134話 VS『闘神』③
まさかの奴の奥の手と、今の魔法が通用しないことに、俺は額に汗を滲ませた。
こんな絶望に近い状況を…どうしたもんかと考える。
『闘神』…か。まさに相応しい名だな。お前は間違いなく闘いの神様だよ。
俺は…ただの人間だけどな。
奴から放たれる槍と、俺に飛来する他の武器。その2つをスキルを使って回避する。
「『見斬り』っ! …っ!」
カウンターを決める目的ではなく、ただ回避をするためだけに『見斬り』を発動させ、スレスレのところで攻撃を避ける。
だが…ここだ! 回避をそのまま攻撃へとつなげる!
交わしている一瞬の間に思考をフル回転させた結果、奴の攻撃をかわした時、俺は思い切った行動に出ることにした。
奴に向かって回避し…奴の頭上へと一直線に飛び跳ねる。
明後日の方へと跳ぶ俺を見て奴は不思議そうに見ているが、俺はここで『エアブロック』を発動して足場にすることで、奴に向かって方向転換をする。
周りには武器が迫ってきてはいるが、最速の動きならば俺には追いつけはしない。
「!?」
奴の頭上から、強襲を掛ける。
もらった!
「『雷崩拳』!」
片手に剣を持っていたため少し威力は落ちたが、体術のスキル技である『雷崩拳』を使った。
速さと対象を打ち崩す威力を備えた、強力な技である。
技は決まったかに見えたが…
「いや…まだか!?」
俺の拳は奴へとは当たらず、地面に当たって大地を激震させただけだった。
すぐに辺りを見回すが…
「…っぶね!?」
ドスス。
「くっ!?」
間一髪のところで迫りくる青白い槍を確認し、躱す。
「危ね~。間一髪だったぜ」
「早いな…」
「お前だって似たようなもんだろうが」
「…まぁ確かに…な!」
お互いに軽口を叩きあう。
どちらもお互い様としか言いようがない。
「おおおおおっ!!」
「くたばれオラァッ!!」
そしてそのまま戦闘を続行。
奴の操る青白い武器を相手にしながら、振りかかってくる武器の群れも相手に奮闘する。俺の方がややステータスが高いのか、遅れを取ることはない。…これはスキルの差が非常に大きい。
俺は単純にステータスが高いだけ…。それに比べて奴は優秀なスキルと優秀なステータスの両方を持っている。ハッキリ言って万能だ。
ここまでに一度も魔法を使ってこないことから、恐らく…多分恐らくだが、魔法は使えないのではと思う。さっきの武器を操る件があるため、断言はできないが警戒を少し解いてもいいと判断する。
まぁ簡単な魔法ならまだいいが、もし普通に使えるとなったら俺は終わりだ。勝てるわけない。
奴と接近すれば死の危険。離れても死の危険。間をとったら更なる死の危険…だ。一切の気も抜けない。
額に滲んだ汗が大粒になるのに…そう時間は掛からなかった。
大分息も上がってきた。
このままじゃジリ貧でマズイ!
「っ!?」
「もらった!」
「あぐっ!?」
「ご主人!?」
さきほど俺が『マッド』で地面を泥へと変えた部分に運悪く足がついてしまう。足元が滑り、一瞬だけ体勢を崩したところを、奴の剣で切り裂かれた。
ジャンパーごと俺の肩を裂かれたことで、血が噴き出しては服に赤い色を滲ませていく。
ナナが俺を心配しているが、言葉を返す余裕なんてなかった。
ぐぅっ…! 【忍耐力MAX】がなかったらもっとヤバかったな。
たまらず、一度奴から距離を取って武器達にだけ注意を払う。
痛む肩を堪えながら迫りくる攻撃を最小の動きで回避するが、不思議なことに、先ほどまでは執拗に俺を攻め立てて来たはずの奴が、こちらに向かってこない。
そこで奴を見て、あることに俺は気づいた。
奴も…俺と同様に息が上がり始めて同じような状態になっているということにだ。
思えば…それもそうか。奴だって種族こそ分からないが人なのだ。俺が今限界を感じ始めているように、奴にも限界は必ずあるはずだ。
それに、この数の武器を自動で操るスキル。消費する魔力も尋常ではないことは想像に難くない。
もしかしたら…持久戦に持ち込んだ方が勝機はあるか?
