138話 届き合う想い
シュトルムが皆を連れて部屋を出て行った後、俺とアンリさんだけが部屋へと残った。
…まぁ俺の場合は残ったと言うよりかはいなくてはいけないって感じなんですけども。一応怪我人扱いだし。
俺はベッドから起き上がっている状態。アンリさんは付き人用の椅子に座っている状態で、ハッキリ言って1メートルくらいの距離のため非常に近い。
目を合わすことが何故か出来なくて、明後日の方を向いてはどうしようかとひたすら考える。
「……」
「……」
互いにジッとして沈黙が続く。
それは静かすぎて、自分の心臓の音が脈となって全身に伝わってくるのが鮮明に分かるほどだ。病院ということもあり、不思議すぎるくらい周りも静かなことも影響して、それに拍車を掛けていた。
気まずいな…。と、取りあえず会話を…
「あ、そういえば俺のジャンパーってどこに…?」
明後日の方向を見るのをやめ、アンリさんの顔を見て話す。
一応先ほどから気になっていた話題を切り出し、話始めにしようと考えた。
奴との戦闘の際に着ていたジャンパーが…ない。今の俺の恰好は…なんというか入院している時のような恰好だ。
あの慣れ親しんだ至高の服がないのが、なんとも違和感を感じて仕方がない。
…まぁ流石に寝る時とかは脱いでるけどさ。
「えっと…それだったらあそこに。ただ、すごくボロボロになってて、とても着れそうな状態じゃないみたいですけど」
「え…あ、あれが…!? そ、そんな…」
アンリさんの指さす方向へと向き、かつてジャンパーだったものを見る。
ジャンパーは、俺の右斜め後ろの机に畳んで置かれていた。
とはいっても、もう…既にボロ雑巾のようになってしまっているそれは、ジャンパーどころか、服なのかさえ分からないほどにボロボロであった。
しこたまやられたからなぁ…。流石に壊れたか、クソッ…!
最初からずっと着ていたこともあって馴染みのあったジャンパー。それが無残な姿になり、もう着られなさそうだと思うとなんだかショックだった。
「……」
「……」
再び訪れる沈黙。
俺はジャンパーが壊されたショックもあったが、アンリさんからは早く話をして欲しいという雰囲気が漂っていた。
このままだとずっと同じ流れが続きそうなので、俺は観念して本題へと入ることに決めた。
「あのさ、アンリさん」
「はい」
「…まず、ゴメンね」
「え?」
「俺のせいで、アンリさんに怖い思いをさせちゃったから…ゴメン」
まず始めに、謝った。
アンリさんに怖い思いをさせてしまったことに対してだ。
「それは…いいんです。先生…また守ってくれたじゃないですか。ヴィンセントの時みたく」
「…あったね。そう言えば」
言われて、もう2ヵ月程前のことを思い出す。
「怖くて何もできなかったアタシを先生が抱きしめてくれた時、ホントに助かったんです。息が苦しくて仕方がなかったのに…抱きしめられてから段々楽になっていって…。だから、ありがとうございました」
「…俺が原因なんだから、お礼を言われる筋合いなんて俺にはないよ…。むしろ非難されるのが正しいんだよ」
「先生…」
この娘は俺を気遣ってくれてるだけだ。
だけど…それに甘えてしまうわけにはいかない。俺が原因なら…それはきっちり受け入れなければいけない。
そして今、アンリさんが最も聞きたいであろう話を…俺は話し始める。
「アンリさん、ギルドでアイツが言ったことって…覚えてる?」
「……はい」
アイツと言うのは『闘神』と言ってた奴のことだ。
アンリさんにも一応伝わったっぽい。
「だよなぁ…。まぁさっきの出来事だし、忘れろって方が無理か…」
「そうですね…。でもやっぱり…あの人が言ってたことって…本当なんですね? 先生は………」
誤魔化しはもう効かないところまで来ているみたいだ。
「…うん。俺は……異世界人なんだ。別の世界から来た人間…この世界の人間じゃない」
俺は…正直に打ち明けた。
言いたくはなかったことではあるが、言えて良かったと思える自分もいて、なんとも形容しがたい気持ちになる。
「驚き…です」
「…その割には、あんまり驚いた感じがしないけど…」
そういうアンリさんは、口ではそう言いつつも、あまり驚いているようには俺には見えなかった。
「いえ、驚いてますよ? たださっき聞いてから少し時間があったので…、それにあまりにも非現実的すぎて……。まさか歴史に出てくるような人が…今こうして私の前にいることが信じられないです」
こっちの人からすると伝説上の人物みたいなもんなのかね?
