143話 ハートが『エクスプロージョン』しそうです
グランドルの僻地から中央広場へ。
4人で食事の出来そうな所を探しながら歩く。
今の時刻は多分昼頃だろうし、ジークが言ったことも関係しているが、俺達も腹が減ったと感じ始めている。
しかもチラホラとだが美味しそうな匂いが漂ったりしていて、それが更に食欲を増進させた。
…ジークはもっと空腹感を感じているんだろうな。早く良さげなとこを探さなくては。
「なぁ、何か食いたいもんの希望ってあるか? 金は気にしなくていいぞ」
どんなものを食べたいのか、それを聞いてみる。
「んー…取りあえず質より量だな。たらふく食えりゃそれでいいぞ?」
「量…か。りょーかい。じゃああそこだな。ポポ~、空いてるかどうか見てきてくんね?」
「え…あ、ハイ」
ジークの要望に応えるため、自分が知っている店で該当した所をピックアップする。
ポポに空いているかどうかの確認をお願いすると、一瞬戸惑いを見せつつもすぐに反応して飛んでいった。
「この時間混むからなぁ。座れればいいけど…」
「どんな店なんだ?」
「バイキング形式の…質より量を重視した店だ。バリエーション豊富で味には困らないし、たらふく食えるぞ?」
「そりゃいいな! くぅーっ! 早く食いてぇなぁ」
「ま、行儀よく頼むぞ」
「…」
俺達の会話は、昨日争いあったとは思えない様子なことだろう。
まぁそれは俺とジークだけに限るが…。
ポポは少しずつ適応しつつあるみたいだが、ナナは依然警戒を解いてはくれない。表面上は取り繕ってはいるが、内心はきっとまだ変わってはいないはずだ。俺には分かる。
これは時間掛かりそうだな…。
今ジークは普通に外に出ているわけだが、建物から出る際に流石にひと悶着あった。
ギルドマスターが必死に食い下がってきたのだ。
止まらない俺の発言と行動にしつこく抵抗するギルドマスターだったが、必死の説明で無理矢理納得させたことで俺達は今ココにいる。
まぁ説明とは言っても、何度も何度も『大丈夫です』を連呼していただけだったので、納得と言うよりかは埒が開かないから仕方なくが正しいかもしれない。ギルドマスターごめん。
ただ、ギルドマスターは意外にゴリ押しに弱かったのは意外だったけど…。
それで、ギルドマスターはというと現在は俺の要求……つまり『血の誓約』の準備に奔走してもらっている。カイルさんも同様だ。ギルドマスターと共についていき、準備を手伝うとのこと。
どうやらギルドマスターが個人的に保管しているものがあるらしく、それを使うことに決まったのだ。
やはりというか、『血の誓約』なんぞなくても俺は平気だとは思っているが、周りはそうではなかったようだ。ジークの持つ力に対し、何か少しでもいいから枷をつけておきたいとのことらしい。
…それだと俺も当てはまるはずだが、これは普段の行いが功を成しているからだろう。
やっぱり善行はしておいて損はない。まぁ打算ありありでやるのはNGだが…。
なんにせよ、この2人には迷惑ばかり掛けてしまっているから、出来る限り恩を返せるようにしないといけない。
カイルさんに至っては俺の命の恩人だ。こちらは恩を返しても返しきれない。
俺にできることなら可能な限り要求や頼みを飲みたい。
「というか…よく見ると結構いい町だな? 王都ほどじゃねぇが」
ポポの帰りを待っている最中に、ジークが周りを見てそう呟いた。
「何だ? グランドルに来たのは初めてだったのか?」
「あぁ。グランドルにはリストに載ってる奴がいなかったからな…見向きもしてなかった」
リストというのは、魂の回収対象者のことだ。さっき歩きながら聞いた。
「そうか…。ジークはそのリストの内容覚えてたりするか?」
「まさか! んなわけねーだろ。たかがSランク程度の実力の奴じゃあ、興味も湧かねーわ。一応目は通したが覚えちゃいねーよ」
