110話 責任
「………」
光が降り注いだ所には、特に何の変哲もないただの土地だけが残った。
声を発することもなく、溶けるように消えていったブラッドウルフの残り塵が、ほんの少しだけ風に流され、消えていく。
「ふぅ……流石にここまでやれば大丈夫か」
ブラッドウルフを跡形もなく消し去ったのを確認し、ポツリ。
そこに…
「ごっしゅじぃーん! 無事だったんだ!」
ビュンと風をきって颯爽とナナが現れ、ドスンという音と共に地面に降り立つ。
そして、いつもはトテトテ~って感じなんだが、今はノシノシと数歩で俺の隣まで歩みよってくる。
…決してナナが太ってるとか思ってるわけじゃないぞ。今はただ単純にデカいからそうなってるだけだ。
うちの子は標準値です。BMI指数はしっかり守ってますとも。…多分。
「ナナ! おう、なんとかな」
そんな考えを振り払い、取りあえず返事を返す。
そこに…
「あの子は無事に届けられましたか?」
ポポがナナに対して尋ねる。
…恐らく、逃げ遅れた子供のことだろうと推測。
「バッチシ! …連れてったらめっちゃ驚かれたけどね~」
「…まぁ、そうでしょうね」
「うちの子が食われるとか言われちゃったよ~」
「それはお気の毒に…」
…無理もないな。構図的にはそうにしか見えんし。
でも、インコは肉食じゃないからそれは断じてあり得ない。普段食ってるのはいつも穀物とか野菜とか魚とかお菓子とかアイs………あれ? 結構食ってね?
…ま、まぁ肉食ではないよ、うん。
随分色々と食えるようにはなってるけど…。
「…コホン。さて、皆が避難してるところに行こうか。もう危険はなくなったし、知らせてあげないと…」
ポポとナナの食事問題に少し思うところはあったが、もう危機は去ったのでその報告に行こうと催促する。
「あ、ちょっと待った。ならここで待ってて…トウカ呼んでくる」
が、ナナが何やら言ってくる。
「え、なんで?」
「なんか終わったら戻ってこないで待っててくれって…。私をそこに連れて行ってほしいって言ってた…」
「???」
「お父様が?」
「うん」
う~ん。よく分からんけど、まぁトウカさんがそう言うならそうしようか…。
「じゃあちょいとお待ちを~。行ってきま~す」
そう言って、ナナはまた飛び去っていってしまい、見えなくなってしまった。
「…なんだろうな、一体……」
「さあ…私にはなんとも…」
「ヒナギさん…何か分かります?」
「思い当たることは特には…」
「そうですか…」
ヒナギさんも分かんないんじゃ、待つしかないですかねぇ…。
◆◆◆
しばらくすると、ナナがトウカさんを背に乗せて戻って来た。
「お、お待たせ~…」
「おー! 無事だったみたいだな」
「ん、良かったね」
「うむ。ナナ殿、済まないな」
セシルさんとシュトルムも一緒に…。
…よく落ちなかったな。流石に2人くらいが限度だとは思うぞ。
「ぶはっ、流石に三人は疲れる…」
そう言って、地面にへたり込んで腕をパタパタと振っている。
どうやら手を団扇代わりにしているみたいだが、普通に魔法使った方が涼しいのではとか思ったり…。涼む魔法なんぞお手のものだろうに…。
まぁそれはともかく…
「済まないな…」
「いえ…それで、どうしたんです? 一体…」
「その前に、もう本当に脅威は去ったのかね?」
「…多分間違いないかと」
トウカさんに聞かれたので、現時点での判断をそのまま伝える。
「てか、ブラッドウルフはどこいった? 死体が見当たらないんだが…」
シュトルムが死体を探してキョロキョロしてるが…
「あー…消したぞ」
「は?」
「いや…回復能力が異常すぎたから、跡形もなく消したんだが。えっと…多分あそこらへんだったかな、丁度草木生えてないとこ」
ブラッドウルフがかつていたであろう場所を指さし、説明する。
「「「「………」」」」
ナナも含めた4名は、そちらの方を見ては無言のままだ。
そしてこちらを振り向いて一言…
「…まぁお前だしな。だけど…あの巨体が跡形もなくねぇ…」
「やりすぎ」
「よっ! 流石非常識の塊~」
「…お見事」
トウカさんを除いて散々な言われようである。
なんでや! ピンチを救ったヒーローやでワテは! なのにこの言われようは納得いかんぞ。
あとナナ! お前後でオシオキ確定だ。そんな風に思ってたんかい。
「…えっと、それでお父様。どうされたのですか?」
言い返そうかと思ったところにヒナギさんが割って入り、話を進める。
くっ! 命拾いしたな! ヒナギさんに免じてここはスルーしといてやる。
この偉大なる女神様に感謝するんだな。フンッ!
