通報屋6
久しぶりの投下。もう少しで終われそう。色々と難しいですね。次回の更新は未定。
電話の為と偽ってリーダーが外に出てから、新人は妻であるヴァールに、行儀や礼儀作法について怒られつつ、鍋に舌鼓を打っていた。
箸で野菜や肉を取り、ふうふうと冷ましつつ口で味わう。彼的には、ゴマダレやおろしポン酢を継老いと足し、味にアクセントをつけるのが好きで、その後で白飯の追っかけは至高。と、夜に食うにはヘビーすぎる食事を楽しんでいる。
が、その内面では、全く別の事を考えていたのであった。
(さて、ケータイでの芝居が出たって事は、そろそろ本気で帰るかな?やれやれ、もっと早くしてもらいたかったぜ…)
そう。何を隠そう彼は既に、リーダーの芝居に気付いていたのである。
日ごろから通報やエ〇サイトの為に、ケータイを使い慣れている新人である。身体の動きでどういう操作をしているかは大体想像がつくし、発信音の独特の違いにより、それがただ鳴らしただけなのか、電話がかかってきたのかの区別がつくという無駄な特技によって、既にリーダーの演技を見破っていたのだ。
おそらく、自分を脅せる材料が見つからずに逃げたんだろうな。と、完全にリーダーの事を読んでいた新人。その読みは正しいのだが…。
(まあ、後で通報するしいいか。どこに逃げようと、世界中の編達たちの手に掛かれば、分かるしな。海外逃亡や、顔の整形とか考えていそうだけど、そう言う情報って直ぐに出回る所には出回るし。予測もしやすいし、楽勝だな。うん問題ないわ。そして、八重ちゃんの鍋、やっぱUMEEEEEEEE!!)
と、完全に油断していたのである。
故に。
「あー、すいません!長くなっちゃって!ちょっと会社から急用でして…飛籠君、ちょっといい?」
外から帰ってくるなり、自分を呼んだリーダーに対し、「ん?何だよ?今食ってるのに」くらいにしか思わなかったのだ。
先ほどと比べ、彼の気が変わっている事等、新人は気付いていなかったのである。
「なんすか?判沢先輩(嗤)」
「いや、それがさ、急用でちょっと会社にやっぱり行かないといけなくなってな。悪いけど、ここでお暇するわ。ああ、コレは俺個人の問題だから、君は家でゆっくりしてくれ。このプロジェクトは俺が主導で進めてる奴だからな。君は家にいてくれ。じゃあ、来たばっかで何だけど、ゴメンな。奥さんも、八重さんもすいません。では、お邪魔しました」
そう、言うとリーダーは、軽く頭を下げていそいそと帰りだした。
それに対し新人は『やっぱりな。逃げか』と思い、ざまぁみさらせといった感じで見ていた。
(おう。さっさと帰れ帰れ。この後通報してやるから、首洗って待っとけや。そして、俺は家族団らんの楽しいひと時を過ごすんじゃーい!!)
そう思って『お疲れ様でしたー(嘲笑)』と玄関での見送りをしたのである。新人にとっては、これでやっと終了。長い一日が終わり、これから良い一日がやっと始まる。そう信じて疑っていなかったのである。
故に。
「あなた!お見送りなら、マンションの玄関までお見送りするのが普通ですよ?ほら!早く!判沢さんを追いかけて!」
「そうですよ。ご主人様。ご就職をしたばかりなのですから、ここは、色々とお気を利かせた方がよろしゅうございます。人間関係は、良いにこしたことはございませんよ?」
そう、ヴァールと八重の二人に言われ、思わず、『え。見送るの?』と思い、彼はその場に固まってしまったのだ。
(いやいやいや!?ちょ、なんで?!なんで俺が見送らなくちゃなんねーの!?アイツ殺し屋、俺は一応被害者よ!?それをどーして見送らないとならんのよォォォォ?!)
