102話 酒盛り
さてさて、何の質問をされるのかは分からないが、言える範囲でなら何でも答えますよ?
ヒナギさんから俺へとバトンタッチ。
バッチコ~イ、トウカさんや。貴方の質問は全てホームランで返してあげよう。だから変化球みたいな質問はやめちくり。
「其方の姓名は随分とこちらの地域の者に通ずるものがあるように見受けられるのだが、こちらの出身で?」
「はい、そうですよ」
「どこの出身かね?」
「…『センブリ』ですが、それがどうかしたのでしょうか?」
最初は遅めのストレートってとこか…。フッ、甘いぜ!
地域名を聞かれても問題ないように、もうどこの名前を出すかは決めてあったし調べてある。
…ただ、ちょっと疑われてんのか?
俺がトウカさんの質問内容に内心疑問を感じていると…
「ふむ…ここらのことはセシル殿とシュトルム殿も確かにそうは仰っていたのだがな、少し疑問なのだよ」
「えっと…何がでしょうか?」
どうやら不可思議な点がトウカさんにはあるようだ。
手に持っていたお猪口をテーブルに置き、ジッとこちらを見て話しかけてくる。
……。
「先程も少し出た私の仕事なのだが、私は東の全ての者の戸籍を扱っていてな…。住民の在住状況や確認を普段生業としている。だが、過去に一度たりとも『カミシロ』などという姓名を見たことがないのだよ」
「………(汗)」
嘘だろオイ…それは予想できねぇよ!? 何でそんな仕事をピンポイントで生業にしちゃってんですか!
ストレートじゃねぇ…これはナックルボールだ! ど、どうしよう。
ヤベェ…。これ…詰んでね? てか既に終わってね?
トウカさんの言葉に、俺の背中は冷や汗をタラタラと感じ始める。
「其方は…何者だ? もしそれが本当の姓名であれば、私はある1つの可能性が思い浮かんでいるのだが…」
ヤベェヤベェ…!
体が警報を発して、心臓が脈打つ。それを己の内になんとか留め、平静を保とうと努力する。
「それは…なんですかね?」
ゴクリと、トウカさんには聞こえないように唾を飲み込み、運命の時を待つ。
「其方……まさか異世界人かね?」
「(っ!?)」
トウカさんから出た言葉は、俺が予想していたものであった。
「…何を言ってるんですか?」
「……目つきが変わったな。まさかとは思ってと試してみたが、本当であったとは…」
誤魔化したつもりだったが、トウカさんには意味のないことだったようだ。目つきまでは意識が向かなかった。
というより、謀られたか…。
「………」
「別にどうこうしようというわけではないから安心してくれ。…ただ、私の代で会うことができて光栄と思っているのだ…」
俺が言葉に詰まっていると、トウカさんが話しかけてくる。
その言葉を信用していいかどうかは分からなかったが、トウカさんも俺を信じてヒナギさんの過去を話してくれた。
その影響もあったからか、俺は無意識にだが本当のことを話す気になっていて…
「…まさかこんなところで気づかれるとはなぁ」
この世界に来てから…初めて自分の存在が異世界人であることを肯定した。
俺はトウカさんに対してではなく、独り言のように言葉を漏らした。
「他にも思い当たる節はあったがね。東出身のSランクが出たら、ここはもっと騒ぎになるはずだ。ヒナギでも…少し騒ぎにはなったからな。でも…ここ最近の出来事にも関わらずそれがない。話題にならないはずがないんだ。…それと、異世界語の知識が豊富すぎる。我々も解読できないものも難なく読めているのは、少々違和感があるぞ」
「…」
「それに、ツカサ殿の髪はここら特有の黒であるし、顔つきも我々と似ている。しかし姓名はこちらが全く把握していなく、存在していない人物…。となればその可能性に至るのは不思議でもあるまい。…まぁ、私の仕事がそれではなかったら気づけず見逃していたとは思うが…」
「…そうでしたか」
トウカさんから打ち明けられる俺の失態の数々。バレてしまうのは必然だったのだろう。
ここにきて今までのボロが浮き出てきたか…。まぁ…いずれバレるとは思ってたけど…。
貴方が初めてだよ…気づいたのは。
「…そう悲観するようなことでもないだろう? 過去に参られた方々も其方同様に、あまり時間を経ずに存在を知られてしまっているしな」
「あ、そうなんですか?」
お前らも俺と同じなんかい…。
「うむ。強大すぎる力や知識は、やはり周囲の目に止まるのだろうな。そこから個人情報の詮索が始まり、最終的には真実が露見しているらしいからな、方々は」
へぇ…。
「ツカサ殿は、其方が異世界人であること知っている人は、他にいるのかね?」
「いませんね」
「…そうか。私が一番とは、何か身に余る光栄だな。ただ、ここで隠したところで知られるのは時間の問題だと思うぞ」
だよなぁ。
これから先はもっとボロが出ていくだろう。気づかれないのはもはや無理ゲーと化してることは俺も分かってる。