冗談だろ? と言わんばかりに、両手を軽く上げるしぐさをするジーク。
だけどさぁ、それ…全世界の人間をまるで相手にしていないような発言だぞ…。
お前だから言っても変に聞こえないけど…。
Sランクというのはそれだけで名誉ある称号の証だ。手にしたくても手に入れられるものではなく、選ばれた者のみが到達し、授かることができる。
それを蔑ろにするような発言をしたコイツは、総叩きにあっても文句は言えないだろう。
…まぁ逆に返り討ちにする光景が目に浮かんでしまうのも事実なのだが…。
なんとも言えねぇ…。
「そっか。…気になることはまだ結構あるけど、まぁ今はいいや」
そこに…
「ご主人~。どうやら入れそうでしたよ?」
どうやらポポが帰ってきたようで、店の入り状況を報告してくれた。
「確認サンキュー。じゃ、そこ行くか」
「あいよ」
俺達は、その店に向かった。
◆◆◆
………それで店に入ったんだけど…
「…って、お前それでいいの?」
「おう! やっぱ食うならこういうのに限るだろ!」
ジークのトレイに置かれているのは…砂糖がふんだんに使われているような食べ物ばかりだった。
ケーキ類、菓子類、ジュース類等…。つまりデザート系である。見てて胸焼けしそうなくらいだ。
一応申し訳程度に主食や副菜もあるにはあるが、それに全く比例していない量のデザートを見て、唖然としてしまった。
…というか、最初にデザートを持ってくるというのもどうかと思う。スイパラじゃあるまいし、お店側も対応に困るだろ。
それは普通逆だろ…。やっぱコイツ変だ。でも…甘いものが好きだっていうのは十分分かったが。
そしてそれらにジークは手を付け始める。
…が
「「「………」」」
「……んし! 次あれいこ」
俺が2口ほど自分のものに手を付けた所で、ジークはトレイを持って席を立つ。俺達はその姿に唖然として何も言えなかった。
食うのはえーし。ケーキを飲むように食うな! ジュースじゃねぇんだぞまったく…。
ビックリ人間かお前は! まだ補充が間に合ってないぞ。
店員さんがジークが根こそぎ奪っていったデザートに気づき補充しているが、まだ時間が掛かりそうだ。そこに…ジークがまた根こそぎ奪おうとひょいひょいとデザートを自分のトレイに乗せていく。
なんつー光景だ。他の客にも迷惑、店側にも迷惑。だがそれを気にもしないあのふてぶてしいまでの胆力。俺にはないものがあるな…無くていいだろうけど。
とにかく、相席しているこっちが恥ずかしくなってくる。
一応俺はこの町じゃ顔が知れ渡ってるから、店員には店に入ってすぐに気づかれた。まぁこれはSランクになってからはほぼ毎回のことだから気にしてはいないが、注目を浴びるのは心地良い気はしない。
店員がそうであるように、俺に気づいた他の一般客もこちらを見ては珍しいものを見るような反応をしていた。
皆が…俺を見ている。
そしてそいつが…迷惑な奴と一緒にいるんだ、俺も当然変な目で見られるのは必至。
判断をミスったなこれは…。俺の評判もガタ落ちだ……ちくしょう。
ただ…俺とジークが昨日ひと悶着(死闘)あったことは、まだ噂にはなっていないことは確認できた。ジークを見て誰も恐怖していないのが証拠だ。
いずれ広まってしまうだろうが、今は丁度良い。ぶっちゃけ面倒なことになりそうだなと思っていたので、不幸中の幸いといえる。
「~~~♪」
俺が周りの視線を気にしつつため息を吐いていると、ジークがトレイにまた甘いものをギッシリと詰め込んでこちらに戻ってくる。
店員さんはドン引き、そしてそれを見ていた他の客も同様の反応をしていた。
…ホントすんません。ご迷惑お掛けしてます。
てか超にこやかにこっちに戻ってくるな! こっちはそんな顔出来ねーんだから!
