人間の国、強襲5
「君か……魔獣を従えた亜人というのは」
「従えてるなんて自覚は無い……あんたが勇者か?一つ聞きたいことがある」
「?」
戦場のど真ん中で鬼人は、勇者に自分がこの地へ来た経緯を告げる。
「ここまで来といて信じられないかもしれないが、敵討ちをしに来た訳ではない。ただこの剣を返し、奴が眠る場所に手を合わせたいだけだ」
鬼人は背負っている簀巻きにされた荷物を指す。
「……無理だな」
「なに?」
「確かに俺は魔王の最後と亡骸の場所を知っている。だが、よそ者の亜人が入れる場所ではない」
勇者は振り向かず自らが来た方角、王都の王宮を親指で指した。
その会話を聞いていた周囲の兵も、勇者の言葉で動揺し出す。
「王宮か、ならば……この戦に勝てれば入れるようになるな!」
鬼人は勇者に斬りかかった。
勇者も剣を抜き、鬼人の攻撃を受ける。その衝撃はすさまじく、勇者の周囲に居た兵は飛ばされる程だった。
「この地に来て、やっとまともに打ちあえる者に出会ったな!」
「なるほど……これ程の力を持つ亜人なら、ただの冒険者や兵では相手にならないな」
幾度も剣と剣が混じり合う度に衝撃が生まれ、魔獣や亜人、兵の誰もが二人に近づく事が出来なかった。
「お前はスタナが戦いを起こしたきっかけを知っているのか!?」
「奴は優しかったな……」
「何?」
思ってもみない言葉を聞いて鬼人は動揺する。
一瞬の隙を見逃さなかった勇者は追い打ちを掛ける、だが鬼人は冷静に身を引き勇者の攻撃は外れた。
「俺を引かせたか、奴が死んでしばらく経つんだろ。自己研鑽を続けていたのか」
「お前はあの頃の魔王よりも遥かに強いな」
「俺が強いんじゃないこの地のレベルが低いんだ。俺は様々な地に行ったが俺より強い奴なんて幾らでも居た」
「ほう、ならば……」
勇者は剣に力を籠め始める。
「させるか!」
すかさず鬼人は勇者の剣を払い上げ更に追撃した、止まらない攻撃に勇者は防戦一方となる。
「現時点で互いの実力は近い、だがお前は天翼人の祝福――加護持ちだと聞く。その力をみすみす使わせるか!」
「っち!」
鬼人の猛攻に勇者は徐々に押され始め、二人の戦いを見ていた人間の兵には不安が広がり始める。
「お、おい……勇者押されてないか?」
「それにさっきあの亜人を前の魔王より強いって言ってたぞ」
兵達の不安は的中し、ついに勇者は剣を弾き飛ばされ手放してしまう。
「勇者!取ったぞ!」
「っく!」
鬼人の一刀を勇者は腕で受けた。
「ぐぅ!」
「何!?」
腕にめり込んだ刃は中ほどで止まり、鬼人の力を持ってしても断つ事は出来なかった。
その一瞬を突き勇者は剣を受けた腕から、そのまま魔法を放った。
「オーバーン!」
鬼人は魔法を真正面から受け、吹き飛び勇者もまた反動で後方へ吹き飛んだ。
「くそっ!しまった!」
飛ばされた鬼人に魔法自体のダメージは大きくなかったものの、勇者との距離を大きく開いてしまう。
そして飛ばされた勇者の先には、先程弾き飛ばされた剣が落ちていた。
着地と同時に剣を拾い上げすぐさま力を溜める。
「おおおぉぉぉ……」
「してやられたな、文字通り肉を斬らせてというやつか……それが加護か、俺も全力で行かせてもらうぞ!」
力を溜め切った勇者の体は淡い光に包まれた。
対して鬼人は筋肉が膨れ上がり体格は大きくなる、持っていた剣の刀身も二倍ほど大きくなった。
「持っている剣までデカくなるのか、一体どんな術なのやら……」
「気にするな、世界にはまだまだお前達の知らない物が沢山あるって事だ」
何の合図も無く、二人は吹き飛ばされた地点から一瞬で互いの距離を詰め、剣を振った。
