101話 ヒナギの過去
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ガクブルとしながら案内されたトウカさんの部屋。
部屋は他の部屋には見られない装飾品やら骨董品が所々にかけられており、トウカさんの趣味だと分かった。
机越しだが対面に座り、緊張感満載の空気が部屋を支配する。
「ツカサ殿は、酒は平気かね?」
俺がドキドキしながら座っていると、トウカさんが話しかけてきた。
「…だ、大丈夫…です」
「…えらく緊張しているようだが、楽にしなさい。普段通りで構わない」
「ぜ、善処します」
無理っス。
こっちの心境も知らないで何言ってくれちゃってるんですかお父様。
「これはこの土地で作られている酒でな。苦みが少なく芳醇な香りがするのだよ。ここ以外ではあまり親しまれていないが…」
俺の状態を見て若干不思議そうな顔をしていたが、そこまで気にすることもなく酒をすすめてくる。
トウカさんが一升瓶みたいな容器に入った酒を、小さめのこれまたお猪口みたいな容器に移し、手渡してくる。
「い、いただきマス。………!」
受け取った俺は恐る恐る一口酒を飲み、その匂いと味に懐かしいものを感じる。
コレは…まんま日本酒じゃないか! うんま~!
「どうだろうか?」
「ハイ、美味しいですね…コレ。まるで……」
「…まるで?」
『日本酒みたい』と言ってしまう寸前でギリギリ口を閉ざし、持ちこたえる。
一瞬日本酒を思い出して恐怖を忘れたが、意識が元に戻った。
あっぶねぇ…。またいらんことを口走るところだった。
なので…
「いや、似たようなお酒を飲んだことがあるなぁと……」
「…そうか」
「あの…それでどのような用件でしょうか?」
トウカさんは先ほど同様に俺を見ていたが、その状況を打破するために自分から本題を切り出した。
…死にに行ったの間違いともいえるが。
だが、そんな俺の考えはトウカさんの次の言葉で杞憂に終わったようだ。
「いや、お礼を言っておきたくてな…。ヒナギの友人となってくれたこと、感謝する」
「は、はぁ……?」
トウカさんから出た言葉に、俺は間抜けな声が出る。
てっきり粛清の始まりかと思っていたため、これは予想外だったからだ。
トウカさんは話を続ける。
「あの子は昔から周りとは隔絶した強さを持っていたこともあって同年代で親しい者がいなかったのでな、ツカサ殿たちと一緒にいると実に楽しそうな顔をしているよ。シュトルム殿とセシル殿も恐れずに仲良くしてくれてるようだし、父親として非常に嬉しい」
「あ、そういうことでしたか…」
まぁ、それ以上の化物がいますからね…。あの人たちは実際にそれ見てますし。
まぁせっかく知り合えたんだし、今後も仲良くしてくれるとこちらも嬉しいんだけどな…。
取りあえず、俺の考えは外れたな。
「久々に会ってみたかと思えば、笑顔が増えていた。前は笑顔を見せてもそれは作り笑いで…見ていて辛いものがあったが、今は違う。心の底からの笑みだあれは。…昨日ヒナギと話をして、特にツカサ殿。其方の話が一番多かったよ。実に楽しそうに話してくれた」
え? そうなの?
「ちょっと気恥ずかしいですが、ヒナギさんがそう感じてくれているのであれば、友人として嬉しいです」
「フフフ…今後もよしなにしてやってくれ」
「はい。…あの、今…昔は作り笑いだったって言いましたけど、それはどういう意味でしょうか?」
ちょっと気になる部分があったので質問をしてみる。
「ああ、それなんだがな…。先ほど、あの子が昔から周りとは隔絶した強さを持っていたと言っただろう? それが原因でな…」
「あ、すいません…過ぎた発言でした」
「いや、ツカサ殿には聞いて欲しいから構わない」
しんみりとした顔で、トウカさんは話し始め、俺はそれに耳を澄ませる。
「ヒナギは…小さい頃、…5つくらいの頃だろうか。その時から同年代の子供と比べると非常に強くてな、親の私の目から見ても異常だった。よく、子供同士の喧嘩などで、男の子を相手に圧勝していたな…」
へぇ…。そんなことがねぇ。
「だが、それはまだ許せる範疇だったので、周りの親も子供もそこまで気にするほどではなかったのだ。根は素直な子だしな…」
「そうですね」
あれを大和撫子と言うのではないだろうか? 才色兼備でもいいけど。
どっちにしろ、素敵な女性であることに違いはない。
「だがそれも、大きくなるまでの話だった」
ん? 何やら雲行きが…。
「小さい頃はまだ良かった。だが…次第に刀を手に取り、その道を歩み始めた頃からは、その持っている力の大きさが顕著になっていってな。村の自衛等で、集落に入り込んだモンスターや、繁殖を防ぐための間引きでモンスターを倒す内に、ヒナギはどんどん成長していった。今までの力が可愛く見えるくらいにな…。今まで仲良くしてくれていた周りの者は、それを真剣に異常に感じ始め、恐れるようになったのだ」
