119話 抜け落ちていた可能性
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ギルド……ギルドマスター部屋にて。
皆には一旦待っていてもらい、俺達はギルドマスターと対談をしている。
「…何をやっているのだお主は」
「いや、俺もあんなことになるとは思ってなかったんですけどね、まぁ若気の至りとでも思ってくださいよ」
昨日の夜から朝にかけて起こったことをギルドマスターに話すと、呆れた顔をされてしまった。
「ギルドマスター、遠慮なんてしなくていいので言っちゃってください。馬鹿だと…」
「…馬鹿者」
「あい」
「大馬鹿者~」
「…へい」
年長者の言葉は流石に重たい。反省の意味を込めて素直に反省。
反省の意味を込めての反省ってなんだって話ですけども…。
だがしかし! ポポよ。お前も人のこと言えないんじゃないの?
ジョッキ一杯って、お前の大きさ的には相当な量…てか飲むこと自体がおかしいんだが…。
なぜに上から目線なんじゃい。それとナナも! 自然な感じに便乗するなっ!
ポポとナナの自分のことを棚上げしていることに関して、若干の疑問を感じる。
「今後は気を付けよ。お主は一応Sランクなのだから、あまり変なことをするのは勘弁してくれ。ギルドに批判がくる可能性もあるのだから…余計な面倒事を起こさんでくれ」
「…了解です」
「して、私に会う理由があるといっていたが、何用だ?」
反省は取りあえずほどほどに、やっと本題に入れそうである。
「えっとですね…俺が東に行っている間に連絡ってきましたかね?」
「…やはりそれか」
連絡というのは、学院長からの連絡のことである。
どうやらギルドマスターも用件を薄々分かっていたようで、俺の言ったことに対してなるほどなという顔をしている。
…というより、それしか該当する用事なんてないから当たり前かもしれないんですけどね。
「…それなのだが、来るには来たぞ」
「あ、来たんですか!?」
やっと来たかと思い、期待に胸を寄せるが…
「待て待て、そう慌てるな」
は? ずっと待ってたんですよ? 仕方なくね?
「…来たのだが、それは調査結果ではなく、ち、調査の進捗具合だったのだ」
はぁ? 何を言っちゃってんですかい? お預けですか?
「…つまり、まだ結果が出たわけではないと…?」
「ま、まぁ、そういうことになるな。…期待させて済まぬ」
はぁ~? それで納得しろってか? …しゃーねぇな。
「……そッスか」
ちっ、いらん期待をさせてくれやがりますね。
一度上げてから叩き落すとは、中々意地悪ですこと。ケッ。
「露骨に嫌な顔をせんでくれ。…ただ、ラグナの調査報告は上がっているぞ」
「…あぁ、そっちもありましたねー」
半ばどうでもいい気になって、適当に返事をする。
1ヵ月近くも経っても何も情報が入ってこないのは、流石に遅い。
まぁ確かに今回の件は過去に例のないようなものだけどさ、それでもちったぁ伝えられることはあるだろうに…。
進捗具合だけって何よ…。生殺し状態は勘弁してくれ。
「…急に気を落とすな。こっちの報告も中々気になる点があるのだぞ?」
学院長の対応に不満を感じていた俺に、ギルドマスターが注意をしてくる。
そして、ラグナの調査報告を語り始めた。
「どうやらラグナ大森林は一応安全が確認されてな、無断での立ち入りはまだ出来ぬが…それくらいには状態が回復しているぞ」
「えー…。だってあそこ、発生源ですよね? それなのに、もう平気なんですか?」
「調査した結果そうなったようだな。…あちこちに災厄の跡は残るものの、地脈の乱れも正常で異常は見られないそうだ」
「あれだけのことがあって何も跡が残ってないの~?」
「…仕方あるまい。事実そうなのだから」
「それは…違和感を感じますね」
ギルドマスターの話す内容が、俺達にはどうも納得がいかない。
あれだけ騒ぐほどだったのにも関わらず、たったそれだけ。災厄の中でも上位の部類に入る規模ってのはそんなに何もないものなのか?
