98話 【隠密】
新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
神様との会合から3日後。
俺たちは今、ヒナギ宅にて真剣な顔をして部屋の床に座り込んでいる。
時刻は丁度昼頃。
もう少しで昼ご飯を食べようかと思っているその時、ゴクリと唾を飲み込み、俺はドキドキしながらステータスを開示する。
上から順にじっくりと見ていき、確認したい項目のところまできて…
「……よおぅしゃあああぁぁぁ!! 【隠密】↓↓キターーー↑↑!!!」
「おめでとうございます」
「パチパチ~」
俺は他人の家なのも気にせずに大声で叫ぶ。
…いや、まぁ自分の家だとしても近所迷惑なんだろうけど。無意識にだったが抑揚までつけてしまった。
でも…やりましたよ、遂にやってやりましたよ! …遂にっていうほどじゃあないかもしれないけど。でもやっとこさ習得できました~!
ついさっき、明らかに何かが変わった気がして、ステータスも見ずにまっすぐ帰って来たわけなんだが…俺の考えはどうやら当たっていたようだ。
苦節7日に及ぶ鍛錬の日々。俺はこの時間を忘れることはない。
取得までにこんなに時間が掛かったスキルは今までなかった…。
俺が両手を挙げて喜んでいると…
「何だぁ? 一体どうしたってんだ?」
「…何事?」
「カミシロ様…?」
気づけば部屋の戸からは、3人が首をひょっこり出してこちらを覗いていた。
「ああ、すいませんヒナギさん…大声出しちゃって。ちょっと嬉しくってつい…」
ひとまず家主であるヒナギさんに一言謝る。
すると、何も問題はなかったからか3人が部屋へと入ってくる。
「そうですか…でしたら別にいいんですが。…それで、何が嬉しかったのでしょうか?」
「いや~、遂に【隠密】のスキルを習得できたんですよ~」
「「「………え?」」」
「(ちょっ、ご主人!?)」
俺がスキルを習得したことをシレッと言うと、3人はポカンとし、ポポがビクリと慌てる。
ん?
「…早すぎないか? お前…以前から鍛錬してたのか?」
あ、ヤベ…。テンション上がって警戒するの忘れてた。
ポポが慌てたのはこのせいか。
なので…
「…ああ。前々から欲しいなと思っててさ、結構頑張ってた」
咄嗟の嘘っぱちスキルは随分と上達しているので、返しに困ることは取りあえずない。
若干答えるのが遅くなったとはいえ、問題ない範疇だろう。
「へぇ…」
「…【隠密】って、そもそも頑張っても取得できない方が多いらしいですが…。どこかは忘れちゃいましたが、特殊な暗殺部隊でも持っている人は少ないと聞いたことがあります」
「あ、そうなんですか。てか、そんな部隊がいるんですね…」
暗殺って…。本当に物騒な世界だな。
まぁ地球でもなくはなさそうだけど、身近なものではないしなぁ…。
「ん。良かったね…。どっちにしたって凄いよ。おめでと」
「ありがとう」
「で、【隠密】ってどんなスキルなんだ? 説明ではどうなってんの?」
シュトルムが【隠密】の詳細が気になったのか質問してくる。
「んー、俺もまだ見てないんだよね。…ちょっと待ってな」
まだ俺自身スキルが取得できたということしか分かっていないため、詳細を確認するべく皆から離れる。
勿論ステータスを見られないようにするためだ。
「…えっと~。…『自身の行動によって伴う現象を任意で失くすことが可能。また、ステータスを見抜かれなくする効果あり。暗殺スキル系統では最高の性能を誇り、暗殺の最高峰スキルとされる』…だとさ」
「……すげーな」
うん、俺もそう思う。
アイツがこれを習得しろって言った意味がよく分かったわ。これは…俺には必須だな。
『自身の行動によって伴う現象を任意で失くす』…。これはつまり、俺が超高速で移動したとしても爆風は発生しないし、無駄に大きな攻撃をしたとしても必要以上の被害は出ないってことだろう。
アイツが周りへの被害の心配はなくなるって言ってたのはそういうことだよな。
それに…『ステータスを見抜かれなくする』ってのは大きいな。なんかついでみたいに書かれてるけど、これだけでも十分魅力あるんだが…。
もしかしたら、【隠密】って複数のスキルの複合なのかもしれない。…予想だけど。
「試しに何かしてみれば? それが本当なら、多分音とかもないんでしょ?」
俺が思案している所にセシルさんが声を掛けてくる。
一旦思考を止めてセシルさんの言葉を聞き、それに同意する。