そして席についてすぐに…
「やっぱ甘いのはうめぇな~♪」
また飲むように貪り始めた。
その見た目でルンルンされると違和感すごいんですけど…。
厳つい不良が女子高生みたいな態度を取るんじゃない。
「あとで謝らないといけなさそうですね…」
「だよなぁ。…はぁ。ま、俺達も食うか」
多くの視線に晒され、非常に気まずい中俺達も食事を進める。
その心境はきっと…
「「「(迷惑掛けてすいません)」」」
で一致していたんじゃないかと思う。
「それで…そろそろ教えて貰えませんか? ご主人…。その人の名前も知っていたことについても全部」
「ん? ……ああ! そういえば後回しにしてたな、ゴメンゴメン」
ポポが、ため息をつきながら俺を見る。
それを見た俺は、ポポが何を言いたいのかをすぐに思い出し、その要求に応えるべく口を開いた。
まだ俺が急に態度を変え、そしてジークという名前を知っていたことについてを話していなかったから聞かれても仕方がない。
「それは俺も気になんだよな…何で急に態度を変えたんだお前?」
「…それなんだけどな、お前が俺の名前を読んだとき、頭に記憶が流れ込んできてさ…」
「記憶?」
「…それって…未来のやつですか?」
「そうそう。コイツと牢屋で会った時から何か懐かしいような感じがしてはいたんだけど、それがようやく分かったんだ」
「…それは?」
俺へと一斉に視線が集まる。
そして…
「パパッと言おう。…コイツは未来の俺の仲間だった奴だ」
「は?」
「嘘っ!?」
「まさか…!」
「信じられんかと思うかもしれんが、信じてくれ」
俺の言うことに対し、それぞれ違った反応を見せる。
「いや…嘘つくとは思えませんし信じますけど……それなら記憶の変化ってあったんですか?」
「会話みたいな感じでその前後はチラッとだけ分かったぞ? 随分と親しげでさ…。俺だし多分間違いない」
馬鹿もやった、相談も色々した、そして何度も助けられた…そんな感じだ。
「んー察するに…未来の自分と会ったことがあんのか?」
「あぁ」
「未来ってお前……珍しい経験してんだな…」
「…まぁな」
ジークに言われ、改めてそう思った。
なんとも不思議なんだが、俺の記憶だけど俺の記憶ではないというのも変な話だ。
今の俺が経験していないことなのに、それを自分のことのように感じてしまうっていうこの感覚は…未だかつてない経験だな。
「だから…俺がコイツを信用できるといった理由はそれが全てだ。未来の俺はコイツの仲間で、色々と助けて貰った気がするんだよ。…ややこしいけど、俺の記憶なわけではないからなんとも言えんが…俺に混じってしまったアイツはそう言ってると思う」
「…ホントややこしそうですね」
「……よく分かんないよ」
俺もややこしいから分かるはずないと思うぞ。
「ふ~ん? …稀に前世の魂の記憶が残ることがあるらしいが、お前の場合もそれに似たケースなんじゃねぇか? 詳しくは知らねーけど」
「へぇ? そうなのか……」
そう言うジークの言葉に俺が返そうと思った時に…。
そこに、よく知った声が響く。
「ツカサアアァァァッ!! てんめぇえええええっ!!」
「っ!? あぶなっ!?」
その声と同時に、俺の方に向かってトレイが勢いよく飛んでくる。
急な事態に驚きつつも、それを手でキャッチして自分のトレイに乗った食べ物を守る。
トレイが飛んできた方向には…青筋を額に浮かべたシュトルムがいた。その後ろにはセシルさん、ヒナギさん。…そしてアンリさんがいる。
何故ココに皆がいるかは分からないが、どうやら俺達に気づいたらしい。
「え? 皆何してんの?」
「なんで仲良く飯食ってんだお前はあああっ!」
またもや罵声が耳につんざく。
どうやらこの声は俺に向けて放たれたものだったらしい。
「つーかシュトルム! あっぶねーなお前! 大事な飯にゴミが入ったらどうすんだ!」
「え!? そっちの心配?」
「当たり前だろうが!」
俺にトレイがぶつかった所で怪我なんぞするはずもない。だが、食べ物は違う。
お店が丹精込めて提供してくれたのものを粗末に扱うとか論外だ。