鍔迫り合いは、最初のものとは比較にならない程の衝撃を生み、敵味方関係なく周りを吹き飛ばす。
「うわぁぁぁぁ!」
亜人達は何とか魔獣に捕まるが、魔獣自体が大きく飛ばされてしまう。
「こ……ここが最終決戦の地か?」
そんな周りの事を気にも止めず二人の猛攻は熾烈を極めた。
最早二人の戦いを目で追える者は居らず、周囲はただ衝撃に耐える事しかできなかった。
激しい攻防が続く中、先に押し飛ばされたのは鬼人の方だった。
「っく!流石に加護持ちは強いな……」
「お前もな、あの時魔王の隣にお前が居たなら、俺達は手も足も出なかっただろう!」
そう言うと勇者は徐々に地面から離れ空中に浮いて行く。
「魔法か……厄介だな」
鬼人は上空の勇者へ攻撃する手段が無く、ただ上を見上げた。
「剣術や魔法、それに空翼人の祝福……全て合わせて俺の力だ。デフュージョンフレア!」
勇者は上空で両手をかざすと、鬼人の周囲に一メートル程の球状の炎が複数現れる。
「他の地域では魔力の無い者が、どう魔法に対処するか見せて貰おうか!」
勇者の言葉の後、火球が至る所で爆発する。
鬼人は剣を振った剣圧で爆発の衝撃や爆炎を防いで見せた。
そして飛んできた手頃なサイズの石を掴み、勇者めがけて投げる。
投げられた石は何度か空気が破裂するような音を響かせる。勇者は咄嗟に剣を抜き受けるが、あまりの衝撃に空中でバランスを崩し地上へと降りてきた。
「なんて奴だ、無茶苦茶な」
「魔力に対抗するには、それを上回る力を使えばいい。それだけのことだ。原始的だが、誰もが知ってる常套手段だ」
「そうかい……だったら踏ん張りの利く地上で魔法を使うまでだ」
「シャイン・スライサー」
勇者の持っている剣の刀身が光り、そのまま鬼人に斬りかかる。
鬼人は剣で勇者の刀身を受けるが、刀身から大きくはみ出した光の刃は鬼人の腕を切り傷をつける、鬼人は咄嗟に飛び退いた。
「まさに光の刃って所か……」
「お前が真正面から受けるのならば、こうして少しずつ力を削いで行くだけだ」
「良いだろう、受けて立つ!」
勇者は魔法で、鬼人はその身一つで数十分斬り合った。
「はぁ……はぁ……」
鬼人の体には至る所に剣の傷が目立つ、しかし先に膝を着いたのは勇者の方だった。
「どうした?疲れたか?年のせいかそもそも生物としての体力の違いか……」
鬼人は膝をついた勇者を見下す。
心なしか勇者の淡い光はかすかに揺らぎ、弱まっているようだった。
「俺はこのままでも、三日三晩は切り結べるぞ?だがお前はその加護を使っていつまで戦えるんだ?」
「はぁ……はぁ……見た事ない亜人に体力勝負を選んだのは間違いだったか……」
「幾ら薄皮が切られた所で俺には何の支障もない、その加護を使えば確かに俺よりも強くなったようだが……その差は戦術一つで覆せるような差だったな」
「思い知ったよ、世界はまだまだ広かったんだな。だがまだ終わった訳じゃない。こんな所で使う予定はなかったが……仕方ない」
勇者は後ろに飛び退き、懐から緑色の魔法石を取り出す。そして、体力と傷を回復させた。
「回復した所で同じじゃないのか?」
「力は上回るんだ。次は戦い方を間違えない!」
「全て斬る!」
勇者は鬼人の間合いの外から電撃を連続して放つ、だが鬼人は全て剣圧で弾いた。
「電撃の速さにも反応するのか!」
「速さはあるが、威力はずいぶん落ちたな!」
電撃の合間にも勇者は瞬時に鬼人に近づき、自ら斬りに行く。
「一撃離脱か?そんな事をしてもさっきと変わらんぞ?」
先程の光の刃で多少傷付いててはいるが、鬼人は気にせず動き続ける。
「分かってるさ、グランドアップ!」
