若返っている
私はいつも布団から起き出すと、庭に出てタバコを吸う。まだ日の出前のこの季節、上着を一枚羽織っただけ身体には寒さがこたえる。
『一年の計は元旦にあり』などという古くさい言葉を、今の若者は知っ
ているのだろうか。いや、大人でさえそんなことは口にはしない時代だ・・。
それにしても昨夜は危ないところだった!信号無視の暴走車に危うくひかれるところだった。あの時、私は一瞬気を失っていたのだろうか?何となく誰かに介抱されたような気もするが・・。
車は走るだけで凶器にもなる。ましてや私のように時速100キロメートルで走ればなおさらだ!私の知り合いもその車に命を奪われた。もう20年ほど前のことだ。
「親父早いなあ」
「ん、義男かあ!お前も早いじゃないか、元旦だというのに」
「たまには朝陽でも拝もうと思ってね!」
「そうか・・タバコ吸うか?」
「うん」
「ほれ!」
「ずいぶんきついのを吸ってるんだね」
「そうさ!だからこうして100歳まで生きれたんだ」
「なんだよそれ・・」
「よし、海の方にでも出てみるか!」
「そうだね!どうせだから行ってみるか」
車で15分も走ればもう海だ。
「あれ、結構人がいるね。みんなご来光を拝みに来たんだな!」
「義男、お前いくつになった?」
「この4月で56歳」
「そうか・・。母さんが生きていたら今年で92歳だったな」
「そうだね」
水平線の赤色がみるみる濃くなり、朝陽が顔を出し始めた!その燃えるような朝陽に、私は家族の幸せを願っていた。
そして慌ただしい1月が過ぎ、明日からはもう2月だ。
まさに光陰矢のごとし・・。
なんだか最近体が軽くなったような気がするな。歩くのも階段の上り下りも以前ほど苦にならない。タバコはうまいし、最近はやめていた酒もちょっと飲みたい!そんな気分だ。
「親父、なんだか最近体がシャキっとして見えるね!」
「うん、私もそんな気がするわ」義男の妻美子もそう言った。
「そうか・・」
「何かいい健康食品でもみつけたのかい」
「いや、特に何もしてないぞ」
「まあ、どっちにしろいいことだよ!親父が若々しくいてくれることはさ」
「ああ」
私だけではなかった。なんだか体が10歳くらい若返ったような気がしていたが、まさか、息子夫婦もそんな風に感じていたとは意外だった。義男の言う通り悪いことではない。そう考えると、年甲斐もなくなんだかワクワクしてしまう!
そう言えば髪の毛も増えてきたような気が・・。
私は思わずほくそ笑んでいた。
「私も一杯やろうかな」
私は義男の晩酌に付き合うつもりで、美子にコップを催促した。
「あら、お義父さん珍しいですね!お酒なんて」
「うん、やめてもうずいぶんたつだろう!」
「たまにはいいじゃないか。一杯だけだよ」
「それは全然構わないけどさ・・」
息子についでもらって飲むビールは格別だ!いくつになっても、親は親、子は子ってことだな。
「ただいまー」
「あっ、悟史が帰ってきたわ」
「あれ、平じいもビール飲んでるのかい?!」
「ああ、今日はなんだかそういう気分なんだよ」
「ふーん、じゃあ俺もいただこうかな」
「こうやって男同士、酒を飲むのもいいな!」
「親父、なんだか目がウルウルしてるぞ」
「そんなことはないよ・・」
「好太郎も早く酒が飲める歳になるといいがな!そしたら男4人でうまいさけが飲める」
「平じい、好太郎はまだ2歳だぜ。好太郎が20歳になったら、平じいは118歳!ちょっと無理じゃないか」
「それもそうだな!」
好太郎と一緒にか・・・どう考えても無理かあ。
私は背中が痒くてたまらず、まごのてを探していた。しかし、どこにしまいこんでしまったのか見つからない。また好太郎がおもちゃがわりに持ち出してしまったのか・・。
あれがないと痒いところに手が届かない!私は意外と体が軟らかかったので、10年前までは簡単に届いたんだが、今ではさすがに無理であのまごのてを買ったんだ。
それでも背中の痒さはおさまらず、咄嗟に腕を後ろに回してしまった。
あれ?背中の左のちょうど肩甲骨の下あたり、その痒いところに手が届いてるぞ!
「ふうっ・・」
あーあ痒かった!
やっぱり私の体は若返っているぞ。こんなことがあると、本気でそんなことを考えてしまう。