なんて、彼には口が裂けても言えるわけがなかった。
それに、実際、就職が決まった設定を続けてしまったので、確かに行くのが正しいのかもしれない。そう考えると、このままマンションの入り口まで行って見送るべきな気がしてきたのである。
(…なんで、殺し屋の見送りを、脅されてた俺がするんだよ…)
そうは口が裂けても言えず、しょうがないので、見送る事にしたのだ。
…間違っても、就職したことが嘘だとばれるのが怖かったからではない。断じて。疑ってはいけない。イイネ。
「あー…ハンザワセンパイ。オミヲクリシマスヨ」
嫌で嫌でたまらないが、しなければいけないので、そう言いつつ、エレベーターで帰ろうとしていたリーダーを呼び止めた。
『監視カメラ故障中』と書かれたエレベーターの前で、エレベーターが来るのを待っていたリーダーは、おおッと言った感じで振り返ると。
「!そうか!いやあ、ありがとうな!!中々気が利くじゃないか!若い奴らにはなかなかいないぞ!!うん!出来た後輩を持てて、俺は嬉しいな!!」
そう、ヴァール達にわざと聞こえるように言い、嫌々送らねばならない状況とその態度に、新人は思わず苦虫をかみつぶしたような顔をした。
と、そんな時に丁度エレベーターがやってきたので、先にリーダーが、次いで新人が乗り込む。
そして、1階に降りようと動きだし、新人の部屋のある階から、ゆっくりと降りて行った時だ。
リーダーが、夜なのにポケットからサングラスを出して掛けつつ、口を開いたのは。
「悪いな。付き合わせちまって。良く分かったよ。今後一切、お前には関わらないことを約束しよう」
その言葉に、新人は驚きもせず、むしろ当然と言った感じで返事を返す。
「まあ、そうだろうな。分かったろ?俺には失うものはねーんだよ。カミさんも八重ちゃんも可愛いが、彼女たちは俺の弱みにはならねえからな。むしろ、俺が守ってもらってるわけだしよ。手ェだせば、どうなるか分かるよな?うん?」
少々挑発めいた発言であるが、新人の言っている事は正しい。
アンドロイドの性能を考えれば、新人に手を出す事は終わりを意味する。
他に弱点らしい弱点は無いのだ。彼らにはどうする事も出来ないだろう。その事を理解して今後チョッカイを出すことなく、このまま逃げるなら、それはそれでいいと彼は思っていた。
(通報はするけどな)
無論、そこはゆるぎない通報キ〇ガ〇であったが。
「ああ。良く分かった。だから、明言するよ。今後一切、お前とは合わないってな」
そう言いつつ、リーダーはポケットに手を突っ込み、たばこの箱を取り出した。
それを見て、新人の顔が再度、『歪む』。これ以上なく、嫌そうな、いや、むしろ非難する様な目であった。
「おい。エレベーターの中で吸うな。煙感知して止まるだろうが。それに俺は煙草嫌いなんだよ。外の隔離喫煙所で吸え。カメラ止まってっけど、ここでやりでもしたら罰金物だぞ」
時代が進む程に、体に害を与えるタバコなどの嗜好品への罰則は重くなる傾向が強くなっていった。
たばこ税は既に120%の大台に乗り、一箱ウン十万円がデフォ、しかも、特定の場所では吸うはおろか、吸う動作をするだけで警告、物によっては罰金ものであった。
これは、たばこの害による影響を、世間が深刻に受け止めた事もあるが、人口減少をこれ以上加速させないために、百害あって一利なしのタバコなどをきつく縛り上げようという考えが加速したためである。
死者の数を増やすようなものを態々売り、広めるような事態を防ぐためだ。同じ理由でアルコール類の値段もすごい事になっているし、飲酒運転なんかは執行猶予なしでの実刑、最低でも強制労働30年、その後に死刑もあり得るという様に、風当たりが強いというか、けれども世間的には正しいというか。そういう色々と厳しい面が多くなっているのだ。
特に、本当に害しかないと昔から口を酸っぱくして言われているのに、全く減らない喫煙者への強硬措置として行われた面もあるのではないかとも言われていて、そう言った物に対する厳罰化は多いのである。
そんなわけで、この世界では普通に犯罪に値する行動を取ろうとしたリーダーに注意す新人の言葉に、リーダーはああ、と頷いて。
「安心しろ。空になったから捨てようと持ってるだけだ。此処で吸うほど馬鹿じゃねえよ。…それに」
「もう二度と、お前がたばこに困らされることもないさ」
「…あん?何言って…」
リーダーの良く分からない言い分に、何言ってんだコイツ?という感じの視線を新人は不意に向けた。
が、それ以上を話す事は出来なかったのである。なぜなら。
リーダーが煙草の箱を握りつぶした、その瞬間!!
新人の視界が、いや、もっと正確に言えば、エレベーター内の空間全てが、白一色に染まったからである!!!
「!?が!!」
全てを塗りつぶすほどの白さと、急な眩しさに、思わず新人は目を両腕で覆うしかなかった。
それほどまでしないと、防げない光量のいきなりの襲撃だったのである。
光の正体は、あの煙草入れ…正確には、『煙草入れ型閃光弾』であった。
弾とは言いつつも、握りつぶすだけで光を放つそれは、少し違う気もするが、その効果は、通報のプロとして、幾度も危険を、時には死線を超えてきた新人すらも無防備化させた本物である。
と、視界を奪われた新人の耳に、声が聞こえた。
「アンドロイドのレーダーはせいぜい半径100メートル程度。お前の階からここまで下りれば、探知不能な距離だ。お前の人形の助けはこない。良かったな。タバコに煩わされずに済むぞ?」
「永遠にな」
「!!ま…」
新人が何か言おうとした口を開きかける。が、しかし。
サングラスを掛けて光を防いだリーダーは、その手に御今まで何人もの命を奪ってきた己の愛用の武器、『特殊警棒』を強く握り。
新人の無防備な頭めがけて、思いっきり、容赦なく!殺す気で振り下ろしたのである!!