「分かっています。でも…」
「周りの反応が怖い…か」
「はい」
最初は恐れられた。
でも、今じゃグランドルの人はその考えを持つ人が減った。皆が気さくに話しかけてくれるようになった。…一部は除くが。
そんな状態を壊すことになりかねないことは…したくない。
今、すごく良い感じなんだよ…。
「まぁ、それが分かっているのであれば私からは何も言わん。だが、其方には信頼できる人がいるのだろう? その人がいることは忘れない方が良い」
「…はい」
「…其方の心境も知らずに好き勝手言って済まないな。まぁ、私が感じた身勝手なことだと思っておいてくれ」
「忠告として受け取っておきますよ」
トウカさんの言っていることは正しい。
だが、それについては…少し時間が欲しいのが実情だ。
少ししんみりとした空気になってしまったが、トウカさんがここで…
「いやー! それにしても今日は気分が実にいい。異世界人と実際に会えて、娘の問題も良い方向へと向かっている…。ハハハ、久々だな、こんな高揚感は」
「ハハハ」
先程までの真剣な眼差しとは打って変わり、トウカさんの目は柔らかなものになる。
場の空気を切り替えるためだろう。俺もそれを理解し、愛想笑いではあったがしっかり反応する。
「…ツカサ殿。其方は明日出られるのであろう? なら、今宵は私の酒に付き合ってくれないか? そして、話してくれないか? 其方の世界のことを…」
「…良いですよ。お付き合いいたします」
トウカさんの気遣いに感謝し、俺達は晩酌を始めたのだった。
相手がトウカさんだったからか、焦りはとっくになくなっていた。
◆◆◆
酒が進んでかれこれ1時間。
「……恐らく周りが周知している以上に、其方の力は大きいのだろう? …ヒナギが比較にならないほどに…。【隠密】の習得は、それが関係していたりするのかね?」
「ええ。今までは自分の力が周囲に影響を及ぼさないように配慮してたりしてましたから」
「なら、これからが本当の其方の実力になるわけだな?」
「…ですかねぇ」
「凄まじいなぁ、其方は……。世界は広い」
「いやぁ、それほどでも」
「あ、そういえばなんだが、…私もツカサ殿のことは方々同様に『様』呼びした方がいいのだろうか?」
「いやいや~しなくていいんで。むしろもっと雑に扱ってもらっても構いませんよ? お世話になってる身分ですし」
「…それなら、今まで通りとしよう。ツカサ…様!」
「やめてくださいよ~」
お互いに酔いが回り始め、ペラペラと言葉を紡いでいく。
いやぁそれにしてもホントに…。
この酒うんま~~~!!
◆◆◆
それからさらに時間経過。
お互いに意識はまだなんとか保てているが、完全に酔いが回っている状態。
皆はもうとっくに寝静まっているため、俺とトウカさんだけが起きていて非常に静かだ。
外からは、もう暖かい季節になってきているからか虫の音が聞こえてくる。
ふとそんなことを考えていたそんな時、トウカさんが俺を見つめて話しかけてくる。
お互いに顔は真っ赤だが。
「なぁツカサ殿」
「…なんです?」
「ヒナギのことを、ここらに住む者は恐れておる。大きな力を持つ者は、畏怖と尊敬が付き物であるしな…。あの子の場合は畏怖が強く出てしまっている」
んと…さっきの話か。
それは当初の俺と似てるな…。俺は…シュトルムにセシルさん、それとベルクさんやマッチさんらがいたから良かった。
でもヒナギさんは…運がなかったのか未だに1人ぼっちなのか。俺よりも遥かに長い間…ずっと。
「もうその考えは根付いて…払拭することが難しい状態にまでなりつつある。あの子は…ここにいると辛そうだから、できれば今後も一緒にいてあげてくれないか? セシル殿とシュトルム殿同様に友人として…。また1人に戻ってしまうのは…見たくないんだ」
トウカさんからのお願い。
それを俺は…
「ええ、それは勿論です」
迷いなく受け入れた。
俺もヒナギさんの気持ちはよく分かる。
1人は…辛いからな。良く知ってるさ。
「まだ其方のことは詳しくは知らないし、完全に信用しているわけではないが、それでも…あの子にとってはこれが一番良いと思ってな。心を許せる友人達と共にいる方が、幸せになれるであろう。父親として何もしてやれなかった私の…せめてもの願いだ」
俺にできることならなんなりと…。
感情移入してる面もあるが、どのみち俺はそう判断すると思う。
…が
「まぁ…ツカサ殿が異世界人であることを周囲に知られたくなければ、今私が言ったことを頼まれてくれ」
「うえぇ!?」
「……冗談だよ。真に受けないでくれ」
冗談キッツイですよちょっと!
トウカさんの急な物言いに、酔っている状態にも関わらず意識がハッキリとなった。
…それも杞憂だったみたいだが。
少し気が楽になった俺だった。
そこから先の記憶はない。
いつの間にか、俺は寝てしまっていた。




