105話 VSブラッドウルフ①(別視点)
「逃げろおぉぉ!!! 化物だあぁぁ!」
「早くこっちへっ!!」
「いやあぁぁぁっ!!」
聞こえてくる悲鳴。
異変を目の当たりにした人々が、パニックになって逃げまどう。
一行が到着すると、そこには倒壊した家や木が無残に散らばっており、酷い有様の光景が広がっていた。
その中心に立つのは紫色の巨大な狼。家の残骸の上に立ちながら近づいてきた一行を見つめており、待っていたかのように目線を逸らさない。
「…なんですかあの狼は!?」
「…でっかいねー。私達より大きくない?」
大きさは変化時には3m程のポポやナナよりも二回りも大きく、体表5mはある。
ドラゴンは成熟した個体であればそれよりも大きいが、化物と言っていい程の大きさである。
「私も見たことのない獣…いや、モンスターでしょうか? でも、威圧感はAランクよりも上かと思います」
「戦意むき出しですもんね。今にも飛びかかってきそうです」
「紫色。涎は……酸? とにかくすごいね」
「……まさか、ブラッドウルフか!?」
一行の中に、ブラッドウルフの存在を正確に知る者はいない。
報告例が少なく、ブラッドウルフの個体数が非常に少ないというのも理由にはあるが、何より、出会って生き延びた者がほとんどいないのが実際の理由であるためだ。
知らなくても仕方のないことと言える中、的確に存在を言い当てたシュトルムの知識量は本物だ。
周りには外出していたであろう人々がブラッドウルフを見てまだまだ逃げ出している。
だがブラッドウルフはその者らには目もくれない。向こうの立場からしたら、人間など餌に過ぎないにも関わらず…。
「シュトルム何か知ってるの?」
「知識だけだがな。一応俺の知ってる特徴と一致する。唾液が強い酸性で、全身紫色の巨大な狼だということ。それから…非常に好戦的だっていうことだけは知ってる! 危険度は最高クラスだ!」
「準Sランク以上のモンスターですか…。面倒そうなのがなんでここに…」
非常に危険な個体と聞き、全員に緊張が走る。
Sランク相当のモンスターは見た目からは想像もつかないような力を持っていることが多く、決して一切油断のできない存在である。
ドラゴンよりかは小さいとはいえ、そんなものは今気にすることではなかった。
「…確か、あの家は廃家だったよな?」
シュトルムが、ブラッドウルフの立っている場所を見て言う。
「はい。確かそうだったはずです。不幸中の幸いですね…」
「ああ、犠牲者がいなさそうで良かったぜ…」
もしもあそこに誰かが住んでいた場合は、その者達は無事では済まなかっただろう。最悪、死んでいた可能性すらある。
犠牲者がいないことにホッとする一行だった。
そこに…
「グルルゥッ?」
もういいか? と言っているかのように、こちらに声を発してくるブラッドウルフ。
その声で、一行も行動を開始した。
「シュトルム様とセシル様は逃げ遅れた人たちの誘導及び護衛を! ポポ様とナナ様は私と共にあの狼の相手をお願いします!」
「りょーかい!」
「ハイ! 自由に使ってください!」
「っ、気をつけろよ!」
「…ん、できることをやる」
ヒナギの言葉にそれぞれのやることを確認し、それぞれが動き出した。
共に戦うことで足手まといになることを理解していた2人は、自身の力不足を感じつつも駆けだして行った。
「オオオォォォォォン!!!」
シュトルムらがいなくなると、ブラッドウルフが今まで待った鬱憤を晴らすかの如く、雄たけびをあげた。
その声は凄まじく、音圧で少し体に衝撃が走る1人と2匹。
咄嗟に耳を塞いで、自らに振りかかる音と衝撃に耐える。
やがて雄たけびが静まると…
「くっ!」
「っ~~、うっさいなぁ…」
「……取りあえず…さっさとやりましょう。ご主人を探すのは、それからです」
ヒナギはしかめっ面になり、ナナは純粋に愚痴った。ポポも同じ気持ちであっただろうが、冷静に落ち着いた反応を示す。
ブラッドウルフが足を一歩進めるのを見て、戦いは始まっていると理解した一行。
ヒナギは刀を手に構え、ポポとナナは巨大化する。
そして…
「…私が前に出ます! 皆さまは私の後ろへ!」
ヒナギがそう言い放ち、ポポとナナはヒナギの後ろへと下がり陣形を取る。
その瞬間、ブラッドウルフが高速で移動を始め、こちらを取り囲むように回りながら、様子を伺い始める。
「…随分と早いですね」
「…ナナ! 奴の動きが早いので『マッドゾーン』を展開してください!」
「おけ! …ヒナギ! そのまま動かないで!」
「!? はい!」
ナナがそうヒナギに忠告してすぐ、自身らの周囲を除いた一帯が泥沼へと変化する。
「グルア!?」
突然できた泥沼に足をとられたブラッドウルフは、勢いよく泥沼に落ち、泥が勢いよく弾け飛んだ。
そして体の自由が効かなくなったことに、ほんの一瞬の間もがき苦しむ。
「ポポ! 今だよ!」
「了解です!」
その隙を見逃さずナナはポポに呼びかけ、ポポはすぐさま反応し接近する。
ヒナギの攻撃手段が乏しいのを知っていたポポは、自分が接近での攻撃役を担うべきだと判断していた。勿論ナナも同様の考えである。
