100話 お呼び出し
◇◇◇
トウカさんが来て、それから2日後。
「ヒナギさん行きますよ……。『千薙』!」
俺がそう言って持っていた剣を振るうと、白く輝く数多の斬撃がヒナギさんに向かって飛んでいく。
『千薙』は【剣術】のスキル技の一つで、1つの斬撃を千に小分けにして放つというものだ。小分けにしているので当然威力は通常の千分の一になるが、俺が放つとそれなりの威力となる。
…逆に弱い人が使うと、まったくダメージも与えられなくなるほどに弱いため、ネタ的なスキル扱いをされることもあるが。
「我が盾よ! 『アースシールド』!」
『千薙』がヒナギさん目掛けて飛んでいく中、ヒナギさんは魔法を発動し、地面から土の壁が出現する。
『アースシールド』が『千薙』とぶつかり合い、ドスドスと小さな刀傷が斬り刻まれていくが、『千薙』の半数ほどを受けきったところで亀裂が走り、砕け散ってしまった。
砕けた壁の破片を掻い潜り、ヒナギさんに斬撃が迫る。
「やっぱり足りない…! なら…! はあああぁっ!!!」
俺が放った『千薙』の一部を、ヒナギさんは刀を横に薙ぎ払うことで発生した剣圧で弾く。
…ちなみに剣圧などはそんじょそこらの奴では発生しないため、ヒナギさんがSランクであり、いかにステータスの高い人かが分かる一面だ。
「…『見斬り』!」
それでもなお続く最後の分は、ヒナギさんは『見斬り』を使うことで対応する。
『見斬り』は一瞬の間周りの動きがスローモーションのようになり、攻撃をみきることができるスキル技だ。相手が自分に攻撃してくる時に使えばカウンターを食らわせることもでき、遠距離の場合もカウンターこそ難しいが回避が可能と、攻防一体の技である。
ぶっちゃけ超優秀なスキル技です。
「くぅっ! 『千薙』でも一つ一つがとても重いですね…」
俺の『千薙』を全て受けきったヒナギさんが、眉をひそめて呟く。
…ちなみに、弾いて明後日の方向へと飛んでいった斬撃は、ポポとナナがしっかりと処理し、大事にならないようにしているので安心だ。
さっきからヒュンヒュン飛び回って、斬撃をかき消しているのがチラチラ見える。
現在、俺は集落の郊外にてヒナギさんと対峙している最中だ。
なんとなくヒナギさんに合わせるため、今俺が持っている武器は刀。普段…といっても使う機会はそれほどないが、大剣は今『アイテムボックス』にしまってある。
「もう少し…魔法も鍛錬しなければ…」
ヒナギさん曰く魔法はあまり得意ではないらしいが、まぁそれでも十分な高みにいるとは思いますがね…。
詠唱を短縮しても魔法が発動できてるし、十分っしょ。
「今度はこちらから行きます!」
刀を下に向けた構えを取り、ヒナギさんが俺に向かってくる。
あれは…突き上げだな。
なら…
「……っ!?」
「…これですよヒナギさん。下からの突き上げは気をつけないと」
「……ハイ。またやっちゃいましたね」
ヒナギさんの眼前近くまで近づき、俺。
刀を下に向けて突き上げをしてこようとしたヒナギさんだが、それを俺は靴底で踏みつけることによって地面に突き刺し、攻撃を回避する。
振り上げられる前にこちらが先に踏みつぶしてしまえば、相手はもう何もできない。
先だしの力と後出しの力では、先だしの方が有利だからだ。
まぁ、不意をつかないと結構こっちが危ないことでもあるから、ある意味賭けな部分もある。
今回俺は魔法は使わないことになっているので、通常だったら他の方法も取れるがそれは今回なしだ。
「鉄製の靴を使用している人だったら狙われる可能性はありますから、気を付けてください。攻撃は最大の防御とか言う人だったら、絶好のチャンスですし…もしかしたらこんなことしてくる奴がいるかもしれません。…あと、『千薙』を受けている間は身動きが取れてませんでしたけど、その間俺が止まっているとは限りませんからね? 戦場なら間違いなく追撃してます」
「…はい!」
俺の言葉に元気よく頷くヒナギさん。
毎度毎度…本当に楽しそうにしてるのを見て、こっちまで楽しくなってくる。
なんだかんだで、俺もこの稽古の時間が結構好きになりつつある。
「やっぱり自分から攻撃するのって難しいですね…」
「まぁヒナギさんは相手が攻撃するのが前提のスタイルですからね…。でも、今回みたいに相手によっては自分から動かなきゃいけない場合もあるでしょうし、これができるようになったら自分にできることの幅が広がりますよ」
そう、ヒナギさんは自分から攻撃に出るのがほとんどないそうで、今までカウンターの一点張りでSランクまで登りつめたそうだ。
それはそれで特化してるからいいと思うんだが、本人はどうやらそれが不満らしく、自分から攻撃する術を知りたいとのことだった。
だから、今回の稽古のテーマは『やられる前にやれ』をテーマにしていたりする。
……ま、俺が先に仕掛けちゃったが、それは見なかったことにしてくれ。
「ふふふ、カミシロ様と対峙すると色々なことに気付かされます。自分がどれだけ一点だけしか取柄がなかったのか…」
と、笑いながらヒナギさん。
それだけでも脅威なんですけどねー。
攻撃してくるのはそれほどでもないけど、カウンターの構え取られたらガチで手が出せない領域にいるでしょ貴女は…。
始めて対峙した時はびっくりしたんですからね? まったく…。
女神みたいな笑顔の裏に隠れた牙が私にゃ見えてますから。誰も貴方には近づけやしませんって。
「…まぁ、無理に覚えて自分のスタイルが崩れるのは怖いので、ほどほどにした方がいいかもしれないですが」
「う~ん、その方がよろしいでしょうか? …自分に向いてないのは分かってるのですが…これはこれで楽しいですし」
「そ、そうですか…」
向上心が高すぎるのも問題だな。
俺がヒナギさんの様子に何度目か分からない呆れを見せていると、聞きなれた声が俺たちに届く。
「いたいたー! ツカサー! 終わったぜー!」
言葉遣いから大体察することはできるが、シュトルムである。
俺とヒナギさんの元へシュトルムが大声で歩み寄ってきた。
「ん? あれ…全部読み終わったのか?」
「おう! 読めない奴は大体お前に聞いたからな…もう十分だ」
「そっか…」
どうやら読み漁っていた書物を読み終えたらしく、その報告に来たようだった。
今日の夕飯にでもしてくれればいいのに…。
「じゃあ、明日には戻られるのですね…」
ヒナギさんを見ると一昨日から時折見せる寂しげな顔をしている。
…別れを惜しんでくれているのだろうか?