「……そっか。でも本当なんだ。もう…一部の人は知ってるしね」
「皆さん…ですか?」
「うん。…あ、もうギルドにいた人にはバレちゃってるか」
「…多分そうだと思います」
はぁ…どうなんのかな俺。何も変わらなきゃいいんだけど…。
自分が今まで築いてきたものが変わってしまいそうで、怖い。
今後の心配をしていたいところだが、アンリさんとの会話を進めるために一旦その思考はストップさせる。
「……隠しててゴメン。下手に広めて目立ちたくなかったんだ」
「…でも、先生はもう有名になっちゃってますけどね。史上最速でのSランクですよ?」
「それは…成り行きというかなんというか……アハハ」
俺の主張のおかしな点を、クスッと笑いながらアンリさんが指摘してくる。
俺はそれに何も言い返すこともできず、互いに少し笑みがこぼれた。
「…だから本当にごめんね。今回アンリさんを巻き込んだのは確実に俺が原因なんだ…。俺…ちょっとある連中から狙われててさ…」
「ある連中…?」
「………やらなきゃいけないことがあるって、言ったよね? 覚えてる?」
「え…あ、はい、もちろん。やるべきことが済んだ後、その…返事をくれるって」
急な話の変更に戸惑いながらも、アンリさんが顔を少し赤くして言っているのを見て、申し訳ない気持ちになった。
「俺のやるべきことっていうのは…その連中について詳しく調べることなんだ。何で俺を狙うのか、何をしようとしているのか。それを調べたいんだ」
魂のことは伏せ、俺の目的についてを語る。
「そんな!? 危険ですよ! 先生は確かに強いですけど…」
「でもやらなきゃいけないんだ。俺の本当の目的のためにも…」
「本当の目的…ですか?」
「うん。俺がこの世界に来てから決めていたことなんだけど…」
「…それは?」
俺の身を案じてくれたアンリさんを振り切る様に、俺は言葉を重ねた。
そして…
「俺、アンリさんにもう一つ…謝らないといけない」
「え?」
「俺…アンリさんに嘘ついててさ。返事を返すこと…出来ないんだ」
「……え?」
アンリさんは、俺の言うことを聞き返すような反応を見せるだけだった。
アンリさんが呆けているのを見ながら俺は…
「俺は…やるべきことが済んだ後、元の世界に帰るつもりなんだ」
「!? …え!?」
「アンリさんに学院での別れ際、返事を返すなんて言ったけど、俺はアンリさんの気持ちに答えることは出来ない。いずれ帰るから…。だから…ゴメン」
言わなければいけないことを…伝えた。
学院の時点で言わなければいけなかったことを、ここにきて、やっと言うことができた。
「ぁ…そんな…嘘…ですよね…?」
「………」
「っ…!」
アンリさんは、俺の言ったことが信じられないというような顔で言葉の否定を求めてくるが、俺はそれを無言で返答した。
いや、返す言葉が思いつかなかっただけなのが正解か…。
アンリさんが俯いて、そのまま沈黙する。
最低だ俺は。こうなることが分かっていながらあの発言をしたんだから…。
人の気持ちを弄んだような俺が…優しい奴? ハッ、笑わせてくれるよな本当に…。
自分のことを嘲笑し、それ以降はお互いに無言となった。
◆◆◆
どれくらい経っただろう? しばらくの間…沈黙が続いている。
この状況を早く脱却したいとは思っても、どうすればよいか分からない。体もそれに反するように、ピクリとも動かない状態だった。
アンリさんも、まだ俯いた状態のままだ。
しかし、ゆっくりとだがアンリさんが顔を上げて口を開いたことで、その状態は終わりを迎えることになった。
「先生は…どうしても、帰るつもりなんですか?」
「…うん。そのつもりだよ」
アンリさんの言うことをしっかり聞いて、正直にハッキリと伝える。
ここまできたら、もう逃げる訳にはいかない。
「何があっても…ですか?」
「うん。何があっても必ず帰る。それは…この世界に来た時から変わらないから…」
未練がなかったら、この世界に残るという選択肢は確かにあったかもしれない。この世界だったら圧倒的上位に位置する強さがあって、生活にも困ることはなさそうだし。
「…一つ、聞いてもいいですか?」
「…なに?」
「先生は…アタシのことが嫌い、ですか?」
アンリさんからの問い、それは…俺がアンリさんをどう思っているかについてだった。
思えばアンリさんからの気持ちは聞いてはいたが、俺の方ははぐらかしていたままでハッキリと伝えたことは一度もなかった。
…そんなの決まってるでしょ。
「っ! そんなわけないよ! 俺なんかを好きになってくれた女の子のことを、嫌いなわけがない」
そうだよ。あんなに真っすぐに好意を向けられたことなんて今までに一度もなかった。
イチコロだよ! アンリさんの魅力に俺は既にやられてるわ!
