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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第二章 堅華なる鉄の守り 
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107話 VSブラッドウルフ③(別視点)

 やや優劣となった現状。

 相手が回復するという能力を持っていないのであれば、既に勝利を収めていたこの戦い。最初に感じていた緊迫感はさらに重みを増し、鉛が体にのしかかっているのではないかと錯覚させるほどだ。


 戦闘は続いているものの、この場にいる者は誰一人として動かない。

 ヒナギ達は下手に動いても無駄に体力を消費してしまい、意味のないことだと分かっているためだが、ブラッドウルフの方は…恐らくどのように仕留めてやろうかと考えているのだろう。

 人数的には不利でも、表情からは怯えや焦りは見られず、むしろ楽しんでいるかのような雰囲気を醸し出していた。それを象徴するかのように、ブラッドウルフを取り巻く黒いオーラも、一層濃さを増していく。


 時間を稼ぐという目的は、このままの状態が続けば文句なしに成功だろう。

 だが、事はそう上手くは運ばない。




「誰か助けてぇっ!!」




 突然、この場にいてはいけないはずの存在…子供の声が、ヒナギ達の耳に届く。


「は?」

「っ! まさか巻き込まれた人が!?」


 全く意識していなかった子供の存在。

 声のする方向には、ブラッドウルフが倒壊させたと思われる廃家があり、戦闘中に少しずつ移動していたためそれなりに離れているが、そこに、先ほどまでは姿が見えなかったはずの女の子が瓦礫から這い出て、悲痛な声を上げている。

 身動きが取れない状態になっているようで、必死に瓦礫を退けようと努力していた。


 盲点だった。

 まさか廃家の中に人がいるとは想像もしていなかった。だが、子供にとっては興味をそそられる遊び場だったのだろう。今は昼前。可能性は0ではない。

 気づけばその子は…ここらでよく遊んでいる子であった。


 そしてこれをどう捉えたのかは分からないが、ブラッドウルフが動く。

 また3匹に分身し、ナナとポポの方に2匹が。もう1匹の方は、子供の方へと突っ込み始めたのだ。

 ヒナギの方に行かなかったのは、自分の攻撃が中々通じないと分かったからだろう。先程は逃げる人々を襲いもしなかったはずだが、しぶといヒナギ達を相手に焦れていたらしい。これからが本番といったところでそこに邪魔者の泣き声がしたのだから、その前に消してしまいたかったのかもしれない。


