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第八章

 陽は傾いて夜を迎えていた。


「みんなごめんね。」


 彩加さんがパジャマのままやってきた。まだ、熱があるのか頭には冷却シートが貼られている。


「彩加、謝るのはまだ早い。私に駄々をこねてまで練習したんだ、どんな出来か楽しみだ。」


「そう急かさなくてもちゃんと完成しているから大丈夫ですよ。」


「どんな曲になっているか楽しみね。」


 三者三様、演奏の構えに入った。当然指揮者はいない。始まりの音色を奏でるのは僕の仕事。


 緊張しつつもその強ばりが音に出ないように静かに弓を引く。伸びやかな音色が部屋を満たす。その音色に合わせて弧詠の指が動く。




 演奏は始まった。


一緒に演奏してわかる、弧詠の存在の重さ。どんな状況でも一音一音丁寧に音を伸ばして弾く。だからこそ、俺達が動ける。


 そして姫乃の存在。

 あれほど格好つけたことを言っていたけどきみを支えているのは僕じゃない、きみ自身だ。俺はそれに合わせて音を出しているだけ。

 音を合わせるってやっぱりいい。懐かしい。失っていた感覚。僕は自分の音だけだそうと精一杯で他の音なんて聞いていられなかった。

 最後の音を止めたあと、余韻がまだ残る。遅れて拍手が聞こえる。終わった。演奏が終わった。


「すごい。」


 隣の姫乃を見る。緊張から解き放たれていた。


「終わったな。」


「うん。」

 



 そう、終わったんだ。全部が。



◆◇◆◇◆




久しぶりの風呂。ここ二日はシャワーだけだったから、最高に気持ちがいい。温もりが身体の中に染みこんでくるようだった。頑張ったお礼にそうなったらしい。


「大分楽しんだみたいだな。」


「せ、先輩!?」


 先輩がいる。な、何を考えてこんなところにいるのだろうか。


「先輩、今日は僕がこっちに入るっていうことになっているじゃないですか!」


「安心しろ、下は水着だ。それとも脱いだ方がいいのか。」


「脱がないでいいから来てください。」


「そうか、入っていいのか。」


 しまったと思った。占めたと言わんばかりに先輩はずかずかと入ってくる。僕は慌てて後ろを向く。


「それにしても、ヒロがあそこで言ってくれてよかった。私も気が焦っていた。すまなかった。」


「いえ……。」


 先輩に褒められたので反射的に照れてしまった。


「先輩だって彩加さんのために頑張ったからああいう風になったじゃないですか。お互いに正しい選択でした。」


「フフッ……。」


 先輩は得意げに鼻で笑う。でも、あの笑い方は人を小馬鹿にするときに使っている。気に障ったことでも言ってしまったのだろうか。


「そこで笑うなぁぁ!」


 背後でばしゃんっと水が打たれる音がした。それから数秒してくしゅん、とどこかで聞いたことのあるくしゃみ声が聞こえた。


「もう、そんな態度取っていると『ちょっと私が臆病な態度を取ったらみんながやる気を出してくれた。話のわかる人間でよかった。外部の人間である私にはやはり汚れ役がふさわしい。』ってにやにや笑いながら私に喋ったこと全部言っちゃうよ、真実子。」


 全部言っている。隠していること全部言っている。


「そんなことより、なんで彩加さんまでここにいるんですか!?」


 気を取り直して状況を再確認しよう。全く何が何だかわからない状況だ。


「ごめんね、ヒロくん。ここを使っていいって言っちゃったけど、風邪を引いているからあそこのシャワー、使うべきでは無いの。」


 そういえばそうだった。病床の身である彩加さんがあそこのシャワーを使うとさらに風邪が悪化しそうだ。


「だから、ヒロくんには申し訳ないけど、こっちを使わせてもらいます。シャワーだけだからすぐ終わらせるわ。」


 さらにがらがらと戸が開く音がする。二つの足音が入ってくるのが確認できた。おそらく、姫乃と弧詠だろう。


「えっ、二人ともどうしてここに来たの?」


 本来なら僕が言うべき質問を彩加さんが訊いていた。僕はもう何にも反応しまいと固く心に誓ったばかりだ。


「向こうのシャワーを使っていたのですけど、そしたら急に雨が降ってきて二人ともびしょ濡れになっちゃって。」


「どうしても身体を洗いたかったから来ました。荷物を見る限り章裕くんはもう出たと思うので大丈夫ですよね?」


 しばしの沈黙。その間に僕の存在を認識したのか


「えっと、あの、……なんでいるのよ!?」「私たちが押しかけて迷惑だったみたいね。」


 余計な一言を言った後に黙って身体を洗い始めた。



 奇しくもメンバー全員が揃ってしまった。しかも皆、一糸纏わぬ姿で風呂場にいる。


 つまり僕は、決して後ろを振り向いてはいけない。いや、振り向いたら許してくれるかもしれない。彩加さんとかだったら許してくれるかもしれない。でも、僕は振り向いてはいけない。

 大丈夫だ、シャワーを浴びるだけだ。


「今日で合宿も終わりか…。」

「短かったよね。」


 すぐに終わるだろう。そう見ていた。


「体調悪いから私は先に上がるねっ。」


 程なくして彩加さんが出て行った。他の三人もそのうち出るだろう。


「今朝は後輩としてよろしくないことをしてすいません。」

「気にしてはいないよ。むしろキミがまとめ役に入ってくれて助かった。私の方も演技した甲斐があったというものだ。」

「あれって演技だったんですか!?」

「私もわかりません、でした。」


 そのうちに……


「それにしても、弧詠も彩加先輩もみんな音楽経験あるから羨ましいわ。私が頑張っても二人でどんどん先に行っちゃうから追いつけないわ。」

「歌鈴も、上手くなっている。合宿でここまで成長したじゃない。」

「そうかな?弧詠に言われると説得力があって嬉しいわ。」


 そのうち……。


「先輩、もうそろそろ出ますか?」

「まだ出ないがどうしてそんなことを訊くのか。」

「いえ、別に。」



 いつになったら出るのだろうか。


 もう身体の限界だ。湯船に浸かりすぎて身体が熱い。


 女子ってこんなに長風呂なのだろうか。


 聴覚がぼやけて後ろでどんな会話がなされているのかもうわからない。


「糸音。」


 姫乃が僕に声を掛けてきたのがわかっだ。


 だが、僕にはその声に反応する力さえ無かった。


「その、」


 姫乃が喋り始める前に僕は耐えきれずに倒れてしまった。水面に顔を沈める。


「糸音!」


 姫乃が湯船から僕を引き上げたが、その時にはもう気を失っていた。のぼせた。


「最後にヒロに言いたいことがあったから一人になるまで待っていたら、こんな事になってしまったな。」

「えっ!?」「私も待っていました。」

 ふーん、と先輩腕を組み、


「待っていて、何を言うつもりだったんだ?」


「先輩だって何を言うつもりだったんですか?それに、弧詠も何か言うつもりだったのよ?」


「私は、その……、章裕君に今回の合宿のことで」

「私もよ!糸音に言いたいことがあったの。」

「二人共か。私も言わなければならいんだ。ヒロに」



「「「ありがとう、って。」」」


短い間ですがお付合いしていただきありがとうございます。

本編はあとほんの少しで終わります。


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