…いや、そんなに甘くはないか。
さっきから防戦一方だったが、ここは攻める!
俺は、『千薙』を放った後そのまま奴に追い打ちを掛けるように突っ込み、自らも斬撃を与えるべく剣を振るう。
当然…
「効かねぇっての」
奴の周りに展開している盾が、それを阻んだ。
一見隙の無い防御に見えるが、そこには僅かに隙があったのを俺は見逃さなかった。
「フェイクだ」
「あ? …っつぅ!?」
奴の足元。奴の足元は宙にでも浮いていない限りは常に死角となり得る所だ。
そこを狙って、奴の足元から全力で魔力を込めた『アースニードル』をぶち込む。中級といえど、『アースニードル』の貫通性能は非常に高い。加えて俺が魔力を全力で込めたなら、貫けないものなんてほとんどない。
しかしそれは、奴が咄嗟に宙に逃げてしまったことで足を多少抉るだけに終わってしまったが、それだけでも御の字だ。狙いはこの次にある。
「掛かったな!」
「なんだと!?」
「もう遅い!」
奴が宙に逃げることは、俺は頭で予想していた。
だから、『アースニードル』と同時に発動していたもう1つの魔法が、ほんの少し遅れて空から奴に向かって降ってくるのを見て、俺の作戦が綺麗に成功したことを喜んだ。
「しまった!」
「『スターダスト』!」
空から、質量を持った光線が奴に直撃する。
勢いよく当たった光線は強烈な発光をしながら奴を地面へと叩き落し、そのまま暫く地面へと押し込み続けた。
奴が手数で勝負をしてくるというなら、俺は全魔法適性を駆使して臨機応変に対応するだけだ。
伊達にアイツらと地獄の修業をしてきたわけじゃないんだ、負けてられっかよ…!
光が止んで少しすると…
「ぐふっ…盾が、駄目になっちまったか」
奴が口から血を吐きながら、そう呟いて地面から起き上がった。
見れば、奴が操る盾が幾重にも重なり、辛うじて奴に『スターダスト』の直撃を避けさせたようで、奴の体には砕け散った盾の破片が血と共に付着している。
それらは、奴が立ち上がったことで残骸として地面に落ち、動かなくなった。
いくら奴でもあの一瞬で盾を張る命令はできなかったはずなことから、盾らが自らの意思で咄嗟に守ったと見える。
邪魔しやがって…。だが、やっと壊すことに成功したな。
流石上級の中でも随一の威力を誇る『スターダスト』だ。俺も随分魔力を失ったが、大きなダメージを与えることには成功したようだ。
「その盾…大した素材でできてやがるな…」
「抗魔素材でできてんだけどな…一応。それをここまでボロボロにできんだから、とんでもねーな…お前」
苦しそうに、奴が鼻で笑って返してくる。
笑う余裕があるとは大した奴だな。
流石バトルジャンキー、考えていることは全く理解できん。
俺が呆れていると…
「…いいぞ。それだよそれ! お前みたいな奴を俺ぁ待ってた! どいつもこいつもすぐにへばっちまうからなぁ。なるほど…『虚』じゃ相手になんねぇかこりゃ」
突然、大声で笑いながら、狂気にも似た独り言を始めた。
「もっとだ…もっとお前の本気を見せてくれよ! それが至福! 俺の願い! そして夢だ! 叶えさせてくれよなあっ!」
「何なんだよお前は…!」
その不気味すぎるほどの奴の戦いに対する執念が、俺には恐怖として映った。
「オラオラどうしたあっ? そんなもんじゃねぇんだろお前!」
再び繰り返される俺と奴の剣による攻防。
もう奴の魔力も底を尽きかけ、ボロボロなのは明白なのに、辛いはずなのに、その手は緩めることを知らず、先ほどよりも力強く俺を殺そうと剣を振るってくる。
周りに展開していた武器達も、奴の状態を表すかのように突然俺を襲うことをやめ、ガラガラと地面に落ちていく。
それを見て、ようやく魔力が尽きたと思ったのだが、奴の手には未だに青白い二つの剣が出ているため、そうではないようだ。
確証はない。
だが、俺には奴が何故武器達を大人しくさせたかが直感でだが伝わって来た。
コイツは…今目の前にいる俺だけに集中するためにスキルを収めたのだと…。
自分の手で、コイツを斬りたい。
肉を切る感触、噴き出す血、苦しむ声と表情、その他もろもろ全てを、しっかりと噛みしめて味わいたいだけなのだコイツは…!
