森の魔女3
真っ暗な森の入り口の前で、ルインは一瞬怖気づく。
「夜の森……大丈夫かな……」
そしてついにルインは意を決して森の中に入って行く。
森の中の道は大きく馬が通れる程平坦だったが、深夜という事もあって森の中は真っ暗だった為、ルインは途中でランプに火を灯した。
しかし奥に進むほど闇は深くなり、やがてランプ一つではどうにもならない事を思い知った。
「魔女は盗賊以前にこれじゃ進むのは難しいなぁ、いったん夜が明けるのを待つか」
ルインはひと際大きな木の下で馬を降りると、貴重品だけ荷物から取り出し身に着けると夜が明けるのを待つ。
しかしずっと動きっぱなしだったルインはすっかり寝入ってしまい、日が高く昇っても起きなかった。
森の中で無防備に寝るルインに小さい影が近づく。
寝ているルインを横に、小さな影は下ろしてある荷物を漁り始める。
物音で目を覚ましたルインは何かに自分の荷物を漁っていることに気づき飛び起きる。
「誰!?おわっ!」
しかし両足が何かに絡まっているのに気づき、もつれて倒れてしまう。
ルインの声で小さい影は、そそくさと逃げ出してしまう。
「まっ待て!」
勿論、影は待つことなく走り去ってしまった。
「やられた……あれが言ってた盗賊か?」
足元を見ると縄で縛ろうとしていた形跡があったが、緩く全く拘束の意味をなしていなかった。
「こんなのに引っかかったのか……」
それから漁られていた荷物を確認する。
「パンが少し減っている、はぁ金品は身に着けていてよかった」
取られた物が少量の食料でルインは安堵した。
「盗賊が出るって言われたのにちょっと油断しすぎた……日も登ってる事だし先を目指そう」
木々の間から日が差しているのを確認し荷物をまとめた後、馬に乗りルインは出発する。
「沼ってどこだろうな、迂回して通った時はそんなに大きく感じなかったけど……」
ルインは馬でゆっくり歩いていると懐かしい匂いが漂ってくるのを感じた。
「これは……ポル婆のパンの匂い!」
匂いがする方をよく探してみると、木の上でパンを食べている猪型の子供の獣人を発見する。
「あいつは……さっきの!」
子供もルインに見つかった事に気づき、木の上から降りて逃げ出す。
「あっ待て!」
ルインは馬の腹を蹴り、逃げた獣人を追いかける。
(あの獣人は……たしか)
「隊長、ウリ坊が何者かに追われてますぜ」
「隊長はやめろ、何者だ?」
木の上で見張りをしていた一人の猪型獣人が、もう一人の猪型獣人にルインの方を見ながら話す。
「馬に乗って走ってる、髪は青い亜人だ」
「馬?森の中だぞ?」
興味なさげに聞くもう一人の獣人は、言われた方向を向き自分でも確認する。
「あれは!?おい他の奴らを集めろ!」
馬に乗って子供を追っているルインを確認した獣人は、周囲から仲間を呼ぶとルインの方へ一目散に向かう。
「止まれ!」
声と共にルインの乗る馬の足元に矢が飛んで来る。
「うわっ」
飛んできた矢に驚き、ルインは馬を止めると瞬く間に大勢の猪型獣人に囲まれる。
「やはり」
ルインの追っていた子供の獣人は、矢を放ったであろう大人の獣人の後ろに隠れてしまった。
「亜人は襲わなかったがお前は別だ、悪魔」
獣人達はルインを囲み狙いをつけたまま弓を構える。
「悪魔ってまさか!?」
獣人の言葉に、ルインを囲んでいた獣人たちは一気にざわついた。
「お前達は直接見たことないか。だが聞いた事くらいはあるだろ。前の北の人間共との戦争、我々は最初勝ってたんだ!だが大量に投入された亜人部隊、特に奴が現れてからは……」
獣人はルインを睨みながら歯ぎしりをする。
ルインを囲んだ猪型の獣人達は、ルインが徴兵された時参加した戦争の相手だった。
「人間の味方がこんな所に何の用だ!」
「あの戦争の……こんな所に残党がいたんだ」
「質問に答えろ!」
囲んだ獣人達は武器を構え、馬に乗るルインにじりじり近づく。
「……魔女に用があって来たんだ、あんた達をどうにかする気はない」
「なら何故この子を追い回す」
後ろに隠れた子供の獣人が顔を覗かせる。
「その子が俺の食料を盗ったからだ、食べた分は仕方ないけど残ってるなら返してくれないか?」
「そうなのか?」
獣人はルインから目を離さず子供に聞く。
「ご、ごめんなさい……」
子供は申し訳なさそうに謝ると、ルインにパンの入った紙袋を渡す。
「げっ、もう二つしかないじゃないか、はぁ……」
ルインは紙袋の中を確認した後荷物にしまう。
「さあこれで誤解は解けただろ?解放してくれないか」
「まだ用の内容を聞いてない、ここにはお前に恨みを持つ者が多くいる。素直に帰すかはそれを聞いてからだ」
「あの戦場に居たあんた達なら分かるだろう、俺の力を。けど俺はこの力を何も知らない、だから魔女に聞きに来たんだ」
「お前は自分の力を知りもしないで使っていたのか?」
「故意で使ってる訳じゃない、制御できるのかすら分からないしね」
「……いやダメだ、人間の味方のお前にその力をどうにかされる訳にはいかない。強くなれば我々がもう人間に抗う術が無くなってしまうかもしれん」
「勘弁してよ、俺はもう人間の国とは関係ない。それどころか追われる身だ」
「それを信用しろと、あれだけ仲間を殺したお前を!それにまだ敵に回る可能性がある以上その凶悪な力を持つお前を野放しには出来ない!」