んな馬鹿な…。
そこに…
「だが…少しお主に話しておきたいことがある。まぁ相談みたいなものとでも思ってくれればそれでいいのだが…」
「はぁ…?」
突然、ギルドマスターが考え込む仕草をとり、話し始める。
「ラグナでは下位のモンスターから上位のモンスターまで…様々な種類のモンスターが一斉に襲ってきたのは、分かっているだろう?」
「それは勿論。あの場にいた人なら全員分かってるはずですし」
話し始めたのは、ラグナのその時の状況だった。
確かに、あの時のモンスターは結託しているようにしか見えなかったな。
「うむ。…お主も知っているだろうが、あのようなことは本来あり得ない。今は落ち着いているが…人が過去に種族差別で争っていたように、モンスターもまた、同種族以外は相入れないはずなのだ」
「ですね」
でしょうね。それが原因で『断罪』が起こったんだもんな。
よく分かる。
過去の事例を人間に当てはめてみても、言っていることは確かだ。
「だが…ラグナではその常識が覆されてしまった。……それでな、ラグナの調査に同行していた研究員が…そのことを聞いてあることを進言したらしい」
「…それは?」
「私は詳しいことまでは分からないから、分かることだけ言うぞ。…研究員によれば、モンスターは例え種族が違くとも、生まれて間もないころから共に過ごしていた場合は…争うこともなく同種族のように振る舞うケースがあるとのことだ」
「なんと…」
それは初耳だ。
所謂ヒヨコみたいなもんか? 生まれて初めて目にしたものを親と思い込むみたいな…。正確には動いたらだっけ? …まぁそこらへんはどうでもいいか。
つまり、生まれて間もないころから見て来た姿なら…家族みたいに感じるようなものと思えばいいのかな。
「…それ、マジですか?」
「これほどの大規模なモンスター集団が共にいたというのは信じがたいがな…」
準備に時間が掛かったとか仮面が言ってたから、もしかしたらこのことを言っていたのか?
ドラゴンがゴブリンと共存とか…にわかには信じがたいが…。
ドラゴンは知能高いし気性が荒い。いや、むしろだからこそ…なのか?
分かんねぇな。
考えれば考えるほどに疑問は膨らんでいくばかりだ。
だが、それならどこから現れたんだ? モンスターの集団は急に出現したと…ギルドの派遣職員は言っていたはず。
「ですけど…あの森にはいない個体もいたことについては? ドラゴンなんて特に…いるはずないんですし」
そう、ラグナ大森林にドラゴンなど存在していない。
というより、Cランク以上のモンスターですら滅多に確認されないのが普通で、ラグナ大森林は基本的には危険度はそこまで高くない。
グランドル周辺は、屈強なモンスターの住まう地域とは程遠い治安なのだ。
そんな所にいるはずのない個体がいたのだから、疑問は当然だろう。
「うむ。そこが分からんのだ…。例え仮にあの森でモンスターが互いに共存していたとしても、元々いないような個体については説明がつかぬしな。そこで…お主が言っていたことが気に掛かってな」
「俺の言ったこと?」
はて? 何か言ったっけ…俺?
「…お主が相対した仮面の男。そ奴は魔力に自分の意識を乗せて離れた場所に行けると言っていたな? それはあの戦いをお主が見られていたことからも分かるだろう」
「…それがどうしたんです?」
「その時に直接手を下してきていない辺り、魔力に意識を乗せている間は恐らく…直接的な干渉ができないのではと私は考えている」
「はぁ…?」
…なんで今その話なんだ?