聞いても毎度、なんでもありませんと言われてしまうので真相は分からないが。
「ヒナギさんは戻らないんですか? 王都に…」
俺が気になり聞いてみると…
「はい…。これ以上カミシロ様に付いていくのは迷惑でしょうし…。それに、戻る理由もあるわけではありませんから」
だそうだ。
迷惑ではないけどな…。むしろ心強いし楽しいが。
ポポとナナも喜ぶし。
「依頼とかもないんですか?」
「はい、今のところは…。以前依頼で稼いだお金も随分残って困っていませんし」
贅沢とかしなさそうですもんね…。
Sランクの報酬は基本割高。ヒナギさんの普段の質素な暮らししてたら、金には困らんか。
「そうですか」
ちょっと気まずい空気が流れる。
そしてヒナギさんはそれを払うかのように喋り出した。
「……最後ですし、シュトルム様もご一緒にどうですか?」
「うえぇ!? いや…俺は遠慮しとく。ついていけねぇよ…。魔法ならまだしも接近はちょっとな…」
突然、シュトルムに対して一緒に稽古しないかと誘うヒナギさん。
対するシュトルムはというと、ギョッとした顔で慌てている。
「そうですか? 楽しいですよ?」
「レベルが違いすぎるんだよ…」
2人のやり取りを見て、俺も先ほどの気まずい空気を振り払うように、ちょいと茶々を入れることにする。
「そうかそうか…なんて向上心の強いお方なんだ。ささ、ご一緒に精進していこうじゃないか」
「オイ、やるなんて言ってねーぞ!?」
「何々? ふむふむ…。『あの世まで一直線コース』をご所望とな? 良い覚悟ですな」
「何キャラ作ってんだお前は!? てか勝手に話進めんな!」
むっ! 口の聞き方がなっていない門下生だな。今のわたしゃあ師範ですぞ?
「よろしい! ならばお相手いたしましょう!」
「人の話を聞けよお前っ!」
うるせぇ。
お前だって俺に『神鳥使い』だとか言って迷惑掛けただろうが。その仕返しだと思え。
むしろ今の今までロクに仕返ししてないのを感謝してもらいたいもんだ。
…普段散々な扱いをしてるだろ…ってか?
してますが何か? もちろんこれからもやめる気はない。
「ポポさん、ナナさん、お相手してやんなさい」
「「承知いたしました」」
いつのまにか近くにいた2匹が空気を読んで返事をし、シュトルムにじりじりと近づいていく。
2匹は今『覚醒状態』のため、寄られる側からしてみれば恐怖そのものであろう。
「や、やめろ~~~っ!!」
郊外にはシュトルムの悲鳴が響くのであった。
P.S.
むしゃくしゃしてやった。後悔などあるわけがない。
◆◆◆
その日の夜。
「ツカサ殿。ちょっとよろしいだろうか?」
「? …なんでしょうか?」
夕食を終え、部屋でゆっくりしようかと思ったところをトウカさんに呼び止められる。
「ツカサ殿と少々話したいことがあってな…。ここで話すのもなんだ。私の部屋についてきてくれ」
「あ、ハイ…」
流れに身を任せ、歩き出すトウカさんの後ろをついていく。
なんか気に障ることしたかな…?
…ハッ!? まさかヒナギさんと一緒に風呂に入ったのがバレたとか!?
それなら終わったああぁぁぁ…。
『貴様! 私の娘と風呂に入るとはいい度胸だな!』
『お、俺はそんなつもりで…』
『死ね!!』
『ぎゃあああぁぁぁぁす!!!』
と、最悪の展開が頭をよぎる。
嫌ああぁぁぁ!!! 私死にたくないぃぃ~!!