「!? 危ない!」


 ほんの少し遅れて、ヒナギがブラッドウルフを追いかける。

 だがその少しの遅れは致命的だった。寸での差で間に合いそうもないと、ヒナギは追いかけながら感じていた。


 子供がブラッドウルフに噛みつかれ、殺されてしまう。そんな光景が…脳内で展開されていた。


 しかし、不思議なことにブラッドウルフの速度が…ほんの少し、それはほぼ対等だからこそ分かる程度のものだが、遅くなった気がした。


「(!? 動きが遅くなった? …でもこれなら!)」


 理由は分からない。

 だが、ヒナギはそれを見逃さない。


「ひっ! 助けて…」


 ヒナギは子供の元へと一直線に向かい…


「くうっ!?」

「キャアアアアッ!!!」


 間一髪。

 ギリギリと、ヒナギの刀とブラッドウルフの爪が、鍔ぜりあいのように押し合う。

 子供に背を向け守る様に立ち塞がるが、ヒナギの顔は苦渋に染まっていた。

 ヒナギの身体能力は高いとはいえ、力比べで真っ向から勝つのは非常に難しい。いつもならば受け流している所だが、後ろに子供がいて、加えて万全の体勢でもない姿勢。

 腕がプルプルと悲鳴をあげ始める。


 そして…


「あう!?」

「ヒナギさん!!」


 単純な力比べではブラッドウルフに軍配が上がったようだ。ヒナギはそのまま押し切られ、爪が肩を抉って血しぶきが空を彩る。

 ただ僅かにだが軌道をずらし、致命傷は辛うじて避けたおかげだが…。まともに食らったらひとたまりもない。


「ヒナギっ!」


 それを見たポポとナナは、自分達を襲う2匹を持ち前の速さで躱し、ヒナギへと近寄る。

 ナナがやわかい土のクッションを出して、吹き飛ばされたヒナギを受け止め、すぐさま振り返って追ってくる2匹に『結晶氷壁(クリスタルロック)』を発動。動きを拘束する。

 ポポはヒナギを傷つけた個体に脇目もふらずに近づき…


「『鳥爪乱舞』!!」


 怒涛の爪の連撃を繰り出し、ブラッドウルフを傷つけ、最後に吹き飛ばす。

 攻撃はほぼ全てが直撃し、淡い期待をポポはしたが…


「…グルルゥ」

「これでも回復しますか…」


 刺し傷、切り傷、裂傷等…。せっかく与えた傷は、無情にも全て回復していく。

 弱い心を持つ者であれば、もう心が折れているかもしれない。

 ナナが『結晶氷壁(クリスタルロック)』で閉じ込めた方は偽物だったらしく、暴れてはいたものの、姿を次第に消えさせた。

 …どうやらポポが吹き飛ばした方が本体であったようで、本体を攻撃すると分身は消えるようである。


「ヒナギ! 大丈夫!?」

「つっ! …ええ、なんとか…。体だけは、頑丈ですので…」


 一方、ポポがブラッドウルフを相手にしている間、ナナはヒナギの容体の確認をしていた。

 派手に血が飛んだが意識はしっかりとあるようで、元気はないものの返事をしてくる。


「(凄いな…あれを食らってこれだけの傷で済んでるなんて)…今、凍らせて止血するから動かないで」


 ナナがそう言うと、ヒナギの体から流れていた血は、傷元から凍り付き、出血を止めた。


「…ありがとうございます。回復魔法が自分に使えたらいいんですけど…」


 ヒナギは回復魔法を使えはするものの、通常よりも効果が低いため、あまり使うことはない。

 つまり、下手なのである。

 使用はできても使いこなせるかどうかは個人次第であり、それはステータスでは測れない。魂とも関与していたりはするが…第一それ以前の問題が回復魔法にはある。


「応急処置だから、気休めに考えておいて。傷が塞がったわけじゃない」

「分かりました」


 当然魔力が切れれば傷はまた開く。治ったわけではない。


「お、お姉ちゃん?」

「ふふ、良かった…無事で」


 助けた女の子の頭を撫でながら微笑むヒナギ。

 今は作り笑いなどではなく、純粋に助けられたことによる自分に対する安堵も含まれているようだ。

 それは…女の子からしてみれば心安らぐものに見えるだろう。この場においてこの笑顔は…十分効果のあるものとなった。


 女の子の頬には赤い斑点が付着している。…ヒナギの返り血である。

 ヒナギの真後ろにいたため、どうやら付着したようだ。

 奇跡的に怪我もなく、それだけで済んだのであれば申し分ないが。


「ほら、今すぐここを離れて。後は任せて…皆と一緒に避難して」


 ヒナギは、赤い血を指で拭い、女の子に優しく話しかける。これ以上怯えさせぬように、慎重に…。

 自分は激痛に晒されていながらも、それは表情には出さなかった。


「う、うん。…お姉ちゃん達は?」

「あの狼を倒したら行くから……ね?」

「……うん」


 子供の純粋な心配に、ヒナギは変わらぬ顔で対応する。

 それを見た子供はほんの少し顔をうつ伏せた後、それを受け入れたようである。


「ナナ様…この子を安全な所まで」

「……うん! すぐ戻るから!」


 この子を一人で行かせる訳にはいかない。

 先ほどブラッドウルフが狙いを定めていたので、逃げる最中に狙われる可能性があるためだ。

 ポポは今ブラッドウルフと対峙している最中で、ヒナギは負傷していて万全ではない。となれば、現状動ける者で最速の移動力を誇る自分がこの場から離れさせるしかないとナナも判断したようだ。