いいか? あくまでヒナギさんに免じてだからな?
断じて俺がヘタr…じゃなくて、あなた方のことを思って大人の対応をしようとしてるとかそんなんじゃないんだからね! 他意はないんだからね!
…ふぅ、ちょっと取り乱しちまったぜ。
「うむ。それなのだがな…。ツカサ殿、事が済んでお詫びの一つもできないのは申し訳ないのだが、早々にここを発った方がいい」
トウカさんから告げられたことの内容に驚く。
確かに今日ここを発つ気ではあったが、危機が去ったのにここをすぐ離れなければならないということの意味が、俺には分からなかった。
「あー…確かにな…」
「…かなぁ」
すると、シュトルムとセシルさんもそれに同意しているのか、険しい顔つきをしながら考え込んでいる。
何でだ?
「えっと…それは何で…?」
「さっきな、俺たちが避難誘導してる最中の時なんだが…どうやら今回のことの原因は俺達だっていう風に言われててさ…」
「は? なんd……」
それを聞いて、一度はふざけるなと言おうとしたが踏みとどまる。
確かに、シュトルム達は関係ないだろうけど、俺に関してはそれは当てはまらないんじゃないか?
だって…アイツはあの時…
『いや~まさかこんなに事が上手く運ぶとは思わなかったな~』
『運よく君だけ招くことができたみたいだし?』
そう…言ってたはずだ。アイツの言葉からも、恐らく俺を狙っていたことは間違いない。
それに『ウォルちゃん』とか言ってたし、これは多分あのデカブツのことだろう。…見た目狼だったし、そのネーミングも分かる気がする。
元凶はアイツだ。それも計画的な犯行。
このことから分かることは、間違いなくそいつは…仮面野郎の仲間だということだ。
じゃなければわざわざこんなことはしてこないだろうし、納得がいく。
あの不思議な空間の正体と、急にいなくなったことも、仮面野郎の仲間ならできても不思議じゃない。
「分かってるよ。俺たちは特に何もしてねぇ…。でも、こうして勘違いが起こっちまったんだよ」
俺の考えを他所に、シュトルムの話は続く。
「…俺たちが丁度よくここに来てて、偶然こんなことが起こっちまった…。まぁよくある話だ。行き場のない責任を誰かに押し付ける…苛立ちは確かにあるが、不思議な事でもねぇ。一度始まっちまうと止まらねぇんだこういうのは…。皆の意識に無意識にどんどんそれが刷り込まれて、最終的には事実確認のしようがなくなる」
「…」
「こうなっちまったらもう終わりだ。余程のことが無い限りこの状態は回復しない。…人は大多数の人が言うことを信じる傾向が強いしな」
「…」
「てか…お前今までどこ行ってたんだよ? 皆心配してたんだぞ?」
俺の…せい…か。
少々ショックなことに落ち込み、シュトルムの話を半分聞き流す状態だった俺に…
「オイ。聞いてんのか?」
シュトルムに肩を叩かれハッと我に返り、すぐさま反応する。
「…ああ、えっと…なんだっけ?」
「だから、お前どこに行ってたんだ? コイツらが気配を感じられないとか言ってたからよ」
…まだ、言ってなかったな。
「…それなんだがな。誰かに作られた空間に閉じ込められてたんだ」
「空間? …じゃあ強制転移の類か? お前急に消えたらしいしな」
「それは分かんないけど、それをやった奴が言うには……俺を狙ったんだとさ…」
諦めるように…俺は口を開いた。
もっと…考えて行動すべきだった。
俺の浅はかな考えで、防げたはずの事態をまた招いちまった…。
「…どういう意味だ、それ…。ちっと詳しく聞かせてくれ」
いつになくシュトルムが真面目な顔つきで促してくる。
俺は…正直に事のあらましを話すことにしたのだった。