「そういうことになるね。じゃあ……」
試しにスキルを発動させるという意識で、指で音を鳴らしてみる。
すると…
「……音、鳴らねぇな」
「うん、鳴らないね」
目で見た限りだと確かに鳴らしたはずだ。…てか俺がやってるわけだし鳴ってないはずないんだけどさ。
どうやらスキルは正常に発動しているらしい。
「…じゃあ次」
今度はスキルを発動させない意識で音を鳴らす。
すると…
パチン
「…今度は鳴ったね」
「うわぁ、凄いですね」
おおー。
どうやら自分の意思でON/OFFができるようだ。
便利だなぁこれ。魔力を消費するわけでもないし、チートスキルの1つだろ多分。
暗殺部隊に必要なのも分かる。
そこに、服をグイグイと引っ張られた感覚がしたので、そちらを見ると、どうやらポポが翼でジャンパーの端を引っ張っているようであった。
何かねポポ君や。
「(良かったですね、ご主人)」
「(ああ…これでやっと本気で動ける)」
「(もう誰も手が付けられないね~)」
俺とポポのコソコソとした会話に、ナナも加わる。
「「「?」」」
「(ただご主人! 言葉には気を付けてくださいよ。スキルなんてすぐには習得できるようなものじゃないんですから!)」
「(意識低すぎだよ~)」
「(スマンスマン。気を付けるよ)
ポポとナナに小言を言われるが、素直に反省。
ちょっと油断するとすぐにこうだし、難しいねこればっかりは…。
「オイ。何コソコソ話してんだ?」
俺たちの会話を不思議に思ったであろうシュトルムが聞いてくるが、いつも通りの対応をしてはぐらかす。
「いや、こっちの話だ。気にすんな」
スキルの効果を確認したし、早く実践でも試してみたい。
俺はそう思ったのだった。
◆◆◆
「それにしても、よくあの条件で習得できましたよね…。どんな方法で鍛錬してたんですか?」
食卓を皆で取り囲み、昼食の最中。そこにヒナギさんが疑問を口にする。
勿論【隠密】のことを言っているのだろう。
確かに条件は難しいよなぁ…。
書物から得た【隠密】の取得方法なんだが…
1.遮蔽物も何もない場所で誰にも姿を見られないこと、また気配を感じ取られないこと。
2.自分から約3m以内に、自分以外の誰かがいること。
3.昼間のみしか経験値は得られない
この状態を長時間保つことで【隠密】は開眼する。
…というのが、記述にあった内容だ。
一体どうやって調べたんだろうか? 不思議…。
というより、やっぱり経験値的なのはスキルにもあるんだなとか思ったりした。
まぁ俺がそんな条件でなぜ習得できたのかというと。ズバリ、魔法使いました。『シャドウダイブ』って魔法です。
名前のまんまで、影に入り込めるという、「うわぁ…しゅごいじょ~」って感じの魔法だ。これが条件を満たすのにすごい便利でして…。
鍛錬は近所にいた子供をちょっと利用(協力)させてもらった。
まず、ヒナギさんの家から少し離れた広場で、ほぼ毎日遊んでる子供達がいるのです。この子達がまぁいつもいつも楽しそうに遊びに熱中していましてね、微笑ましいんですよこれが。
一度蹴鞠で遊んでたのか、外出中にボールをぶつけられたのはいい思い出。ハハ…。
まぁこの集落へと訪れた旅人であるTさんはそこに着手したのです。
そもそも、条件の中に『誰にも姿を見られないこと、また気配を感じ取られないこと』とあるんですけど、大抵の人は、まず誰かを認識してからその人物を警戒することがほとんどであって、常に気を張って気配を探るとかしないんですよ。経験者は語る(T談)。
ましてや、子供にとってはそんなものは無縁なもの。遊びに熱中していることもあって、万が一にも気配を感じ取られるなどと言う可能性はあり得ないんです。
ボールをぶつけられたTさんがいい例です。何かに熱中していなくとも、ただボーっとしてるだけでこんなバカげたステータスしてる奴にボールが当たるんです。これが証拠でしょう。
だから…Tさんは特に気配を隠すとかは意識しませんでしたね。正にヌルゲーそのものでしたよあれは…。
ですので、子供たちがその広場に来る前から物影に潜んでまして、子供達が丁度近くを通って影が重なった所で子供達の影へと移動。
それからはずっと子供達の遊んでいる光景を影の中から見てて、昼になってお腹を空かせた子供達が家に帰る時にTさんもヒナギさんの家へと帰宅するっていうのを、かれこれ7日間継続しました。
これがTさんの鍛錬の全てです。イェイ!
