一万円のコインランドリー
土曜日の朝、目が覚めると時計の針はすでに7時を過ぎていた。
10時からは料理教室の予約がある。8時過ぎには家に戻り、身支度を整えて出かけなければ間に合わない。少し寝坊してしまった焦りを感じながらベッドを抜け出した。僕のアパートには洗濯機がない。週末に近所のコインランドリーへ駆け込み、洗濯から乾燥までを一気に終わらせるのがルーティンだった。
急いで店に駆け込むと、朝の静けさの中に、すでに同年代くらいの女性が一人立っていた。
僕は焦る気持ちを抑えながら、1番の洗濯機に洋服を放り込み、中央の集中パネル式精算機へと向かった。画面を操作しようとした、その時だ。
画面には、なぜか「1番:動作中」の文字が点灯していた。
「ごめんなさい! 私、間違えて押しちゃいました……!」
隣から、青ざめた顔の彼女が平謝りしてきた。どうやら自分の番号と押し間違えてしまったらしい。まだ濡れてもいない僕の服が、無情にも30分間の乾燥コースへ突入していく。
「あ、いや……」
二人でボタンを連打したり、扉を開けようと色々と試してみたものの、一度動き出した機械は無情にも回り続けるだけだった。壁の緊急連絡先へ電話をかけてみたが、無機質なアナウンスが土日休みを告げるだけだった。
ドラムの中でパタパタと踊る乾いた洋服を見つめながら、彼女がポツリと呟いた。
「洋服……傷んじゃいますよね……」
「そうかもしれないですね……」
僕は苦笑いを浮かべ、一呼吸置いた。
「まあ、もうどうにもなりませんね。人間誰でも失敗はありますから。30分待てば解決することですし、大丈夫ですよ」
そう声をかけたものの、彼女は申し訳なさそうに店内をウロウロと行き来し、落ち着かない様子だった。
「本当に大丈夫ですよ。それよりも、ご自分の洗濯物は大丈夫ですか?」
「あ……私、一旦家に戻って、また来ますね」
彼女はペコリと頭を下げると、逃げるように店を去っていった。
◇
ガラガラと回る乾燥機の前で待つこと30分。取り出した服は、ただただ温かくなっていた。幸いにも縮んだり傷んだりした様子はなく、胸をなでおろす。
洋服を袋に詰め、イヤホンでお気に入りの娘のライブ音源を流しながら、店を出た。
朝の冷たい空気が心地いい。そう思って歩き出した矢先、後ろから呼び止められた。振り向くと、息を切らせた先ほどの彼女が、小さな封筒を両手で握りしめて立っていた。
「あの! 先ほどは本当にご迷惑をおかけして……これ、お気持ちです。本当にごめんなさい」
彼女は深々と頭を下げ、封筒を差し出してきた。
「いや、僕はただ30分待っただけですから。気にしないでください」
断ろうとしたが、彼女はその場からもじもじと動こうとしない。困惑と申し訳なさが混ざり合った表情で、じっとこちらを見つめている。
その姿を見て、僕はふと問いかけた。
「お姉さん。これ、僕が受け取った方が、お姉さんの気持ちが楽になりますか?」
彼女は少し驚いたように目を見開き、頷いた。
「はい……そうしていただけると嬉しいです。私が失敗したのに、私の洋服のことまで心配してくださって、すごくホッコリしたんです。ありがとうございました」
その言葉に、僕の心も少し温かくなった。彼女から封筒を受け取り、微笑みかける。
「お姉さん、今日はついてない朝になりましたけど、今ついてないってことは、この後お互いに絶対ラッキーなことが起こりますよ。頑張りましょうね」
「ふふ、はい!」
彼女の顔にようやく柔らかい笑顔が戻った。僕たちは互いに笑い合い、それぞれの休日へと歩き出した。
◇
急いで家に戻り、机の上にさっきの封筒を置いた。
表には、丁寧な文字でこう書かれていた。
『たいへんご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。』
封を開け、中に指を差し入れる。滑り出てきたのは、少しシワの寄った一万円札だった。
暖かくなっただけの洋服と、思いがけない朝のドラマ。
これなら、10時からの料理教室にも十分に間に合いそうだ。




