時の服装が一番私服らしいとさえ思う。
本当はオシャンティーな服をアンリさん同様に着るべきなのだろうが、地球でも必要な服以外は全くと言っていい程に購入していなかったから仕方ないじゃん。俺にはお洒落の仕方なんてわからんぞ…。
「い、行きましょっか!」
「あぁ…うん」
アンリさんが照れくさそうにしてる中、俺はアンリさんに見惚れていたのだった。
次回更新は日曜です。




