150話 メ〇ルキングになりました
アンリさんが、ヒナギさんの和服を後ろから掴んでは身を隠すようにして引っ付いている。その様子にヒナギさんは苦笑を浮かべ、周りもまた同じような面もちでそれを見守っている。
どうやら先ほどの俺の行動でそうなっているみたいだが、予想以上に効きすぎたようだ。少し自分の行動を反省する。
でも、アンリさんとヒナギさんって…まるで姉妹みたいに仲が良いんだよな…。あ、いや…セシルさんも当てはまるっちゃそうなんだけど…。
2人で料理をしている姿をよく見るし、夜遅くまで一緒の部屋で話したりもしているみたいだし。
お互いに共通する点があって気も合うのか…一緒にいることが多い気がする。
ヒナギさんを見ればまるで妹をあやすような態度であり、アンリさんもまた妹が姉に頼るような態度をしている。
実にほっこりする風景だ。…その状態にしたのは俺だけど。
取りあえずそれはさておき…
王都へと入るべく、門で俺達は身分証明の手続きを済ませるために並ぶ。
その最中、不意に兵士さんの人が驚きの表情を浮かべたのが分かった。
そして…
「あの…もしかして『鉄壁』殿でありますか?」
その兵士さんは大きく目を見開き、ヒナギさんに対して話しかけているようだった。
「はい? 確かに私は『鉄壁』の2つ名を頂いていますけど…。どうかされましたか?」
ヒナギさんは兵士さんに至って普段と変わらない態度で接する。
「やっぱり! いやぁ噂通り見目麗しい…。会えて光栄です!」
「えっと…どうも…。ですが少し静かにしてもらえると…」
「あ! …すみませんね」
兵士さんは、ヒナギさんがどんな人なのかを分かっており、こうして会うことができたことを喜んでいるようだ。見てわかるほどに興奮している。
まるで有名人に会ったかのような態度は、職務はそっちのけで無邪気だ。
まぁヒナギさん…最強美人だもんな。これが普通か。
グランドルに初めて来た当初も声掛けられまくってたし…。
「やっぱ王都じゃ認知度も高いみたいだな。グランドルじゃそうでもなかったけど…」
「ん、グランドルはツカサの認知度が高いから仕方ない」
シュトルムとセシルさんが、後ろでなにやら話している。
グランドルは確かに大きいが、そこに住む人全員が冒険者に対して興味を示しているかと言えばそうではない。そのため、いかにSランクが有名な存在であっても、知っている者と知らない者の両極に別れてしまっても仕方がない。
ヒナギさんは今でこそグランドルでの認知度は高いが、それまではそこまでと言ったところだった。
だが、王都での認知度は高いようだ。以前大きな功績を残したこともあってか、大体の人は知っていると講師をやっている時にエリック君やメイスン君に聞いた覚えがあるし、それは今の兵士さんの反応を見ればすぐに分かった。
やっぱりここはSランクとしての活動が短い俺なんかとは話しにならないな…。流石ヒナギさん、名実共に有名ですね。
その証拠に…
「あれ? 君はどこかで見たような…。どこだったっけ……?」
この差である。
兵士さんが俺を見ると何かを思い出そうとしているみたいだが、答えはすぐに出てこない。
俺はまだまだ認知度が低いのだ。
別に劣等感とか感じてるわけじゃないよ? ただ少しくらい…ほ~んの少しくらいは俺も話に出てもいいんじゃないかなーとか思ったりなんて全然してませんから。ホントにちっとも思ってたりなんかしてませんから。
「…ツカサ、お前はまだ日が浅いから気にすんな」
「…別にいいさ。慰めんでくれ」
シュトルムが俺の肩にポンと手を置くが…それは今はいらぬ気遣いだ。
兵士さんの態度から俺の心境を把握したようだが、それがかえって俺を気落ちさせる。