「そうですか…。なら、良かったです。嫌いになられて断られてるんじゃないって…分かりましたから」
「アンリさん…。ごめん! アンリさんの気持ちをもてあそぶような真似して本当にゴメン!」
「………」
それからまた、アンリさんは黙り込んでしまった。
目を閉じて、何か考え事をするように…。
そして…
「…それについては、全く本当ですね。だから…アタシは先生を許しません」
目を開いて、俺の目をジッと見て、そう口にした。
だよな。それくらいじゃまだ甘いくらいだ。俺はもっとボロクソに言われてもいいくらいの奴だ。
真剣な気持ちで、アンリさんの次の言葉を待っていると…
「…なーんて、冗談ですよ。別に怒ってなんていませんから顔上げてください」
ムッとした顔から一転。
いつも見る表情で、そう明るく言ってくるアンリさん。
俺はと言うと、予想外の言葉と表情に面食らってしまった。
「え? でも…」
「あ、少しは怒ってますけどね。でも、先生がアタシのこと嫌いじゃないって言ってくれたの嬉しかったので、怒る気なんてなくなっちゃいましたよ」
そんな対応をされるのはおかしいと感じた俺は声を掛けようとするも、アンリさんの言葉に遮られる。
「それに、アタシはあんまり現実味ないんですけど、自分の生まれた故郷に帰りたいっていうのは当然だと思います。…帰る理由があるんですよね?」
「…うん」
「なら、仕方ないですよ…。………」
そしてそのまま俯いてしまった。
アンリさんは…俺のしたことを仕方のないことと言った。仕方ないはずないのに…。
本当に優しいのは…この娘だ。
「あの、先生って…今までに付き合ったことのある人っていたことありますか?」
「へ? いや……ないけど…。どうしたの急に…」
「初恋は?」
「あ、いや…」
アンリさんのまたもやいきなりな発言の連続に、俺は言葉が詰まった。
しかし、何故急にこんなことを言いだしたのかが、俺には分かった気がした。
「…先生?」
あー、これは大方分かってて言ってるんだろうなぁ。
ちょっと薄く笑ってるし、小悪魔的な一面もあるんだ、アンリさん。
だから、顔が非常に熱くはなっていたが、俺は頭をかきながら自分の気持ちをそのまま口に出した。
「その……アンリさんが初めて…かな」
「っ! アタシが…初めて…。…エヘヘ、嬉しいです。アタシも…先生が初恋ですから。一緒ですね」
アンリさんも顔を朱に染めては、嬉しそうにはにかむ。
自惚れではなく、本当にアンリさんは俺のことを想ってくれているのだと思い、嬉しくなった。
「う、うん。俺も嬉しいよ。でも…」
これは正直な気持ちだ。お互いに両想いで、確かに嬉しい。
でも、気持ちを確かめあったところで、結局は悲惨なものになるだけだ。
今こうしているのは…その悲惨な結果をさらに悲惨にさせるだけ…。
だが、俺が悲観した考えを持っているなか、アンリさんはあり得ないことをさらに言いだした。
俺は、この日のアンリさんを忘れることはないだろう。
「…先生がいずれいなくなってしまうのは分かりました。ですからそれはもういいんです。仕方のないことだと思って受け入れます。ただ…アタシに嘘をついたことに少しでも罪悪感を感じているなら、アタシは先生にあるお願いをしたいです」
「…お願い? え、どういうこと?」
「アタシと…付き合ってください」
「………はい?」
それは…アンリさんの2度目の真剣な告白だった。
俺の頭の中は混乱した。
なんでこの流れになった? 分からん…。
俺はアンリさんに罵られて、嫌われて終わりっていうのを構想として考えていたのに…。
はて…どこで分岐したんでしょうかね。
「学院でも言いましたけど、先生のこと…本気で好きです。アタシは…例え最後は別れることになっても、初恋を…この気持ちを無駄にしたくないです!」
「アンリさん…」
「っ…………!」
アンリさんが、俺の目を見て離さない。俺もまた、その目を逸らすことなんてできない。
伝わってくるのは…アンリさんの純粋な強い想い。それはとても熱く、まっすぐに俺の心の中まで届いてきた。
「………後悔するよ?」
