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通報屋・7

久々に更新。あと1、2回で決着の予定。

 深夜の2時をとっくに過ぎた頃。


 誰もが寝静まり、虫の鳴き声一つも聞こえない静かな山の中にある、とある別荘では、周りの静かな雰囲気とは違い、多くの人間が集まっていた。


 が、静かではないと言っても、騒がしいという事ではなく、どちらかと言えば、緊張感が漂い、ピリピリしているという雰囲気であった。


 両手でマシンガンを持った男たちが、別荘の門の前でうろうろ警備している位である。かなりの威圧感溢れる光景だ。


 こんな事になっている理由は至極簡単。敵組織に撃たれた破落戸ごろつき 乱棒らんぼうが、襲撃を恐れて何度も居場所を変え、そして、今回はこの別荘にやってきたからだ。


 ここに来るのは既に初めてではないのだが、『複数回来た所こそ、安全だ!』という破落戸自身の提案でここに移ったため、他の部下たちは何も言えないのである。何か言おうものなら『お前が敵か!!裏切ったな!!』と言われて殺されてしまうからだし、現に3人程殺されているのだ。何も言えねェとはこの事であった。


 故に、こんな糞寒い山の中でも文句一つ言えずに、人っ子一人いない山の別荘の門番なんてして、警戒なんかしなければならないのだ。


「う~寒い~早く交代にならねェかな~」


「我慢しろよ。もうすぐだ。後、レーダーやら監視カメラやら動いてるから無駄口叩くな。ドヤされるぞ」


 別荘の門の前では、3人の男たちが寒さに震えながら警備をしていた。


 手にはマシンガンを持ち、その身には軍で使うようなアーマーや防弾チョッキを着こみ、目には閃光弾対策の特殊サングラスを掛けた彼らは、全員無線を持っており、内部との定期的な連絡を取っている。この連絡がないと、問題ありという事で、すぐさま破落戸達が逃げ出してしまうのである。


 また、門には最先端のレーダーや、監視カメラ、熱源探知等々、様々な探知・監視システムが万全の状態で作動しており、門自身も10tトラックの衝撃にも耐えられる強固な扉で、10分ごとに変わる暗号を入れねば開かず、無理に入ろうとすると10万ボルトの高圧電流が流れるという仕掛けと、まさに要塞の様な厳しい警備であった。


 それ程に、破落戸は本気で殺し屋を恐れていたのである。


「へーい。分かったよ…。ん?アレ?」


 と、ここで注意を受けた男が、何かに気付いた。


「何だよ?どうした?」


 注意をした男がめんどくさそうに聞いてくるが、その問いに、男は慌てながら。


「いや、何かさ、俺のグラサンに映ってる情報が消えてくんだけど…これって故障か?」


 そう。彼らが掛けているサングラスは、対閃光ようでもあるが、同時に、門を守っているレーダーや監視カメラの映像を受信し、人間の目では確認できない以上を確認して、すぐ対応できるようにと警備の質をより上げる機能があったのだ。


 が、その送られてくるデータがどうしたことか、どんどん消えているのである。


 この異常に、機械に不慣れで『壊したら破落戸の親父に殺される!!』と思った男は慌てていたのだ。


「ああ!?んなもん、お前だけ…じゃあねえな。俺のもだ」


「そっちもか?俺もだ。映像がおかしいってか、ドンドン消えて…あ、画面が消えた」


 どうやら、男だけではなく、門の警備をしている全員に起こったらしい。


「…俺らのグラサンが狂ったか、それとも、門のレーダーや監視カメラが狂ったか…仕方ねェ。中に連絡するぞ」


 そう言って、リーダーらしき男が報告するために無線を繋いだ。


「こちら、門番。門からのデータが来ない。壊れたかもしれん。調べてみてくれ」


『はいよ。…あー、これはちとアレだな。一回、ほんの1、2分だが、再起動させる必要がある。その間は機械は…あ、無線の機械もおかしくなりかけてんな。やっぱ10年も前の骨董品じゃ駄目か。ちょっと無線の方も修理する。同じく2分程使えないから、目視で警戒してくれ。じゃあな』


