第四章
「眠いわ…。」
完全同意。身体が重い。しかし、僕はその言葉をする方に鋭い目線を送った。
視線の先にいる存在、姫乃はうつらうつらになりながらも琴を弾いている。僕たちにたいしたケガはない。あれから大分時間が過ぎたが、無事に練習をしている。
「今、ずれたわ。もう一回。」
「えぇっっ!?」
「はい、あともうちょっとなんだから頑張る。」
俺達はスケジュール通りの行動をやっているだけだ。練習。ただし、違うところがある。
「浴衣が…重い。」
全員浴衣で練習しているということだ。なぜか聞いているだけの僕も着せられている。
「明日の録音の時は袴でやるのよ。今のうちに感覚を掴まないと本番のときに動けなくなるわ。」
弧詠が冷静に指摘する。
「弱音吐かない。ここで練習しないと完成していないまま録音しなきゃいけない事態になる。」
「くっ……。」
「なんだかんだでここまで練習できているのだから頑張りましょ。」
彩加さんが励ます。練習を始めてからかれこれ二時間が経過している。よくやった方だ。
それもこれも全部姫乃のせいだ。時間を戻す。
「二人とも大丈夫!?」
なんとか岸辺に着くことができた。僕は歩けなかったので先輩と彩加さんに肩を貸してもらった。足の方は幸いにも吊っただけであり、数分伸ばすだけで痛みは治まった。
姫乃の方は単に流されただけでどこも怪我はしていない。
「練習はやめといた方がいいわね。」
「私たちはともかく、歌鈴ちゃんは休ませてあげた方がいいですね。ここで練習して完全に完成させたかったけど、仕方がないです。」
二人の意見に賛成だった。長い間水に浸かっていたせいか、見た目以上に体力の消耗が激しい。
「私は大丈夫です。」
僕と同様に体力の消耗が激しいはずの姫乃が積極的な態度を見せた。
「でも、長い間水に浸かったから疲れているかもしれないわ。無理しない方がいいわよ。」
「平気です。それよりもせっかく午前中に曲が纏まってきたのにここでやらないのは嫌です。」
「でも……。」
彩加さんが迷っている。それもそのはず、大丈夫と言っている姫乃の唇が紫色だ。
「私は歌鈴ちゃんの意見に賛成します。」
弧詠が賛成した。
「でも、しばらく安静にした方がいいわ。フラッと倒れる可能性が無いこともないわ。歌鈴ちゃんの気持ちはわかるけど、その気持ちを胸に秘めて身体を大事にして。歌鈴ちゃんなら、いつでも挽回できるわ。」
彩加さんの言葉に姫乃がしょんぼりとうなだれる。姫乃には悪いが身体を休めた方がいい。こんなところで体調を崩したら元も子もない。
――合宿なんて体壊そうがなんだろうがやりたいようにやればいい。倒れてもどうせ夏休みだから心配することはない。少なくとも私はそう思う。
先輩の声が頭の中で響く。
「姫乃がやる気を出しているから、やった方がいいと思います。」
「ヒロくん?」
「それに、姫乃の……、姫乃のことが不安だったら、だったらぼ、ぼ、」
最後の言葉が出てこない。どんなに息を吐いて出そうとしても、心の奥底から止めようとする。
「僕も手伝います。僕が姫乃を見ます。」
あのとき何故、こんなことを言ったのかわからなかった。しかしそのせいで俺まで練習に付き合っている。メトロノームが心地よいリズムを刻む。頭が重い。先輩なんて練習の始めから寝ている。
「うぅ…、あと一時間。あと一時間で終わる。」
「言い忘れていたけど、完成するまで終わらないわ。」
「「えぇっっ!?」」
彩加さんの発言に僕まで驚いた。冗談じゃない。もう、体力の限界だ。
「明日にそんな時間がないから、ここで完成させるしかないの。だから私は休ませようと思ったのよ。」
「集中、集中。」
練習はまだ続く。ようやく最後の曲だ。あともう少しだ。
「よし、音合わせをしましょう。これで最後になればいいけど……。」
最後の音合わせだ。今までに無い張り詰めた空気が伝わる。懐かしい感覚に襲われる。かつての自分。
「終わった!」
「出来はともかく、終わった。」
「よかったね、歌鈴ちゃん。」
音合わせの終了に皆が安堵の声を漏らす。
「時間は…と、このくらいならやれそうね。」
「何をするのです?」
「これよ。」
彩加さんの手には花火が握られていた。
「いっぱい持ってきたから外でやりましょう。」
「ぼ、僕はもうそろそろ寝たいです……。」
「ならば、私がヒロの分までやるとするか。」
先輩ががばっと起きあがった。その手にはどこから持ってきたのかバケツと蝋燭が握られていた。