122話 新たなる日々の予感
「ええええええぇっ!? うおっ!?」
突然の予想していなかった娘の登場。
俺は驚き、たたらを踏んだことで階段を踏み外す。
「先生!? 危ない!?」
「ちょっと待てツカサ!? ぐえっ!?」
…あ、シュトルムさんちっす。一緒に落ちようや。
アンリさんの声を聞きながら、すぐ後ろまで来ていたシュトルムを巻き込んで1階に勢いよく落ちる。
「ぐっ!? あでっ!? ぬあっ!? ……いってぇ…!」
「あ…あ…死ぬ…」
予想していたよりも体中が痛い。
全身をしこたま打ち込んで、痛みに顔を歪める。
「何やってんのツカサ…」
「あの…大丈夫ですか…?」
落ちた俺達を、セシルさんとヒナギさんがのぞき込むようにして見ている。
「…俺は大丈夫ですけど…シュトルムは…?」
「………」
2人に言葉を返しつつ俺はシュトルムを確認するが、無言のままだ。
「……死んだ?」
「生きてるわっ!? さっさと退いてくれよ!」
「…ん、スマン」
どうやらちゃんと生きていたようである。
シュトルムを下敷きにしていたので、すぐに退いて立ち上がる。
体の自由が利くようになったシュトルムも続いて立ち上がり、痛みの走る部位を触っては苦痛に顔を歪めているものの、どうやら平気そうだ。
…まぁ、お前の体が丈夫でよかった。地球じゃ下手すりゃ死んでるし。
「大丈夫ですか先生!? ゴメンなさいアタシ…」
体の具合を確認していると、2階からアンリさんが慌てて下りながらそう口にする。
内心でアンリさんもバランスを崩して落ちないか心配だったが、それは杞憂に終わったようで、1階まで無事に下りてきた。
「いやいや、気にしなくていいから。…てか、本当に…アンリさん?」
「はい。さっき忘れられたんじゃないかと思っちゃいました」
「んなわけないよ。ただ、髪型変わってるのもそうだし、顔も俺の知ってるアンリさんと若干違うから…別人かなと思ったんだよ。成長期だからかなぁ?」
「あ、やっぱりご主人もそう思うんだ?」
「てことはナナ、お前もか?」
気づけば、いつの間にか俺の肩にポポとナナがとまっている。
いつとまったんだ…。
とまっていたことを不思議に思うが、どうやらナナも俺と同意見のようである。
「…そんなに変わりましたか? アタシ…。確かに髪形は変えてますけど…」
アンリさんはよく分からないといった顔をしているが、それはごもっともだ。
俺も非常に以前のアンリさんと似ていると評したように、それほど変わっているかと言えば、大多数の人間は変わっていないと言うことは間違いない。
ただ…俺は以前のアンリさんを、鮮明すぎると言っていい程に脳裏に焼き付けている。
これは俺の変態性があってこそ成しえた技でもあるわけだが…だからこそ、些細な違いでも見逃さなった。
いやまぁ…俺もそんな高等技術を持ってるなんて知らなかったわけなんですがね。好きな人なんて今までいなかったし…。
取りあえず…そういうわけだ。
ナナは…変態じゃないだろうけど、どうして勘違いしたかまでは俺は分からない。
ただ、俺と似たようなものだろうとは思う。ベクトルが違うだけだろう。
「うん。……にしても…なるほど…。ご主人、男になったね」
「そりゃ…な」
「やっぱあれは本気なんだ?」
「…おう」
周りには内容が分からない会話。
だが、俺とナナにはこのやり取りだけで十分なほどよく理解できる。
「え、何を話してるんですか2人共。というか、あの時と変わらなくないですか? ご主人?」
それを見ていたポポは内容を理解できなかったようで、俺に対して聞いてくるが…
「…ハァ。…ポポよ。お前何も分かっちゃいないな」
「ホントだよ。どんくさいご主人でも分かるというのに…」
「「ふぅ、やれやれ」」
「何がですかっ!?」
いつか…お前にも分かる日がくるさ。
でもヒントを出すなら…そうだなぁ…。
恋は偉大である…ということですね。うん。
◆◆◆
1階でテーブルに座り、朝食をこの場の全員でとる。
