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文体論  作者: 八雲 辰毘古
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一、文体の必要性

「文体。

 自然な文体を見ると、人はすっかり驚いて大喜びする。なぜなら、一人の著者を見るのを期待していたところを、一人の人間を見いだすからである。反対に、よい趣味を持ち、書物を見て一人の人間を見いだそうと思っていた人たちは、一人の著者を見いだして全く意外に思う。〈君は人としてよりも詩人として語った〉自然のままであらゆることについて語りうる、神学についてさえも語れるのだ、ということを自然に教えてやる人たちは、自然というものを大いに高めてやっているのである。」

    ──パスカル『パンセ』


 最近の作者は、余り文体と云うものを考えなくなった。「文は人なり」と云う至言に基づくのならば、勿論(もちろん)文体はその人自身の個性を示すのである。(しか)し、それは真実を突いていても、事実を指し示してはいない。過去に春樹チルドレンと呼ばれ、西尾チルドレンと呼ばれた多くの創作者が、この文体の持つ陥穽(おとしあな)の中へと落ち込んで行った。彼らは個性を発揮しなかったから失敗したのではない。己れを知らざるがゆえに失敗したのである。人工の力は自然を助長し、改造はすることが出来ても、自然そのものを新たに生産することは出来ない。つまり、幾ら努力を積み重ね、徹底した物学(ものまね)をして見せようとも、それは所詮(しょせん)偶像崇拝でしかないのだ。

 文体と云うものがとやかく論じられるとき、人はそれを文学に属するものだと決め付けてから考えている。これは間違いではないが、文体と云うは、スタイルなのである。謂わば髪型や服装のようなものなのである。気にする人もいれば、気にしない人も居ろう。併し、問題なのは、時と場合に応じてその型を自覚して選べることなのだ。幾ら流行りのものだろうとも、幾ら個人の好みであろうとも、己に()かざる物を身に(まと)えば直ちに滑稽(こっけい)となるのだ。それは、屈強な男がスカートを履き、五厘にしているようなものである。だが、吾々はそのような奇々怪々な現場に多く遭遇しないのは、ひとえに常識と云う名の思考回路がまだ活きているからだ。これがために吾々は文章を書くときに、さほど問題を起こさずして他人が読めるものが書ける。(なり)()り構わず書けばとりあえず意味は通じる。

 だが、意味さえ通じれば良いのか。古人曰く、「言葉の乱れは精神の乱れ」である。字引を引くことがあれば、吾々は或一つの言葉の類義語を多数見出せる。方言やその他の言葉をも混ぜれば、一つの意味を伝えるために少なくとも五六の言葉が思い付く。「散歩する」「ブラブラ歩く」「散策する」「そぞろ歩き」「逍遥する」……と、云うように。カタカナをひらがなに直すだけでも、「選ぶ」と「択ぶ」のように漢字表記を変えるだけでも、実に多くの印象を変えることになる。言葉一つ一つは、それぞれに微妙に異なったニュアンスを持ち合わせているのだ。この言葉の力を知らで、いかにして良き文章を書けるだろうか。

 私は、敢えて奇を(てら)うがごとき文体を養えと云うのではない。己れのスタイルを知れと云うのだ。人には、一人一人自分に合ったやり方があるように、自分に合った文体、スタイルがあるものなのだ。そしてそれは一つとは限らないし、ずっと同じものとも限らない。併し、どの文体にも長短があり、その(ことごと)くは無理にしても、重要な点を知るよう努力し、これを得ることは可能だ。例外はあるものの、(すぐ)れた文体と云うは、⑴意味が伝わりやすく、⑵作者の或る意図を最も()く表現し、⑶そして読み手の心を能く刺戟するものなのだ。特に⑵⑶の内容は、スタイルのみがなし得ることだ。ときにそれは瑣末な努力やも知れぬが、アビ・ワールブルクの言葉を借りれば、「神は細部に宿る」のである。文章表現の外枠を為すものはテーマ、及び意味内容ではあるものの、その核となるべきもの、人体の骨に相当するものが文体なのである。一見矛盾しているようだが、人は文体そのものをそうとは認知しない。併し、人は文体を通じることで意味やテーマを知るのである。これに配慮しないのは、冠婚葬祭に私服を着ていくようなものである。読者は用語のイメージから作品の気稟(きひん)を知り、その雰囲気を知るのだ。それは(あたか)も、料理の盛り付けを観て、匂いを嗅ぐのと同じようなものだ。作品の本質ではないかもしれないが、本質と等しく価値を置かれて然るべきものなのである。

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