 どうやら、何かトラブルがあったために、再起動させる必要があるらしい。


 その間は、彼ら門番のみで警戒にあたれとの事であった。


「了解。じゃあな。聞いたとおりだ。特に何もないだろうが、俺らだけで警戒する。怠るなよ」


「へーい」


「ああ」


 人気のない山の中で、今までも特に何もない事から、彼らは特に何も思わずに警戒を続けることにした。


 機械がなくても、今までの経験から人の気配には敏感であるし、山と言っても見晴らしが良い事で有名で、その分、視界が通っている。何か来れば分かる状態であるし、武装したヤクザも三人いる。しかも、装備が使えないのは2分間だけ。何とかなるだろう。そう、言葉にはせずとも、心のどこかで思っていた。


 故に。


 機械の電源が完全に切れ、サングラスに何も情報が映らなくなり、無線も使えなくなった瞬間。





 門番のリーダーの首筋に、『ロケットの形をしたダーツ』が刺さって地に倒れ、『感電したように痙攣』しても。





 他の2人は直ぐには気づけなかった。



「!?がッ!!」


「な!?ッぎゃ!?」



 そして、気付いた所で、同時に二人の首にダーツがささり。同じように地に伏すのだから、意味などなかったのであるが。


「よーシ!上手くいったゼ!」


 そう言って、ブルブル震えながら、ジンワリと、体中の穴と言う穴から血を出す三人を見下ろしつつ、珍田が満足げに門へと駆け寄ってきた。


 そう。このダーツで門番を片づけたのは珍田なのである。


 ダーツには極小ではあるが、象を一頭を感電死させる程の高圧電流を流す仕掛けがあり、その電流で体の内を焼かれ、ヤクザの三人は死んだのだ。


 チャラけた雰囲気の珍田であるが、元々は傭兵で各地を渡り歩き、その時工作部隊にいた為に、手先の器用さや武器の開発等が得意なのである。


 しかも、潜入もこなしたこともあり、その経験から音を立てずに敵を殺すサイレント・キルの心得があって、投擲術にも通じている等。それらの特技を存分に活かした、『殺し技』と言えるだろう。


「良いから早くしろ。時間がないんだ」


 と、得意げに言った珍田を急かすのは、いつの間にか彼の横に立っていて、ナイフを両手に構えたクライドであった。


 それを受けて「へいへイ。まァ、余裕っすけどネ」と言いつつ、珍田はある端末を手に取り、それを迅速に操作する。


「えート、よシ!侵入成功!OK!これで俺らは門番に化けましター!こういう奴らって画面に映ったもん疑わないっすからネ。ちょいと故障した様に見せれば信じるシ、楽勝っすヨ。後ハ、交代要員が来るんでやっちゃってくださいナ。無線の方も弄ったんンデ、何やってもばれないっすヨ!クライドの旦那!」


「おう。任せておけ」


 指の残像が見える程の速さで、難しい事を瞬く間にやって見せた珍田の言葉に、クライドが獰猛な笑みで答えた。


 そう。先ほどの故障も、全ては珍田の仕掛けであったのである。 


 元々、工作員であった経験を活かし、情報操作や隠蔽などを行ったのだ。


 科学技術が発達し、いろいろと便利になって機械が活躍する世界。特に、金を持った連中は、『安全』を手に入れ、守り、維持するために最新のテクノロジーを欲するというのは、いつでもどこでも変わらないモノ。だからこそ、暗殺などの犯罪には、珍田のような存在が、必要不可欠であったのだ。


(…まァ、ここまですんなりと出来たのモ、あの野郎が全ての機械やコンピューター、システムの構造や穴、パスワード、侵入しやすい経路まで全て調べ上げてからなんすけどネ…認めよゥ。腕は良イ。だが、絶対に気にくわン。あのまま生かしてたらキット碌な事にならなかっタ、故に殺すしかなかったんすヨ。恨むなら自分を恨メ。バーカ)