狂ってやがる!
その光景に更に押された俺は、一瞬の隙を見せてしまった。
「ぐふっ!?」
一瞬鍔迫り合いになったその僅かな瞬間、奴の腹付近から青白い小さなナイフが飛び出し、俺の腹部へと突き刺さった。
「気ぃ抜いたな? お前がいくら速くても、死角からの攻撃は気づけねぇ…よなっ!」
「ぐぉあっ!?」
やられた…! さっき俺が奴に対してやったことを俺にも…!
迂闊だった…。
腹部の痛みに意識を取られた俺は、奴の膝蹴りを腹に叩き込まれ、そのまま後方へと吹き飛ばされる。
その時にナイフを押し込むように叩き込まれたため、体にズブリとナイフがさらに深く入り込んだのが自分でも分かった。
地面を転がって、そのまま倒れ込む。手に持っていた剣はいつの間にかなくなっており、何処かへ手放してしまったようだ。
そして口からは血が溢れ出し、臓器をどこかやられたのが分かった。
「やめろおおおぉぉぉぉぉっ!!!」
「ごしゅじいぃぃぃぃんっ!!!」
「く…来るなっ!!! げほっ!」
「「!?」」
そんな状態の俺を見ていたであろう2匹が、悲鳴に似た声を上げて俺に近寄ろうとしたので、それを俺も激痛が蝕む体を堪えて大声でとめる。
その声が届いたようで、2匹は途中で来るのをやめ、泣きそうな顔で踏みとどまってくれた。
…それでいい。
今の奴は…何をしてくるか本当に分からない。
魔力も空で、体もボロボロ。だが、最初の時よりも危険にしか思えない。
そんな危険な奴を、お前らの相手にさせるわけにはいかない!
ガクガクと震える足で立ち上がり、『アイテムボックス』から回復薬を取り出そうとするが…
「させるかよぉっ!」
「ちぃ…させてくれねぇか…!」
やはりというか…相手に回復する時間を取らせてくれるわけでもなく、奴は追撃を仕掛けてきた。
体はもう限界。そのため、まだ余力のある魔力を使い、『転移』でできる限り離れる。
ただ移動はしたが…
マズイ…景色が霞む…。血を流しすぎたか…!
それに腹もヤバい。早く回復薬飲まないと…!
腹から止めどなく流れる血が…俺の心をどんどんとすり減らしていく。
すぐさま、奴が近づく前に回復薬を取り出し、飲みほした。
ナイフはまだ刺さったままだが、先ほどよりも僅かにだが体が楽になった気がする。
…だが全快には程遠いな…これは。
「まだやれんのかぁ? 大した奴だぜお前は!」
また近づいてきた奴の攻撃を『障壁』を張って防ぐが、すぐに打ち破られてしまう。
「ぐっ…!?」
「…ヘッ! 限界か?」
ギリギリのところで、『アイテムボックス』から取り出した大剣を両手で構え、辛うじて攻撃を防ぐ。
駄目だ。このままじゃ負ける。
奴の体力は底なしだ。このやり取りは永遠に続くに違いない。
もう…なりふり構ってなんていられない。
この状況を打破するには…もうアレしかない!