「だったらどうする?お前達に俺は殺せないのは分かってるだろ」
二人の意見が平行し静寂が訪れる。しかし、それを破ったのは走って来た獣人の部下だった。
「隊長!」
「隊長はよせと……どうした?」
ルインと言い合いをしていた獣人は慌てて来た獣人の様子を見て直ぐに何事か聞く。
「この森に人間の軍が向かって来るようです!」
「何?どういうことだ」
「人間の兵を目撃した森の外の亜人が教えに来てくれたんですよ、森の魔女に害がないようにって」
「そうか……」
獣人は改めてルインを睨む。
「待ってくれ、俺は何も知らない!」
「どうだか!だがこうなってはもうお前の言葉に信用はなくなったぞ!」
「……俺も魔女に用があるんだ、ここを戦場にしたくない。俺が森の出入口で人間を止める」
「それを口実に奴らと合流するつもりだろ。おい、全員森に身を潜めつつ待機だ!その亜人はどこからその情報を?」
「ノバ族の村で人間を見たって言ってました、ここに来るなら早くても夕方かと」
「よし!奴らに目にもの見せてやる……反対側の入り口で待ち伏せするぞ!」
獣人はその場にいる全員に命令すると、獣人達は雄たけびを上げ士気を高め人間の迎撃をしに行こうとする。
「待って!だったらせめて俺も手伝わせてくれ!」
ルインが発言すると、一気に獣人達から白い目で見られる。
「お前は俺達の敵だ、このまま拘束して目に付く所に置いておく」
「俺なら人間が森に入る前に数をかなり減らせる、ここを戦場にしたくないんだ。信用できないなら馬も荷物もあんた達に預ける!」
「なにぃ?」
日が落ち始めた頃、獣人部隊は隠れながら森の出入口に陣取る。
「隊長あいつの言う事を信用するんですか?」
「そんな訳が無いだろう」
ノバ族と別れた反対側の森の出入口。
ルインは一人、人間を待ち構えており、獣人達はそれを見張る。
「あいつが人間達に合流したら厄介になるのでは」
「あいつが乗っていた馬、ノバ族の馬だろう」
「ノバ族の馬良いですよね、早くて持久力もある。あの馬があれば俺達の行動力が一気に上がりますよ」
「ああ、だから貰えるなら貰っておきたい」
「でもそれであいつらを敵に回すなんて……」
「その辺も考えてある、魔女の所へ使いをやった。あいつは魔女に危害を及ぼす事を恐れていたが、彼女が強い事は知っているだろう?そして魔女が奴の力をどうにかできるなら……」
「人間諸共倒せる!隊長はそこまで考えて……」
「各員魔女が来るまであの悪魔を絶対狙うなよ!」
獣人達の会話など知らず、ルインは人間の軍隊を待ち受ける。
「来たな!」
森の向こうから土煙を上げながら、馬に乗った人間達が森への道を進んで来る。ルインは道のど真ん中に人間の進行を防ぐように立つ。
「止まれ!」
ルインは腕を大きく広げ馬を止めようとする。
「奴は!?皆武器を取れ!」
だが、その姿を確認した兵達は馬を降りると、武器を構え、ルインに攻撃を仕掛けた。
「!」
ルインは一瞬怯んだがやはり攻撃は当たらず、攻撃した兵は次々と返り討ちに遭う。
「まさかあいつ本当に……」
その様子は獣人達の目にもしっかり映り獣人達は困惑する。
「へぇ……呼ばれて来てみれば……面白い事になってるじゃない」
獣人の後ろから女性の声が聞こえ獣人は振り向く。
「魔女よ、来てくれたか!」
一方ルインの方では、戦闘が終わり十人余り居た人間の兵達は皆ルインの周りに転がっていた。
そして最後の一人の兵の前にルインは立つ。
「あんたが一番偉い人か、この森に何の用だ?」
「だ、黙れ悪魔!その容姿……お前が南の都で噂になってる亜人だな」
他の兵よりも少し鎧に飾りを付けた最後の一人は、座ったまま後ずさりし虚勢を張る。
「はぁ人間からもそう呼ばれてるのか……」
ルインが落ち込んでいると、森の中から全身黒のローブと尖った大きな帽子を被った美しい女性が歩いて来る。
「あなたは……?危ないですよ!」
ルインが正体を尋ねようとする前に兵士は尻餅を付きながら、怯えた様子でその正体を言った。
「お前は、魔女!」
「この人が!?」
ルインは女性をもう一度見る。
「始めまして、一部始終を見てたわ。後は私に任せて?」
「はぁ……」
魔女はルインに挨拶した後、尻もちをついてる兵に近づき耳元で囁く。
「さあ、あなたの知ってる事を教えて?」
「誰がお前なんかに!」
兵も最初は抵抗するが、魔女が兵に手をかざすと兵の意識が朦朧としていき、頭をふらふら振り始める。
「そろそろ教えてくれるかしら?」
「はい……」
兵士はついに目が虚ろになり、魔女の言う事に従った。
「あなたはなぜこの森に来たの?」
「この辺りに西の都のお偉いさんが来たと報告を受けてます、亜人を連れて来るだけと言っていたのに、約束の時間になっても戻らなかったので捜索しに来ました……」
「あなた達人間はこの青い髪の青年を知ってるようだけど彼は誰?」
「奴は国で手配されている南の都で宮殿を壊滅させた重罪人です」
「えっ!?」
魔女はルインを驚きの目で見ると、兵士は糸が切れたように倒れ、動かなくなった。
「……獣人達から聞いたわ、南の戦場で暴れ人間の宮殿を壊滅させたあなたが私に何の用?」
「敵対する気はないです……自分の力の事で聞きに来ました」
ルインは抵抗しないという意思表示を見せる為、両手を上げながら答えた。