俺がSランクになった時にも号外とか結構してたのにな…。
名前が出れば分かっては貰えるとは思うけど、顔写真が無いとやはり認知されにくいものなんだろうな…多分。
若干の寂しさを感じつつ、無事に何事もなく王都へと俺達は入った。
◆◆◆
「…で、その学院ってどこにあんだ? こっから近いのか?」
「いや…ちょっと離れた所だな。すぐ着くよ」
「え…結構離れてると思うんですけど…」
ジークの質問に対して素で返した俺だったが、アンリさんがその会話に異を唱えた。
…俺達基準でものを言うのは流石に駄目だったな。
「お前ら基準で言われてもな…」
「…スマン」
シュトルムにも言われてしまい、内心自分の考えが最近おかしくなりつつあるのを自覚する。
その時…
「あ! てめぇはっ!?」
「ん?」
不意に、俺達に対して近くで大きな声がして、反射的にそちら見る。
その視線の先には…
「忘れたとは言わせねーぞコラッ!」
「こんのクソガキがっ!」
俺が初めて王都に来た時に絡まれた2人の冒険者もとい…チンピラ。そいつらはこちらを指さして近づいてくる。
正確には俺を指さしているんだろうが、少し離れていて誰か特定できないようにも見える。
そして、俺達のすぐ近くまでやってくる。
「あー…いつぞやの金くれコンビですか」
「何だよその名前は!? あの時は逃げられたが…今回はそうはいかねぇぜ! よくも舐めた真似してくれたもんだなぁ…あ?」
なにやらものすごい剣幕でこちらを見ているが、あの時の俺には全くと言っていい程に非はないんですがそれは…。
第一、なんで同じ場所でまた出会うんだ? これがラルフさんだったら運命感じちゃうとか思うけど…お前らも同類とは思いたくないんだが…。
「ツカサ。誰? この人達…」
「チンピラ」
「ん、りょーかい」
「ふざけんなっ! ぶっ殺すぞてめぇっ!」
セシルさんの質問にありのままを伝えるが、どうやらこの2人はお気に召さなかったらしい。
今にも襲い掛かってきそうだ。
正直なこと言って怒られるとは…世の中ってなんて不思議なんだろう。
…いや、待てよ? これが世の中の厳しさっていうことだよな?
じゃあ俺はなんて運がいいんだ。こんな体験ができるなんて…俺は恵まれてるな!
…と、思うことにしておこう。
「だが…お前のあの時の足の早さは認めてやる。よく俺らから逃げられたな? 名前ぐらいは聞いてやるぜ?」
最後に言い残すことはあるか? と、まさにそんな風に聞こえる言い方をしてくるが…
よくもまぁあの時の状態を思い返してそんなことが言えたもんだ。たった少し走っただけで息切れを起こしておいてよく言う…。
…まぁいい、名前ね…。ハイハイ…ありますよ?
「…〇タルスライムって言います」
「…あ?」
「あ、間違えました。最近さらに成長してメ〇ルキングになったんでした、失敬…」
「舐めてんのかてめぇっ!」
「いや…アンタら舐めたいと思うほどマニアックな性癖はしてないんで…」
「そういう意味じゃねぇわっ! 調子こいてんじゃねぇぞオラァッ!」
いや…あながち間違ってもないぞ? さらに速くなってるのは事実だし。
あの頃の倍以上は強く・早くなっていると思ってもらって結構です。
…あ、舐めるのが早くなってるとかじゃないですからね?
「ご主人、ここは私にお任せを」
俺が奴らを煽る態度と思考を重ねていると、ポポがズイッ…と前に出た。
前に出たと言っても俺の肩から身を乗り出しただけだが、ポポの意思はすぐに感じ取ることができた。
以前ドミニクに対してただ喧嘩を吹っ掛けるようなことをしたことを、今乗り越えようとしているのかもしれない。
今回はそれと少し似たシチュエーション…その考えが芽生えても不思議じゃない。
ポポ! 頑張れ!