「…」
「次々と離れていく周りに対して、ヒナギはその頃から常に笑顔を振る舞うようになった。…作り物の笑いだ。自分が周りに恐れられているのに気づき、それが耐えられなかったんだろう。あの子は…そうすることで、少しでも自分を畏怖の対象から遠ざけようとしていたのかもしれん」
「…」
「だが、ヒナギのその行動は虚しくも意味をなさなかった…。周りはどんどん離れていき、最終的に残ったのは、私と妻だけだった。…あの時のあの子は見ていられなかったな。いつも家に帰ってきては、泣いていた。それに対して何もできなかった自分が情けなくてしょうがない…」
話を聞いて、俺の中で様々な感情と考えが渦巻く。
ただ、落ち着いていないめちゃめちゃな状態でもこれだけは分かる。
その時の心境も真に理解できない俺がおこがましいにも程があるが、辛かったのだろうと…。
「…あの、奥様は今どちらに…?」
ヒナギさんと会話をしていて、今まで一度も母親の名前は聞いたことがない。
だから…もしかしたら……。
「…今はもういない。…先に逝ったよ……流行り病だった」
「…すみません。辛いことをお聞きしました」
「…もう過去の話だ。仕方のないことだし割り切っているよ。気にしないでくれ」
やっぱりそうだったか。
…ごめんなさい。
「話を戻そう。…残ったのは私と妻だけだったが、ヒナギが丁度15の歳になった時に…妻が流行り病に倒れてな。先程言ったように先に逝ってしまったのだが、その時、ヒナギはある考えを私に切り出した」
「…それは?」
「冒険者になる…と」
冒険者? なんでだ?
「ある意味賭けだったのだろうな。冒険者の中には、他とは隔絶した強さを持つ人がいる。…特にSランクの人などは良い例だな。…ヒナギは、自分と同じ力を持つ人を求めて、冒険者になったのだよ」
「…」
「ここらの地域にはギルドもなく、ヒナギと同等の力を持つ者はいない。こことはかけ離れた場所でなら、自分と同じ境遇の人間がいる…自分は普通かもしれないという考えがあったんだろう。…それに、ここにいるのが辛かったんだろうな。ここに住む者がヒナギと話している所を見たことがあるかね?」
そういえば…一度もないな。
不自然なくらいだ。
ずっと家を留守にしていた人が戻ってきて、ましてや集落を歩いているのに声も掛けられないなんて…。
「交流が全くなかっただろう? そういうことだ。もう、ヒナギはここでは1人ぼっちなのだよ」
「…」
俺の無言を、肯定と捉えたトウカさんは話を進めていく。
「私は仕事でここを離れることが多々あってな、ヒナギのそばにずっといてやることができなかった…。できたのは妻だけ…。その妻がいなくなり、ヒナギは完全に一人ぼっちになってしまったと思ったのだろう。だから、外へと繋がりを求めて出た。…まさかSランクになるとは思っていなかったが」
フッと力なく笑い、トクトクと注いだ酒をトウカさんは飲む。
「…今回私がこうして戻って来たのは噂でヒナギが帰って来たと聞いたからなのだ。あの子が帰ってくることがあまり考えられなくてな、確かめずにはいられなかった」
「そうだったんですか…」
「家に帰ってきて驚いたよ。見知らぬ者が3人もいて…そのうえ仲良くしていたのだからな。当初はあの子が騙されているのではと思いもしたが、其方らの会話やあの子の顔…。そして昨日の会話を聞いて確信したよ。それはあり得ないと…。良き友人を得れたのだと…」
「…ええ、俺もあの2人も…純粋にヒナギさんという人物を親しい友人と思っています」
まぁお風呂に入ってくるのはどうかと思うがね。この辺りじゃ普通らしいから強くは言えんけど…。
「ツカサ殿から見て、ヒナギはどう映る?」
「え? 普通の可愛らしいお姉さん…ですかね?」
突然の質問に驚きつつも、俺が素直に感じているヒナギさんの印象をそのまま伝える。
「ハハハ…。ありがとう。ヒナギは…其方に近いものを感じているのだろう。一般の人が持つ力とはかけ離れたものを持つ其方に…。」
「まぁ…ヒナギさん以上の力は持っていると断言できますね…」
「其方を見るとあの子以上とはあまり想像が出来ないんだがね。…まぁ人は見かけにはよらないということか…」
あんたもかい…。
そうだぞ! 人は見かけによらないんだ! 舐めたらいかんぞ!
「そう思ってもらって結構かと…」
「ハハハ」
暗い話から少し活気を取り戻した俺たちだった。
「…長くなってしまったが、これがヒナギの過去だ。3人とも末永く仲良くしてやって欲しい」
「…はい。こちらこそお願いしたいです」
…そう言って、胸が少し痛む。
俺は、最後までいられなさそうだから…。
「して、ここからはツカサ殿個人にお聞きしたいことがあるのだがいいかね?」
「なんでしょう?」
トウカさんから自分のお猪口に酒を注がれながら、俺は何かと聞くのだった。




