人間の国、強襲4
ワドファー軍が人間の都へ突入し数時間後、西の都の門では人間達の動きが慌ただしくなっていた。
門に張り付き防衛戦をしていた軍師と部下達は人間達の異変に気付く。
「どこかで大きな動きでもあったのか?」
人間の軍は部隊が移動したり、攻撃の手が緩んだりと明らかに混乱してる様に見えた。
「これは……軍師殿!今が攻めるチャンスでは?」
「潜入中のルイン殿のおかげだろう、だが我々にはもう攻める力は残っていない。予定通りここで奴等を引き付ける」
しかしワドファー本国から来たワドファー軍は既に疲弊し、ワドファー兵達は防衛線が長く続かないと想像していた。
「このままじゃ押し込まれます、それに人質が……」
「安心しろ、手は打たれてるみたいだ」
王都の王宮でも人間達はかなり混乱していた。
「おい!なぜ部隊を移動させた!」
「さ、先程指示を受けたので……」
伝令や下士官が上官に怒鳴られているという状況が王宮の至る所で見られた。
「誰がそんな指示を……!これでは応援がいつまでたっても戦場に行けないだろう!」
「失礼ながら上官命令には逆らえませんので……」
「っく、スパイがいるのは分かっているのになぜあぶりだせない!」
上官は苛立ちを隠すことなく怒鳴る。
王都軍の司令部は元来、最終的な戦略的決定だけしており、細かな戦術の指揮は各都に任せていた。
しかし魔王ルインは各都の軍の中枢を全て壊滅させた為、指揮は自動的に王都に移った。
だが、急遽すべての軍を管轄することになった王都の負担は増す。それでも各都からの進攻はなんとか捌けていた。
しかし、ルインが王宮に侵入しマントで人間に変装、命令を書き換える事で事態を混乱させていた。
おかげで王宮はどこも混乱し、ルイン一人の為に疑心暗鬼になっていた。
王宮内の物陰で、一人の兵士が力を抜くと変身は解けルインが姿を現した。
「ふぅ……これでまた一つ。これで西は楽になるといいけど……東には勇者も向かったのに結構な戦力送っちゃったな。キドウは大丈夫かな」
ルインは姿を変え王宮を歩き回り、人間の軍がどう動いているか把握し操作していた。
そんな中近くの部屋から、東側の戦況報告が聞こえてきた。
「東からの進攻が止まりません!既に王都中腹まで来ており兵・民ともに被害が甚大です!」
ルインは再びマントで兵に変装し、報告が行われている部屋へ近づいた。
「向かわせた部隊はどうした!」
「二陣までは全滅!今は三陣と交戦中で四陣は北へ移動してたのですが……今戻っている最中です」
「ええい!またか!」
都は決して狭くはなく、ルインが適当な命令で部隊を動かせば、それだけで時間稼ぎになった。
「スパイはなぜ見つからん!」
「敵は変身能力を持っている者らしく、誰が誰だか分からないそうです」
「貴様等、上官の偽物の区別もつかんのか!」
「無茶言わないでください……魔法なんですよ……」
室内はかなり荒れていた。
そこに一人の男が入っていく。
「どこも荒れているな」
「追われた元大臣ではないですか。あなたでもいい、上に今から命令系統整理を進言して貰えませんか?」
「もう無理だろう、他の都も既に作戦を行っている。今から命令系統を変えれば、これ以上の混乱が起きる」
「偽物の伝令で既にかなりかき回されているんですぞ!まったく、王都軍の指揮だけなら上手くいっただろうに!」
「偽物の見分けがつかなければ、今更命令系統を変えた所で変わらんよ。だが安心しろ、東側には私が募った有志の部隊を向かわせ、奴もやっと腰を上げた」
「奴?まさか……」
(ついに勇者が動いたのか)
王都東側では魔獣や亜人を率いて、鬼人が確実に進攻していた。
「凄いですよ!ワドファーからの連絡では我々が一番進攻してるみたいです。まるで魔獣の将ですね」
鬼人は魔力通信機を持つ亜人に持ち上げられていた。
「魔獣の将って……俺は何も指示しちゃいない、彼等が好き勝手暴れているだけだ」
鬼人は溜息を吐きながら開けた公園を進んでいると、そこでかなりの数の殺気を感じ取った。
「皆止まれ、ここは……」
威圧を混ぜながら制止すると魔獣達も鬼人に従い止まる。
「やっぱり指示してるじゃないですか……」
鬼人の進行方向から多数の人影が向かってくる。殺気は人影から放たれた物だった。
「あれがさっきワドファーから報告された有志の部隊。……冒険者か」
鬼人の言う通り、向かいから来た人間の身なりはバラバラで、隊を成している様には見えなかった。
「本当にいたよ魔獣を従えてる亜人」
「魔獣を相手にするなら兵隊より俺達の方が向いてる、こっちは最初から俺達に任せりゃ無駄な損害なかったろうにな」
そんな話をしながら歩く冒険者達の最前には、巨大な鎚を背負った、金髪の筋骨隆々な大柄の冒険者が歩いていた。
