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絶滅記  作者: banbe
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人間の国、強襲10

 黒い靄は既にルインが居た部屋から大量に溢れ出し、王宮中に回っていた。

 扉の隙間から各部屋へと忍び込み、やがて悲鳴の後に静寂が訪れる、その繰り返しが王宮を包んでいく。

 黒い靄は徐々に範囲を広げ、溢れ出した靄は王宮外からも確認できる程だった。人間達は王宮に異常が起こっている事に気づき始める。


「なんだあれ、王宮から黒い物が溢れてきている?」


 王宮内は地獄と化しており、ルインの居た上階からどんどん人間は死に絶えていった。


「なんだあれっ止められない!」

「逃げろー!逃げろー!」


 そのスピードは時を経つにつれ上がり、王宮の異変に気付き、逃げ出せた兵は僅か数十人だった。


「王宮が飲み込まれた……」


 異常な光景に王宮外の衛兵は、逃げて来た兵に事情を聞こうとする。


「中で何があったんだ!」

「黒い靄が人を襲うんだ!」

「これがか?なんかさらに広がってる気がするが…」


 黒い靄は王宮の外にも溢れ出し始める。

 その光景を見た数人の兵達は、叫びながら街中へ逃げ出した。


「おい!どこへ行くんだ!」


 衛兵はあっけにとられながらも、王宮から出て行った兵を見送り、首を捻りながら振り返る。すると既に黒い靄は目と鼻の先まで来ており、衛兵は声を出す間もなく靄に飲み込まれていった。

 その異様な光景は、王宮の外にいた多くの人々が目撃した。


「なんだあれ……」

「兵隊さん達は大丈夫なの?」

「なんかの催し物か?」

「そういえばさっき兵達が何人か逃げていたぞ」

「それってやばいんじゃ……」


 黒い靄は王宮の敷地を超え、じわじわと街へ滲むように広がり始めていた。


「なんだこれ」


 ついに王都に住む住民の一人の足元まで来ると、靄は瞬く間に住民の全身を飲み込んでしまった。


「うわああああっ!たっ助けっ」


 それから男の声は聞こえず、何の反応もなくなった。


「……うわぁ逃げろー!」


 一拍置いて、その光景を見た誰かの一声で人間達は一斉に逃げ出した。


「逃げるったってどこに!」

「国の外は今戦争してるんだろ!?」


 王宮近くに住む者達は、何が起きているかを知る前に黒い靄に呑みこまれた。

 外の騒ぎに気づいて、屋内に居た人間達も様子を見に外へ出て来る。黒い靄が危険な物と即座に判断する者は逃げ出し、驚き固まっている者は飲み込まれた。

 そして、王都は王宮を起点に、次々と黒い靄に飲み込まれ、兵、民、老若男女問わず命は絶たれていった。

 ある者は家族を呼びに戻った瞬間に、ある者は一人で逃げようとした矢先に、またある者は王都を守ろうと立ち向かって――黒い靄に飲まれた者は、いずれもその場で命を落とした。