それと同時に。
エレベーター内に、重く、鈍い音と。
鉄臭い鮮血が溢れたのであった。
* * *
「…遅いですね…」
とある山中に、潜むように車を止めて時間を確認しつつ、そうデニスは呟いた。
ここは、新人が発見したターゲットが隠れている別荘的な建物がある付近の山の中である。
依頼の期日の関係で、今日中に仕事を終わらせたいデニス達は、リーダーに新人の危険性を連絡した後、話し合い、新人を処分した後にここで合流して、仕事を済ませるという算段であった。
デニスや珍田としては、自分たちで新人を仕留めたかったが、こればかりは仕方ないと諦め、本来のターゲットを始末するためにこの場所までやってきたのである。
が。
「…確かに、遅いな」
いくらなんでも、リーダーが遅い。遅すぎる。
電話をしてから既に30分ほど経っているのだが、一向に来ないし、連絡もないのだ。
「あのバカ…本当に何をやっている!!今回しくじれば、最悪な事になるというのに!!分かっているのか!?」
イラつき、口調が素になるデニス。まあ、色々とせっぱつまっているというこの段階で、リーダーがまさかの遅刻である。いつも安全を確保してから、遅れての登場はあったが、ここでのそれは流石に許せるものではない。デニス達の中で、怒りと疑心が積もるのも仕方ないと言えた。
「どうするんすカ?このままだとヤバいっすよネ。俺達だけでやっちゃいまス?」
珍田がそうおずおずと聞いてくるが、その言葉に、ナイフ使いのクライドが反論した。
「いや、それは不味いだろう。今回は、一応殲滅を視野に入れているからな。リーダーは確かにいろいろと問題はあるが、貴重な戦力でもある。態々、戦力が掛けた状態で挑むのは危険すぎるぞ。ここは待つべきだ」
やはり、色々問題がある事は確かなようだが、それでも戦力であることも事実。故に、彼はリーダーの到着を待つべきだとした。
「…いや、どうだろうな。今回の依頼を考えれば正直、部下たちを集めてドンパチ…力技でもいいんだ。大勢呼んで、滅ぼせばいいのではないか?…」
が、ここで柳が異を唱える。
実は、彼らには多くの部下がおり、普段は情報収集や足として使っているのだが、一通りの軍事訓練を受けた者達なのである。
そいつらを使った襲撃を提案し、数で攻める事を言う柳だが、それはデニスによって却下された。
「確かに、今回の依頼では、それも出来ますね。が、やめた方が良いでしょう。数が多くなると目立ちますし、目立てば色々と厄介になります。極道関係者に漏れれば、それこそ本気で狙われかねませんからね。アイツラの執念は嘗めない方がいい。意地と面子の為なら何でもしますから。だからこそ、ここは少人数で目立たず行動した方がいいんですよ」
「でも、依頼内容は殲滅ですからね。それ故に、少数で頑張らねばならない。まあ、成功すれば我々にも得はありますがね。まさか、5人と言う少数で壊滅させたとは思えないでしょうから、捜査は混乱するでしょうしね。だから、5人で暴れる事が成功できる絶対条件なんですが…」
一応落ち着いたのか、デニスは敬語で話しつつ、けれども苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
依頼主は破落戸たちと敵対しているが故に、殺した場合は捜査の目が厳しくなる。そこで、目立つのはマズイから少数で。けれども、間違いがないように一人も残さずに殲滅して欲しいという無茶苦茶な条件を出してきているのである。それを受けてしまったが故に、部下達は呼べず、此処にいる彼らでやるしかいないのだ。その事は前々から分かっていたことなので、皆そのつもりでいたのである。そう、まだここに現れない、一人を除いては。
「いヤ、確かにそりゃあわかっるすけド…」
「殲滅することは必須だ。が、戦力がな…」
「…」
その言葉に、皆一応の理解を示すも、問題は、リーダーの不在、戦力が欠けている事である。
(全く、何処で油売ってるんですか!居なくても良い時にいて、居るべき時にいないとか…!!…本当に、リーダーとしての自覚があるのか!?…いや、無いんでしたね。クソッタレ!!)
現状、危機である状況でリーダーの仕事が出来ていない。前々から色々問題があるにはあったが、自分たちの生死も関わってくる案件での遅刻は許せなかった。
もう、絶対にあいつはリーダーにはふさわしくない。どう、皆が考えていた時であった。
『ピロリロリロ』
「「「「!」」」」
軽い電子音が鳴るケータイを、デニスが取る。
どうやらメールだったらしく、ケータイを操作して、それを読み上げた。
「…殺しは成功。ただし、5分ほど遅れるそうです。先にやっといて、俺の分は残してくれ…だそうですよ」
メールを読み上げる度に、デニスの米神がヒクつき、怒りをあらわにしている。
それを聞いた他のメンバーは、はァっとため息をつき、即座に車から降りて次々と目的地に向かう。怒りはない訳でもないが、あきれてものも言えない。そんな感じであった。そして、そんな彼らの行くのを見ながら、デニスも「くそっ!!」と短く怒鳴り、車から降りて、ターゲットの居る別荘へと向かったのであった。
「全く、嫌な夜だ」
月明かりのない闇が、彼らの明日も知れない命運を暗示している様に見えた。そう感じたデニスの独り言は、誰にも聞こえる事無く、闇へと消えるだけだった。