鬼人と大槌の冒険者は、お互いをはっきり目視出来る程近づくと歩みを止める。
「こいつが勇者か?大した事無いように見えるが……」
鬼人が疑問を口にする、それを無視して大槌の男が横に居た冒険者に確認を取る。
「角が生えている……お前が見たのはあいつか?」
「そうだ……あいつがこれ見よがしにシュンの首を……」
それだけ聞いた大槌の男は、一歩前に出て振り返らず連れて来た冒険者達に言い放った。
「この亜人は俺の獲物だ!お前達はまず見ていろ!」
そして大槌を手に取り単身、鬼人の間合いに入る。
「勇者ではないのか……それで、いきなり一騎打ちか?」
鬼人は魔獣と亜人達に少し下がるよう指示し、大槌の男を迎える。
「お前は俺の息子の仇……俺が直接殺す!勇者の出番など無い!」
「戦場で私情とは……」
「俺達は兵士じゃないんでな!」
言葉と同時に男は大槌を振りかぶるが、鬼人はあっさり避ける。
「あいつは気取ってはいたが、仲間思いの俺の自慢の息子だった!」
「仲間思いも自慢の息子も、所詮身内評価だ。襲われた被害者にはなんの関係もない。それに俺はここに来てから、調子に乗った馬鹿な冒険者共しか手にかけてないぞ。人違いだな」
「黙れ!」
大槌の男の二撃目三撃目を鬼人は涼しい顔で避ける。
「お前が俺に固執する理由はそれだけか……逆恨みの様な私情には付き合いきれん」
鬼人は剣を抜き、大槌を真正面から受け止める。
「あいつはこれから国の冒険者を引っ張っていく存在だったんだ!俺がそう育てた!それを余所者の亜人なんかに……」
「ますます人違いだな、この地でそんな大層な奴を相手にした覚えはない」
そう言いながら鬼人は大槌の男を押し飛ばす。
「な……俺の息子をその辺の凡人と一緒にするんじゃねぇ!」
男は怯まず鬼人に向かって行く。だが蹴りの一発で再び押し飛ばされてしまう。
「高慢だな、他種族を認めない身の程知らずな人間の自己評価などそんな物か」
男は怒り、鎚を振る力や動く速度が徐々に上がっていき、鬼人に猛攻を仕掛ける。
だが全て、剣を持つ腕一本で防がれる。
その光景を見ていた後ろの冒険者達の士気も下がって行った。
「何なんだ!引退したとは言え俺は一時期、あの勇者とも肩を並べた程なんだぞ!」
「はぁまたそれか……はっきり言うがこの地の戦闘レベルは低すぎる。誰がどれくらい強いかは知らんがここにいる冒険者など強国の農民レベルだぞ」
「なっ……」
その言葉の後、男は顔を殴られその後、再び鬼人に蹴り飛ばされた。
「時間の無駄だ、俺が仇らしいが……まともに相手してやるのは次で最後だ」
鬼人は後ろに居た魔獣と亜人達に手で指示すると、徐々に前へ出て来る。
「くそっ!亜人のたった一匹に……この俺が負けるか!」
男は大槌を握り力を籠める。
「おおおおぉぉぉ……」
そうして一気に鬼人との距離を詰め大槌を振った。
「ブレイブハ……」
鬼人は振り下ろされた鎚ごと、男を真っ二つにし、魔獣達に指示を出す。
「もう我慢しなくていい!好きに暴れろ!」
その声と同時に魔獣達は冒険者達へ襲い掛かった。
冒険者達も応戦するが、鬼人を避けたせいで布陣が崩れ、中央ガラ空きという本末転倒な布陣になってしまった。
「おいおい……確かに兵じゃないだろうがこの陣形は……」
戦場の中心で孤立する鬼人は呆れかえった。
しかし、当然ただ見ているだけではなく、押され始めている場所を見つけ鬼人は助けに入る。
「この地の冒険者は弱い者しか相手出来ないのか!」
鬼人が冒険者に向かっていくと向かった先の半数は、蜘蛛の子散らすように逃げてしまう。
冒険者達は大槌の男が簡単に敗れた時から既に、戦う集団ではなく襲われる人間に成り代わっていた。
鬼人達が順調に人間の数を減らしていると再び人間の軍が向かって来る。
「兵士だ!彼等と合流すれば!」
正規の軍隊の姿を確認した冒険者達そう叫び、たちまち士気を取り戻す。
「数は……冒険者も入れたら少し多いな……」
鬼人は単身前に出るが、人間の兵が止める。
「これ以上は行かせん!」
「進攻を開始して会った人間はみんな、そう言ってたよ」
囲まれながらも、鬼人は次々と人間の兵を斬り伏せていった。
その後、魔獣と亜人達の後方部隊が冒険者との戦闘を終わらせ、人間の兵に向かおうとした時鬼人は、これまでの殺気とは明らかに質の違う気配を感じ取った。
「待て!全員止まれ!来るな!」
その大声に敵味方関係なく動きを止める。
亜人達は止められた理由が分からず、お互いの顔を見合わせて居るが、人間の兵達はニヤつきながら徐々に鬼人と距離を空け始める。
魔獣も気配を感じ取ったのか、威嚇混じりに進行方向を睨んでいた。
後ろまで下がった兵達は道を空け、その奥からは異様な気迫を持つ男が歩いて来た。
「ほう、あれが……」
兵達は歓喜した、勇者の到来を。