…既にお分かりだろうが、Tとは俺のことだ。
客観的な言い方の方が説明に真実味があると思って試しただけッス。他意はない。
「って感じで鍛錬してました。まぁぶっちゃけ魔力消費との戦いでしたね。子供達が他の影と重なってくれないと俺はいつまでも解放されない状態でしたので…。『シャドウダイブ』って魔力食うんですよ…。流石に子供達を驚かせる真似はしたくなかったので我慢しましたけど…」
と、以上のことを説明する。
「ア、アハハ……。変わった鍛錬してたんですね…」
ヒナギさんが苦笑いでこちらを見ている。
多分だけど、予想よりも斜め上の方法で習得してることにだろうな…。
『シャドウダイブ』は闇属性の上級の魔法だ。こんなのを長時間に渡って使用できる奴はまずいないし、このやり方でやるのは一般的ではないからな。
第一、【成長速度20倍】があってやっと習得できたことを考えると、常人は気の遠くなるような時間が必要になるはずだ。
「…ツカサが誰かを利用するのはちょっと意外かな。…まさかとは思うけど、ボールぶつけられたからとか?」
「イヤーソンナコトナイデスヨ?」
セシルさんの指摘が図星だったので、片言で返答する結果になってしまった。
だって1回は1回だし? ちょっとくらい俺も何かしたっていいじゃんとか思うじゃん?
それに俺は聖人君子なんかじゃないし? 急いでたし?
と、言い訳を頭に連々と並べる。
…まぁ私がただのお子ちゃまだっただけです。
「図星かよ。…一歩間違えりゃ間違いなく不審者だぞ。…まぁこうして正直に話してる辺りそんな心配いらねぇだろうけど…」
と、シュトルムが呆れた顔でこちらを見る。
お? 珍しくまともな意見だねシュトルム君。一体どうしたんだい?
キミにそんな発言は似合わない。頭殴って元に戻してあげようか?
あと俺は不審者は嫌いなので万が一にもあり得ません。
「まー私達もどうかと思ったのですがね、その子供達はご主人にボールをぶつけても何も言わなかったのでつい…」
「ちょっとピクッてきちゃったんだよねー」
ポポとナナが翼を組んでうんうん頷いている。
そうなんだよ。
あの子達から謝罪の言葉は一言もなかった。てか、俺がぶつかったことを気にもしない感じでスル―したんだ。
それがまぁ今回利用(協力)させてもらったことに繋がっている。
「大人げねー。まぁそいつらにも非はあるが、子供だぜ?」
「分かってるよ」
悪いことは悪いと言える、もしくはやらない人間になりましょう。
今回のことに対しては? ……チッ、さーせんしたぁ(フンッ)。
……。
まぁ冗談だが。
普通に反省しとるわ。
「まぁ私からもあの子達にはちょっと言っておきますので…」
ヒナギさんが場を納めるために話を区切ろうとしたところで…
「ヒナギ~!! 帰ったぞ~!!」
突然、玄関から大きな声が聞こえたのだった。