アンリさんもまだ朝食をとっていなかったらしく、アンリさんの分に関してはフィーナさんがサービスということで用意してくれた。
そして俺たち以外には誰も泊まっていなかったからかミーシャさんも俺達の輪に混じり、一緒に食べていたりする。
どうやら今日もいつもと違ってラフな感じらしく、俺達も別にそれで全然構わないので了承した。
「えっと…では改めて。さっき軽く挨拶しましたが、王都の魔術学院を卒業して冒険者になりました、アンリ・ハーベンスです。この町に先生がいるので来ちゃいました」
先程既に軽く自己紹介は済ませていたらしく、簡素なものだ。
俺には自己紹介はいらんしな。よく知ってるから問題ない。
「ツカサを追ってここまでねぇ…」
「んだよ?」
「…」
アンリさんの言ったことに対して、シュトルムが俺をチラリと見て呟く。
何か言いたげな顔だったので、俺がそのことを聞いてみると…
「べっつに~? ただ大変そうだなぁと思って」
「…何がだ?」
「さぁな」
「?」
「…」
アンリさんは首を傾げているが、シュトルムが何を言いたいのかは、一応俺にだって分かっている。
問題を先延ばしにしているのは承知の上だが、まだ…踏ん切りがつかないだけだ。
もう少し時間が欲しい。
取りあえず、今の流れから脱却すべく話を変える。
「…てか、どうして俺がここにいるって知ったの? もしかしてギルドにもう顔出したとか?」
「あ、はい。ギルドにはもう行って登録を済ませちゃいました。受付の人が見た目よりもすごく紳士的な人だったので助かりました」
「…あぁ、マッチさんですか」
どうやら話を変えることに成功したようだ。
「そうですそうです。確かマッチさんって言ってました」
「確かにあの人は…紳士だなぁ」
「うん」
「そうですね」
俺に続いて、セシルさんとヒナギさんも同意してくる。
見た目よりも紳士と言ったら…マッチさんしか思い浮かばない。
そしてあの人は見た目だけで臆病な人だ。それがあの紳士な態度に繋がっているのだろう。
それをよく分かっているからこそ、すぐに納得できた。
「あ、でもここにいることを教えてくれたのは別の人ですよ?」
「え、違うの?」
アンリさんに俺達がココにいると伝えたのはマッチさんではないらしい。
ふ~ん? でも他の人も知ってるだろうし…誰が言ったっておかしくないか。
だが誰だろう?
「先生の親友だって言ってましたよ? 確か…ヴァルダさんって人です」
お・ま・え・かっ!!!
何でタイミングよくギルドにいるんだよっ!
「…知らないな、そんな人」
「え…違うんですか?」
「うん、初耳」
アイツトオレ、シンユウ、チガウ。
アイツトオレ、テキ、タダシイ。
これが世界の意思であり、絶対の定義だ。
これが覆る時は…そうですね、アンビリーバボーとしか言いようがないです。
「お前なぁ…。まぁ仕方ねぇとは思うけど」
「?」
シュトルムが呆れつつ、ただ、それでも一応は譲歩したかのように言ってくる。
アンリさんにはアイツを知らないでもらいたかったんだが…手遅れだったか。
「にしても……」
色々とその…レベルアップしてるなぁ…。
アンリさんの顔をまじまじと改めて見てみる。
さっき神と評したように、全てが基準値を遥かに超えており…まさに天上の存在へと進化している。
ずっと見ていたいと思うほどに、可愛くて綺麗で神秘的で可憐で美しくて神々しい女の子が、そこにはいた。
…生きてて良かった。ありがたやありがたや。
「? どうしたんですか?」
俺の視線に気づいたアンリさんと一瞬目が合うが、すぐに別の方向へと逸らす。
なんか目が合うのが恥ずかしい。
「いや、なんでもない」
「え~、気になるじゃないですか。言ってくださいよ~」
俺の態度を不思議に思ったアンリさんが、ズイ…と、体を前に出してくる。
拡大されるアンリさんの美顔。見えないはずの神々しいオーラ。そして強調される二つの果実。
や、やめてー! それはいかんですよ? 遺憾じゃないけどいかんのですよ?