 頭を砕かれた男、刺された老人、喉元を食い破られた女、四肢を裂かれた子供、無惨な死体が国の中心から静かに広がる。



 王都上空では、人間の感情を食らう悪魔達が群がっていた。


「あはは!凄いですよルインさん!まさかここまで大勢の人間の強い感情を引き出すとは!あなたに手を貸して本当に良かった!」


 周りの悪魔よりもひと際多く、人間の絶望を食らいながらマッドの顔は笑顔で崩れる。

 人間達の感情どころか天に上る魂まで、周囲の悪魔達に刈り取られ、人間の国は悪魔の狩場と化していた。



 王都、東側の広い公園では、鬼人の命令で亜人達と魔獣達は避難していた。

 勇者の放った魔法は勇者の言う通り、魔獣達がどれだけ熱や衝撃を与えても壊れなかった。

 そして撤退の通信を聞いた鬼人は、通信機ごと自分以外を先に引かせていた。

 そんな鬼人の目の前にはすでに黒い靄が迫っている。


「撤退の理由はこれか……ルインの力らしいが。さて、どんなことをしてくるんだ?」


 口元に笑みを浮かべながらそうつぶやくと、瞬く間に鬼人の全身が靄に飲み込まれていった。

 そうして鬼人の前に現れたのは、彼自身が過去に殺してきた魑魅魍魎の大群だった。


「なるほど……だが過去に戦った者など相手にならんわ!」


 鬼人は襲い掛かってくる魑魅魍魎を相手に啖呵を切った。



 王都の人間達は逃げ場を求め自然と各方角の都の門へと集まりだす。だが、門周辺は攻め込んできた亜人に対抗する為、国の兵達の管理下に置かれていた。

 南の都へ通ずる門でも既に人だかりが出来ていた。


「亜人共が引いてる今がチャンスだってのに、なんでこんな所に民が集まって来てるんだ!さっさとどけ!」

「王都の中心でなにか起こってるから避難してきたんだ!国の兵なら何とかしてくれ!」


 人間の兵と民間人は門前で言い争う。


「はぁ?なにかってなんだよ、第一南の都行けば亜人共が襲い掛かってくるぞ」

「それを何とかするのが兵隊の仕事だろう」

「そんな戯言に付き合ってられるか、散れ散れ。ったくただでさえ各都の避難民を収容して過密だってのに……」


 兵達は民を追い返そうとする。しかし、門には次から次と人が集まり、兵の静止を突破する者まで出てきた。


「おいあんた!これ以上入るとしょっ引くぞ!」

「うるさい!あれが近づいてるんだ!さっさとここを通せ!」

「さっきから訳の分からない事を……」


 住民達の列は後ろから押されて行き、ついに門の先を目指し始めた。


「おい!止まれ!」


 兵の制止も聞かず、一度進み始めた人の波は止まることなく門を通る。事情を知らない南の都側の兵達は、雪崩れ込んできた住民の数は多く、兵はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


「おい、なんで民がこんなに!?」

「王都で何かあったらしい」


 そしてついに一部の民は、さっきまで戦いが起こっていた最前線にまで進んでしまう。

 王都側にある門のすぐ横、宿を改修した前線基地には、多くの将兵がおり、外の騒ぎを聞き外に出てくる。


「貴様ら!どうやってここまで入ってきた!」


 多くの王都住民が門を潜り、南の都に移動しているのを見て一人の将は困惑したように声を上げた。中には剣を掲げ、住民を止めに入る兵まで出てくる。だが住民は怯える様子もなく、兵達に頼み込んだ。


