鏡の前で
階段の上り下りも辛さをさほど感じなくなったし、酒もタバコもご飯もうまい。髪の毛も増えてきた感じはあるし、痒いところにも手が届く。嬉しいことばかりだ!
そして3月・・。
私は誰もいない昼間の家で、上半身裸になり大きな鏡に全身を映していた。正面を向いたら今度は横向きに・・。決して若々しい体型とは言えないが、以前の私ではない。
今度は 鏡に顔を近づけてみた。
顔のしわが若干浅くなっている気がする。それにこめかみのところの焦げ茶色のしみも、小さくなってきているようだ。
「平さん!こんにちは」
「おお、良ちゃんか!」
「平さん、去年の大晦日で満100歳だろう!見えないね、俺の方が年よりみたいだよ、頭もハゲてるしな」
「いやいや、もうすぐお迎えが来るよ・・」
「なーに、まだまだ元気でいてもらわないとダメだよ」
「うん、ありがとうよ」
良ちゃんは、私とちょうどふたまわり違いだから76歳か。自分でも言っていたが、だいぶしわがふえて、髪の毛なんてほとんどないじゃないか。これでは本当に私の方が若く見えてしまう。
「平じい、遊ぼうよ!」
「好太郎、いいぞ」
「平じい、お馬さんやって!」
「お馬さん!?・・」
普通の100歳の老人にお馬さんなんてできるわけないが、今の私なら出来るような気がする。可愛い好太郎のため、私は四つん這いになった。
「よし、好太郎!乗ってごらん」
「わーい!」
そして好太郎が私の背中に乗っかってきた!
ん?・・軽い!
私は余裕で好太郎を背中で受け止め、馬のようにところせましと動き回った。
「わー!スゴいよ平じい・・」
「もっと速く行くぞー、しっかり捕まって!」
「あっ好ちゃん!なにやってるの・・」
私と好太郎のお馬さんごっこをみて、慌ててそう叫んだのは好太郎の母真依だ。
「あっ、ママ!」
「好ちゃん降りなさい!平じいがケガしちゃうでしょう」
「真依さん、私なら大丈夫だよ」
「平じい、ごめんなさいね」
「いいんだよ、私だって好太郎と遊ぶのが楽しいんだから・・」
「でもお馬さんごっこなんて」
「意外と丈夫に出来てるみたいだ、私の体は・・!」
「平じい・・」
「親父、好太郎とお馬さんごっこをしたんだって?」
「ああ」
「好太郎も案外体重があったろう!?」と悟史。
「それが意外と軽く感じてな!思わず私もはしゃいでしまったよ」
今日もこうして3人で晩酌を楽しんでいる。
「平じい、最近益々若返ってきたね!」
「うん、本当だよな!」
「でも、いくら若く見えても平じいは100歳なんですからね!あまり無理をしないでくださいね」
美子の言う通りなのはよくわかってはいるが、私はちっとも無理などしていない!
私はひとり部屋でタバコを吸っている。私の体は確実に若返っている。今日もビールだけではもの足りず、熱燗まで飲んでも全然なんともない!心配するのは息子夫婦だけだ・・。
しかし、不思議なことがあるものだな。もしかしたら、私の寿命ももうすぐ尽きてしまうという前触れなのだろうか!?
よくいうのが、ろうそくの炎は消えてしまう直前にひときは大きな炎となって消えていく!私のこの若返りの現象も、ちょうどそんな感じのものなのだろうか・・。
明日病院にでも行ってみるか・・。