 そう、新人の事を認めつつも見下す珍田は、けれども顔には一切出さずに、黙々と操作を続ける。


「さテ、そろそろシステムが復旧するっス。俺が受け答えするんデ、門が開いたらやっちゃって下さイ」


「ああ。分かってるよ」


 と、軽く話していた、その時である。


『どうだ?再起動してみて、こっちは異常なし。直ったと思うが、そっちはどうなってる?』


 すべてのセキュリティーが復活したようで、カメラが珍田達に向かってレンズを向け、無線からはそう担当者からの声が聞こえた。


 その声と、動作を確認し、珍田が拾い上げていたマイクに向かい、返答をする。


「あァ。直っタ。全て良好ダ。こちらも異常なシ。で、そろそろ交代だったよナ?門を開けてくれるカ?寒くてたまらン」


 門番のリーダーとはまるっきり声も発音も違う、ってか本来カメラに映っている人物も違うし、足元には門番たちの死体があるので、絶対にバレて大騒ぎになるはずなのだが…。


『ああ。分かってる。門を開けよう。交代要員がすぐに向かってるから、交代してくれ。じゃあな』


 何事も騒がず、一切の事に対して何も言わず、只々淡々とそう話、実際に門が開いた。


 本当に、珍田達は誰にも怪しまれない、門番として認識されているのである。



 …これが、ハイテク犯罪か…。



「よし、じゃあ後は任せろ」


 門が開いたことを確認して、クライドがそう言って返り血と閃光対策用の特殊サングラスを掛けつつ、手にナイフを構えた。


 そのナイフは、中型の大きさの物で飾りなどはない簡素なつくりであるが、頑丈さと鋭さ、切れ味に定評のある、軍でも採用されている代物である。


 それを両手に一本づつ構えたクライドは、集中し、その時を待った。


 門が開き、中から交代要員の人間が来る、その瞬間を。


 そして。


 その時は、やってきた!!


 ゴゴゴッッという重い音を立て、扉がゆっくりと、内側に向かって開く。


 その隙間が、人一人分が通れる、ぎりぎりの大きさとなった瞬間!



 クライドが、大地を思いっきり蹴り、その身を飛ばす!!



 隙間を本当にギリギリに、少しでもずれればぶち当たる位の僅かな空間に、全力で突っ込む為に!


 一方で、扉の内側にいた交代要員達は、そんな事…隙間から人間が襲い掛かってくるなど全く考えずに、今日もまた、無駄な警備を繰り返すと思っていたのだ。


 それは油断、圧倒的な隙である。




 それを、突かれてしまったのだ。



 

 ザシュッという音がした時には、もう。交代要員のうちの一人の首が、宙を舞っていた。



「「「「!!??」」」」



 一瞬で、当りに鮮血がまき散らされる。



 誰一人、想像していなかった現実。



 考えもしなかった、襲撃。



 それを、隙だらけの今に、突き付けられた男たち。



 脳が何が起きたか理解できずに固まり、体が止まる。



 その一瞬で、クライドには十分だった。



 彼の両手にある二本のナイフが、続けて二人の喉を裂く。その勢いを殺さぬように、奥の方にいた一人の足を払って転ばせつつ、下がったその頭の側面にナイフを突き刺す。そして、ようやく我に返って銃を撃とうとした、最後の男の手を斬る。彼が痛みで銃を落とした瞬間、その隙だらけの喉に、銀色の切っ先が吸い込まれ…。



 すべては、そこに終わったのであった。



 たったそれだけ。数分足らずの出来事で、交代要員の四人のヤクザ達は、物言わぬ肉塊へと成り下がったのである。



 まさしく、洗練された殺しのプロの技であった。



「人を殺すのに、特別な技や信念はいらない。ただ、隙を突く。それだけでいいのさ」



 そう、一人零すと、クライドは足払いした男の頭に突き刺したナイフを抜き取ると、また両手にナイフを構えた格好で、今度は別荘の庭の方へと走り出した。


『あーあー。聞こえるっすカ?次は、別荘の周りの見張りの排除っス。データを送るんで参考にしつつやってくだせェ』


「ああ」


 珍田からの無線があった直後、彼のしていたサングラスに別荘の地図と、その周囲を動く赤い点などのデータが映し出される。


 これは、この別荘の周りを警備しているヤクザを表しており、クライドは、その全てを排除する事が任務なのだ。


 これを行えるのも、新人の正確な調べがあったからなのだが、今は関係ないので割愛する。


 さて、その別荘の周りにいるヤクザの、赤い点の数であるが…。


(…多いな)


 サングラスに映っている数は、ゆうに10を超えていた。


 場所的には、別荘の門の前に4人、その左隣の敷地に5人、裏の庭に4人、右の敷地に5人。


 計、18人。


 それを、一人ですべて排除しなければならない。しかも、気付かれないように。武器はナイフのみで、だ。


 普通ならば、どう考えても無理ゲーもいい所である。


 だが。



(ふん。余裕だな)



 この男は、普通ではなかった。



「しッ!!」



 短い声と共に、クライドの足が地面を思いっきり蹴る。角度や入れる力が特殊な蹴り方だったのだろう。軽く蹴った様に見えたが、その実、彼の身体は放たれた矢のようなトップスピードへと加速していた!!