私の私が喜びそ……ゲフンゲフンッ!
「いや、ホントになんでもないから…」
前は恥じらっててこんなに押しが強くはなかったと思うんだが…。
久しぶりに会ったからだろうか? それとも少し期間が空いて吹っ切れたとか? どちらにしろ司君ピンチ。
でも…初めて会った時は快活な感じだったし、これが本来のアンリさんなのかもしれない。
「まぁ、ツカサとアンリが仲いいのは分かったよ」
「そうですね~」
俺が困っている所に、セシルさんとミーシャさんの助け? が入る。
「そ、そうですか? エヘヘ…」
「うわ…分かりやすいね」
「そ、そうですね…」
「アハハ…」
アンリさんが照れくさそうな反応をしているのを見て、2人が悟ったようなことを言う。
それにつられたヒナギさんも、苦笑いをしながら見ていた。
えっと…お三方がどんな風に見てるのかは置いておいて…
「そ、それで…今後はどうする予定なの?」
「取りあえず簡単な依頼からコツコツやっていこうかと思ってます。先生が言ってたように、基礎から始めるつもりです」
学院で俺が教えたことから始めるらしい。
といっても、あの時はもっともらしいことを言っただけなんだが…。
「…基礎ねぇ」
「なんだよだから!」
「…いや、べっつに~?」
またもシュトルムが何か言いたげに言ってくる。
クッ! お前は基礎やってねぇだろってか? ちゃんとやったわ!
ただ、レベルの上昇が早すぎて仕方なく期間が短かっただけじゃい!
今もまだ初歩の初歩である依頼をよくやってんだろうが。昨日だって。
「先生…色々とアドバイスとかしてもらってもいいですか?」
「あ、あぁうん。俺にできる範囲なら…。てか、ここにいる皆の方がもっと参考になると思うけど…」
と、俺よりも冒険者経験の長い皆をチラリ。
すると…
「ツカサは……ねぇ?」
「ああ」
「すみません、難しいかもしれない…です」
ひでぇや。そんなジト目で見なくたっていいじゃないッスか…。
ヒナギさんは申し訳なさそうにだが、他の2人はジト目でこちらを見ていた。
どうやら俺は参考にならないらしい。
でも、ヒナギさんまで言うくらいだから参考にならんのは確かなんだろうな。…本音を言えば俺もそう思ってるからこの3人に聞くように言ったわけだし。
思えば普通の依頼なんて数えるくらいしかやったことない。基本は雑用みたいな依頼ばっかだからな…。うん。
「ご主人はやめといた方がいいよー?」
「それには激しく同意ですね。学んだら人生詰みますよ?」
「詰まないわっ!」
そりゃ言い過ぎだろお前ら!
「えっと…じゃあ皆さんに聞こう…かな?」
なんかこれじゃあ俺が冒険者として好ましくない在り方を示しているようでならないんですがそれは…。
学院に教えに入った臨時講師なのに…。
内心でモヤモヤしていると…
「と、とにかく、今度は冒険者としてよろしくお願いします…先生♪」
「(グハッ!?)」
不意打ちでアンリさんはとびっきりの笑顔を俺に向けてくる。
その笑顔は……反則だろ…オイ。
アンリさんの神々しさに、一発K.Oを食らった俺。
アンリさんの来訪が頭から離れていたが、どうやら慌ただしい日々がまた始まりそうである。
本当に、この世界は忙しいなと思う俺だった。
次回更新は月曜です。