「あん? なんだ…そのちっせぇ鳥が喋ってんのか? ちっせぇ癖に随分と態度がでけぇじゃねぇか」
「いえ…見た目もですよ」
奴らはポポを見て鼻で笑うしぐさを見せたが、それは一瞬で終わることになった。
「…え?」
ポポが巨大化したためである。ドスンと奴らの目の前に降り立ち、上から威圧するように眺めている。
手に平に収まるサイズの奴がいきなり3mになるんだから、驚きは相当なものだろう。事態についてこれないのも当然だ。
そして…
「私、お腹減ってたんですよ。でもこんな所で丁度良いくらいの獲物がいるなんて…。王都っていいところですね」
「あ…って!?」
「っ…離せっ!?」
ポポが素早く翼で奴らを掴み、身動きを取れないように拘束する。
急な事態に驚きつつも、その状態から抜け出すべく抵抗を始めた奴らだったが…ポポとでは馬力、いや鳥力が違う。
見たところ、コイツらはそれほど大した実力も持っていなさそうな冒険者だし、ポポに到底敵うはずもないのはすぐに分かった。
そして、ポポは目をギラつかせて大きく口を開き一言…
「…食べていいですか?」
「「う、うわあああああっ!!!?」」
怖っ! それは酷い!?
まさかポポがこんな行動に出るとは思っていなかったので、若干俺も驚いた。
以前は血の気盛んな対応をしたポポだったが、今回はまるっきり違った。攻撃的な姿勢を見せるのではなく、威圧や恐怖による…自身の方が強者だということの証明。今回のポポはそれを実践していた。
「「ひぃいいいいいいいっ!!」」
しかし、ポポはここで翼に込める力を緩めたのだろう。奴らがボトリと地面に尻餅をついて落ちる。
そしてすぐさま立ち上がり、ほうほうの体でこの場から離れ、悲鳴を上げながら逃げていく。
やがてその姿が見えなくなると、ジークが口を開いた。
「やりすぎじゃねぇか?」
「いや、ああいう奴らには恐怖が一番効くだろうし、あれで丁度良いと思うぞ」
「ん、私もそう思う。…懲りない人種だろうね」
俺もあれくらいで丁度良いと思う。
ああいう輩は懲りないと俺も思うし、二度と絡まれないようにするにはこれが手っ取り早いのは既に実証済みだから裏は取れている。
あいつらみたいなのに困る人もいるであろうことを考えると、良いことをしたと思っても問題なしだろう。
ポポは巨大化を解除して元の大きさへと戻った。
そして俺の肩へと再びとまると、俺の顔を見ては今の評価を求めて来た。
「ご主人…どうでしょうか?」
「流石だ! 100点!」
ポポ、合格!
ちゃんと食べる宣言しているあたり、育ちの良さが伺える。そして両手でご飯(奴ら)をしっかり掴んで落とさない…。これは行儀の良さを表していますな。50点+50点で100点。
しかも、ポポの育ちがいい=私の育て方が上手いという図式が成り立つというわけですから、飼い主としてこれ以上誇りに思うことはないよ。
ポポ、これからもしっかりと立派なインコとして育てていきますからね。よろしく。
「何…今の?」
「さぁ…? でもあそこにいるのって…『鉄壁』のヒナギじゃないか?」
「おおっ! ホントだ! 王都に戻って来たのか!?」
「ヒナギ様もだけど、後ろにいる子達も…すっごく可愛い!!」
一難去ったところで一旦落ち着きたいところではあったが、それはどうも出来そうもないようだ。
流石に、巨大化した鳥と大きな悲鳴があれば目立つのは必然。周囲でその一部始終を見ていた者がザワつき始めた。
「ちょっとマズイ雰囲気…?」
「…少々目立ってしまったようですね。カミシロ様、早くここから離れましょう」
アンリさんが零した言葉は…まさしくその通りだと思う。
ヒナギさんもそれを感じ取ったのか俺にそう提言してきたので、それをすぐに承諾して行動に移した。
「ですね。皆、ちょっと走るよ」
「は、ハイ!」
「ゴーゴー」
「ほいさ~」
「幸先悪ぃな…」
「しゃーねぇか」
皆で走って移動を始める。
ただ、ここでちゃっかりアンリさんの手を引くことを忘れないのがポイントだ。
こうして何かに便乗して仕方なかった感、悪気はなかったんです感を出すことにより、無意識に恋人同士としてのスキルを磨きましょうという作戦である。
じっくり、そして計画的に…俺のプランは進行中だぜ!
とまぁ…
王都に来て早々にこれ以上の面倒事は勘弁してほしい。
シュトルムがため息と共に吐いた幸先の悪いという発言。それを恐らく全員が感じながら、この場を俺達は離れたのだった。
次回更新は火曜です。