 そして、その勢いを殺すことなく、彼はナイフを操り、敵に接近する。ヤクザの四人は、まだクライドには気付いていないようだ。まあ、彼らから見えないコースを選びつつ、音も立てずに素早く動いているのである。人間所か、野生動物すらも気付かない動きに加え、ヤクザ達のハイテク技術で拾えない状態でもあるのだ。気付く方がおかしかった。


 と、そんなある意味チートなクライドの、獰猛な肉食獣を彷彿させる鋭すぎる目には、別荘の玄関の前にいる四人を即座に捉え、その動きの一つ一つ…足運びから体の向きに筋肉の状態を一瞬で見抜き、視界に視線や警戒状態を把握する。後は、そこに長年の経験で身に着けた直感と閃きを合わせれば…。


(!そこだ!!)


 瞬時に、四人分の死角を見抜くと、無音で…まさしく蛇のようにぬるりとそこへと忍び込む。そして、続けざまに、穏やかな風が通り過ぎたが如く、ナイフを滑らかに走らせるのだ。決して死角から出ずに、音を立てずに。何物にも気付かれず、悟られない。そんな、幽霊と言っても過言ではない攻撃を繰り返し、クライドが四人の間を駆け抜けたのである。



 その結果。



「「「「…ぐぅ…!!」」」」


 少しの呻きを上げつつ、四人がほぼ同時にその場へ倒れ伏したのであった。見ると、その首の一つ一つが、綺麗に『切り裂かれ』、噴水のように赤く鉄臭い液体が流れ出ている。どう見ても、出血多量と言えるその惨事から助かる見込みなどあるはずもなく、彼らはそのまま、声にならない音を首の切れ目から漏らしつつ、少しして、完全に動きを止めるほかなかった。


(まずは四人。まあ、生身しか頼れなくなれば、こんなものか)


 ハイテク機器が使い物にならなければ、後は人間の感覚に頼らざるを得ない。そこで、ハイテクに頼り切りのヤクザと、生身で殺りくを繰り返してきた殺し屋の経験の差が出たのである。



 そこからは、まさにクライドの独壇場であった。



 闇夜に紛れる狼の如く。音を消した動きで移動し、その異常な観察力と五感で見つけた隙や死角に、牙よりも鋭いナイフで命を狩る。相手がいくらいても関係ない。素早く、確実に、最短距離で。只々一方的に獲物を屠るように。クライドは屋敷の周りを高速で移動しつつ、ヤクザ達の血で地面を染め上げていった。


 と、その数分後。気が付けば、確認できる屋敷の外にいる見張りは、もはや数人しかいなかった。


(ふむ。5人か。三人は、手前。奥に二人か。少し距離があるが…ま、問題ないな)


 位置的に、手前の三人を殺した場合、奥の二人に気付かれる恐れがある。そんな配置にヤクザ達…ハイテクのセンサーなどは脅威ではないが、それでも強力な銃や防具で身を固めている相手である。失敗すれば、ハチの巣よりもひどい事になるだろう。今までとは違い、かなり難しい位置にもいる。失敗する可能性は高い。



 が、そんな状況でも、『問題なし』と心から思ったクライドは、そのまま突撃を行った!!



(まずは、三人!!)



 勢いを殺さず、むしろ更に力を加えるように足を動かしたクライド。もっと言えば、彼は、三人の手前数メートルから、思いっきり地を踏み、『跳躍』したのである!!


 陥没の大きさから、普通ならば、とても大きな音が出たであろうその跳躍は、しかし!!足の技か、それとも何らかの道具による補助なのか、少しの音も立てない。まるで、ネズミを殺しにかかるフクロウの様に空を舞ったクライドは、自身の身体に回転を加えつつ威力を増したナイフを使い、空中から三人の首目掛け、一気に襲い掛かった!!