話す内容の意図が掴めず、ギルドマスターの言いたいことが俺には伝わってこない。
だが、ギルドマスターの話は続く。
「そして今お主が話した、東で会ったという仮面の仲間とやらが、お主を別の空間に閉じ込めたと言ったな?」
「言いましたけど…?」
話の内容が掴めないので、今聞いた内容も良く分かっていない。
…取りあえず、聞くとしようか。
「仮にその東で会った人物が仮面と同様にその場にいなかったとした場合、なぜお主に今度は直接関与してきたのだ? お主の力は…恐らく既に連中に伝わっているはずだ。それなのにも関わらずだ」
あ、ここは分かる。
確かにあの時は、ナナが気づくまで俺達は仮面がいたことに全く気付いていなかった。
ヴィンセントを始末するチャンス、ヨルムさんに学院長、そして俺達に何か仕掛けてくるタイミングなんていくらでもあったはず。なのに何もしてこなかった。
奴は…俺の力を知っていた。だから、それを警戒して手を出してこなかったと考えていたが、それは俺の勘違いだったのかもしれない。
奴は、手を出したくても出せなかったのかもしれないという可能性は確かにある。
だが…
「ですが、東の奴は俺が空間を破壊した時に、それがあり得ないようなことを叫んでましたから…俺を確実に仕留める、もしくは拘束する算段があったからこそ行動に出たとも考えられますが…」
仮面は別れ際で俺を殺す宣言している。
その手段が一歩及ばなかっただけに過ぎないのでは?
するとギルドマスターは…
「確かにそれも一理ある。だがそれは今は置いておけ」
えー…置いておくんですかいな。
…じゃあ…置いておきますよ。仕方ない…。
ギルドマスターからの言い分に、渋々従う。
「よく考えてみろ。ラグナは入念な準備をしたと仮面が言っていたのだろう? だが、お主が東に向かうことまでは連中でも流石に予測しようがない。にも関わらず、準備もしないでそれだけのことを仕出かしている」
あ、そういうことか…。
何が言いたいのか分かってきましたよ。
「そうですね。ご主人が東に行ってから事が起こるまでの期間は…移動を含めなければ半月程度ですし、それほど長くありません。ご主人を拘束できるほどの空間形成ですから…準備に時間が掛からないはずがない」
「そういうことだ。…つまり、準備したのではなく…直接出向いてきていたのではないか?」
う~む。
まぁ直接出向いてきたというのは可能性としてはあるが…
「ですが、そいつは空間を破壊した後どこにもいなかったんですよ?」
そう、いなかったのだ。
これでも伊達に無駄なステータスはしていない。逃げる奴がいたらすぐに分かるし…。
直接その場にいたのなら逃がすわけないと思うんだよなぁ。
「すぐにその場から消えるように移動できる魔法が…あるだろう? お主もよく使う…」
が、この言葉を聞いて、俺は自分の言ったことに疑問を持った。
ギルドマスターが続きを答えるよりも早く…
「『転移』…!?」
「そうだ」
そうだ…そういう時には打ってつけの、『転移』があるじゃん。
じゃああの時アイツは、『転移』でその場から逃げたってことか?
いや、でもまだ…!
「でも、ならあのブラッドウルフはどこからきたって言うんですか? 『転移』は自分以外の対象には使えませんから、アネモネの集落に直接来るまでの間に気配で気づきますよ。例え俺が気づかなくても、ポポとナナは確実に察知しますし。あんなデカい奴を連れまわしてたら絶対にすぐ分かr……まさか…!?」
俺の脳裏に、それを可能にするある方法がチラつく。
『転移』を使えるようになってからずっと疑問だったこと。
なぜ、この魔法が存在しないのか。無い方が不思議だとさえ思っていたような魔法が、確かにある。異世界物ならば定番に入ってもいいといえるもの…!
無属性魔法のスキルレベルがどんなに上がっても覚えることはなかったから、その考えが抜け落ちていたが…。
「お主が使う『転移』とはまた違うもの…。言うなれば転送するような魔法、もしくはスキルを持っているのではないか?」
俺が使いたくて仕方のなかった魔法が…ギルドマスターの口から放たれた。