「あんたら兵ならあれを何とかしてくれ!俺達を守るのが仕事だろ!」

「はぁ?あれって……」


 民の様子に困惑していると、門の兵が合図に使う鐘の音が響き、兵達は困惑する。


「この鐘の音は危険の合図?」

「けど何に対しての危険なのか……亜人は撤退してるんだろ?」


 それと同時に王都の奥から騒がしい声が聞こえる。


「あれが来てる!まだ止まってないぞ!」


 その声を聴いた兵に止められていた住民達は、斬られる事も躊躇わずその場から進み出す。


「くそっ追い止まれ!……何かおかしい、見に行くぞ!」


 兵達は住民の最後尾、黒い靄が人々を飲み込む光景を目の当たりにし驚愕する。


「何が起こってるんだこれは……」



「あともう少しで突破できそうだったのに……良かったですか魔女さん」


 南の都では魔女率いる南の亜人部隊が撤退戦をしていた。南の都の亜人街の部隊は迅速に撤退し、既に亜人街への門付近まで撤退していた。

 だが森の獣人達は魔女の撤退勧告をなかなか聞かず、初動が遅れた。しかも、撤退に不満がありその歩みは遅かった。魔女の手伝いもありなんとか人間の追撃部隊からも逃れる。


「ルインに何かあったのよ、こんな所まで見える光……各都とは比べ物にならない程の事が起こっているのかもしれない」


 魔女と一緒に逃げていた亜人街の亜人が、息を飲み一瞬王都側を見る。


「あれは……黒い煙?火事ですかね……?」

「多分もっとおぞましい事……」

「ん?人間が近づく速度上がってないか?」


 逃げながらも人間の部隊を注視していた獣人がつぶやく。

 つられ魔女も人間達の部隊を見ると、混乱が起こってるようだった。


「なんだありゃ!人間が黒い物に飲み込まれてやがる」

「嫌な気配の正体はあれね。だから撤退してるの!」

「はぁ?じゃあ飲み込まれた人間は……」

「助からないでしょうね……もう一刻の猶予もなくなったわ。撤退、いえ逃げるのよ!全体に報告するわ、あれはおそらく死その物」

「逃げるったってどこまでですか?」

「少なくともこの人間の国から!」


 その言葉を聞いた獣人達の足の速度が上がった。その横で魔女は小さな声でつぶやいた。


「ルイン、これじゃまるであなたは全てを滅ぼそうとするみたいじゃない……」



 ワドファーの城、魔力通信機のある作戦本部では、魔女から短く全隊逃げろとの連絡がきて以降、魔女が通信に反応することはなかった。


「撤退ではなく逃げろか、それも国外に」


 エルフはすぐに北と西の部隊にも連絡を入れ、状況を確認する。

 しかし、撤退を命じたはずの北の部隊と宰相には通信に反応せず、西の都中腹に居る軍師にようやく繋がった。


「今そっちでは何が起こってるんだ」

『分かりません黒い靄が……』


 その言葉を最後に通信は切れた。


「黒い靄だと?」


 他、人間の国に入らず監視していた周囲の協力者達からは『国全体から黒い煙の様な物が上がってるように見える』という回答だった。


「本当に何が起こったんだ、魔王ルイン……」


 エルフは急ぎ今現在反応する魔力通信機に命令を出す。


「各員人間の国から出ている黒い物を監視、迫ってきたら魔力で通信機を反応させてすぐに逃げろ!」


 人間の国から離れていたワドファーから出せる命令はそれが精一杯で、靄の動向を監視するしかなかった。



 北の都を強襲したエルフの部下を主とした亜人達の連合はエルフの長、リーグの影響が強く撤退命令が出た時点で速やかに行動に移していた。

 しかし、それでも突然の撤退命令で不満に思う者は居た、その影響か撤退のスピードは種族によってバラつきが出始める。

 そして北の都中腹、一番遅れてる亜人部隊は逃げ惑う人間の波と黒い靄に襲われる。


「これが人間達の新兵器か!?」

「違うこれがエルフの長が言ってた魔王の……!」


 皮膚が岩のように硬い亜人たち数名も、人間の悲鳴とともに、黒い靄の中へと姿を消した。



 西の都では大混乱が起こっていた。

 宰相は、亜人数人と共に救出した人質達を何とか逃がそうと奮闘していた。黒い靄はすぐそばまで迫り、既に何名かは人間と一緒に黒い靄に飲み込まれていた。


「女子供を守れ!力のある者は子供を抱えて走れ!」

「どけぇ!」

「クッ!」


 その中でも人間は我先に逃げようと斬りかかり、宰相はそれを魔法で弾く。


「見つかることは想定済みだがこんな大混戦になるとは、これじゃ策も何もない!」


 迫ってくる黒い靄は魔法の威力で一時的に払うことができた、しかし国全体を覆う程の量の靄にはほんの一瞬しのぐのでやっとだった。

 そして、逃げる先々には西の門を攻めていた人間達がおり、幾ら人質が仲間に加わったとて数は人間に遠く及ばず、そんな中での逃亡は困難を極めた。

 それでも後ろから迫る錯乱しながら逃げる人間と、靄に追いつかれる訳にはいかなかった。

 ついに混戦で崩れた陣の中、宰相を向えに来た軍師の部隊と合流する。


「宰相殿こっちです!」

「オノですか!逃げなさい!国の外へ!」

「ですがこの混戦……先にも人間達が……」

「ここに居ても確実に死ぬ、ならば、まだ戦いようのある人間の方が、よほどマシです」


 軍師は一瞬悩んだが黒い靄を見て直ぐ周りに命令を出す。


「ならば一番先を我々戦える者が行く!各員ここが命の捨て所だ!何としても彼等の道を作るぞ!」

「おおおお!」


 兵達は軍師を先頭に真っ先に人間達に突っ込んで行く。

 黒い靄と亜人達の勢いに押され人間の部隊が一部崩れたのを宰相は見逃さなかった。


「あそこに突っ込みます!皆さん行きますよ!」


 捕えられていた亜人達は女子供を守るような陣形で門へ突っ込んだ。

 しかしあまりの混戦にその陣形も徐々に崩れていく。


「っち!先は開けているがやはり後ろが……」


 宰相は後方を何とかしようと立ち止まった瞬間、倒れている人間の兵に足を捕まれる。


「へへ、お前見た事あるぞ。ここで死ぬなら道連れだ……」


 人間の兵は足を斬られ這いずっており、逃げるのは絶望的だった。


「離せ!」


 その人間に宰相は剣を向けようとするが思い直す。


「いや……そうですねここが命の捨て所、ですか……」

「宰相さん!?」


 先を走る子供を抱えた亜人は、宰相を助けようと立ち止まる。


「いけ!お前達!ここの指揮権を軍師に預けます!この私が殿だ!」


 その声は軍師にまで届き、状況を把握した先の軍師達は見事人間の部隊に穴をあけ切った。


「各員黒い靄に巻き込まれるな!敵は黒い靄に突き飛ばしてでも逃げろ!」


 ちょうど門の下に居た宰相は人質達の通路が出来た事を見届ける。

 それを背に王都側を向いた。


「ここならば少しくらいは時間稼ぎもできる。私だって高出力の魔法くらい使える!アルテミー!」


 宰相の前には大きな魔法陣が現れ、白い閃光を黒い靄へ放った。


「おおおお!」


 しかし、黒い靄が払われたのは閃光を放っていた数秒だけで、魔法を出し尽くすとすぐにまた靄に覆われてしまった。


「ふふっこれで最後……これは彼の力を利用した代償か……」


 魔力が尽き膝をついた瞬間、宰相と西の門は黒い靄の中へと消えた。


「っく宰相殿……」


 門を超えた軍師は、宰相の最後に目を逸らした。


「おいこれ王都から来たって事は王都はもう……」

「この靄の中に入るとどうなるか、ここの実験動物達で試してみようぜ」


 ようやく黒い靄から逃れた亜人達だったが、同じく逃げてきた人間達と対峙する。

 人間も亜人も逃げる者は居たが、同じくらい戦う者もいた。門の外でも、戦いはなお終わっていなかった。

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