生半可な攻撃はほぼ無意味、なら…! 魔力はまだ残ってるし、可能なはずだ。
俺は、ある1つの賭けへと出た。
殺すことは駄目だと考え、動けなくして何とかしようとか考えていたが、流石にこれ以上はその考えを持つことは出来ない。
コイツを…殺す!
殺すか殺したくないかで言えば、勿論殺したくはない。だが、コイツを今ココで殺さなければ…俺は確実にここで死んで、地球に戻ることも出来ないし、誰も守ることが出来ない!
悪く思うなよ…! 『闘神』!
「『我に宿りし7つの力よ』」
「!?」
無詠唱では俺も危ない。
ここは詠唱を完成させなければいけない。
「させるかよ!」
「つっ!? …『集いて無明を顕現させよ』」
あと少し!
奴の攻撃を寸での所で『障壁』を張り、俺へと攻撃は届かないように防御する。
「ちっ、足りねぇか…ならコイツで終いだぁっ!」
だが、奴も俺が何かしようとしているのが分かったらしく、それを全力で止めようと行動に出た。
両手の武器から手を離し、片手を俺の『障壁』へと当てて構えをとると…
「『ゼロ・インパクト』!」
「ぁあぐっ!!? がはっ!!」
「駄目えええぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
俺の『障壁』を一瞬で壊し、俺の全身を鈍器で殴られたような感覚が伝わっては、衝撃が貫いていく。
衝撃は俺の後ろにあるもの全てを吹き飛ばして、跡形もなく消し去っていった。
意識が飛びそうだ…。本当に死ぬ…! なんにせよ…直撃をくらっちまった…!
体中から血が噴き出し、口からは血が溢れ出した。
顔、腕、胴体、足。皮膚が圧力に耐えきれずに裂け、血を吹き出すことで衝撃を逃がしている状態。
でも…
「つ、捕まえ…たぞっ…!!!」
「!? くっ…離せ!」
奴が突き出していた手を、俺は血に濡れた手で掴む。
離れようと俺の手を引き剥がそうとするが…させるかよ! お前はここで…!
「『時は今終焉を迎えん!』…終わり…だ。…『ラストディザスター』」
完成だ。俺の…勝ちだ。
「っ!? …これはっ!?」
俺が魔法を発動させると、俺達を取り囲むように7つの支柱が周りに展開され、それらが結界で壁を形成して閉じ込められる。
七角形の立方体となったそれの、それぞれの支柱の上には、各属性を模した色のエネルギーが球となって凝縮し、強烈な光を放っている。
そして、それぞれの球は一点に向かってそれぞれエネルギーを放出し、7つ全てのエネルギーがぶつかり合い、混ざり合い、銀色に輝く球を新たに形成。辺り一帯が銀色の世界へと変わっていく。
「じゃあな」
「!?」
俺は掴んでいた奴を離し、『転移』でこの結界の中から外へと抜け出す。
この結界は魔力を遮断する結界に囲まれているが、逃げるためにわずかに隙間を空けておいたので、そこから魔力を通して『転移』を可能にさせた。
「クソッ!…『ゼロ・インパクト』!」
閉じ込められた奴が内側から先ほどの技を繰り出し、凄まじい音が響く。
…が、ビクともしない。
「なにっ!?」
無駄だ。俺が全てを放棄してコイツの維持にだけ魔力を注いでんだ…。壊れるわけねぇだろ。
それに、俺のステータスは魔力量と魔力強度が一番高いんだ。
…じゃあな。
「な、なんd…………」
「………」
奴の声は、途中で遮られた。
その瞬間、結界の中は白い炎のような、メラメラとした光のようなものに包まれ、中にいたものを真っ白に染め上げたのだった。
次回更新は土曜です。