連携を組む時は…盾役は相手の攻撃を受け止め、受け止めてできた隙に攻撃役が攻撃を叩きこむ。後衛の者はその手助けをし、不測の事態に備える。
全て、修業時代に想定し、訓練を重ねて来た。
今回の場合は盾役が相手の動きを止めたわけではないが、培った成果が…ここで生きてきていた。
もがきながらも、自身が危険だと感じたブラッドウルフは、紫色の酸の球をポポに向かって口から放つ。
案外綺麗な色からは想像もつかないが、勿論強酸性である。
そしてそれを飛び散らせることで周囲に拡散。
広範囲での攻撃を仕掛けるブラッドウルフだったが、ポポは持ち前の素早さで変則的に飛ぶことでそれを高速で躱し、至近距離から両翼を振るった。
「『三の型・剛翼衝波』!」
ポポが翼を交差するように振るうと、その勢いで発生した風の刃がかまいたちのように相手を斬り刻む。
「ガフッ!?」
痛みによるものなのか。それともポポが自身の攻撃を掻い潜り、攻撃してきたことに驚いているのかは分からないが、ブラットウルフは驚愕とも呼べる声で鳴いた。
しかし…
「…この姿だとあんまり効果はないみたいですが…効いてはいるみたいですね」
ポツリと、自らが『覚醒状態』ではないことを悔やむポポ。
渾身の一撃を放ったはずだが、ブラッドウルフの体には思った以上に傷はついておらず、致命傷には至っていなかった。
そこにすかさずナナの追撃が迫る。
「ポポ! 離れて!」
「っ!」
ナナの声に咄嗟に反応したポポは、上空髙くへと回避する。
ブラッドウルフも危険を察知したのかさらに暴れ、泥沼からの脱出を試みるが…
「逃がすわけないでしょ」
作り出した泥沼を一瞬にして元の平地に戻し、ブラッドウルフの体が地面に半分埋まる。
身動きの取れなくなった無防備のその状態に、ナナは魔法を放つ。
「『アイシクルエッジ』!」
「グルゥアアァッ!!?」
先端が鋭利な氷の刃が、ブラッドウルフ目掛けて飛び…そして、胴体を突き刺す。
少々血しぶきが宙を舞うが、その血の色は紫色で、ブラッドウルフの体の色はその血が原因であることが分かった。痛みに低い悲鳴をあげている。
「息…ピッタリですね。目が離せませんでした」
「まぁね。ずっといるとこれくらいは余裕余裕~」
ポポとナナは以心伝心しているかのように息がピッタリである。
というのも、修業時代に司と相手をする時は最低でもそれくらいのレベルでないと歯が立たなかったという理由があるのだが、今はそれが功を成しているようだ。
十分に、格上の相手に通じている。
しかし…
「…まだ安心するには早いみたいですよ」
突き刺さったままの『アイシクルエッジ』が、ズルリとブラッドウルフの体から抜け落ち、トシャッ、という音と共に地面に落ちる。
貫かれた傷元はゴボゴボと気味の悪いうねりをあげ、次第に塞がってしまった。
「そんな…!」
「…まさかまたアレなの?」
ブラッドウルフから黒いオーラが噴出し、次第に体を包み込む。
明らかに異質な何かを、その身に宿していたのは明白だった。
埋まっていた地面がメリメリと盛り上がり、土煙を巻き上げ這い出して来る。ナナが地面の強度を高め、這いずり出して来れないように施してはいたようだが、その強度を上回ってきたようだ。
膂力は並外れたものを持っているらしい。
「…訂正。余裕じゃないや。…これは、相当厄介だね。…というより、魔物なの?」
以前見たヴィンセントが発する魔力と同じ波長を感じたナナは、疑問を口にした。
回復しているのはそれそっくりだったため、そう思ったのだろう。
しかし、目は赤黒くはなっておらず、至って先ほどまで見ていた状態と変わらないので、若干の違和感は感じていたが…。
「暴走してる感じもしないし…別物なのかな…? まぁ、危険度が上がったのは間違いないか」
「周りから魔力を吸収して、それで回復しているのでしょうか? なんにせよ、あの回復は脅威ですね…」
「持久戦になりそうだねこれは。っ!? くるよ!」
「ガルアァッ!」
「させません!」
ブラッドウルフが腕を振るうと、それが衝撃となってポポらを襲う。
しかし、咄嗟にそこにヒナギが割って入り、円を描くように刀を振るい、薙ぎ払う。
衝撃は霧散し、ヒナギの振るった力と相殺し合ったようだ。
そして…
「『絶華七輪撃・柳』!」
薙ぎ払いの動作から、さらにそのまま流れるように回転して前方へと刀を横に振り、鋭い斬撃を飛ばし攻撃。
斬撃は空を切り、ブラッドウルフの胴体に大きな刀傷をつける。
「時間を稼げばいいのですね? …でしたらそれは私の領分です。お二方、援護をお願いできますか?」
姿が変わった所で、ヒナギがやるべきことは変わらない。ただ、守りに徹することのみである。
ヒナギ自身もそれを理解していたからこそ、思い切った行動に出ることができた。
「最近はカミシロ様に負けてばかりでしたけど…私もSランクの冒険者…」
誰に言うでもなく、ただ自分に対する独白。
それを、ポポとナナは決意のようなものだと思って見つめる。
「『鉄壁』の力…甘く見ないでください!!」
普段の柔和な顔から一転。
目には揺るぎない火を灯したヒナギが、刀を持ちながら構える。
その背中を、ポポとナナはジッと見つめていたのだった。