鬼人が立つ地面が盛り上がり柱が作られる。しかし鬼人は瞬時に反応し、盛り上がった石柱を叩き割った。
「!?」
「こんな小手先の魔法は効かん!」
「目くらましにもならないか……だったら!デフュージョンフレア!」
「また同じ手を……」
鬼人の前に再び火球が現れる。今度は鬼人は積極的に火球を斬りに行く、だが連続で火球は現れ続けた。
「避けないのならば連続で!」
「同じ魔法を連続で出しているだけ?……いや待て……逃げろ!」
鬼人は魔獣に命令する、その声を聴いた魔獣達は瞬時に亜人達を連れ離れた。
火球の魔法は片手で行われており、勇者はもう片方の腕に持つ剣を投げ捨てた後、構えながら唱える。
「気付いたか!アイス・ゼロ!」
瞬間、周囲数十メートルは氷に覆われる。
魔法の気配に気付いていた鬼人は、とっさに飛びあがり剣圧で魔法の冷気を払おうとした。だが魔法はそれ以上に早く周囲を凍結させ、頭と剣を持たない左手以外が分厚い氷に覆われてしまう。
左手で氷を叩くが、上手く力が入らず氷はびくともしなかった。
「っく、手足が封じられた……」
「ハァ……ハァ……」
魔法を放った勇者もすぐに立ち上がれなかった。
「味方ごと全て凍らせたのか」
鬼人の言う通り、人間の兵達や冒険者達も巻き込まれ、全て氷漬けになっていた。
「お前を封じるには俺の全魔力で、ここら一帯を犠牲にするしかなかった……だが、それでも完全にいかんとはな。その腕一本あれば、まだ戦えるのだろう?」
「満身創痍となった今のお前ならこの状態でも十分だろう」
「っふ。本当にあの時魔王の隣にお前がいなくてよかった……」
勇者は力なく笑った。
「それで?これでは決着はつかないぞ?」
「決着をつけるつもりはない」
「なに?」
「お前を本当に倒すには命がけになるだろう、だが国に危機が迫ってる今ここで命を賭ける訳にはいかない。東側からの侵攻を止められれば、上から文句も言われないだろう」
「このまま逃げるのか!?」
「お互い有効打が無い、これで手打ちだ」
「俺は魔獣を呼び戻せばまだ進攻できる」
「この氷には俺の全魔力をかけた。今日明日でどうにかなるものでもない。それにお前がいなければ魔獣と亜人は王都軍で止められる」
「っち!」
手足の動かない鬼人は、近づこうとしない勇者に自ら攻撃を仕掛ける事は出来なかった。
勇者はようやく立ち上がり鬼人との距離を保つ。
「俺は行く、だがその剣をよこせ」
鬼人の背負う魔王の形見を指し言った。
突然の言葉に再び戦闘態勢に入る鬼人、しかし勇者は既に剣を仕舞っており戦う素振りは見せなかった。
「何を言っている!この剣だけは渡せない。欲しくば俺の首を刎ねてから奪い取るがいい!」
「……お前の頼みを全て聞くことはできないが、半分だけなら叶えてやれる」
「なんだと?」
「その剣を奴の、スタナの墓前に供えてやる。しかしお前が直接手を合わせるのは諦めろ」
「お前は自分が殺した相手の墓前に立つというのか?」
「そうだ」
あっけに取られている鬼人に勇者は魔力の塊を放ち、背負っている魔王の剣を弾き飛ばす。
「これが俺にできる最後の攻撃だ」
「なっ、おい!」
鬼人から飛ばされた魔王の剣を回収し勇者は背を向ける。
「それと関係ないお前はもうこの地で戦うな、さっさとこの国から去るんだ」
勇者は一言そう言うと王宮へ向かい歩き出した。
「っく!おい待て!なぜおまえがスタナに手を合わせる!」
鬼人は氷を振り払おうと暴れながら、勇者に尋ねた。
「お前には帰る所があるんだろう?ここで戦うべきじゃない。……出来ればこの戦いを見届け世界中に事の顛末を伝えて欲しい」
勇者は振り返らず一言残し、王宮へ戻って行った。