「「「ッ!」」」


 ザッ!という擦ったような音の次に、辺りを濡らす赤、赤、赤。それと、崩れゆく三つの肉塊達が、クライドの攻撃の成功を示す。


(次!二人!!)


 が、それでも彼は止まらない。まだ、二人いる。気付いている様子はないが、この距離で気づかれたら、銃を撃たれたらヤバイ。ここは、直ぐにしとめる!!そう意気込んで、彼は油断することなく、落下の勢いを活かし、すぐさまナイフの投擲の体勢に移る。


 この距離ならば、投擲で殺した方がいい。長年の経験からくる考えを聞き、彼は素直にその最適解に合わせた行動をした。腕だけでなく、体全体の力を使ったまさしく必殺の投擲。速さだけでなく、威力も吟味し、今までの戦いから磨き上げられた最適のフォーム。同じく、磨かれ続けてきた眼は既にヤクザの動きを見切り、そのやわらかい喉を完全に狙っていた。後は、最適のタイミングで、二本のナイフを解き放つのみ。神速で、喉を貫き、全てを終わりにするだけ。そう確信し、クライドは目にも留まらぬ早業で、思いっきりその銀色の凶刃を投げつけようとした…。



 その時!!



「!」



 全力を利用した発射の寸前。彼はその動作を急停止させたのである。


 発射ギリギリの所であり、思いっきり体に負担がかかるのだが、それでもクライドは平気そうであった。いや、むしろ体の事よりも、彼の目に飛び込んできた光景の方が衝撃的だったようである。


 そう。今まさに、その首に風穴を開けようとしたヤクザ達。その首に、『先客』がいた事。もっと言えば…。




 細く、透き通った特殊な…けれども『よく知っている』。そんな『ワイヤー』が絡まり、ヤクザ達の首を締め上げていたのを見たからであった。




「…柳…」


 2人のヤクザを完全に絞め殺しているそれを見て、クライドはそう声を漏らした。と、同時に。


「…すまんな。暇だったのでつい…」


 そう、深夜の闇に溶け込んでいる森の中の木々。真っ黒いその上から、幽霊男事、柳が顔を出しつつ、ぱっと身軽に地面へと降り立ったのである。


 その手には、クライドの見た特殊なワイヤーが二本あり、よく見ればさっきまで柳の居た木の枝の一本に掛かっていて、その先は、首の締まって死んでいるヤクザの死体が二つある。どうやら、木の上からワイヤーで締め上げ、二人を殺したのは柳の仕業であったようだ。


「…全く、横取りはやめてほしいな。報酬に関わってくるんだから」


「…済まない。が、余りにも暇だったんでな。許してくれ…」


 そう言いつつも、二人は笑顔を浮かべていた。


 そして、さて、どうやら外は終わった。では、今度は中をやろうかと、歩き出そうとした瞬間。



「…あん?お前ら、そこで何をして…!?」


「!」


「!!」



 二人の背後。もっと正確に言うと、別荘の建物から、武装した一人のヤクザが現れたのだ。



 どうやら、二人を見つけ、何をしているか声を掛けようとしたところ、周りの仲間たちの死体に気付き、事態を察したらしい。彼は、慌てて手に持っていた銃をクライド達に向けて構え、引き金を引こうとした!!


 が、それを見逃すなど、訓練された傭兵にして殺し屋の彼らは甘くない。クライドは既にナイフを投擲しようと構えており、柳の方も、ワイヤーを銃に引っ掛けヤクザから引き離そうとしていた。この辺の判断と行動の速さは流石であった。



 そうして、そんな危険すぎる二人と一人の攻防の結果、黒い森の中で赤を振りまく事になったのは…。



「ぅ」



 そう短い声を漏らしつつ、『額の風穴から血を流して』倒れた、ヤクザの方であった。




「…どうでも良いですが、おしゃべりは余所でして下さい。何しろ、此処は今、戦争中なので」




 倒れ込んだヤクザの後方。そこから、サイレンサーを付けたデザートイーグルを、両手に計二丁持ったデニスが、はぁとため息をつきつつ、そう2人に言葉を掛けた。


「こちらは『全て』終わりました。今、珍田がターゲットの居る離れのセキュリティーを解除している所です。あと数分で終わるみたいですよ」


 そんな彼がやってきた方角…別荘の中を見ると、そこには数々の『物言わぬ塊』が無数に見え、『赤黒い海』が所狭しと広がり、むせ返りそうな『鉄の匂い』が充満している。その光景だけで、嘘ではないという事が分かった。