「うるせーボケッ! 俺達が心配してると思ったらのほほんと飯食いやがって!」
あぁ…それで怒ってんのかお前。
まぁ確かにそんな雰囲気で出ていきましたね私…。
シュトルムの怒っている原因が分かり、少しずつ申し訳なさが込み上げてきたが、ここはなんとか茶化そうと試みる。
「悪かったよシュトルム…それは素直に反省する」
「あ?」
皆には心配掛けたこと…それは俺だって分かってるさ。
「だから…一緒に飯食う?」
「ぶっとばすぞ糞野郎がっ!」
どうやら火に油を注いでしまったようだ。
ちっ…空気の読めない奴め。
「うん。ココいーい?」
そこに、セシルさんがシュトルムを押しやって空いた席へと座ってくる。
こちらは空気が読めるご様子。
「どぞどぞー」
「一名追加だ~。おしぼりプリーズ!」
俺が着席を促すと、合わせてジークも定員を呼ぶ。
コイツ…中々分かってらっしゃる。
息がピッタリですな。
「って、セシル嬢ちゃん何普通に混じってんだ!?」
「ご飯は大事。私達も食べようと思ってたから丁度いいと思って。それに…言ったでしょ? ツカサは平気だって…」
「ぐぬ…!」
あ~…セシルさんはコイツに悪意がないこと分かってるからそう判断できたのか…。
でもシュトルムだって一応精霊とかで分かるんじゃないのか…? まぁいいけどさ。
「ホラ、シュトルムも座れって…」
「っ……!」
「むぅ…悪かったよ…のほほんとしなきゃいいんだな。……ご一緒に…どうですか?(キリッ)」
「真面目な顔してもやってることが意味ねぇし反省もしてねーだろうがゴラァ!」
駄目だ。頭に血が上ってるよコイツ…。
せっかく俺がサービス精神で決めてやったというのに…。
「へぇ…面白い奴だな?」
「だよな」
「何でお前はこんな時にそう変な態度を取れる……っ! ああああああもうっ!」
「「うるせーなお前」」
「誰のせいだと思ってるんだああああっ!」
俺とジークの声がハモリ、シュトルムは頭を抱えて叫ぶ。
コイツが一番迷惑な気がする。
「「………」」
「あ、2人もどうせだから食べません?」
立ち尽くしたままのアンリさんとヒナギさんに声を掛けるが…
「…えっと…?」
「どうすればいいんでしょうか…?」
どうやら2人は取るべき行動の判断がつかない様子だった。
そりゃそうだ。俺が敵対した奴と仲良くしてる。警戒しない訳にもいかないはずなのに…でも俺はそんなことを感じさせない振る舞いをしてる。という具合に、意味分からん状況だしな…。
だから…
「もう大丈夫だから安心していいよ」
「そう…なのですか?」
「はい」
「で、でも…」
ヒナギさんは多分大丈夫そうだ。こちらに歩み寄り、俺の対面側の方へと腰を下ろした。
ちなみに、俺とジークは向かい合って座っているわけだが、ジーク側にはセシルさんとヒナギさんが座っていたりする。
一方、アンリさんはというとまだ動く気配がなく、戸惑いを見せているようだった。
昨日怖い目に遭った原因である奴が目の前にいるわけだし仕方ないかもしれないが。
そこに…
「よぉ、昨日はビビらせて悪かったな」
「………」
ジークが、アンリさんへと気軽に声を掛ける。
ジークの方も昨日会った娘だと気づいたようだ。
ただ、それでもアンリさんは黙ったままだったので…
「アンリさん、本当にもう大丈夫だから…信じてやってくれない? 確実に無いとは思うけど、仮に何かしようとしたら、また俺が止めるから」
「…先生がそう言うなら」
少しの逡巡の後、アンリさんは理解してくれたようだ。
不安な気持ちはあるだろうけど…今は我慢して欲しい。
俺の言うことを素直に聞いてくれたアンリさんが、俺の隣へと自然に座ってくる。
そしてピトっと肩を密着させてきて胸が跳ねた。
…あ、やっぱりまだこんなに近いと照れちゃいます。慣れてないので…。
ハートが『エクスプロージョン』しそうです。
アンリさんが不安な気持ちでドキドキしている横で、俺はそれとは全く違うことにドキドキしていたのだった。
次回更新は水曜です。