「っ! しないに決まってます! ここで身を引く方が後悔します!」
「俺…こんなに情けない奴なんだよ? それでもいいって言うの?」
「情けなくなんてありません! 私を2回も守ってくれた時も! 今日の先生の姿も! すごく頼れる姿でしたよ!」
「それは…ただ単に他の人よりも強かっただけで…、俺は本当は臆病者だ。元の世界じゃ弱虫だった。強くなかったら…あんな行動に出てないよ」
「じゃあ今日の先生はなんであんな酷い状態になるまで戦ったんですか? 逃げることだってできたのに…。弱虫な人があそこまで体を張るなんてこと…できませんよ!」
アンリさんは、俺の言葉を次々と即答で返していく。
返される度に、自分の中を知らない何かが埋めていくような感覚がして、暖かな気持ちになった。
「先生はもっと自分に自信を持つべきです。そんなに自分を卑下しないでください。危険を顧みずに体を張って守って、本当に誰かを思いやることのできる先生は、自分で思っている以上に素晴らしい人なんですから…。でも、謙虚なのが良い所でもあるんですけどね…」
「だから、そんな先生がアタシは…大好きです!」
一線を越えないようにと張っていた最後の防壁が、その言葉の深みに破られた。
だから俺は…
「……アンリさんには、かなわないなぁ。俺…アンリさんを突き放して嫌われる気満々で話そうと思ってたのに。…できそうもないや」
「っ!? じゃあ…!」
俺の言葉の意味を感じ取ったアンリさんが、驚きと嬉しさの混じった顔で、ビクリと反応する。
俺は情けないよ。自分で決めていたことを今からねじ曲げるんだから。
でもそれ以上に、ここで気持ちに答えなきゃ、もっと情けないのも事実だ。
今更だけど…それはこっちから言う約束だったからさ…
「アンリさん、俺も……アンリさんのことが好きだよ。俺と…付き合ってくれますか? いずれ別れることになっちゃうけど…その時までの間」
熱くなった体で、恥ずかしさが見てとれるような真っ赤な顔で、俺もアンリさんに告白した。
今まで溜めていた気持ちを…素直に吐き出した。
なんだろう。気が重くなると思ったけど、逆だ。むしろ楽になったんじゃないか、コレ。
「はい! よろこんで!」
「うわっと!?」
アンリさんが元気な声で、とびっきりの笑顔で、椅子を立ち、俺の首に手を回して抱き着いてきた。
驚きはしたが、俺はそれをしっかりと熱い体で受け止めた。
「先生と…先生と恋人同士です! アタシ嬉しくって…っ!」
「…うん」
アンリさんが、体と言葉で喜びを露わにする。
お互いに熱を帯びた体のためか、密着したことでさらに体が熱くなり、それと同時に顔もさらに赤くなった。
「…あ!? すみません! 痛かったですk…!?」
「大丈夫だよ。だから…もう少しこのままで」
「っ~~~、はい…!」
抱き着いてからほんの少しして、俺が一応怪我人だということにふと気が付いたアンリさんがすぐさま離れようとするが、俺はそれをとめた。
左手をアンリさんの肩へ回し、自分の方へと押し付ける。
こうなりゃヤケクソだ!
安静にしてろとは言われているが、傷はもうないのだ。
あとは残った疲労感が回復すれば万全。傷が開くことなんて気にする必要もない。
今は…自分の気持ちを少しでもこの娘に伝えたい。
「先生の心臓…すごく早いですね」
「そりゃね……それを言ったらアンリさんだってすごいんじゃないの?」
「やっぱり分かっちゃいますか…エヘヘ」
お互い、早まった心臓の鼓動を直に感じながら、幸福感に身を委ねる。
この娘が愛おしい。この娘とずっとこうしていられたらと本気でそう思う。
いずれ帰る身で、別れるのが分かっているにも関わらずこの状態。普通ならおかしいはずだ。
だが、アンリさんの願いがそうだというなら、俺はそれを叶えてあげたい。俺も…この子とそんな関係になれたことに、後悔はしないだろうから…。
自分の気持ちを優先し合った結果だというなら、これはこれで良い結果だったのかもしれない。
俺とアンリさんはしばらくの間、そのまま抱きしめ合った。
次回更新は日曜です。