「ああ。すまんな。助かった。…で、どうするんだ?」


 短く謝罪と礼を言いつつ、クライドは『どうやってターゲットを始末するか』。その話を振ってきた。


 本来ならば、これからの仕事…ターゲットである破落戸の殺害は、リーダーの役目であったのである。けれども、彼はまだいない。もう少しで来るという話はあったが、それも信じられるかどうかも怪しい。ならば、この場においてリーダーは数えず、『誰が破落戸を殺すか?』それを決めたいとクライドは思ったのである。


「…確かにそうですね。もう、あのバカは抜きにして、我々でした方がいいかもしれません」


「…そうだな。…ならば、俺がやろう。あまり、殺していないからな…」


「では、俺達はサポートをしようか。それでいいか?」


「ええ。良いでしょう。それでは早速…」


 余り殺していないという柳の言葉に賛成し、今後の方針は直ぐに決まった。特殊ワイヤーによる静かな殺しに、高速ナイフによる奇襲、更にはサイレンサーの射撃の嵐に、ハイテクサポートも加われば成功しない方がおかしい。そう言える最強の布陣であった。


 …あれ?なんかリーダーがいない方がスムーズに行くような…。


 ううん。深く考えるのはやめよう。とりあえず、さっさと協力してターゲットを倒そう。そう考えて彼らが動こうとした…。




 まさに、その瞬間。




「ああ。さっそく、地獄に行ってもらおうか」



 三人の後方。先ほどまで誰もいなかったはずのその場所から、いきなり声が飛んできたのだ!!



「「「!!!」」」



 別荘内にいる全ての敵を倒し終えたが故に、ありえないハズのその事態。予想を超える緊急事態に、三人は、思わず体をこわばらせ…。


(…どうやら、武器は銃らしい。なら、俺がワイヤーで弾丸を防いでみせる。重ねるように展開すれば、4、5発なら耐えられる)


(なら、俺がナイフでの奇襲を仕掛けよう。当たれば、それでよし。外しても…)


(私が、そこを狙い打ちましょう。では…行くぞ!!!)


 けれども、そう対応策を考えつつ、一斉に彼らは振り返ったのである!!


 柳は銃弾を防ぐためにワイヤーを、クライドは奇襲のナイフの投擲を、デニスは狙い澄ました一撃を決めるべく愛銃を構え…。




「「「…は?」」」




 後ろを振り向いた瞬間に、思わずそう気の抜けた声を漏らしていた。


 

 歴戦の彼らが、しかも、緊急時の対応を打ち合わせ、その通りに動こうとしていた彼らが止まったその理由。それは、彼らの目に飛び込んできた光景が原因であった。



 そう。その光景とは。



「ぶはははは!!だ・ま・さ・れ・た!ウええええええいwww!!お前ら気ぃ抜けすぎだろ!!俺の存在に全く気付いてないとかYO!!全く、死んでも文句言えねーぞ。これは、鍛えなおし必須だな。ヤレヤレ、やっぱ俺がいないと駄目駄目か~!!かー、リーダーは辛いね!全く!!」



 ヤクザの使っていた銃を持ちつつ、ゲラゲラ笑い、上から目線でそうのたまう一人の男。


 または、遅れてやってきた上に、後ろからふざけた事をのたまって馬鹿笑いしている、まだ一度も戦っていない男でも可能な、『デニス達のリーダー』がそこに居たのである。



「全く、しょうがない奴らだな。いいぜ。俺がお前らを導いてやるy…うっわ!?ちょ!?ナニ!?デニス?!俺だよ!!俺!?撃つなよ!!当たったら痛いだろ?!って、クライド?!ナイフ!!ナイフ投げるなよ!!刺さる!刺さるって…柳ぃ?!ワイヤーが!ワイヤーが絡まって!締まってる!!締まってるから!!痛い痛い痛い!!う、うわああああああああああああああ!!!」




 深夜の森の中に、リーダー(残念)の情けない叫びが木霊したのであった。




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