平じい
ふうっ、もう12月なんだな。大晦日が来れば私もついに満100歳かあ!大正3年12月31日生まれ。同世代のものはみんな死んでしまった。今のところ健康には自信があるが、それもいつどうなってしまうことか・・。
私には子供は4人、孫が8人、ひ孫が4人いる。妻は30年も前に、病気で逝ってしまった。
それにしてもこの歳にると、一日があっという間に過ぎ去って行く。若い頃とは明らかに時間の進み方が違うんだ。
誰かがこんなことを言ってたな。
「10歳の子供は時速10キロメートルで、20歳の若者は時速20キロメートルで人生を過ごしている。50歳の大人は時速50キロメートルで!だから歳を重ねれば重ねるほど、あっという間に時間が過ぎてしまう」と。
その理論で言うと、私は時速100キロメートルというとんでもないスピードで人生を過ごしていることになるのだから、一日があっという間というのも仕方のないことだ。
そして大晦日。私はひとり庭でタバコをふかしている。若いときには一日に3箱も吸っていた私が、100歳まで長生きをするとは誰も思っていなかったろう。今でもこうして、庭でタバコをくゆらせることが私の日課だ!
「平じい、100歳のお誕生日おめでとう!」
庭におりてきてそう言ってくれたのは、ひ孫の進と凜だ。
名前が平吉なので、孫たちはみんな私のことをそう呼ぶ。
「ありがとうよ、凜ちゃんは、平じいの誕生日を覚えててくれたのかい?」
「うん!ママとおばちゃんで、今ケーキをつくってるのよ!ねーは進兄ちゃん」
まるで本当の兄妹のようだ。
「おお、それは楽しみだな」
「じゃあ凜たちもお手伝いしてくるねー」
凜はそう言って、進と家に戻っていった。
確か凜は3歳だったな。進にしろ凛にしろ可愛い盛りだ・・。
そして・・。
「お父さん、そろそろ始めましょうか」
長女のさつきが呼びに来た。さつきは夏子の母親だ。
「ああ、すぐ行くよ」
私の誕生日をみんなで祝ってくれる毎年の恒例行事だ!
年末には家族みんなが集まって年越しをする。私の家は、私が生まれた年から旅館を営んでおり、こちらも今年で満100歳を迎えたことになる。
その旅館がこの時期は、家族が占領してしまうのであった。
「平じい、早く早く!」進はケーキが早く食べたくて仕方なかった。
「はいはい、おうこれはまたごちそうがたくさん並んでる」
「ほらケーキもあるよ!」
「凜ちゃんもお手伝いしたのかい?」
「うん!ねーママ」
「進君とふたりでお手伝いできたよね!」
ケーキにはろうそくが10本、さすがに100本は無理だったらしい。
「♪ハピバースデートゥーユー、ハピバースデートゥー・・・♪平じい、お誕生日おめでとう!」
「ありがとう・・」
私はタバコを吸おうとポケットに手を入れた。あいにく包みの中身は空っぽだ。息子からタバコを貰おうとも考えたが、私のお気に入りとは違っていた。
「ちょっと出掛けてくるよ」
「親父どうしたんだい?」と息子の義男が聞いてきた。
私は二本の指を唇にあてて、タバコを吸う真似をした。
「俺のがあるよ!」
「いや、いいんだ」
そう言って、私は200メートルほど先のタバコ屋に向かった。しかし、あいにく今日はやっていない。
仕方なく、また50メートルほど先のコンビニに向かうことにした。
私は向かいのコンビニに行くため、信号のボタンを押し青になるのを待った。
そして信号が青にかわり、横断歩道を渡ろうとしたその時、右手の方角から一台の車が猛スピードで向かってきたのだ!その車は赤信号など関係なく、私の体をかすめるようにのそのまま横断歩道の上を走り抜けて行った。
時速100キロメートルとはあの事を言うんだなと、なぜかそのとき、そんなことを考えたのを覚えている・・。
そして、煩悩を払う除夜の鐘が冬空に響き、新年が幕を開けた!