 女の子を足で器用に掴み、飛び始める。

 それは見る者によっては、子供が怪鳥に連れ去られるかのようだったが…。


「お姉ちゃん達……頑張ってね!」


 その言葉を合図に、ナナがこの場から急いで離れ始める。


「ガウゥッ!!!」


 しかし、やはりと言うべきか。

 逃がすまいと言わんばかりにブラッドウルフが動き出し、追撃を始めるが…


「!?」

「お前の相手は私だ!」


 そこに、自らの羽を周囲に散らばらせたポポが立ち塞がり、迎撃の体制を取ったのだった。




 ◇◇◇




 一方『虚構迷宮(ホロウミラージュ)』では…


『(ありゃ、なんかすごい衝撃がきたね…。彼…暴れてるのかな? でも無駄だよー。それ…一定時間の間は抜け出せないからね)』


 先程の魔法による衝撃を感じ取った『虚』は、少々司が空間をグラつかせたことに驚いてはいたが、どうせ無駄だと思い込み、司に内心呆れているようだった。


「スゥ~…ハァ~」


 司はというと、目を閉じてピクリとも動かず深呼吸を重ねており、どうやら非常に集中しているようである。


 そしてその集中が極限まで高まったのか、目をキッと開き、上を見上げる。


「…よし、いける。これで駄目だったら、がむしゃらに暴れるしかない」


 ゴゴゴと、司の周囲に音が鳴り始め、空気が振動する。

 体から溢れ出る魔力と集中力が織り交ざり、外部に影響を与え始めているようだ。


 そして…解き放つ!




 ◇◇◇




「っ! 『龍の脚撃(レグナート)』!!!」


 極限まで高めた魔力と集中力を、この一撃全てに注ぎ込む。


 体術の最終スキル技、『龍の脚撃(レグナート)』。

 ただひたすらに強力で、無慈悲な威力の攻撃をお見舞いする技だ。


 特殊な能力や性質などはない。…だが、圧倒的な攻撃は、どんな効果だろうが性質だろうが無理矢理捻じ伏せることが可能。


 あらゆる全てを…破壊できる。


 どうだ!?


 俺が上に向かって振り切った脚からは、凄まじい衝撃と共に、龍を模した力の塊が放出される。

 大きな轟音をこの空間にまき散らし、先ほどの魔法の時とは比べ物にならない程の衝撃が…この空間を一瞬で満たした。

龍の脚撃(レグナート)』は空間をループはせず、見えない壁のようなものにぶち当たっているようで、そこをこじ開けようとそのままぶつかり続ける。

 1秒…2秒と経つたびに空間の圧はどんどん増していき、当然俺の体にも負荷は掛かっていく。


「…ぐっ…!」


 まだか…と思ったその瞬間、俺の体に掛かっていた圧がなくなり、体が急に軽くなった。

 まるで羽が生えたかのようだ。


 案の定、この空間を壊すことに成功したようで、上には光の差す穴がぽっかりと開いていた。


「よしっ!!!」

「うっそおおぉぉぉぉっっ!!??」


 俺が破壊したことを確認したと同時に、さっき聞こえていた声が近くで聞こえる。

 どうやらこの空間の外からそれは聞こえてきているようだ。


「この声!?」

「まさか『虚構迷宮(ホロウミラージュ)』が無理矢理破られるなんて…!」

「どこだオラァッ!!!」

「やばいやばいっ!! ウォルちゃんごめん!」


 すぐさま穴から飛び出し、閉じ込められていた空間の外を確認するが、どこにも人影は見当たらない。


 ………。


 耳を澄ましてみても何も聞こえない。

 どうやら容疑者には逃げられたようだ。


「ぬぁぁぁっっ!!! ちくしょうがぁっ!!」


 なんともやるせない気持ちだけが俺に残る。

 …また、学院の時のように逃げられてしまった。そう感じていた。


「…ここは…郊外か? なんでこんなところに…」


 敗北感に満ちた状態だったが、自分のいる場所を見渡してみると、そこは普段ヒナギさんと稽古をしていた場所であった。


「っ! 皆は!? …あっちか!」


 自分がなぜこの場所にいるかはさておき、すぐさま皆の安否を思い出し、ポポとナナの気配を探る。

 すると、ポポとナナはどうやら今離れ離れになっているのか、別々の所から反応を感じる。だがポポの反応の方角からは土煙が確認できるのに対し、ナナの方からは何もないのが目に映り、どちらが今危険なのかを即座に判断。

 まずはポポの方へと向かうことに決めた。


 この空間を作っていた奴は確かに気になるが、今はそれどころじゃない。

 アイツの言葉が確かなら、危険な目にあっているかもしれない!




 俺は、急いで現場へと向かった。

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